『星の降る道にて』悠里 作 カルロ様聖誕祭・後夜祭


サク、サク、サク・・・

大地を踏みしめるたびに 土の下の霜柱が軽い音を立てて壊れていく。
その若者は 両手を仕立ての良いダッフルコートのポケットにつっこんで
山道を登っていた。
それは 冬の夜。

(・・・)
空を見上げれば 満天の星・・・
その星空へ 彼の吐く息が白く凍り付いて浮かび彼の視界の端を流れては消える。

若者は、山道を上りきったところで立ち止まる。

「・・・見えた」

その山の中腹から谷が続いており その谷向こうに 中世の古城が見えた。
それは ブラン城。

その場所は 若者がここを以前訪れたときに偶然見つけた絶景ポイント。
吸血鬼ドラキュラの城と言われるそれの美しい外観が 一望できる場所だった。

観光用にライトアップされたそれは 夜の闇の中で 妖精の棲家のように
幻想的に美しく浮かび上がっている。
だが 季節は冬。 しかも夜も8時を廻ろうとしている。
その場所には 彼以外 誰の姿もなかった。
 
17歳になったばかりの彼・・ダーク=カルロ。

彼はこの近所へ学校のクラブ仲間達と旅行に来ており
夕刻から宿で皆どんちゃん騒ぎの宴会となったのだが 彼はその空気になじめず
ひとり そっと席を外し この場所へとやってきたのだった。

(・・綺麗だな・・・)
壮大な自然の中で幻想的な景色を眺めていると、憂鬱な出来事も忘れられそうな気がしてくる。
今日は付き合いで旅に参加したのだが カルロはどうもなじめず 
来たことを後悔していたのだった

風もなく 比較的過ごしやすいが 凍り付く寒さに変わりはない。
カルロは思わず襟元を寄せ 寒さに肩をすくめて来た道を戻るべくきびすを返した。

そのときである。

(・・・?)

しくしく、しくしくと 誰かが泣いている声がする。
それは、おそらく子供の声・・・

(迷子?・・・こんな、夜に?)
幽霊なんかでは ないよな?

それは 森の中 そう遠くないところから聞こえてくる。
暗闇に目を凝らし・・彼は好奇心も手伝って 声のする方へと
暗い漆黒の森へ足を踏み入れた。
注意深く 声のする方へ向かっていく。

やがて声が次第に大きく聞こえてくる。

『・・っく ひっく ひっく』

森の 木々の中ぽっかりと空いた場所 切り株の側で 星明かりの下
小さな女の子がうずくまって泣いていた・・・
フード付きのコートに ミニスカート。
ミトンをはめた手で涙を一生懸命拭いている・・・
(なんてことだ・・・?!)
迷子、それとも幽霊 はたまた捨て子・・??
こんなとっぷりと日が暮れて久しい夜に 何故 子供・・
しかも4〜5歳くらいの 幼い子供が 親から離れてこんな所に居るんだ??

この山に入るときには、村の者達が誰かを捜索しているような姿は
一切見られなかった。
カルロはすっかり驚いてしまったが、心を落ち着け その小さな子に
声をかけた。

「そんなところで どうしたんだい?」

「・・・!」

その女の子は ぱっ・・と顔を上げると立ち上がって駈けてくる。
そして カルロの懐へ勢い良く飛び込んできた。
ひとりぼっちで心細く 余程 誰かの出現を待ちわびていたのだろう。
「おっ・・とっと」
カルロはよろめきながらも その小さな身体を受け止めた。

ひっく、ひっくと まだ女の子は泣いている。
フードの横から 肩の長さくらいの真っ直ぐな黒髪がのぞいている。
『うさぎさん追ってたら おとうさんたち いなくなっちゃったあ・・・』
「え?」
その小さな子の口から出た言葉は 異国のものだった。
『おとうさんと おかあさんのところに もどりたいよう』 

口から出た言葉はわからないが カルロには
心の震えがはっきりと伝わってくる。
おそらく この子は海外旅行客の迷子・・

「とにかく 表へ出よう」
カルロは小さな女の子の手をひき 森の中を元の場所・・城が見える丘へ戻っていった。

突然視界が開け、目の前の谷向こうに ブラン城が光り浮かんでいる。
『わあっ 綺麗・・・!』

そして 女の子は彼の手を離すと城の方へむけて 駈けだした。
「危ない!」
カルロは慌てて追いかけ、女の子の肩を掴んで引き留める。
「だめだよ、崖から落ちてしまう」
『えっ?』
必死に声をかけられ 小さな女の子は足下すぐ前の断崖絶壁にやっと気づき
慌てふためいてカルロの後ろへ回り込んだ。
『こわいよう・・・』

「ここでじっとして眺めていれば 怖くないよ」
そう声をかけると、女の子は意味が分かったのかそれとも無意識なのか
おそるおそる 彼の横からひょっこり顔を出し もう一度城を見た。
『綺麗なお城・・・あっ!!あそこだ!!』
突然、女の子は なにやら必死で城を指さしながら 異国の言葉で
カルロに何かを伝えようとしている。
(あの城から来たのかな?)
『じゃあ、一緒にあの城へ行くかい?』
彼も幻想城を指さしながら小さな女の子へ声をかけると
なんとなく意味が伝わったようで うんうん、と嬉しそうに頷いていた。
『この先に谷を迂回する道がある。すぐそこだ 行こう。』


『きれいな おほしさま!!』
その道は比較的視界が開け 頭上の星が 降ってきそうなほど 
数多く光り またたいている。

並んで歩いていると 小さな子はスキップをして そしてカルロに歩みを
合わせようとして小走りになる。
それに気づいてカルロが歩む早さを緩くすると・・
『うふふっ』
女の子は嬉しそうに笑って 彼の革の手袋をはめた右手に つかまるようにして
小さなそのミトンの手をつないだ。

(・・・無邪気 なんだな)

 先生すらも煙に巻く利発な彼は クラブの仲間達からも一目置かれている。
ぎこちない友人関係。
それでもさほどに気にしていないつもりだったが・・・
なんとなく 心にうらさびしい想いを抱えていた彼だった。

孤高。

そんな自分なのに この小さな女の子は安心して寄り添ってくる。
『おにいちゃんは どこから来たの?』
(・・・)
言葉自体はわからないが、カルロにとても興味津々、な気持ちが伝わってくる。

『わたしはね、おとうさんとおかあさんと旅行なの。
 不思議なドアをくぐってね、あのお城へやってきたの。
ほんとはね、わたしはね、すっごくすっごく遠い国に住んでいるんだって
おとうさんがおしえてくれたの。』

そして 自分のことを一生懸命伝えようと している・・・

カルロは相づちをうつことはしなかったが、おだやかな表情の横顔で
うきうきとおしゃべりをする小さな女の子の声を聞いていた。

満天の星が見守る中、青年と少女という 不可思議な組み合わせの二人が
仲良く並んで歩いていく。
言葉が通じていないことなど 彼女は あまり気にしていないようだ。
そして、カルロもなんだか ここで二人並んで歩くのに言葉の意味は
必要ないような気がしていた。

一人で歩くときよりも山道は ずっと短く感じられた。
終わるのが惜しくなるくらい あっという間に 城の前に辿り着いてしまった。

『わーい お城に出られたあ!』
小さな女の子はぴょんぴょん飛んで 喜んでいる。
この辺りを探せば きっと彼女の両親も見つかるに違いない。

(・・・)
カルロはふと しゃがんで女の子の視線の位置と同じ所まで降りた。
そして 何か新しい発見をした子供のような 晴れやかな表情で 彼女を見つめる。

「不思議だな・・言葉なんか通じていないのに なんだか楽しかった
曇りのない心で接すれば 誠意とか 好意も 通じるんだろうか」

カルロは心の中で 自分を振り返る。
周りに警戒心という衝立てを作っていたのは この自分だったのだ。

女の子はキョトン、とした顔でその彼の言葉を聞いている。

曇りのない心で 誠意を見せれば きっとうまくいく・・・
カルロは いままで友人の誰にも見せたことのない 笑顔 を見せた。
「ありがとう、僕は 君を見つけて良かったよ」
その 彼が今夜初めて見せた笑顔に 女の子も嬉しくなって とびきりの笑顔を
返してくれる。
『おにいちゃん、わたしすっごく楽しかった。ありがとう!』
そして。

「らっ らんぜぇー!」
唐突に 遠くから、大人の声が聞こえてくる。
『あっ おとうさん、おかあさん!!』
その声に”ランゼ”と呼ばれた女の子は くるりと声のする方へ向き
両親の姿を認めると こちらを振り返りもせずに駈けだしていった。

小さい女の子は 父親と思われる人物の元へ駆け寄り 抱きついて また泣き始めていた。

『あのね、森の中で迷子になっちゃったの。
 泣いてたらあのお兄ちゃんが来てわたしをここまで連れてってくれたの・・・』
小さなランゼは今走ってきた場所を振り向き指さしたのだが・・・
『あれぇ・・・??』
そこには 誰の姿も見あたらなかった。

そのあと、カルロの表情が以前より柔らかになったと
以前は心にナイフを隠し持っているような受け答えだったのが 
まだ気高い雰囲気はそのままだが 少しは取っつきやすい印象に変わったと
周りの人間が噂したとかしないとか・・・。



それはもう 10年も前のこと。
カルロの記憶からも とおく 薄くなっていく。




カルロとランゼは夕刻に たまには近場も良いよねと 突然車で足を伸ばし 
ブラン城へ向かっていた。

車の中で ランゼは突然 くすくすと笑いながら 世間話のように
気軽にその言葉を口にした

「わたしね、昔 そのお城へ観光に来たことが有るのよ。」
 そこで迷子になってね 知らない人に助けて貰ったの」

その台詞がきっかけとなり、唐突にカルロは 昔の記憶を思い出していた。
「夜になっても森を抜けられなくて・・星空がやけに綺麗だったな・・どうしたの?」
返事をしないカルロに ランゼは訝しく思って 声をかけた。
「・・・お前を助けたのは どんな人物だった?」
「背の高ーい お兄さんだったって 覚えてるんだ・・そしてね・・えと
・・・怒らない?」
ランゼはふいに カルロの顔色を伺うような仕草をする。
「?・・なんだ?」
「笑顔の素敵な 格好いいお兄さんだったんだ なんてね きゃはっ
 ・・あっ でも良いよね?ちっちゃな頃のお話なんだし 」





「おいで・・・久しぶりに少し歩かないか」

ブラン城に到着すると カルロはランゼを連れて 日暮れの山道を登っていく。
中空に星が一つ、また一つと増え始めていた。

ローヒールとはいえ 踵に高さのある靴を履いているランゼの足下を気遣いながら
彼女の手を取り カルロは ゆっくり ゆっくりと坂を登っていく。

坂を登りきればいつかと同じ ライトアップされた ブラン城・・・
爽快で 幻想的な風景に ランゼは心躍らせる。

「うわーっ 絶景!!!来て良かったぁ・・・」

「この風景に覚えはないのか」
「えっ?」

彼の呼びかけに、ランゼは振り向き彼の顔を見上げる。
カルロは とても 懐かしそうな瞳で ランゼを見ていた。
「不思議なものだな 私はお前と 以前も偶然に出逢っていたなんて」

「じゃあ・・・それは・・・」
「私も随分前にここへ来たことがある。
 そこの森の中で 黒髪の 不思議な言葉を話す女の子が 切り株の側で泣いていたよ」

「それは きっと ううん 絶対 私だわ・・・・!!」

なんというロマンチシズム。
なんという偶然。

現実主義の男ですら 驚かずには いられない。
夢見がちな乙女ならば なおさらのこと。
顔を真っ赤にして 両頬に手を当てて 目を潤ませている。
「素敵・・・私たち 以前にも逢ってたなんて・・」
どうしても運命を 感じてしまう。

カルロは そっと愛しい娘をその腕の中に包み込む。
彼はあのとき 自分がどんな事を考えたかも 思い出していた。
「すっごく 嬉しいよう・・・」
感極まって 泣き虫ランゼは涙を零し始める。

「あのときも そして今も お前を見つけることが出来て 私は本当に良かった」
「あのときも・・・?」
彼は多くは語らない。
穏やかな微笑みでランゼを見つめ 次々こぼれる涙を カルロは指で そっとぬぐう。
「ダーク・・・」

「私は お前を 愛している」
もう一度お前を見つけることが出来て 私はなんて幸運なのだろう!

夜になったばかりの丘の上で ”再会”の喜びを胸に 二人は唇を重ねた・・・



「今もこうして一緒にいるのだから あのとき お前を誘拐してもよかったんだな」
「・・いやあね もう!」

意外なブラックジョークにランゼは目を白黒させる。

星も 風景も 昔と変わらない。

でも
カルロは立派な大人に
そしてランゼは美しい娘へと 成長している。

「行こう」

見上げれば いつの間にか頭上には満天の星空が広がっていた・・・。

end


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あとがき。

今回は美波様リクエストのお話です(^_^)。
ゲットなさったカウンタの番号は 55955〜♪ 。
キリ番お休みしていたのですが いつもサイトにお話をお寄せ下さり
聖誕祭でも。というわけで美波様にはお世話になっていますし・・・
二つ返事で はいok!後夜祭にてお披露目ネタが増えて
私も一石二鳥!?でありました。(^-^)

今回のリクエストの内容ですが
美波様の
”「幼いころどこかで会っていたことがあるが、本 人同士は忘れている。大人になって再会し、また恋に落ちる」
という運命の恋人同士的なモノが好みです”
というメールのコメントから作らせていただきました。

そして、色々あらすじをたてて下さいまして(ありがとうございます♪)
その中から"二人できれいな星空を見た記憶”
というキーワードを頂きました。
美波様の下さったリクエストのあらすじから ちと 離れてしまい 反省・・;

カルロ様多感な17歳、蘭世ちゃんものごころつき始めた4歳。
・・・いかがなもんでしょう えへへ

拙い文章ですが 美波様 そして皆様へ 捧げます。     悠里




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