『遙か遠い空のおやゆび姫のおはなし』 悠里:[ISOTOPE]様再録作品

 

おやゆび姫は 暗いあなぐらの中で もぐらのお嫁さんにされそうになっていました。
(もぐらのおよめさんなんて いやいや)
おやゆび姫は 実は隠しているつもりはありませんでしたが 皆に内緒で
傷ついたツバメをかくまい けがの手当をしておりました。
そして、ある日のことです。
『おやゆび姫、ありがとう。お陰で僕はすっかり元気になりました』
傷の癒えたツバメはおやゆび姫を背中に乗せて 暗い地下から出て
空へと舞い上がりました。
 
ツバメは 高く 高く 高く
どこまでも高く舞い上がって
 
虹色の雲の向こうに広がる 一面の花畑へと舞い降りました。
 
そこはいつもいつも 麗しい花が咲き乱れ 明るい光零れるところでした
空気はかぐわしい香りで満たされております 
不思議なことに 毎日毎日良いお天気。
おやゆび姫はお気に入りの花を見つけると、そこで毎日寝起きするようになりました。
 お腹がすくことも 喉が渇くこともありません
おやゆび姫は ツバメや ここにいた蝶たちと いつまでも いつまでも
幸せに暮らしました。
そして 更に不思議なことには葉の朝露を覗き込むと 
自分のことを可愛がってくれていたおじいさんやおばあさん 会いたい人の様子が映るのです
ですから余計 ちっとも寂しくないのでした。
 
 

 
 
おやゆび姫は幸せでしたが 最近 なんだかもの寂しい気持ちを抱えておりました
蝶たちと毎日楽しく遊びます ここへ一緒に来たツバメも大事な友達です。
 
でも、なにかがちがう。
 
毎日ここで暮らしていくうちに おやゆび姫は ここの様子がだんだんと
判ってきておりました。
ここは てんじょうかい と言う場所。
そして
この世界には、自分と同じかたちをしていますが ずっとずっと大きい
・・おやゆび姫が大好きだったおじいさんとおばあさん達と同じ・・
ニンゲン という者たちも住んでいることが判ったのです。
 
おやゆび姫はツバメにせがんで ひんぱんにニンゲン達の居る集落へ
訪れるようになりました。
訪れる、と言っても高い木の上から そっと下を伺うだけです。
太い枝にそっと降ろしてもらい おやゆび姫は伸び上がって下の様子を見ておりました。
 
下にいる人間達も 毎日毎日 幸せそうに暮らしております。
皆見目麗しく 心優しい人たちばかりでした。
 
おやゆび姫は つい麗しい殿方に目がいってしまうのですが
そんな殿方には 大抵美しい女性が寄り添っておりました。
 
(嗚呼、私もあの女の人たちみたいに 素敵な殿方と一緒にいたい・・・)
 
ツバメも そんなおやゆび姫の気持ちをなんとなく察しておりました。
ですが、自分はツバメですからどうすることもできません。
 
 

 
 
そんなある日のことです。
 
「わぁ 素敵な人・・」
 
ツバメは別の集落へおやゆび姫を連れていきました。
そこで おやゆび姫は 素敵な殿方を見つけたのです。
金色の髪で、綺麗な翠色の瞳をしていました。
そして、その立ち居振る舞いがなんとも優美で。
彼は上下とも真 白な服を着ておりました。
 
彼は大抵 一人壁にもたれ静かに佇んで 物思いにふけっております。
おやゆび姫はその姿を見た途端うっとりしてしまいました。
そして 幸い?なことに
どうやら彼は他の人物とは違って 女性を連れてはいないようでした。
ですが、勿論身体の大きさはニンゲンサイズです
おやゆび姫はその日から 毎日毎日その集落へ連れていって貰いました。
そして、いつしか
おやゆび姫はその集落の中央にある木の上で 寝泊まりするようになったのです。
 
ある日のこと。
(わわっ ラッキー・・!)
彼がおやゆび姫の隠れている木の下にやってきたのです。
彼は木の幹にもたれて 誰か人を待っているようでした。
 
(もっと近くで見たい!)
 
そう思ったおやゆび姫は 慎重に木の枝をつたい降り始めました。
勿論リスのようには器用にいきません
「よいしょ よいしょ」
かけ声をかけながらおやゆび姫は降りていきます。
「・・・?」
実は、彼は人間界にいたときの職業柄、人の気配に敏感なのです。
(上から・・かすかだが人の声?)
彼は、警戒するつもりはないのですが 驚いて思わず振り返り 
その木を見上げました。
 
彼が目があったのは・・・小さな 生き物?でした。
 
生き物?のほうも彼と目があったことに驚いたようです
「えっえ?!・・・・きゃああっ!!」
おやゆび姫は枝から足を滑らせ 下へ落ちてしまいました。
「・・!??」
何がなんだか訳が分からない彼でしたが、思わず両手を差し出し
落ちてくる生き物?をキャッチしたのです。
「・・・え・・・??!」
受け止めた”それ”はバービー人形サイズの女の子で 
ピンク色のワンピースに可愛い白のフリルエプロンをつけていました。
彼女は大の字で伸びており・・ 落ちたショックで気を失っているようでした
そして彼女は黒髪のロングヘアで・・・・
彼が動揺するに十分な面差しだったのです。
可愛いのは勿論でしたが 彼が空から見守っている 人間界の娘にうりふたつでした。
 
彼は 大事にその子を抱えて 自分の家へ連れ帰りました。
友達との約束も 断って・・・
 
 

 
「・・・・ん・・・・」
おやゆび姫が次に目が覚めたとき、彼女は温かい布に包まれていました。
彼は気を失った親指姫を彼のベッドに寝かせ、柔らかいハンドタオルをブランケットがわりに
着せかけておりました。
「わわっ!!」
木から落ちたことを思い出したおやゆび姫は 驚いてがばっと飛び起きました。
「・・・あ」
「おはよう。」
飛び起きたそこは 落ち着いた雰囲気の部屋で 
温かく柔らかい光が窓から差し込んでおりました。
そして 彼はベッドの側で木の椅子に座り ゆったりとくつろいで本を広げておりました。
おやゆび姫は 木から落ちた自分を受け止めて貰ったことを知り
彼にお礼を言いました。
そして、彼はダーク=カルロと名乗りました。
「ジャン達に おまえが花畑に住んでいる小人だと聞いた」
そう言って彼は微笑みます。
「名前は?」
”名前”。
おやゆび姫はすこし考え込みましたが・・・
「おやゆび姫って 呼ばれています。」
そう答えました。
彼はおとぎ話的な展開にぷっ と吹き出しました。
「そのままだな・・・ならば私が名前を付けても良いか?」
「もっ・・もちろんですっ!」
おやゆび姫は真っ赤な顔をしてこくこくこく・・・と頷きました。
 
「では・・・ランゼ と名付けよう」
 
カルロは 黒髪に黒い瞳の 自分の愛しい女性にうり二つだけど
何故か小さなサイズの女の子に彼女と同じ名前を付けました。
見つけたときに、慌てて人間界の蘭世を確認しに行ったほどのそっくりさでした。
 
それから、おやゆびランゼはカルロと一緒に暮らし始めました。
何処へ行くにも 彼の大きな肩に乗って。
或いは白い上着のポケットに入れてもらえるのです
 
おやゆびランゼはそれはもう毎日が幸せでした。
そして カルロもサイズは小さいとはいえ 生きて一緒にいる
この小さい”ランゼ”に心癒されます。
勿論男性としての喜びは望めませんが
小さな額に唇を寄せたり 人差し指の背でそっと 
それは小鳥でも愛でるような仕草で小さな頬を撫でてやると
うっとりと幸せそうな顔をするランゼがいて もうそれだけで満足でした。
遠くから見守るだけで 手の届かない存在ではなく
同じ姿形で この世界で一緒にいてくれるのですから。
 
そして カルロは集落の東にある泉で よく人間界の様子を見ていたのですが
そのときだけは、カルロはおやゆびランゼを家に置いていったのでした
おやゆびランゼの 自分に対する想いに カルロは気づいていましたから 
蘭世を見守っている自分の姿を おやゆびランゼには見せたくなかったのでした。
 
 

 
 
そんなある日のことです。
カルロは突然 ”せいめいのかみ”という光に呼び出されました。
 
その光は カルロに”人間界へ生まれ変わるチャンスを与える”というのです。
 
ひょっとしたら人間界で蘭世の息子として生まれ変われるかもしれない
確率は50%・・・
 
『即答する必要はない 3日後に結果を聞こう』
 
(私が居るから そんなの断るはずよね)
そう思ってポケットの中からおやゆびランゼは彼の顔を見上げました。
その途端・・・すぐ断るはずの彼の心が動揺しているのが判りました
彼の顔は いつものポーカーフェイスではありませんでした
彼らしくもなく明らかに その 迷い が現れていたのです
そういえば さっきから彼の鼓動がドキドキと高鳴っているのが聞こえています。
こころなしかポケットの中が暑くなったのは 彼の体温が上がったせいでしょうか
ポケットの中にいたおやゆびランゼは がたがたと震え 
小さな身体をさらにまるくして縮こまりました。
 
帰り道 おやゆびランゼはじっとポケットの中に隠れたままです
そんな彼女を察して カルロは ポケットの上から優しくポンポン、とたたいて
「大丈夫だよ 私はどこへも行かない」
そう告げました。
それでもおやゆびランゼはポケットから出てきません
彼の言葉は 心に届きません
小さなおやゆびランゼは 彼女なりに 別れ を覚悟しました。
 
”わたしがいたら きっと 彼の願いの妨げになる・・・”
彼は、蘭世という人のそばに 行きたいんだ・・・
 
その夜。
おやゆび姫は 彼の目を盗んで家をそっと抜け出しました。
 
 
はやくこの集落を離れなくては。
そう思って家を 飛び出したものの
全速力で走っていたおやゆびランゼは息を切らしてしまい
広場の木まで来たところでうずくまってしまいました。
ここまで来るだけで小さな彼女にとっては随分の距離。
隠れようかと あの木を見上げましたが小さな身体でそれに登ることも出来ず 
途方に暮れて また一人になってしまうことに やっぱり悲しくなって
つい・・根本にうずくまって泣いてしまっていたのでした。
 
「ここにいたのか・・・」
 
日も落ちて カルロはランプを片手におやゆびランゼを探しに出ておりました。
木の根本の、草むらの中から小さな泣き声を聞き当てたのでした。
「ごめんなさい ごめんなさい・・・」
顔の前で腕を振って ランゼは彼の手のひらの上で まあるく縮こまりました
「さあ、家へ帰ろう」
カルロは 優しくそれだけを言いましたが おやゆびランゼは必死に首を横に振りました
「いいえ・・いいえ!私 もといた野原に帰りたいの」
「それは・・・」
生命の神が言ったことは気にするな、とカルロは言いましたがランゼは首をまた横に振りました。
「私のことは良いんです。野原へ帰ればお友達は沢山居ます。
 カルロ様には大事な御方がいるのでしょう?早く行ってあげなくちゃ」
おやゆびランゼは それはもう真剣に訴えました。
「自分の気持ちに 素直になって下さい 私は大丈夫。ツバメ君もいるし昔の生活に
戻るだけだもの・・・
 中途半端な気持ちで私のそばになんか残られたら私困ります。
 今行かなかったら 絶対に後悔します お願いです どうぞ生まれ変わりを・・」
 
「すまない・・・」
カルロは 悲しそうな顔をして その言葉をじっと聞いていました
そして おやゆびランゼの言葉を 受け入れたのです
 
カルロはおやゆびランゼを肩に載せ 彼女がもといた野原を目指しました
満天の星空の下 ゆっくりゆっくりと歩いていきます
カルロは せめて彼女を もとの場所へ戻してあげようと思ったのでした
 
はじめは二人とも じっと黙っておりましたが もうこれで話をするのも最後なのです
いつしか二人は今までの思い出話に花を咲かせておりました
「・・・」
「・・・」
 
二人は 月の明るい空の下 小高い丘のふもとにたどりつきました。
それは おやゆびランゼのふるさと・・・
ツバメたちは寝入って しん・・・と静まり返っています。
花々も眠っています。
カルロはおやゆびランゼを肩に載せたまま、ゆっくりと丘を登り始めました。
 
しずかな声で おやゆびランゼは カルロの耳元へささやきました。
「いままで ありがとう。
貴男はきっと ここでのことは忘れてしまうでしょうけど 私はいつまでも忘れないわ
貴男のことを ずっとここから見守っているから・・・」
 
「・・・」
カルロは立ち止まり、数秒考えると・・・急にきびすを返し・・
2,3歩歩いて 再び立ち止まりました。
「どうしたの?!」
カルロは月明かりの下 肩にいたおやゆびランゼを両手にのせ
いつものように小さな額に唇を寄せました。
「やっぱり私はここに残る。」
「そんな!」
「ランゼ・・」
静かな声で カルロは彼女の名を呼びます。
「私が見守っている娘には もう彼女を守る男がいる。
私はお前に見守られるよりは お前と一緒にいたい」
そう言った彼の瞳には 決意の色が宿っていました。 
「私と一緒に 人間界を見守っていかないか・・・」
そしてカルロは いつかあの娘に囁いた言葉を思い出し・・
小さなおやゆびランゼの耳にささやきました。
「愛シテイル 結婚シテクダサイ」
おやゆびランゼはその言葉を聞いて顔を真っ赤にしました。
「いいの・・・?私こんなに小さいのよ・・・??」
「勿論だ 私は お前が良いんだ」
カルロがそう答えた途端。
 
(!!?)
カルロの手のひらの上が 急にまぶしく光り出します 
おやゆびランゼの体が光を放ちだしたのです。
その光はふっ と宙に浮き みるみる大きく大きくなっていきます
カルロが目を細めている その目の前で・・
光が消えたそのときに
おやゆびランゼは なんとニンゲンと同じ大きさになっていたのでした。
 
「こんな・・・こんなことって!?」
 
おやゆび・・ではなくなったランゼは 大きくなった自分の身体を見回します
そして ふと目の前をみると・・・
自分より 少しだけ大きいカルロの 驚いて そして喜びにあふれた表情に出会いました。
「ああ・・・なんて素敵なの!!」
あなたがこんなに身近になるなんて!!
おやゆびランゼは カルロに夢中で抱きつき カルロもひしと彼女を抱きしめました。
 
カルロはせいめいのかみに ここへ残ると言いました。
そして 事情を察したせいめいのかみは カルロの魂を一部切り取り 
それを人間界へと送り出したのでした。
 
そして 大きくなったおやゆびランゼはカルロと結婚し
一緒に人間界を見守りつつ いつまでもいつまでも 仲良く暮らしました。
 
 
めでたし めでたし。
 



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悠里よりコメント:
浅川繭乃様のサイト「ISOTOPE」オープン記念に
贈らせていただきました。

「ISOTOPE」様のほうに掲載してあるものには 
浅川様から素敵な素敵なカルロ様&ランゼちゃんの挿し絵イラストを描いていただいてます!
是非ご覧になって下さいね〜 こちらからどうぞ! 
そちらで掲載してあるこのお話の中にあります♪

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