『an Angel's Smile』


注:このお話は『ときめきトゥナイト』カルロ&蘭世の パラレルものです。
  もしも蘭世ちゃんがカルロ様を選んでいたら・・?という視点で書いていますので
  どうかそれをご了承のうえお読み下さい。



黒海の岸近く建てられた古びた倉庫・・・。
それは煉瓦で作られており、壁全体が黒っぽい印象をみせるそれは、建てられてから
かなりの年月が経っているようである。
高い位置に窓が小さく開いているのみで、後は全くの閉塞な空間を作り出している。
小さな窓から外の光が、その場の者達には似つかわしくない天使の梯子のような光の筋を
暗闇の片隅に投げかけている。

窓から覗くと・・その倉庫の中は何も置かれずがらん・・とした状態だ。
そして、その空虚な空間の中心に、数人の黒い影が見える。
黒ずくめのスーツを着た男達数人が、男一人を取り囲んでいる。
中央のその男は縛られ・・全身に無数の傷を受けている。
血だらけの衣服はぼろぼろになり、裂けた布目から赤黒い傷がそこかしこに見える。

組織の取引に関する情報の漏洩が発覚してから数日。
内部にいる裏切り者の名を割り出すことに思ったよりも手こずらされた。
「・・・お前の知っていることはそれで全てだな?」
「おっ、お願いだ。全て喋ったんだから・・頼む!!助けてくれ!!」
悲鳴のような呻きが混じる声で縛られた男は懇願する。
だが・・その男に返ってきたのは取り囲む男達がけり出す靴の裏だけだ。
「裏切り者はどうなるか分かり切っているだろうが。
 せめて最期に役に立って貰っただけだ」

男達の輪から離れたところに・・もう一人の人物が立っていた。
壁にもたれ、軽く腕を組み俯いて葉巻をくゆらしている。
彼も闇を集めて作ったような漆黒の衣を身に纏っている。
男達と同じくスーツのはずだが、明らかに数段も洗練されていて、男達の
それとは別格の人物であることを示している。
そして、彼自身から放たれるオーラも優美さと威厳とを醸し出していた。
裏切り者のうめき声にも、漂ってくる血の匂いにも
その表情は、眉一つ動かさずあくまで冷静そのもの・・・。
彼の美しい金色の髪も深い碧翠の瞳も、その時の彼に優しい印象など与えはしない。
その立ち姿にも葉巻を持つ指先にさえも、孤高の、野生に生きる豹のように
危険な香りを感じさせる。
それが男達のボス・・ダーク=カルロであった。

彼と同じ金髪だが、きっちりとそれを頭になでつけ、細く鋭い目元の男がひとり
取り囲む男達の背後に立っていた。その男はカルロの腹心の部下らしい。
やがて輪のそばから離れ、壁際にたたずむ男に近づいてくる。

「いかが致しましょう?」
「私に聞くまでも無かろう」

眼光鋭い男は無言でうやうやしく一礼すると、そこから引き下がり男達に視線を向ける。
そして、一言短く指示を与えるのだ。
「片づけろ」

倉庫中に響き渡る銃声。組織を裏切った男の断末魔の叫びですら
その音にかき消されたようだった。

一斉に銃弾を浴び穴だらけになった死体は今発砲した部下達がその手で
埋めるか捨てるかして処分するだろう。

カルロは現場に背を向け近くにあった扉へと歩んでいく。
実に、何事も無かったかのように。
扉の前にいた見張り役の男が扉を開け頭を下げる。

長かった一件がこれで片づく見込みができたのだ。
数日屋敷に帰ることが出来なかったが、今日はそれが叶いそうだ・・
カルロは倉庫の裏に停まっていた黒塗りの高級車に乗り込む。

・・・人を殺めることなどもう慣れている。



カルロを乗せた車は彼の屋敷の門をくぐる。
車は玄関ポーチに横付けされる。
「ダーク!・・おかえりなさい!」
色白で愛らしい娘が長い黒髪を揺らしてドアの前から飛び出してきた。
部下達と共に年若い妻・・蘭世が迎えに出ていたのだ。
屋敷に帰るのは数日ぶりだった。
白いワンピースに、白い靴。
とても待ちこがれていたようで・・もう何年も会わなかった恋人のように
蘭世はカルロの元へ駆け寄ってくる。
「ダークが無事で良かった・・・!!」
そう言って心から嬉しそうに細い腕で抱きついてくる。

どんなに疲れた顔で帰ってきても、たとえいらいらしていても
彼女はそれを判っているのか・・判ってないのかは定かではなかったのだが・・
変わらぬ笑顔で迎えてくれる。
いつもの笑顔で、いつも同じように接してくれる。
そして今日はいつも以上に嬉しそうな笑顔だった。
何しろ久々の長い留守であったから・・・。
「何か変わったことはなかったか?」
「うん!大丈夫よ!!」
カルロも愛おしげに蘭世の細い身体を抱きしめる。

「・・あ、今日ね、頼んでおいたバラの苗が届いたの。きちんと植えたからきっと
今度の5月には花が咲いて屋敷中良い香りがするわ!」
「そうか・・それは楽しみだな」
「私もとっても楽しみなの!庭師さんに聞いたんだけどね、薔薇はお水が沢山要るらしいの。
 それでね・・・」
二人は寄り添い歩いて私室へ向かう。
そして、蘭世の方から今日あった楽しいこと、困ったことなどをあれこれ話してくる。
困ったことなどと言っても、それは大抵(カルロにとっては)他愛のないことだった。
でもそれが何故か・・・カルロには心地よかった。
薔薇の話をする可愛い妻の、長い黒髪を指で梳かす。
つややかでしっとりとした彼女の髪の感触がカルロは好きだ。

彼女・・蘭世の笑顔に会った途端、カルロは今までの殺伐とした世界から
切り離される想いがする。
カルロが身を置く世界はあまりにも残酷で無慈悲な世界。
そこからスイッチをパチン、と切り替えるように。
今日自分にあったことを真剣な顔で根ほり葉ほり聞かれるよりは、
愛らしい笑顔で他愛ない話をする蘭世を眺めている方が何倍も癒される・・・。
そして今日もカルロは蘭世の話に耳を傾け、相づちを打つ。



私室へ戻ればカルロとて一人の人間である
一歩部屋の外に出ればポーカーフェイスを貫き通し戦う。
だが。プライベートでは彼もその仮面を取り外すのだ。
三揃えの上着を脱ぐとソファに崩れるように身体を預け、足を投げ出すように組み・・
片手でネクタイを軽く緩めて上を見上げ、目を閉じ思わず指先で額を押さえため息がもれる。

・・・人を殺めることなどもう慣れている。

だが。
時折カルロは心が押しつぶされていくような気分に襲われる。
それはいつもではなく、ごくたまに・・そう、心の底に澱がたまるように。
そういうときは何かに追いかけられるような焦燥感に駆られるのだ。

罪の意識?まさか。
神への懺悔・・?それはよく判らない。
とにかくそれは息苦しさを彼にもたらす。
それが、今日だった。

(疲れているのか・・・?)
「やらなければやられる」
そう、昔から何度も教え込まれてきた。

ギリギリで抱えている命。
細い一本の糸のように張りつめた心。

伸びきって緊張した心の糸が時折悲鳴を上げるのだろうか・・・?

そんな日は、カルロは無意識に酒の飲む量が増える。
引き寄せたバーボンの瓶が気がつくともう殆ど空であった。

ふと気がつくと・・妻、蘭世が向かいにあるソファの向こうから少し心配そうな
顔をしてこちらを見ている。
「どうした?」
「・・・ううん。」

蘭世も、いつも冷静なカルロがごくたまに見せる憂鬱に気づいている。
彼女は俯いて・・・ソファの背もたれの上に置いた手に視線を落としながら
控えめに言葉を紡いだ。
「いつも、私や、みんなを護ってくれてありがとう・・・。
そのっ、あのね。なんだかうまく言えないんだけど・・」
そして、ぱっ、と顔を上げ強い瞳でこちらを見た。
「私は、どんなことがあっても絶対ダークと一緒にいるから。」

いつになく真剣な蘭世の表情。
カルロは思わずふっ、と固かった表情を緩めた。
「・・・おいで」
カルロはそう言って両手をひろげ蘭世に差し出す。
真っ直ぐに飛び込んでくる白い天使を彼は包み込む。
甘やかな蘭世の香りに、そして彼女の言葉に安らぎを覚える。

「何があっても 離れないから。」
「そうだ。私もお前を離さない・・・」

そうだ。
確かにこの手は汚れているかも知れない。
だが。
私は、私は・・この 天使の微笑みを護るために 戦っているのだ。
今までも、
そして これからも・・・。

ENDE

BG MATERIAL:Silverry moon light

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