『円舞曲−ロンド−』



早春、ルーマニアのとある大きな屋敷で・・・
上流階級の女たちが広いテーブルを囲み、ゆったりとしたソファで談笑している。
その中に・・カルロの婚約者、蘭世の姿が、あった。
蘭世は最近パーティで知り合った婦人方と交流を持つようになっていた。
それはカルロファミリーの表向きの仕事に関わる得意先のご夫人であったり
もちろん、協定を結んでいる他マフィアファミリーのボス夫人、はたまた愛人などもいたりする。
蘭世もカルロの婚約者としてその輪に参加している。
男共は血なまぐさい話、ビジネスライクな相談などを軸に・・時には丁々発止の
やりとりもしているが、女性陣はいたって平和で優雅なコミュニティを作り出していた。
「先日奥様に頂いたお紅茶とても美味でしたわ。さすが奥様、
 農園の管理にも気を遣っていらっしゃるのね」
「今度わたくしジュエリーショップを開きますの。どうぞ見にいらして・・」
「・・・」
「・・・」

当初蘭世は右も左も判らずただただおろおろするばかりであった。
周りのご婦人方はステイタスから来る余裕なのか、
蘭世が”あの”カルロファミリーのボスの婚約者だから仲良くしていて損はない、
と判断したからなのか
・・うぶい蘭世を受け入れ、色々と優しく接してくれるのだった。

社交パーティがない日にも、婦人だけでのお茶会がしばしば開かれる。
蘭世もそれに少しずつ参加するようになっている。
その中で・・特に親切にしてくれている婦人がいた。
カルロと同じ見事な金髪で、その長く美しい髪を高く結い上げている。
そしてひときわ優雅で美しい婦人。
カルロの顔なじみであるファミリーのボスが彼女の主人であった。
素敵な人が自分と話をしてくれる。
しかも、まったく周りがわからない自分のことを受け入れて色々親切に教えてくれる。
蘭世はそれが嬉しくてその婦人の屋敷にしばしば出向くのだった。
「あのね、今度編み物を教えて下さるの。上手になったらダークのセーター編むんだ!
 あっ、もちろんとびーっきりお洒落なデザインにするから任せて!!」
蘭世は有頂天である。
カルロは優しく微笑んで答える。
「・・・楽しみにしているよ」

が。

内心・・カルロは、はらはらしていた。

その婦人は、確かにカルロと親交のあるファミリーのボスの奥方だった。
それは別に構わない。
ただ、このご夫人には少し奇妙な噂がついていたのだ。
・・・・・どうも彼女は最近特異な趣味・・を持っているらしい、と。
自分専用の屋敷を別に持っていて、そこを男子禁制にしている。
そして若い娘をそこへ連れ込んでは妖しい事をしている・・とまことしやかに
噂されているのだ。
その夫人はボスと別居はしているものの、二人の間には子供もいるし
パーティには必ず二人揃って出席しているからその噂は本当なのか
悪意ある者の作り話なのかはまったく不明なのだった。

そのボスは先代からのつきあいで、父親が亡き後ボスとなったカルロは色々
その男から教えられることが多かった。
誇り高き孤高の男カルロであったが、このマフィアのボスだけはある種の尊敬の意をもって
接していた。だから、このご夫人に関してもカルロは失礼なことが出来ない。

「そのご夫人の屋敷にはお前一人で誘われているのか?」
カルロはさりげなく聞いてみる。
「?ううん。クララさんてパティスリーショップの店長さんもいつも一緒よ」
「・・・」
娘の交友相手を気遣う保護者のようなおかしな気分でカルロは内心苦笑いだ。
とりあえずそのいつも一緒に行く女性も蘭世と一緒にカルロ家の車で送り迎えすることにする。
そしてクララという女性が欠席するときは蘭世にもあれこれ理由を作って行かせない。
男所帯のカルロファミリーには付き添っていく女性もいないし
下手に女性を雇っても怪しまれ、先方に不快な思いをさせるだけだから、
ギリギリラインの対応であった。
そして、蝶のモチーフがついたチョーカーを・・・密かに極小の盗聴器付き・・をいつも首に
(動作チェックを毎回きちんと行った物を!)
カルロの手自ら蘭世につけてやり、送り出すのだった。

そして、カルロがそれほどまでに神経質になる要因が、その夫人にはもう一つあるのだった。
その、今まさに熟女として匂い立つような色気を放つその夫人には・・・。

「ほら見て!前身ごろができたのー」
蘭世は上品な縄模様が両サイドに入ったセーターの前半分をぴらぴらさせながらカルロに見せる。
春にも着られそうな淡い色の、細い糸で編み上げたものだ。
「ランゼは器用だな。・・・出来上がりが楽しみだ」
「えっへへー」
このまま平和に・・・出来上がりを迎えてほしいと切に願うカルロだった。



だが、”その日”は突然やってくる。
このとき、カルロは・・近隣のファミリーのボスたちと会議中であった。
長方形の大きなテーブルを囲み、男たちが紫煙をくゆらしながらあれこれと話し合っている。
その一角に、カルロは腕組みをして座っていた。
小さな金色のイヤーカフの形をした受信機がカルロの右耳についている。
会議の方も的確にこなしながら、右の耳では男子禁制の屋敷で編み物をしている
女たちと蘭世の様子も窺っている・・・

夫人の部屋には、いつも静かに心癒される音楽・・シャンソンやゆったりとしたバラードが流れていた。
ふいに夫人の声が耳に飛び込んでくる。
『クララさん、今パイを焼いているんですけどオーブンの火加減がわからなくて
・・・キッチンの子たちを教えてあげてくれないかしら』
『はい!もちろん』
『ごめんなさいねぇ。こないだ雇い入れたばっかりの子たちで。
 ・・よろしく頼むわね、パティシエさん』

(!)
カルロの右眉がぴくり・・と上がった。
続いて蘭世が席を立つ(立っているらしい)音と、彼女の声・・
『おいしそう・・私も見に行っていいですか?!』
『あなたは今日編む分が終わっていないでしょう?がんばって。』
『はい・・スミマセン』

(!!)
カルロはやおら会議の席から立ち上がる。
今、夫人は確かに友人の女性を蘭世から遠ざけたのだ。
夫人と二人きりになるのは危険である。・・・もしも、噂が本当ならば。
蘭世はおとなしく席に戻り、また編み目の数を数え始めたようだった。
(まだ そうと決まったわけではない・・だが・・・)
疑わしいものからはできるだけ遠ざけたいのだ。
カルロは次の取引についてレートを相談中の皆を残し・・・黙って会議室から出ていった。
「おい・・やっぱり提示した内容が気に入らなかったんじゃないのか」
「にしても奴は相変わらずだなぁ あの愛想のなさはなんとかならんのかねえ」
残されたボス連中は、肩を少しすくめ、そんな事を言い合っていた。
確かに提示された内容には気が乗らないカルロだった。
この一件がなくとも同じリアクションを示したかも知れない。

カルロは廊下をいつもより早足で歩き・・・玄関に向かう。
そして・・・嫌な予感はますます膨らんでくる。
『きゃっっ』
パシャン、という水音とともにガタガタン、と蘭世が椅子から立ち上がる(ような)音がする。
『あら!ごめんなさい・・・大丈夫!?熱くない?!』
『大丈夫ですよ奥様・・・良かった!編み物は濡れてないですし!』
ついに夫人が行動を起こし始めたのだ。
・・・蘭世の服にコーヒーか紅茶を・・こぼしたらしい。
(絶対わざとだ・・・)
いつになくカルロの胸の鼓動が微妙に早くなる。
他のどんなスパイの追跡よりも・・・ひょっとしたら今の方が
数段緊張しているかもしれないカルロだった。
『ごめんなさいね・・今すぐ着替えを用意しますから待っていてね・・』

カチャン、というドアが開閉するような音とともに静寂がやってくる。
蘭世は部屋に一人取り残されたらしい。
それでも気が抜けない。カルロはじっとイヤホンの音に耳を傾けていた。
やがて玄関にでたカルロは、待たせていた車に乗り込み・・・
「例の夫人の、屋敷へ」
問題の屋敷へと・・・男子禁制の屋敷へと。向かって車を走らせるのだ。

カルロは移動中の車内である。
・・しばらくしてドアをノックする音がイヤホンから聞こえてくる。
蘭世のいる部屋に夫人が戻ってきたのだ。
『えっ・・あの、奥様。私濡れたのはワンピースで・・・』
蘭世の動揺が声から伝わってくる。
(なんだ・・・?)
『ごめんなさいね、驚いちゃった?』
次第に夫人の声が近づいてくる。
『・・・着替えは今用意させてますからもうちょっと待ってね・・・』
シャラシャラと、セロファンがこすれるような音がしている。
『わたくしね、実はランジェリーショップも経営していますの。
今度私が新しい春物をデザインしたの。
試作品がちょうど今届いてね・・蘭世さん、試しに身につけてみない?』
そのセロファンには・・どうやら下着が入っているようだ。
『実は私、オーダーメイドのランジェリーを作ってて、よく遊びに来られた方にお勧めしたりするのよ』
蘭世はそのブラとショーツ、キャミソールのセットをのぞき込んだ。
真っ赤だが・・ローズピンクのレースが華やかにのせられておりその色からは想像できないほど
上品な仕上がりになっていた。
『か・・かわいい!!』
『じゃあ、こちらの部屋にいらっしゃい。・・サイズを測ってぴったりのをご用意いたしますわ』

無邪気に喜び答える蘭世。それがさらにカルロをはらはらさせる。
夫人と蘭世、二人の足音が並んで廊下に出て・・別の部屋へ向かう気配だ。

”サイズを測る。”
カルロはその言葉に微妙に反応していた。
・・・トップバストと、アンダーと・・・
当然だ。ランジェリーショップならば。
・・では夫人はシロ?
いや、まだこれからだ。いつクロにひっくり返るか解ったものではない。
夫人の行動はカルロの心の中でグレーのボーダーラインを行ったり来たりする。

『じゃ、そちらに服を置いてね・・・そう、ブラも外して。あらぁ形の良いバストね』
『そっ・・・そうですか?』
『そうね、痩せていらっしゃるせいか小ぶりだけど・・・』
(『がくっ』としたような蘭世のため息が聞こえる)
『ほほほ・・・』
カルロは眩暈を起こしそうだ。
高性能なマイクのおかげで、その場の様子が目に浮かぶようなのだ。
蘭世の裸の胸など見慣れているはずなのに・・
明るい部屋にショーツ一枚で無防備に立つ蘭世を想像し・・
カルロはうろたえ、思わず胸ポケットからサングラスを取り出し、それを身につけた。
このままじゃ自分の方がただの痴漢ではないかと思われてくる。
『はい、両手あげてね・・そう。下ろして・・ふんふん・・』
カルロはきっちり、読み上げられた蘭世の胸のサイズを記憶した。
・・・それは、カルロが見当をつけていたサイズとほぼ一致していた。

(一体どっちなんだ・・・あの女は白か・・それとも黒なのか・・)
それとも・・・?

続いてウエスト、ヒップのサイズも測って・・読み上げられる。
『私、すこし太っちゃったかなぁ』
(ランゼはもう少し太った方がいい)
・・カルロは余計なことを考えてしまい、ハッと我に返る。

『じゃあ、ブラはこれで、ショーツはこれね・・じゃあ試着室はこちらね』

『あっ、そうそう、ショーツは直接はいてくださる?今日はそれを蘭世さんにプレゼントよ』
『えっ・・・そんな奥様!』
『いいのいいの!いつも私と遊んでくださるあなたにお礼よ』
『でも、私の方こそいつも色々教えていただいているのに!
 そうだ!あのっこれ素敵だし私買います・・・!』
『だめよそんな無粋なことを言っちゃ。ショーツもきちんと着たときの雰囲気が知りたいから、
 お願いよ。 私に協力してね』
『えっ・・・あ、はい・・じゃ、お言葉に甘えます・・ありがとうございます!』
シャッ、とカーテンを開閉する音。
さらさらと 衣擦れの音・・・

(私の思い過ごしであればいいが・・・)
やはり噂はデマだったのだろうか。
こういった職業を持てば男の立ち入れない屋敷を造っても当然かも知れない。
彼女の主人である男・・マフィアのボス、は相当な女好きと聞いているし・・

だが。
事態は急展開を見せていく。
『なんか・・部屋が暑いなぁ』
ぽつっ、と蘭世が独り言を言うのが聞こえた。

カーテンをゆるゆると開ける音がする。
『あの・・こんな感じです』
『まあ!かわいい! 良かったわ とてもいい感じ!!』
ああでもないこうでもない、とそのブラやキャミソールのデザイン秘話を
夫人がうれしそうに披露している。
やがて、蘭世がおずおずと切り出した。

『あの、お部屋、すこし暑くありませんか?』
『ああごめんなさい!今エアコンの調子が悪くて・・温度調整がおかしいみたい』

この時点でカルロは屋敷のすぐ外まで来ていた。
『明日修理屋が来るのだけど・・今何か冷たい飲み物持ってきてあげるわ!』

カルロの勘は はっきりと警鐘を鳴らし始めている。
(あの夫人が客を呼ぶ時に壊れたエアコンを放置して置くわけがない!)
「ボス、どちらへ・・」
「ここで待っていろ」
カルロはすかさず車から降りると、つかつかとその屋敷の門へ歩いていく。
・・・右手にはすでに、ピストルが握られていた。

『はい、お待たせ。』
『ありがとうございます!・・・いただきます』
(飲んではいけない!)
カルロが遠くからそう言ってみても蘭世に届くわけがない。
喉がすっかり渇いていた蘭世は、おいしそうにごくごくとのどを鳴らし、差し出された飲み物を
・・飲み干したようだった。
『ごちそうさまでした!・・・?』
飲んだとたん ぼおっと蘭世の意識がゆがんでいく・・
どさっ という音がマイクに入る。おそらく・・・蘭世は立っていられなくなったのだろう。
『蘭世さん?!大丈夫?』
『奥様・・なんだか眠いの・・・』
『あらあら・・』

「大変です奥様!男性の方がこのお屋敷に・・!」
召使いの娘が言い終わるかどうかのうちにカルロが扉をバン!とあらっぽく開けて
夫人たちの居る部屋へ登場した。
カルロは門番をピストルで脅し無理矢理入り口を突破してここへ・・男子禁制の屋敷へと
潜入したのだった。
部屋の中央、ソファに座った夫人の腕の中に・・・半ば意識を失いかけている蘭世がいる。
赤いキャミソールからすらりと伸びた白く細い四肢が目にも眩しい。
夫人はその肩を抱き・・いい子いい子と長い黒髪をなで続けている。
「やっと・・・私のゲームに参加してくださるのね ダーク」
夫人は意味深な言葉をカルロに投げかけた。
(・・・やはり盗聴は気づかれていたか・・・)
そうは思っていたが、夫人のやることに深入りするつもりはないカルロは
素知らぬ顔でポーカーフェイスを崩さない。
他人の趣味をとやかく言うつもりはない。しかしそれに大事な恋人を巻き込んでもらっては心外だ。
「・・・何のことか解りません マダム。無礼はお詫びしますが・・ランゼを連れて帰ります」
カルロはいつになく丁寧な口調であったが・・・有無を言わさぬ雰囲気で
つかつかと夫人と蘭世のそばまで歩み寄ってくる。
「待ちなさい」
突然夫人が鋭く言い放ち・・やおら小さなピストルを取り出した。
「!」
カルロの歩みが止まる。
夫人の持つそのピストルの銃口は・・・蘭世のこめかみに当てられていた。
「この子に銃口を向けるのが一番効果的よね?ダーク・・あなたの動きを止めるには」
「・・・どういうおつもりですか」
カルロは至極冷静に・・静かな声で夫人に声をかける。
「ねえ・・とてもかわいいわねこの子・・私に頂けないかしら?!」
ピストルはこめかみに当てたまま・・くるりと蘭世の身体を自分へ向けると、
夫人は意味深なうっとりとした表情を浮かべ、蘭世の桃色の頬にキスをする。
さらには・・
「ねえ、ちゃんと正しい方法でマッサージしてあげるとね、バストはどんな子でも
もっと大きくなるのよ」
そう言って蘭世の胸元へ手を差し入れるのだ。
これにはさすがのカルロも・・・自分の血が沸騰するような感覚に襲われていた。
「私をからかうのもいい加減に!・・」
「あら、私はいつでも本気よ」
そう言って夫人はにっこりと・・・妖艶な笑みをカルロに向ける。
座った膝の上に美少女の頭をのせ・・美しい女がその娘をのぞき込むと肩を広く開けたドレスの
豊かな胸元の谷間がこちらにもはっきりと見える。
この二人はまるで1幅の絵のようだった。
そして美しい目元、さらに極上のルージュで巧みに彩られた夫人の唇は
どんな男でも魅了するに違いないのだ。
だが・・・その彼女の趣向は、やはり、ベクトルの違う方向へ向かっているのだろうか。
美しい指で蘭世の白いのどをつつつ・・となで上げる。
そうしながら少し、憂いを含んだまなざしで
蘭世の寝顔を愛で、独り言のようにつぶやいた。

「・・・あなたが昔、私になさったようにこの子にしてあげれば、
 この子は私に溺れてくれるかしら」

さらに・・その手は蘭世の細い肩から腕を辿り・・やんわりと、膝の間・・太股の内側へ滑り込ませていく。
「プリシラ!!」
カルロは一歩踏みだし、再び懐からピストルを取り出していた。
銃口は、ぴたりと夫人の額を狙っている。
・・・カルロも、もう我慢の限界であったのだ。
「私に恨みがあるのならば直接言えばいい。何も知らない彼女を巻き込むことは私が・・」
「やっと私の名前を呼んでくださったわね ダーク」
銃口を向けられたにも関わらず平然とした顔で・・笑顔さえうかべて夫人はカルロを見上げた。
「恨みなんか、ないわ。ただの好奇心よ」
「・・・?!」
カルロが”プリシラ”と呼んだその夫人は・・・遠い過去に、カルロと関係のあった女性でもあったのだ。
実はこれが、カルロが今回の件で神経を尖らせた一番の要因であった。
カルロはこの夫人が蘭世に近づいた時点で、危険なにおいを感じていたのだ。
今さら蘭世に嫉妬などするはずがない・・とも思うのだが、女の心の闇は測りかねていたのだった。

「あなたとおつきあいしていたのは遠い昔だけど・・・ダークが選んだ娘さんがどんな子なのか
とても興味があったの。」
「・・・」
「とても素直で可愛い子ね・・・」
夫人は蘭世からピストルを外すと、眠る蘭世をそっと膝からソファへ下ろし、
自分はゆっくりと立ち上がり・・くるりとこちらへ背を向けると窓辺へと歩んでいった。
カルロにいつ撃たれてもおかしくないのに、それもどうぞご自由に、といった態度だ。
「・・・」
夫人が蘭世から離れたのを確認すると、カルロは小走りで蘭世の横たわるソファに近づき、
自分のコートを脱いで赤いキャミソール姿の蘭世に着せかけた。

「そしてね・・私の一番の目的は・・・ダーク、あなたよ」
窓辺の夫人は外を眺めていた。・・つと手を頭にやりピンを外すと・・
まとめ上げていたプラチナブロンドが豊かな質感とともにうねりながら肩へ流れ落ちた。
「私、もういちど貴男と二人きりでお話がしたくて・・それで私の噂を逆手に使わせて貰ったわ。
この子をかわいがれば、いつかこの屋敷へ来てくださると思っていた」
「・・・貴女とはもう何も話し合う必要などないはずだが」
「いいの!話す内容なんて私にとっては2の次なのよ。」
夫人は振り向き窓辺から離れ・・再びソファへ近づいてくる。
・・・・結局、夫人の”噂”はただのデマにすぎないようだ。
髪の毛をおろした夫人は・・・一層華やかな色気をまとった”女”であった。
「私、こんど離婚してパリの方へ転居しますの。最後に貴男に会いたかった。それだけよ」
懐かしそうな、なんともいえず柔らかで美しい微笑みをうかべ、女はカルロへ近づいてくる。
「直接あなたに二人きりでお会いしたいと言っても、もう請け合ってはくださらないでしょう?
だってこんなに可愛いフィアンセが居るんですもの。だから私、一計を案じたの・・」
女は笑顔にいたずらっぽい表情をまぜ、楽しそうに続ける。
「この屋敷を男子禁制にしたことが主人、気に入らなかったのね。だからあんなデマを流して。
・・でも、楽しかったわ。レズビアンの役も相手がこんなに可愛いとやり甲斐があってよ。
でもそれは あくまでお芝居。」
カルロはソファから立ち上がり・・女へ視線を移した。
「有閑マダムの暇つぶしだと思っていらっしゃるでしょうけど・・
 貴男に もう二度と会えないと思ったら・・・無性に会いたくなったの。
 私のこの気持ち、受け止めてくださったら嬉しい・・」
ほんのひととき、昔の恋人同士であった時代のように・・・視線が絡まった気がした。
部屋に流れるスロウなバラードが、”ふたり”の時間を巻き戻していくように感じられる。
「・・・私と踊ってくださらない?」
うっとりとした表情で、女はスッと右手をさしのべる。
だが。
男は・・・その手を取らなかった。
「申し訳ありませんが、マダム・・」
女はその瞬間、表情をこわばらせる。
「最後まで冷たいのね あなたは」

「失礼します」
夫人のがっかりした表情などに気を取られる様子もなく、
カルロは淡々とコートに包んだ蘭世を両手に抱き上げ、立ち上がり、部屋の出口へと向かった。
だが、カルロは扉を開けたところで、ふと立ち止まった。
夫人の方へは振り向かない。だが・・
「・・・お元気で」
「ありがとう・・・貴男もね」

そうしてカルロはその扉からでていく。
夫人の目には・・・涙が光っていた。



セーターの完成を目前にして、夫人は突然転居してしまった。
蘭世はそれにひどくがっかりしたようだ。
「あーあ。せっかく仲良くしてもらっていたのにな・・転居先も教えてくださらなかったの」
できかけのセーターを手に取り、ため息をつく。
「まだまだ教えてほしいこといっぱいあったのに」
でも蘭世はめげない。
「よーしっ 残りは自分でやってみるもんねっ!わかんないところは・・・
タティアナに聞くもん!!」

そうして春色のセーターは3月の始めにようやくでき上がった。
夫人が去ってから作った箇所は、凝視するとなんとなく編み目にぎこちない風があったが・・
それでも、元のデザインが余程すばらしかったのか
カルロが着るのに十分な出来映えだった。

「ありがとう・・」
ある休日。
カルロはいつもと変わらない笑顔で、緊張した面もちの蘭世からそれを受け取り、はおって見せた。
「きゃーよかった!サイズぴったり!それに・・」
蘭世は心からうれしそうな笑顔を見せる。
「うふ。ダークに似合う服が作れるなんて、私サイコーに幸せ!!」
カルロは、”この笑顔を守るためならどんなことでもしよう、これからも・・・”
そう思いながら蘭世の細い肩を抱き寄せていた。


FIN

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あとがき。

実はこれ・・・
マーヤ様にいただいたリクエストから派生して出来たお話なのです。
彼女にもがんばってカルロ様を壊す(笑)仕掛け人になって貰おうと思ったのですが
どうも路線が違ってきてしまったわ(えへへ)。

カードで言うとZ氏はスペードのジャックで
このお話の夫人はダイヤのクイーンかな・・

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