『002:陽の当たる場所』






暗く冷たい地下道で 部下達の背中越しに
泥にまみれた男が ぎらぎらした目でこちらを睨み付けている
その男に私は背を向けたまま 振り返ることはしない
それでも その視線だけは痛いくらい背中に突き刺さる

「俺を・・・切り捨てる気か!」

部下達に取り押さえられ もがき叫ぶ男
その声は 地下道のかび臭く湿った空気を振るわせる

「ハッ・・見上げた根性だな 利用するだけ利用して 
都合が悪くなったら抹消・・てわけか!」

男の吐き捨てる台詞にも 私は葉巻をくゆらせたまま なにも答えない。

「言葉が過ぎるぞ! 事態を悪くしたのはお前の責任だろうが!」
私の代わりに 部下の一人がその男を怒鳴りつけた

−失敗した者には 死を−

組織安泰のためには ときには部下を切り捨てる事もある
ここは氷のように冷たく酷い世界
今日のこの男は ふとしたきっかけで契約を結んだフリーの人物
もしこれが純粋に自分の部下だとしても おそらく同じく
失敗をした者には容赦をしないだろう


「最期にボスにお目通りが叶っただけでも幸せと思え」


その言葉を最後に 私はその場を離れ地下道を歩き始める
罵声を上げ続ける男の声が 響きながら小さくなっていき
次第に 自分の靴音にかき消されていく 


階段をあがり地下から地上へと出れば
そこは 光溢れる午後
何もない 路地裏の 穏やかな世界。





「おかえりなさい!」


車に乗り 家に帰り着けば
光を集めて作ったような 輝ける娘が笑顔で私の元へ駆け寄ってくる

抱き寄せると・・日だまりにいたのだろう。
温かい身体と長い黒髪から蘭の香り
温かいな、と声をかければ
「温室でお花の世話をしていたの」
鈴を振るような声で 彼女は答える。

心に平穏が訪れる瞬間
この娘は私にとって 陽の当たる場所・・・ 

闇に手を染める私に 神は何故この天使を遣わせたのか
それは私にはわからない。

彼女も時には 私の闇を理解しようとして背伸びをする。
光が闇を照らし出そうとしているのか・・?

だが、私はそんなことは望まない
光は 光のままで 私の為だけに そこにあればいい
彼女が闇に染まる必要など ない
そのために 私は彼女を護ると決めたのだから

私は 究極の エゴイスト

許される限り 私はこの陽の光を 懐に抱き続けるのだ
私の背には 黒い翼が拡がっていようとも

彼女は 私にとって 陽の当たる場所。
そして 彼女は光の下に いてほしいのだ
そして 私の元に光をもたらしてくれ

永遠に・・・



end

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