「!?」
カルロは執務中、突然胸騒ぎに捕らえられた。
・・・それは蘭世が何者かに捕らえられ気絶した瞬間のことだった。・・・
カルロはひっつかむように受話器を取り上げ、急いで学校に潜めてある
部下に連絡を取る。
「はい、まだ学校の校庭におられます」
「?それは本当にランゼなのか?」
「確かに・・・・あっ!」
部下が改めて黒髪の娘を確認すると。。。
それは、巧みに用意されたダミーであった・・・
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【おまえの大切な日本人形を預かった。返して欲しくば10億ドル用意しろ。
受け渡しにはおまえ一人で来い 少しでもおかしい動きをしたら命の補償はない】
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しばらくして、そんな投書がカルロの屋敷に届けられる。
「・・・おそらくオーウェンの手先だな。」
カルロはきびすを返し、引き出しから銃弾のストックを取り出す。
「攻撃に備えろ。私は指示された場所へ行く」
もしやとは思っていたが。
ベン=ロウは出撃準備を始めたボスを見てあわてた。
「いけませんダーク様。奴らはきっとダーク様の留守をねらって襲撃してきます」
カルロは準備の手を止めずにチラとベンを一瞥するだけだ。
「私がいなくとも対抗できる力はあるはずだが?」
それでもベンは食い下がる。
思わず握りしめる手のひらに汗がにじんでいた。
「ダーク様自ら行かれるのはいくらなんでも危険すぎます。誰か替え玉を・・・」
「私が行く」
「ダーク様!」
無表情のようだがカルロから静かに青い炎のような怒りのオーラが立ち上っていた。
「お気を鎮めて下さい。確かにボスには特殊な力がおありです。ですが、相手は確実に
複数を投入してくるでしょう。敵も愚かではありません」
「・・・わかっている。だが、行って奴らを血祭りに上げないと気が済まない」
そう言い放つカルロの視線は野生の豹のように険しかった。
カルロの部下で精鋭のひとりが入ってきた。
「ボス!ランゼ様が拉致されているらしい場所を発見しました。」
さすが優秀な部下達である。
「替え玉を屋敷へ残すんだ。いくぞ」
カルロとその精鋭の部下達は、地下道から外へ出る。
そうして蘭世の囚われている場所へと向かっていった。
◇
蘭世は息を切らしながら必死にその敷地の庭を逃げ回っていた。
誘拐され、拘束されていたのだが
お約束通り得意の能力で見張りの部下に噛み付き
変身、逃亡していたのだ。
(ふうふう・・・ちょ、ちょっと一休み)
部下の姿の蘭世は茂みに身を隠す。
「人質が逃げたぞ!」
「遠くへは行っていないはず!探せ!!」
男達がばらばらとこちらへ向かってくる。
部下に変身した蘭世は思わず茂みから飛び出し叫んだ。
「こっちじゃない!向こうの小屋の裏だ!」
足音の一軍が遠ざかっていく。
「ふう・・・。」
蘭世は思わず冷や汗を拭う。
すこし安堵して茂みに戻ろうとしてかがんだ。が、その途端だった。
葉が鼻に触って・・・
「はっくしょん!!」
(しまった!いやーん!!)
あっけなく元の姿に戻ってしまったのだった。
「ランゼ!!」
「ひゃああっ!!」
突然その声は蘭世に降ってきた。
その声に蘭世は心臓が喉から飛び出るかと思うほどびっくりした。
茂みから飛び出てしまったくらいだ。
だが我に帰り、振り向くとそこに蘭世が見たのは・・・
蘭世を見つけ安堵する顔、顔。
いつも通り白いスーツの男と、キャットスーツと言われるものを身につけた
黒ずくめの男達が数人。
なんと、それはカルロとその部下達だったのだ。
彼らは蘭世を助け出すため、敷地内に潜入してきたのだ。
・・・カルロ自らが、だ。
「あ・・・」
蘭世の顔も驚きから喜びの表情へとうつっていく。
そして、カルロに飛びついていきたい!と思う。・・・だが
その体はがくがくと震え足がすくんで動けない。
さっきまで気を張っていたのにカルロの顔を見た途端
力が抜けてしまったのだった。
そんな蘭世にカルロは走り寄りその細い身体を抱き上げる。
(カルロ様・・・!)
「おまえを巻き込んで済まない・・・。」
「あ・・・」
蘭世の目からは安堵の涙がぽろぽろと零れ始めていた。
「よし、撤退するぞ。次の作戦へ移れ」
「はっ」
カルロ達は潮が引くごとくあざやかにその場を引き上げる。
一同は裏手に隠していた車へ乗り込んでいく。
いつもとは違うワゴンタイプの車だ。
蘭世が拉致されていたのは山の中の倉庫だった。
オーウェン家とは一見関係なさそうな場所だ。
蘭世さえ救い出せばこんな場所に用はないのだ。
「頭を低くしていなさい。」
カルロが静かに蘭世にそう告げると、彼女は素直に従い身を伏せた。
しばらく車が走った後、奇妙なピラミッドがある公園へ出た。
(あれ、なにかしら・・・・?)
車を降りた一同は公園の一角にある茂みの中へ進む。
部下達がマンホールのふたを開けた。
・・・それは、カルロ家に続く地下道への入り口だった。
カルロ達が屋敷の地下室に到着する頃、一台の高級車がカルロ家から出ていった。
中にはダーク=カルロのダミーが乗っている。
もうしばらくすればオーウェン家一味がカルロの屋敷へ攻撃をしかけて来るだろう。
ボスであるカルロがいないと油断している奴らを叩きのめすのが作戦である。
カルロ家の地下室に到着した一同。
カルロは蘭世に心配をかけないよう、穏やかな口調で蘭世に話しかける。
「疲れたろう。服が埃だらけだ。この部屋にも
シャワー室があるからシャワーでも浴びて
着替えていなさい。」
カルロは部下に用意させた蘭世の服を手渡す。
勿論エレガントな物である。
「・・・カルロ様は!?」
「大丈夫だ。何も心配しなくてもいい」
部下一人をドアの前に残し一同は階上へ移動していった。
(う・・・気に、なるわ でも・・・)
蘭世ははやる気持ちを抑えつけ、言われたとおりにシャワーを浴びた。
だが階上が気になって仕方がない。
蘭世はこれ以上早くしたことがないと思えるほど素早く体を洗い、
着替えてシャワー室を出た。
そおっと入り口のドアを開ける。
「あの・・・みんな、上で何をしているの?」
おずおずと残った部下に聞いてみる。
「ランゼ様は何も心配する必要はありません。出てきてはいけません。
しばらくここでお待ち下さい。」
やっぱりまともには答えてもらえない。
急に、階上からあわただしい足音が響いてきた。
続いて、何発もの銃声が聞こえてくる。
しばらくするとズン・・・という腹に響く爆発音が聞こえてきた。
地下室の壁がわずかに震える。
蘭世は胸騒ぎが隠せない。
「この銃声は、私のせい?!私が誘拐されたせいなの?」
再び蘭世は部下に詰め寄る。
「大丈夫です。ランゼ様。ボスはヘマをしたりはしません。」
部下は冷静に蘭世に返答する。
その態度は逆に蘭世をヒートアップさせるのだ。
「どうしてそう言いきれるの!?もしものことがあったら・・・!」
蘭世は思わず部下に噛みついていた。
・・変身だ。
それは無我夢中のことだった。
(もし、私のせいでカルロ様が死んだりしたら、生きている意味がないわ!)
「こんなところにいられない!」
部下に変身した蘭世は勢い良く階段をかけ昇っていった。
(どこにいるの・・カルロ様!)
階上へ出ると、聞こえてくる銃声は耳をつんざくほどの大音響であった。
あたりに立ちこめる硝煙のにおい。
それは以前カルロの誕生日に起きた抗争と同じ状況だった。
部下の姿をした蘭世は物陰へ隠れつつカルロを探す。
(・・いたわ!!)
カルロは入り口の真横に身を隠していた。
蘭世も物陰から抗争の一部始終を覗いていた。
やがて銃声が少なくなる。
・・・騒ぎが収まりつつあるように思えた。
(もうそろそろ・・・終わり?・・カルロ様は大丈夫・・よね?)
蘭世がそう思いかけていた時。
(なあにあれ!?)
ふいにカルロのいた場所からすぐ近くの茂みから黒い陰が転がりだした。
それはがっちりした男だ・・・
そして、男は銃を構えていたのだ。
「死ね!カルロ!!」
「危ない!!」
部下の姿をした蘭世は思わずカルロに駆け寄り飛びつく。
ズギューン。
ひときわ高い銃声がフロア中に響く。
弾道は確実にカルロの心臓をねらっていた。
だが、何故か弾はギン!!と鈍い音をたてて跳ね返された。
「・・・ちくしょう!なんだこりゃ!!」
男が毒づいている。
カルロをかばった蘭世の指輪が光り、二人の周りにバリアを作ったのだった。
次の瞬間、ベン=ロウの銃によってその暗殺手は葬り去られていた。
その銃声を最後に、あたりに静けさが戻ってきた。
・・・敵が撤退しているらしい。
『よかった・・・。』
蘭世は我を忘れて日本語でそうつぶやいた。
まだ部下の姿であることを蘭世は忘れていた。
カルロは自分を助けた部下を見て、何か違和感を感じた。
「・・・おまえは、確かランゼを見張っていたな」
「あ!」
しまった、と思う蘭世。
(じっとしていなさいって言われてたのに。
言うこと聞かなかったから怒られる!)
どう取り繕えば免れる!?・・・
「申し訳在りません、ランゼ様を見てきます!!」
そう言って部下の姿をした蘭世は走り去ろうとする。
が、その肩をカルロは片手でがっちりと押さえたのだった。
蘭世はもうパニック寸前である。
「おまえは誰だ・・・まさか・・・蘭世?」
「ごめん・・・じっとしていられなくて、つい・・・」
蘭世はばつが悪そうにして上目遣いでカルロへ振り向いた。
「ダーク様。これはどういう事ですか?」
ベンが二人に声をかける。
(うわー!!)
思わず蘭世は心で叫びだしていた。
他の部下達が地下室の前で倒れていた男を担ぎ上げてきたのだ。
目の前に立っている男と同じ姿である。
(もう、隠し通せないわ。)
蘭世はカルロ以外の者には自分の正体を明かしていなかった。
もう蘭世は逃げようとするのをやめ、俯きながらカルロにぽつりと言った。
「みんなに正体を明かすから、できればコショウがほしいな」
「?」
「あまり沢山の人に見られたくないのだけど、仕方ないよね」
「・・・では私の部屋へ来なさい」
(えっ)
思わず蘭世は顔を上げてカルロを見た。
「ついて来ればいい」
カルロはすたすたと階段の方へ歩き出した。あわてて蘭世も追いかける。
「ダーク様!その者をどうされるのですか」
ベンが後から声をかける。
「ベン、おまえも一緒に来い」
「はっ」
蘭世の後からベンも階段を昇り始めた。
ダーク=カルロの執務室に通された。始めて入る場所だ。
広々としており、大きく窓がとられていて明るい。ただ、壁一面に
本棚が並べられており重厚な雰囲気を醸し出していた。
ベン=ロウが厨房からコショウを持ってきた。
「ありがとう・・・」
蘭世はコショウを受け取ると一気に自分に振りかけた。
「は・・・はっくしょん!」
次の瞬間、部下のいたところに蘭世が姿を現した。
「なんて娘だ・・・!」
ベンは驚愕を隠しきれない。
カルロは久しぶりにみた蘭世の変身で一瞬驚いていたが
すぐに葉巻に火をつけ冷静さを取り戻していた。
「ベンさん、今までだまっててごめんなさい。
私、人間じゃありません。・・・吸血鬼なの」
ベンがやっと口を開いた。
「しかし、吸血鬼と言えば血を吸ったり、
日の光を浴びると灰になったりするのでは?」
「私は吸血鬼と狼女のハーフなの。だから日光も大丈夫。
そして私は血ではなく姿を吸い取るのよ」
「・・・ボスはこれをご存じで?」
「・・・」
カルロは答える代わりに黙って頷いた。
蘭世はちょっといたずら心がうずきだした。
上目遣いでカルロを見上げる。
「ね、一度やってみたかったの・・・噛みついて、いい?」
「・・・私にか?」
ちょっと驚くカルロ。
葉巻の火を灰皿へ押しつける。
いたずらっぽい目で見上げながら、つつつ・・・と
カルロをソファの前まで押しやる蘭世。
そして、蘭世はベンへ振り向きながらにやっと笑う。
「もういちどやってみせるわ。見てて!」
蘭世はカルロの首にふわっと抱きつき、牙を突き立てた。
カルロはどっとソファへ倒れ込み、そこにもうひとりのカルロが現れた。
「やったわ・・・」
「すごい能力だ・・・」
ベンは倒れ込むカルロを見て思わず拳銃を取り出してしまった。
再びの怪現象に驚きを隠せない。
ボスが2人だ。
蘭世はテーブルのコショウを手に取りまた自分に振りかけた。
「はっくしょん!・・くしゃみをすると元に戻るの。」
すると、カルロも目を覚ます。
「う・・私は??」
「私、今あなたに変身していたの。覚えていないでしょ?」
「そうだな・・・まいったな」
カルロは頭に手をやった。
「噛まれた記憶はなくなるのよ。」
「何から何まで不思議な・・・」
ベンも困惑しきっていた。額の汗をハンカチで拭う。
「お前や私よりもすごい能力だろう?」
カルロはワイングラスを3つ引き寄せながら言う。
続いて赤ワインのボトルも空中を漂ってきた。
「ベンさんにも超能力あるって、こないだ聞いたわ・・・」
思わず蘭世はベンの顔を見る。
「ダーク様には及びませんが。ダーク様は代々のボスの中でも
飛び抜けた能力をお持ちです」
グラスはそれぞれの手の中に収まった。
ひとつひとつにボトルが浮いてワインを注いでいく。
「ランゼ。この者は私の遠縁に当たる者だ。」
「ああ、それで・・・。」
いつか昔、カルロの一族は超能力者がよく現れると言うことを
カルロから聞いたのを思いだした。
蘭世も注がれたワインに口を付けてみた。
実は蘭世はお酒が初めてである。
「・・・おいしい!」
「それは良かった。」
カルロはソファから立ち上がる。空になっていた自分のグラスに
またワインをつぐ。
「・・・今日はでしゃばってご免なさい」
蘭世はぺこりと頭を下げた。
「言うこと聞かなくてご免なさい。じっとしていられなくて、つい・・・。」
俯いてどぎまぎしている蘭世。
「おまえが無事で良かった。
・・・普通の娘だったらこんなに楽に解決してはいないだろう」
カルロは蘭世に近づく。その小さな顎に手をそっと添え自分へ向かせる。
「謝らなければならないのは私の方だ。またお前を巻き込んでしまった」
蘭世はそえられた手をそっと両手で包み、自分の頬にあてた。
目を閉じる蘭世。
「・・・カルロ様助けに来てくれて、私嬉しかったの。」
「私は何もしていない。おまえは自分で倉庫から出てきたのだろう」
カルロはおもしろそうに蘭世を見、頭へポンと手を置いた。
それを聞いて蘭世は目を開ける。
「いいえ!カルロ様の指輪が私の手錠を外してくれたのよ!」
カルロは少し驚いて蘭世の手を取り指輪を見る。
「今までの誰もこの指輪にそんな力を与えたことはない・・・不思議なことだ」
蘭世の指輪のはまった手に口づける。
「それから、先刻はランゼに命を救われた。お前は命の恩人だ」
「そんな!だって、私は・・・」
蘭世は口ごもる。
「”私は”?・・続きが聞きたい」
カルロが蘭世の顔をのぞき込む。
いつもカルロの碧翠の瞳にときめいてしまう。
いつしか蘭世の顔は真っ赤である。
唇を震わせていたが、ついに告白する。
「私は、カルロ様が大事なのだもの。貴男がいなくなるなんて考えたくないわ。
だって、あ・・愛してるのだもの。」
「ランゼ。ありがとう、私も愛している・・・」
吸い寄せられるように口づけを交わす二人。そして・・・。
ベンは少し前にそっと執務室を出ていた。
今回の一件の後始末ぐらいなら自分でも指示できる。
報復も計画を練るのに多少は時間を要するだろう。
内通者を特定さえ出来れば後はたやすいし、しかも内通者には心当たりがある。
「それがちょっと厄介なことだな・・・」
ベンは独り言を言った。
内通者と思われる女性は、カルロファミリーでも有力者の娘である。
どう処理したものか。
一難去ってまた一難、であった。
「ベン=ロウ様、報告します」
部下のひとりが階下から上がってきた。
「下の部屋で聞こう。」
ホールでは部下達が後かたづけに奔走している。
それを見回した後、ベンは思わず2階の今しがた
自分がいた部屋の辺りを見上げた。
今頃は・・・。
(・・ま、ボスもたまにはひとりの人間に戻った方がいい)
いつものカルロなら事後処理も最後まで立ち会い指示するのが普通だった。
だが。
やっかい事をたまには我々に押しつけて、羽を伸ばした方がいい。
そう思い、ふっ と笑みをこぼすのだった。
fin