『大人の為のお題 set1-006』:”不実な恋”

「北野坂にて」

”私”は結婚して3ヶ月が経つ。
共働きで、慣れない家事と仕事の両立にあたふたしながらも
夢中で時が経っていく。
幸せで、前向きな日々。
 ただ、私にはひとつの”影”があった。
夫と知り合うずっとずっと前から、つかず離れずの関係を続けている あいつ がいるのだ。

あいつ とは学生時代、アルバイト先のコンビニで知り合った。
3つ年上のあいつ。話が合うし、帰る方向も同じ。
でも・・・あいつ にはれっきとした彼女が居た。
居たけれど・・・確かに私は、初めからあいつ が 気になっていた。
そして、きっかけは・・・忍び足でやって来た。
バイト仲間の飲み会の帰り。暗い公園を二人で通っていたとき。
あいつが突然立ち止まり・・・切り出した。
そして・・・もしも、と 人差し指をたてて・・・こちらへ突きつけてくる。
「ね、もし、さ もしも だよ。」
「?」
「一緒にホテルへ行こう、って言われたらどうする?」
私の鼓動は一気に跳ね上がる。
それでも・・・平静を装って、笑ってよしなさいよと手のひらをぱたぱたさせる。
「えええ?!先輩には彼女居るんでしょ?それに突然そんなのヘンだわ」
それでもあいつはめげずに食い下がる。
「じゃあさ、好きな奴とはホテルとか行ったりするの?」
「・・・」
あいつ の事をなんとも思っていなかったらここで笑い飛ばすか
怒るかしておしまいにできるはずだった。
でも。何故か・・・私の微妙な心はそれができなかった。
私の心の底にいる怪しい”何か”が”あいつ”の言葉に従って私の心を動かす。
そして嫌われたくないから、やんわりと、なるべくやんわりとそれに相づちを打とうと試みた。
「そうね、好きな人とは行ったりするかもね・・」
「カレシとか、いるの?」
黙って首を横に振る私。
「そうなの?信じられないなぁ・・・こんなにかわいいのに。俺すっごく好みだ」
うぶな乙女はその一言に弱い。
その時はそれで何事もなく終わったが・・・
何度か二人で会う機会を作り・・・いつしか、車の中で唇を重ねる仲に。
そこから先はもう足早に関係はすすみ、”好きな奴とホテルへ”・・・で、あった。
あいつが”初めて”の男、だった。
でも。
あいつは彼女とは別れない。
そして。
私も・・・別にあいつを独占しようと 何故か思わなかった。
「おまえにカレシができても俺別に構わないよ・・・それでもまた会ってくれるんだったら」
強がりなのか本気なのか判らないその言葉。
私もそれに「ふーん・・」で答え、別に怒らない。

それは恋ではないのかも知れない。
私はただ心の隙間を誰かに埋めて欲しかっただけなのかも知れない。
あいつとのキスはとろけそうに気持ちがいい。
そして・・・あいつと裸の肌を重ねると・・・固くなっていた心がほぐれていく気持ちがする。
別に不幸なわけじゃない。なのにもの寂しくて・・それをじっと踏ん張って凍えていたところに
何か温かい毛布をふっ、と掛けてもらったような。
そんな酔い心地。

大学を卒業しても、会社勤めをしても携帯で連絡を取り合う。
喧嘩のようなことをして3ヶ月も会わない事もあっても、少しは寂しいけど、平気。
またどちらからともなく電話を掛けて、会ってしまう。
そしてまた唇を重ね・・・素肌を合わせる。
あいつ は相変わらず彼女と別れる気はないらしい。
でも、私もそんなのどうでもいい。
今の状態で居れば、あいつ と肌を寄せ合えるのだもの・・・

(たぶん、私が好きなのは自分自身であってあいつじゃない・・・これは自己満足の関係だ)
わかってる、こんなのはおかしいと判ってる。
俗に言う”セフレ”なんだ・・・。
今まで”真面目に”生きてきた自分がこんな事をするのに自分で驚く。
・・でも、真面目に、いい子で生きてきた自分を破りたかったのかもしれない。
どこかで、ぱんぱんに張りつめた”自分”から空気を抜いてみたかったのかも知れない。
(ひょっとして、世間に背くことに 快感を覚えている・・・!?)
そんな気がして、時々身震いがする。

あいつ との事は世間に伏せたまま普通の生活も送る。
すると、いつしかまじめにつきあおうと思える男性も現れて・・・。
何人か現れては消え、そして。今の夫が現れた。
結婚を機に関係をやめようと、それを切り出した。
「実はね、私今度結婚するの。それでね・・・」
「えっ?お前もついに?! 実は俺先月あいつと籍入れてさあ」
その言葉に軽い(いや、相当な)ショックを覚えた私。
それでも平気な振りをして・・・笑顔を作って、続ける。
「!じゃあこれで終わりにしようよ。ちょうど良かったね」
「・・・なんでだよ」
あいつ は不機嫌な顔をする。ひるまないぞ、私。
「なんで・・・って、それが普通じゃない?結婚するんだったら相手の人に悪いじゃない」
「悪いんだったら今までもこれからも変わらない」
そう言って私をまた押し倒す。
「やっ・・やめ・・!」
「やめない。」
あいつ は私を折れるほどに抱きすくめた。
今までこんなにきつく抱きしめられたことはなかった。
「お前って・・・抱き心地がいいんだ・・すっごく 癒される・・・」
あいつも私と同じ事を考えていたんだ。
そして。携帯にあいつからメールが入ると・・・つい、答えてしまう・・・。
でも。新しい家の場所はあいつのも聞かないし、私のも教えない。



・・・ある日のこと。
「悪いわね、新婚さんなのに呼び出しちゃって」
「いいのよ。たまには私も羽根をのばさなくちゃ。」
遠方にすむ学生時代の友達から急に電話があり、私の住む神戸にやって来ているという。
ならばと、観光案内を買って出た。夫は休日出勤で不在だ。
「どこがいいかな?」
「うーん、お昼は中華街で、午後から異人館てのはどう?」

元町の中華街で肉まんやラーメンを列に並んで買って中央の広間で並んで座って食べる。
彼女も私も小食なので簡単に済ませて次の目的地へと歩いて向かった。

ハイセンスなブティックや宝石店、隠れ家風の無国籍料理店、そしてロシアやインド、中国などの
本格的な料理を食べさせる店も軒を並べるその坂をおしゃべりしながら上っていく。
やがて、右に左に古風な洋館が見えてくればそこは異人館通りだ。

何度か来ていた私は定番の観光コースを巡っていく。

最後に・・・通りの端に小さなアクセサリーショップを見つけた。
ショウウインドウをのぞくと・・・
「あ、かわいい!」
カジュアルで、手頃な値段。早速二人で店に入る。

レジに気さくな雰囲気のおじさん。
私は友達と一緒にビーズで作られた揃いの花のブローチを手にとってレジに並ぶ。
お勘定がすむとそのおじさんはにこにこしながら話し始めた。
「僕ねえ、ここで手相占いもやっているんだよ。店がすいているときに
アクセサリーを買ってくれたお嬢さんにはサービスで見てあげてるんだけど・・どう?」
友達は苦手らしく首を横に振ったが、私は・・
「わっ!是非是非!!」
占いとか結構好きな方だ。
「じゃ、両手見せて」
そう言われてうきうきとして両手を差し出した。
「ふーむむ・・・」
店のおじさんは私の手を取って右に左に返しながら手相をじっ と観察している。
友達の方は本当に占いが苦手らしく、ウインドウショッピングへと店の奥へ移動してしまっていた。
やがて、占いおじさんは手相を見て語り出す。
「うん、君は結婚しているね。」
「えっ、あ、結婚指輪しているから?」
私がそう返事するとおじさんは困るなあ素人は・・というような顔をして私を見る。
「僕はね、指輪じゃなくて手相を見ていっているんだよ」
「あ、はい、スミマセン・・・」
自分がすっとぼけた答えをしたことに気づいて冷や汗が出てしまう。
「はい、じゃ次はね・・・」
気を取り直してまた続きを見て貰う。夫は自分に近い人間であるとか、結婚したばかりだとか色々
思い当たる節のある事を言われてスゴイ!と感心することしきり。
そして。おじさんはゆっくりとその言葉を紡いだ。

「・・・一つの恋が終わって、新しい恋が始まると出ている」

「!!」
結婚している私にその占いは、微妙な意味を含むのだろう・・
おじさんは少し困ったような苦笑いの表情をしていた。
私はそんな顔には構いはしない。・・・私の顔にはきっと”驚き”が浮かんでいただろう。

終わる恋 が誰となのか、
新しい恋 が誰となのか 私はすぐに気がついた。

終わる恋 は あいつ だ・・・
何故そういえるのかは判らない。でもそうなんだと、何故か私は確信していた。
それよりも。
(えっ あれもやっぱり 恋 なの?)
私にはその方が驚きだった。
今更ながら・・・。
最初は夢中であいつについて行っていた。でも、大人になるにつれ
客観的に自分を眺めると・・あれは自分がかわいいだけで恋なんかじゃない、って思っていた。
あいつのことは今でも好きだ。
でも、恋じゃないと思っていた。
(・・・)

とてつもないキーワードを貰った私。丁寧に挨拶をしてその店を友達と後にした。

あいつとのことも恋だというのならば、せめて最後は自分らしく終わらせよう。
私は昔から、心から恋する人はひとりだけだったんだ。
あいつ に恋をしていた自分を認めよう。
そして、新しい恋・・・今の夫を大事にしたなら、あいつ にはさよならを言おう。
それが私があいつひとり”だけ”に恋していた証だ。
私がしてきたことと矛盾していると思われるかも知れない。でも、そんなの 関係ない・・・。
私が言うのは、心の問題なのだ。
昔の恋を認めて、新しい恋を受け入れるんだ・・・。

その日のうちに、私は携帯を買い換えた。電話番号も変わった。
もう、 あいつ からの着信は入ることはない。
携帯と一緒に私の心も生活も入れ替えるんだ。

夕方の茜色が包む町中を家路へと急ぐ。
数年来ぶりの、実に晴れやかな、清らかな心地がしていた・・・。



終わり

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あとがき。

初めてのオリジナルに挑戦であります。
このお題を頂いたサイト様「女流管理人鏈接集」に寄せられていた
お話の一つを読んでいて、ピピピ・・・と来て書いてしまいました♪
このお話に出てくる”私”って、実に破天荒だなと・・・;
書いていて思いました はい;
風景は実在するものが多いのですが 人物に少し現実味が薄くて申し訳ないです ぺぺん。

「お題」では、カルロ様お話も、オリジナルもいろいろ取り混ぜて
こなしていこうと思っています。どうぞこれからもよしなに♪

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