『月下にて』:蘭世ちゃん御誕生日記念その3




・・・夏の夜・・・。
白亜のホテル、男はその前庭を椅子に座りながら眺めていた。
そこは、ホテルでも最高級の部屋。そしてその庭はこの部屋だけに用意されたエリアだった。
部屋の電気を落とし、月明かりと庭の灯りでその景色を愛でる。
今宵は半月。
異国の月はさえざえとして、太陽にも負けぬほどの光を青白くその国に注いでいた。
その庭には、熱帯地方から取り寄せたであろう、様々なフォルムの葉を揺らす木々が
絶妙な配置でその庭をにぎわせていた。
そして、あちこちに色も形も鮮やかで華やいだ花々が咲き競う。

男は部屋から庭に出る為の扉を開け放し、それを眺めながらゆったりとグラスを傾けている。
ドアからは、夏のなま暖かい風が涼しい部屋へと入り込んできていた。
(・・・)
長い足を優雅に組み、物思いに耽る。
金色の髪にも風が遠慮がちに触れては流れ去っていく。
(・・・)
彼の碧翠の瞳は庭を眺めていながら、どこか宙をさまよっている。
今日の出来事を思い出していたのだった。
今日、彼は悪魔のような仕事をこなした。そして・・
その後にすれ違った天使のことをなんとなく考えていた。

黒い瞳と長髪の、桜色の頬で・・・

ふと、そのとき。
強い風が ごう と部屋へ流れ込む。
白いシフォンのカーテンがふわりと風に流れ浮き上がり、彼の視界から庭を隠した。
風が通りすぎ、再び庭が現れたとき・・

庭の中央に、突然ありえない”者”が存在していたのだ。
(誰だ!?)
男はすかさずデスクから短銃を出し・・構えながら庭を再び伺う。

用心深く壁に沿いながら男はもう一度人影を見直す。
・・・その者は先程から微動だにしていない。
(?!)
それは。
男にはそれが 黒い長髪、そして 黒いマントを羽織った”娘”に見えた・・・

男はさらに警戒を緩めることなく、一歩一歩進み・・庭に降り立った。
(・・・)
部下達の気配が庭から消えていることに男は気づいていた。
心の隅で警鐘が鳴り始める。
だが。
娘の顔立ちがはっきりと見えだしたとき・・・男はさらに驚くことになる。

「お前は・・・」
それは、昼間街角で会った花売り娘・・・。

男は今日の昼の出来事を思い出す。
裏町で、大きく張り出した屋根の下で彼女は色とりどりの花を並べて売っていた。
男はその中から白い薔薇を1輪買い求めたのだった。
15,6歳ほどの美少女。
長い黒髪に黒曜石の瞳がオリエンタルな雰囲気を醸し出していた。
街であったときは真白なワンピースが眩しいくらいだったが
何故か今は首から下をすっぽりと黒いマントで覆っていた。
その娘に、男は向かい合い立ち止まった。

「おまえは魔性の輩か?・・・一体どこから来たのだ?」
男は半分冗談めかして彼女に問いかけた。
だが、娘はそれには答えない。

『あの薔薇、誰にあげたの?』
(やはり昼間のあの娘か・・・)
「・・今日私が殺めた男の弔いに使っただけだ」
そう言って男は口元だけで笑う。
それは妖しい悪魔にも似て。
二人の間に、ふうわりと暑い夏の風がわだかまって通りすぎていった。
『殺めるなんて・・貴方は闇の住人?』
「人間というのは案外、魔性の輩よりもずっと邪悪な存在かも知れないな」

娘はぎこちない表情でこちらを見上げている。
少しあきれ顔で腕組みをし、休めの格好をしながら、男はその娘に問いかけた。
「で、今度は私に何を売りに来たのだ?」
娘はそれに、透き通るような声で答える。
『・・・永遠の 夜はいかがですか?』
「永遠の 夜?」
『はい、夜を過ごす永遠の命です・・』
「お前に支払う対価は?」
『私には、いりません・・神様に』
「神に?」
ふっ、と男は一瞬・・あざけるようにも、自嘲するようにも見える笑いを浮かべる。
「この私の貢ぎ物など受け取ってもらえそうにないのだが・・」
それでも娘は続ける。
『神に、太陽の光の元で暮らす権利をお渡し下さい』
「そして血に飢えた日常が待っているということか・・ヴァンパイアのお嬢さん」
男は くい、と娘の白い顎を右手で持ち上げこちらを向かせる。
月明かりが娘の愛らしいかんばせにあたり、妖精のようにそれを浮かび上がらせた。
「綺麗な目をしている・・・」
ふっ、と優美に微笑む男のその顔も・・月明かりに冴えてどこか悪魔のような美しさである。
相手がヴァンパイアだとわかっても、男は微塵も恐れるような気配が見られない。

「昼間のワンピースの方がよく似合っていた」
そう言って男は娘のマントの合わせ目に手を掛けた。
男はただ、娘の身体を覆っているマントを後ろへ流そうとしただけだった。
「・・っ」
娘は真っ赤な顔をして肩を縮こませ・・両腕を身体の前で重ね合わせる。
黒いマントの下は・・素裸であったのだ。

男もこれにはさすがに驚きを隠せなかった。
闇夜に娘の肌がなまめかしく、青白くぼんやり光るように浮かび上がる。
一瞬見えた胸の丸みと、すべらかな下腹部が目に焼き付いて離れない・・・。
娘が一歩下がり身を引くと、再び黒いカーテンの向こうに白い宝石はその身を隠した。
「隠さなくていい・・・綺麗だ」

娘は一層真っ赤な顔をしてふるふると首を横に振る。
恥じらった表情は・・生娘そのものであった。
「吸血鬼の仲間を作るのは 初めてなのか?」
娘は俯いて・・しばらくためらったが首を横に振った。
『何度やっても 慣れないです・・』
「どうしてそんな格好をしている?」
『・・・一族の習慣なんです。返り血を浴びても すぐ流せるからって・・・』
ここで男はクスッ、と笑った。
「ヴァンパイアの習慣というのも興味をそそられるな。だが・・」
真っ赤な顔をしている娘の頬に、男はそっと手を寄せる。
「私はそれよりも、お前自身に興味がある」

その言葉に娘は虚をつかれたようだ。驚き大きな目を見開いて彼を見上げた。
『え・・?』
「吸血鬼と言うより、一人の娘として、私はお前とゆっくり話がしてみたい」
『どうして・・?』
「昼間会ったときから 気になっていたんだ。どんな事を語る娘なんだろう、ってね」

『わたし・・そんなこと言われるなんて 思ってもみなかった・・・』
娘には、その男の表情が先程よりもどこか柔らかくなったように見えた。
二人の間に、どこか優しい雰囲気が生まれる。
だが。
『私・・・わたし・・・』
突然、娘はおびえるような、悲しげな表情になった。
「?」
娘の視線の向こう、その茂みには・・・

つめたく光る 銃口。

『だめえっ!』
娘は思わず銃口と男のあいだに躍り出た。

月明かりの満ちる虚空に、数発の銃声が轟く。
驚き飛び立つ鳥たちの影が空に映った。

『う・・・』
娘がふと我に返ると・・自分は地面に突っ伏していた。
彼女は、かすり傷程度であった。
(あのひとは?!)
慌てて娘は飛び起きる。
その娘の視界に・・片膝を付いて銃を構えた男の姿が飛び込んできた。
月を向こうに従え、その姿は逆光で黒くわだかまって見える。
そして肩の辺りで荒い呼吸をしていた。
男は・・生きていたのだった。
(よかった・・・でも!)
『怪我は!?』
娘はもつれる足でよろめきながらも夢中で男に駆け寄っていく。
「奇跡のように無傷だ」
そう、男は不敵な笑顔を浮かべながら答えた。
髪は乱れ、顔にも服にも泥がついていたが・・

娘が見つけた茂みの側に、スナイパーが倒れている。
そして男の真正面にも同じ様に人が倒れていた。
暗殺者達は男を挟み撃ちにしようとしたらしい。
だが、瞬時に気づいた男は・・そのどちらからも撃たれることはなかった。

盾になろうとした娘も引き倒して庇い、男は転がりながら敵を撃ち倒したのだった。
(グリゴリーの奴め・・・)
狙ってきたスナイパー達に、男は心当たりがあった。

『ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・』
娘はその場にへなへなと座り込み・・ぽろぽろと涙を零し始めた。
「お前が奴らを引き入れたのか?」
男は冷静な声で、娘に問いかける。
娘は、震えながら か細い声で・・それに答えた。
『脅されたの・・仲間にしようと思った人に逆に捕まって・・
 私が人を殺せないことを知ったら・・
 言うことを聞かないと朝日の中に放り出すって』

あとは、ごめんなさい、ごめんなさい と繰り返しながら泣きじゃくっていた。
男は ふうっ、 とため息を付き、なだめるようにポンポン、と娘の頭を軽くたたく。
「人間の方が魔性の輩より恐ろしいだろう?」

男は再び周りの風景に鋭い眼光を飛ばした。
もうすぐ銃声を聞きつけて人が集まってくるに違いない。
「私はここから立ち去る。・・・ついてくるか?」
娘は涙で濡れた顔を上げた。
『いいの・・?』
「勿論だ」
男はスッ、と娘の唇に口づけを落とす。
「グリゴリーの奴も、たまには粋なプレゼントをしてくれる」
そう言いながら立ち上がると、男は真っ赤になっている娘の、白く細い腕に手を添え
彼女も立ち上がらせた。
「行くぞ・・裏口はこっちだ」
娘の肩を抱きかかえながら、男は庭の奥へと足早に消えていく。

「まだ名前を聞いていなかったな。・・私はダークだ」
「私は・・・ランゼ・・・」

小さくなっていく二人の影を、
月明かりが見送るようにいつまでも照らし出していた。

fin.




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あとがき。

こんばんは。
自宅への帰り道、ずっと美しい半月が車窓から見えていました。
ときおり雲に隠れたり、再び現れたり・・・。

今回のテーマは・・・ずばり、アニメエンディングでおなじみ”裸マントの蘭世ちゃん”
・・・です。うはぁ やってしまいました。ずっとやりたかったテーマでしてね・・
この格好の彼女とカルロ様が出逢うとしたらどんなシチュエイションかしらと
考えていたら・・・こうなりました。
蘭世ちゃんの誕生日なのに、どこか 蘭世ちゃんがカルロ様にとってのプレゼントになって
しまったような・・・;
いえいえ、きっと蘭世ちゃんも幸せを掴むきっかけを手に入れたのだということで!(言い訳)

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