(4):最終回
カルロと蘭世を載せた自動車は夜の街を走っていた。
「・・・」
いつも雄弁な蘭世が黙りこくる。こういうときは大抵悩んでいるときだった。
カルロはさりげなく蘭世の肩へ腕を廻す。
「ダーク・・・」
「?」
蘭世は突然ばっ、とカルロの胸に抱きついていた。
そして思い詰めたような表情でカルロを見上げる。
「私、ダークのこと愛してる・・・」
カルロはフッ・・と微笑み、蘭世の額に唇を寄せた。
「わかっている。私もお前を愛しているよ・・」
(・・・)
しばらくお互いの視線が絡んだ。
蘭世はふっ、と視線を伏せ、カルロの胸に頬を寄せる。
そして再び沈黙が降りてくる。
(・・・)
先に沈黙を破ったのは、やはりカルロだった。
「ランゼ。・・・そろそろ教えてくれないか?何故そんなにアルバイトにこだわるのか」
「ダーク・・・」
「友人も沢山出来て楽しいだろうが・・私は色々心配で仕方がない。
帰りが遅すぎるのも考え物だ」
「・・・」
「ランゼがそこまでして手に入れたいものは いったい何なのだろう・・」
「・・・・」
(私の 手に入れたいもの・・・)
蘭世はカルロに抱きついたままぽつりぽつり語りだした。
「プロミスリング・・・ふたりの、欲しかったの。勿論おそろいよ。」
「?」
「婚約指輪じゃなくて、恋人同士の約束・・みたいな意味のが欲しかったの」
(ランゼ・・・)
カルロは蘭世の流れるような黒髪をゆっくりとなで始めていた。
「でも・・ダークが身につけてるのってとても高級な物ばかりでしょ?
贈るからにはいつも着けて欲しかったし・・・でも、
着けてても迷惑にならない物にしようと思ったら生半可なものは買えないなぁって
思って・・・ブルガリのペアリングを選んだの。
ちゃんとね、小さくても本物のダイヤがはまってるの」
「ランゼ・・・」
「でね、私・・どうしても自分の力で手に入れたかったの。
ダークに頼らないで一人の女性としてね、貴方が好きよって、
私は貴方を選んだのよって・・・格好良く送りたかったの。」
(!ランゼ・・・!!)
カルロは思わず両腕に蘭世を抱きしめていた。
「ん・・・」
でも蘭世は相変わらず元気がない。ふうっ・・と彼女らしくなくため息をついた。
「でも、続ける自信無くなって来ちゃった・・
リング二人分のお金が貯めるにはまだまだかかるんだけどなぁ」
「どうした?」
「う・・・ん・・・怒らない・・・?」
「何でも言ってみなさい・・言わなければ判らない」
「・・・」
重苦しい沈黙・・・少しの間が長く長く感じられる。
やがて蘭世は、ゆっくりと それを口にした。
「先輩に・・告白、されちゃった。」
それを聞き、カルロは少し蘭世を腕の中から離して顔を覗き込む。
「・・・おまえがか?」
「あっ!信じてないでしょ!・・もうっ」
ぷうっ とむくれる蘭世にカルロは思わずぷっ、と吹き出す。
しかし蘭世は思い直し、真顔に戻った。
「私にはダークが居るから・・ううん、ダークが一番だから絶対に応えられない。」
蘭世は真摯な顔でそれを告げる。
カルロも・・・表情をひきしめる。
「それが先輩に悪い気がして・・とっても気まずいよ・・・」
自分に公園での事件を真っ直ぐに報告してくる蘭世に、カルロは大いに安堵した。
(大丈夫だ。蘭世は少しも心動かされていない・・・)
カルロの心に掛かっていた雲が一斉に取り払われた瞬間だった。
・・思えば当たり前なのに。
何故こんなに自分が気を揉んだのか・・カルロは自嘲したくなった。
カルロは蘭世の両頬を、大きな両手で包み込む。そして優しい眼差しで彼女を見つめた。
「自分の気持ちさえはっきり決まっていれば、何も気を遣う必要はない。
中途半端に反応している方が相手にも気の毒だ。
毅然とした態度をとることも必要だ」
そう言ってカルロは蘭世の額に唇を寄せ・・そして唇にも、そっとキスをする。
「では今からそのリングを買いに行こう・・・お前と私の絆の証明だ。」
カルロのその申し出に、蘭世は目を丸くした。
「え?でももうお店閉まっている時間じゃない?」
「私の知り合いの店がある。頼めばいつでも私のために開けてくれる」
「でもダーク、私が買うのよ!それにはまだお金足りない・・・」
「不足分は私が立て替えよう。残りは私に返せばいい・・・もう少しアルバイトを頑張りなさい。」
「ダーク!」
蘭世は感極まり、思わずカルロの首に抱きついていった。
翌日、蘭世の指に真新しいプラチナの、優雅でおしゃれなリングが光っていた。
しかも左手の薬指である。
・・・ケインが告白をしたその次の日だというのに!
ケインは、それがどういう意味を示すのか男のカンで気づいていた。
(牽制されたな・・・)
蘭世はアルバイトの間中、時折それを大事そうに眺めていた。
この指輪をしていれば、多少の苦労もがんばれるような気がしていた。
蘭世はいつも以上にうきうき、ニコニコとしている。
その蘭世の様子に当然・・ケインはおもしろく、ない。
(まあ・・わかっていたことさ。でもこのくらいじゃ僕はめげないからね!)
蘭世と通りすがりにケインはそっと耳打ちする。
「綺麗な指輪だね・・・彼から貰ったの?」
「えっ!?」
「かなりずっしりこたえたけど・・僕は諦めたりしないよ」
蘭世は驚いて、通り過ぎるケインの背中を見送った。
元々彼氏が居るのにアタックしているのだから、ケインの覚悟も相当な物であったらしい。
だが。数日後のことである。
ケインは急に身辺があわただしくなっていた。
受けていたオーディションのひとつに受かった彼は日本映画の主役に抜擢され、
日本へ行くことになったのだ。
事務所からもケインには『スターにするから”身辺整理”をせよ』と通達をうけていた。
当然、ピザ屋も辞めることになり送別パーティが開かれる。
「君と離れるのはすごく残念だけど・・・
蘭世ちゃん、見ててくれよ。僕は必ずビッグになってみせるからね」
そう言ってケインは蘭世に心を残しながらも日本へ旅立っていった。
カルロの執務室。
今日はカルロのペン運びも軽快だ。
久しぶりにカルロのデスク上から書類の山が消えていた。
「ダーク様・・失礼します」
ベン=ロウがノックし中へ入ってきた。
デスクの前で立ち止まり恭しく頭を下げる。
「例の件、処理しておきました。」
「ランゼから聞いている・・・ご苦労だったな」
そう言いながら、いつも通りこちらへは視線も上げずにペンを走らせている。
ふとベン=ロウは思い立ち・・カルロに声を掛けた。
「今回の件、日本に良いことわざがございますね」
「・・・」
それを聞いてカルロはペンを止め・・ベン=ロウを見上げた。
「”敵に塩を送る”・・か?」
「御意」
「ま、少々塩の使い方が違うが・・・”飴と鞭”のほうが意味合いが近いかな」
”敵に塩を送る”の本当の意味は
”敵対関係にある相手でも、相手が苦しい立場にあるときにはそれを助けてあげる”
という意味であり、今回とは余り関係ない。
ベン=ロウが一体どんな”つて”を使ってそれを成し遂げたかは不明である。
だが、確かに彼はケインを有名人に仕立てて日本へと追いやってしまったのだ。
一筋縄ではいきそうもない問題因子は丁重にもてなし、
当人に有利な条件を見せてそちらへ引きつけてしまう。
「・・・至極当然の処理方法です」
ベン=ロウはそう淡々と述べ、続いて本業の仕事についての打ち合わせを始めるのだった。
アルバイトを始めてから半年後、蘭世は目標金額を満額稼ぐことが出来た。
その後も店の皆から『是非!』と続けることを熱望されたのだが
「あの・・婚約者が 私の夜遅くなるのをとても心配してまして・・・」
と言って辞退した。
男子学生達が一斉にがっくりしたのは言うまでもない。
・・・そうして カルロに、再び平穏な日々が戻ってきたのだった。
おわりv
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
萌様のリクエストは
「カルロ様の反対を押し切る形でアルバイトを始めた蘭世ちゃん」でした。
それから
「バイト先では学校とは違い、蘭世ちゃんがマフィアの女ということは
知られていないので、当然彼女はモテモテ。
で、カルロ様は蘭世ちゃんと二人でいられる時間が減ったことにも内心イライラ
、
男どもの存在にもムカムカ、みたいな感じで。」
という分かり易く、私のツボにもはまる指針((*^。^*))も頂きまして
「珍しくカルロ様の言うことを聞かない蘭世ちゃん」
「モテモテ蘭世ちゃん」「ちょっと面白くないカルロ様」
が見てみたい、との事でありました。
いかがでしたでしょうか?私としては大変盛り上がって楽しかったです。
今回萌様には先輩アルバイト嬢として出ていただきましたが、
どこか蘭世ちゃんの引き立て役のようになってしまい非常に申し訳なく思っております(滝汗)
萌様、どうかお許し下さい・・・
次回のリクエストでは、きっときっと、もっと素敵に萌様の出番を演出したいと存じます。
今回はなにとぞご勘弁を;;;
最後になりましたが、素敵なリクエストを下さいました萌様に御礼申し上げます。
拙文ですが、どうぞお納め下さい・・・
悠里 拝
◇小説&イラストへ◇
bg photo:10minutes+