『ある日の出来事』:萌様 作






ところはルーマニア、トランシルバニア地方。
この季節にしては珍しくポカポカした陽気の、ある休日の午後。
カルロ邸の、暖かな陽射しが差し込むバルコニーで。

カルロと蘭世はアフタヌーンティーとしゃれ込んでいた。




「あのね。今度の文化祭にクラスで劇をすることになったの!」

一つの話題が一段落した時、蘭世がそう切り出した。

「でね、わたしは準主役に選ばれちゃったんだ」
「それはすごいじゃないか」
「えへへ。わたしが学校を休んだ日に勝手に決められちゃったんだけどね〜」

困ったような、でも少し嬉しそうな蘭世に、カルロは穏やかな微笑みを浮かべる。
二人の護衛としてその場に控えているベン=ロウと数人の部下たちも、無表情ながらも、
微笑ましい思いでその光景を見守っていた。


ダーク=カルロはルーマニアのマフィアのボス。
片や、江藤蘭世は日本の高校に通う女子高生。
一見何の接点もなさそうな二人だが、実は現在遠距離恋愛中の恋人同士であった。
たまの休日はジャルパックの扉を使い、互いに日本とルーマニアを行き来する生活を送っている。


「それで、どんな劇なんだ」
「えへへへー。実はね、あるマフィアのボスの転落人生を描いた劇なの!」
「……ほう」
「何でも手にすることが出来て、傲慢で、権力の座でふんぞり返っていたボスが、
腹心の部下に裏切られて、ある日突然何もかも失っちゃうの。それで……」

カルロはともかく、部下たちが若干引いてしまっていることに、蘭世は気づきもしない。
勿論蘭世の学校側がカルロと蘭世のことを知っているわけでもないし、
その題材が選ばれたのは全くの偶然だということを、皆、解ってはいるのだが。
……蘭世は少しばかりデリカシーに欠けていた。
その場にいた者たちは、延々と続く「ボロ雑巾のような最期を迎えるボス」の物語を、
表面上はやはり涼しい顔で聞いていた。ただ一人、額にうっすらと青筋の浮かんだベンを除いて。

「……という話なの。面白そうでしょ?」
「……そうだな」

何の含みもなく微笑まれては、カルロとしても微笑み返さないわけにはいかない。
しかし、悲惨すぎるボスの話には食傷気味だった。
カルロ自身はそんな最期を迎えるつもりなど微塵もないが、
裏社会に生きる身としては、その物語は多少なりとも身につまされるところがある。

「それで、おまえの役どころは?」

カルロは気を取り直して、微妙な軌道修正を試みる。
それに対して元気一杯に答えた蘭世の言葉に、―――今度こそ、その場が凍りついた。

「マフィアのボスの情婦なの!」

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

蘭世以外の全員が無言になり、うららかだったはずのバルコニーに、一筋の冷たい風が吹きぬける。
『シャレにならない』
そんな言葉が、部下たちの脳裏を駆け巡っていた。
しかし、その場の空気を読み取ることの出来ない能天気娘は、かまわず続けるのだ。

「あ、カルロ様は『ジョウフ』って言葉の意味、知ってる? 
わたし以外のクラスメートはみんな意味が解ってるみたいだったんだけど……
バカだと思われるのが恥ずかしくて、訊くに訊けなかったの。
でも、台本からすると、たぶん『恋人』っていう意味だと思うんだ〜」

ニコニコと。無邪気そのもので。

皮肉なことに、日本で育ったはずの蘭世以外の者……ここにいるルーマニア人たちは全員、
「情婦」という日本語の意味を理解していた。
なにしろ、蘭世の護衛に任ぜられているのは、日本語が堪能な精鋭ばかりなのだ。

頭を抱えたくなっていたルーマニア人たちの前で、蘭世はとどめの一撃を繰り出した。

「神谷さんには意味を訊いたんだけどね、意地悪して教えてくれなかったの。ただ、
『あんたにピッタリな役じゃない。良かったじゃん』って意味ありげに言うだけで。
でもそれって、わたしとカルロ様の立場と重ねてるんだよね、きっと。……ちょっと嬉しかったりして」

蘭世は一人、真っ赤な頬を両手で押さえながら、きゃあきゃあと喚いている。

「…………」

蘭世の友人の神谷曜子は、カルロが日本を初訪問した時に世話になった神谷組の娘で、カルロの正体も、
カルロと蘭世の関係についても知っている。
蘭世は「情婦」という言葉も神谷が言ったことも好意的に受け止めているようだが、
カルロ家の面々には解っていた。蘭世が解っていないだけで、神谷の言葉には含みがあるということを。

「情婦」
その意は、「妻以外の愛人である女」「内縁関係にある女」「かくし女」。

カルロは離婚歴があっても今は独身だし、蘭世とも後ろ暗い付き合い方はしていない。
二人は誰憚ることのない「恋人」同士で、蘭世が「情婦」などと呼ばれる謂れはない。
しかし。

(わたしがマフィアである以上、わたしの女は「情婦」というイメージを持たれてしまうのだろうか)

カルロは無表情で黙り込む。

「……カルロ様? どうかした?」

心配そうに蘭世が声をかけると、カルロがぽつりと呟いた。

「……高校卒業まで待つつもりだったのだが……」
「え?」

「ベン」

きょとんとした蘭世を尻目に、カルロはベンに目配せした。

「必要な書類を全て集めろ。1時間以内だ」
「はっ」

何の書類なのか確認もせずベンが頷き、一礼すると颯爽とバルコニーを後にする。
何が起こったのか判らず、蘭世はただ目を白黒させてそれを見送るしかなかった。

そしてカルロは。

「ランゼ、出かけるぞ」
「え……? どこへ?」
「宝石店だ」
「なんで? 急にどうしたの?」
「とりあえず、指輪が必要だろう?」
「は? 何が? どうして?」

蘭世の表情には、無数のクエスチョンマークが飛び交っている。
そんな鈍感な蘭世に、カルロは微苦笑を禁じえなかった。


蘭世を「情婦」などと呼ばせたくはない。
今の関係が蘭世を「マフィアの情婦」だと言わしめるのならば。
カルロに残された方法はたった一つだ。

蘭世を今すぐ正式な「妻」にすればいい。


不思議そうに自分を見上げる蘭世を何よりも愛しく思いながら―――
カルロはにっこりと微笑んで、蘭世に手を差し出した。


「結婚しよう」
「…………!」



暖かな風が、バルコニーを包み込んでいた。





■END■




■□■ あとがき(という名の言い訳) ■□■

初めて悠里様に差し上げる作品が18禁というのは人格を疑われそうだったので、
急遽ほのぼの路線でもう1作書かせていただきました。
蘭世ちゃんはバカだし、薄い内容でアイタタタ…な話ですが、一応甘いのを目指して。
全然甘くなりませんでしたが…。(-_-;)

本当は、蘭世ちゃんのことを「情婦」だなんて誰も言わないだろうと思います。
イメージが違いすぎますから。

お付き合いいただき、ありがとうございました。



【悠里コメント】

お初が裏でも、なんてサービス精神旺盛な御方なの!って私は
思うくらいですが、萌様がそうおっしゃるお気持ちもわかりますヨ。
そして、そのお陰(!?)で 新鮮なほのぼの話をひとつget!できて
私としては万々歳!!で ございますv萌様のガンバリ、尊敬です。
お疲れさまでした そして 本当にありがとうございます〜!!

日本とルーマニアの遠距離恋愛!なるほど
そういう設定もありだし面白いですよね!

蘭世ちゃんは中学にあがるまでは家で大切に育てられていたのですから
「情婦」だなんて言葉は知らないこともあり得ます!
そういうとっぽい蘭世ちゃんがまたかわいくて。
二人を見守る部下達の心の動きも 読んでいて楽しかったです。
そして私も部下の一人になって 蘭世ちゃんの発言に”をい!”とツッコミを
入れたりして(笑)ベンちゃんの青筋に いひひv

おそらく準主役のこれを仕掛けた神谷さんも
まさかこれがきっかけで蘭世ちゃんがカルロ様とゴールインすることになるなんて
ゆめゆめ思っていなかったでしょうね くすす。
そしてそれを知ったら きっと地団駄踏んで悔しがることでしょう!

”カルロ様の情婦”・・というのにも 結構萌えている私vきゃvv
でもそれを気にするカルロ様も 誠意があって素敵ですよね。

素敵な&くすっと笑える作品をありがとうございました!
次回のムフフvな作品も 一層楽しみになりました!!





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