『another・・・』:カウントゲット記念




気が付くと見慣れない天井が蘭世の視界に映った。
白い天井にシンプルなシャンデリア。
ふと人のいる気配に気づき首を横へ向けると、枕元で自分を心配げな表情で見つめる人物がいた。
人物の向こうには大きく開いた窓があり、そこから光がこの部屋へ差し込んできている。
初めは逆光で見えづらく顔をしかめていたが、次第に目が慣れるとその人物の輪郭がはっきりしてきた。
「気が付いて良かった・・」
蘭世はその、自分に声を掛けた男をぼんやりとながめている。
それは美しい金髪を彼に似合う風に整え、端正な顔に碧翠の瞳が印象的な若い男だ・・。
ほっ とした表情をうかべるその顔。
今の自分の置かれた状態がよくわからない蘭世だったが、
微笑む彼に何故か胸がトクン・・と高鳴りを覚えた。

「あなたは だあれ・・? そして ここは どこ?」

ダーク=カルロと名乗った男は今日の経緯をかいつまんで説明しだした。
カルロの乗った車と蘭世の自転車が接触事故を起こしたこと、 
車はそのとき徐行していたが蘭世はぶつかったはずみに投げ出され気を失ったこと
「我が家の専属医に見せたが軽い脳しんとうだけで済んだようだ」
しかし、右足首を捻挫しており手当をしてあること・・
蘭世は目を大きく見開き、慌てて飛び起きた。
・・・自分が自転車で左右も確認せず道へ飛び出したことを思い出したのだ。
それは、ルミという友達の家へ遊びに行った帰りのことだった。
滅多に外へ出ない蘭世が、偶然公園で知り合った女の子の家だった。
「迷惑かけちゃってご免なさい!」
起きあがった途端、確かに右足首に鈍痛が走った。
さすがの彼女も顔をしかめ、足首を庇うように身体を丸める。
「まだ静かに寝ていていい・・」
カルロは両腕を伸ばし、そうっと、だがどこか力強い手で蘭世の両肩を包むように押さえた。
(あっ・・)
”カルロが怪我をしている蘭世を気遣って彼女をベッドへ寝かせた。”
ただそれだけの事なのに。
何故か蘭世は自然と自分の顔が赤くなっていることに気が付いた。
そんな自分にあわてふためき、蘭世は思考を巡らせる。
(なにかお話しなきゃ・・・そうだ!)
「あのっ・・ここはどこの病院ですか?」
「ここは病院ではない・・私の屋敷だ」
「えっ!?」
何気なく聞いた事に対する、彼の返答は蘭世にとってとても意外な物だった。
「驚かせてすまない・・街ではなるべく騒ぎを起こしたくないので
すぐ私の屋敷まで連れてきたのだ。勿論屋敷には専属の医者もいるから安心しなさい」
・・専属の医者が屋敷に?
蘭世はさらに目を白黒させる。
「すごい・・・なんというか・・・ひょっとして カルロ様は お金持ちですか?」
そのまっすぐな物言いにカルロはくすっ と笑顔を浮かべる。
「さあ・・?家柄だけは古いのが自慢だが」
カルロがそう言ったとき、コンコン と部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。
「・・・入れ」
カルロはちら、とドアの方へ視線を流しながらそう言った。
蘭世に対する言い方とは明らかに違い、声色が事務的な、ともすると厳しくも
聞こえる一言だった。
やがて30センチほど扉が開くと、そこには黒いスーツの男が畏まりながら頭を下げていた。
それを見てカルロは何かを察したようで つい と立ち上がる。
(このひと さっきから見ていたんだけど・・・動作がとても綺麗・・・)
蘭世はぼおっと そんなことを考えていた。
「すまないが所用で出なければならないが・・すぐ戻る。
 君はゆっくりしていくといい・・そうだ、夕食を食べて行きなさい」

「ええっ! えとあのっ」
”怪我の手当をして貰って、その上夕食まで!?”
遠慮の言葉を返す間もなく、彼は足早にその部屋を出ていった。



夕刻。
蘭世は結局その屋敷に留まり、戻ってきたカルロと夕食を共にしたのだった。
帰宅が遅くなるのを躊躇していたのだが「家には連絡をして置いたから」という
カルロの部下の言葉で、気を取り直したのだった。
なにげない会話の中で蘭世は知ったのだが、やはり このダーク=カルロという男は 
この”屋敷”の主人だという事であった。

”中庭に出てみないか?とてもいい眺めなんだ”
食事の後、そうカルロに誘われ、蘭世は何気なくコクン、と頷いた。
(・・・!)
カルロが すっ、とダイニングの椅子に座っている蘭世の側に近づいてくる・・と思った瞬間。
蘭世はあっというまに彼に抱きかかえられていた。
カルロは悠々とそのまま外へと歩き出す。
「きゃーあのっ!!いいんです降ろして下さい!!」
だが蘭世のほうは思いも寄らないことで手足をばたつかせ降りようとする。
それを見てカルロは面白そうな表情だ。
「君は足をくじいているのを忘れているよ」
「でもっ 歩けます!!」
「歩けばまだ痛む。・・大人しくして・・両手を肩に廻してくれないか」
「・・・スミマセン・・・」
蘭世は恥ずかしくて恥ずかしくて縮こまる。
父親以外の男性に抱きかかえられたことなど一度もない。
ましてや、今日出逢ったばかりである。
昼間に肩に触れられたときの感覚が再び蘭世に呼び起こされ 
心臓の音がカルロにまで聞こえていきそうなほどドキドキと高鳴っていた。
(なんだろう・・どうしちゃったの、私・・?)
滅多に外へ出して貰ったことのない蘭世は、恋もしたことがない。
ただただ、抱き上げられて間近になった男らしい彼の横顔をぽおっ と眺めているばかりだ。
間近になると、彼のつけている上品な香りが蘭世の心をさらにくすぐっていた。

「どうぞ。」
そっ、と蘭世が座らせて貰ったのは 白いベンチだった。
ふと視線を上げると・・茂みの向こう、眼下には街の灯りが無数に、星のように瞬いて見える。
そう、それは・・蘭世が住んでいる街だ。

カルロはベンチには座らず、すぐ前の手すりの側に立ち優雅な仕草で葉巻に火をつけていた。
闇夜に葉巻の火が小さく蛍のように浮かんでいる。
風に紫煙が細く長く流れ去っていく。
蘭世は、足を庇いながらも立ち上がり、カルロの横に並んだ。
そして、伸び上がって眼下の風景を見渡していた。
「本当に 素敵な眺め・・・」

(そして ここは・・・あの 丘の上の大きなお屋敷・・・)
−ここは街からいつも見えていた、あの大きなお屋敷。−
街に住む大人達は、誰もが子供達に言い聞かせる。
”あのお屋敷は怖い人達が住んでいるから近づいてはいけない。”
大人達に言い聞かされていた”丘の上の屋敷”の中に
蘭世は今、立っていたのだった。

蘭世は昼間、それに気が付いていた。
だが・・・ダーク=カルロがとてもそんな”怖い”人物には思えず
蘭世は、不思議と落ち着いて その屋敷の中に留まっていたのだった。

蘭世はカルロを見上げ・・おそるおそる 口を開いた。
「あのっ・・気を悪くしたらごめんなさい
 このお屋敷に住んでいる人は怖い方だと 聞いていたんです」

それを聞いてカルロは くすっ と笑う。
「私が怖いか?」
その問いに、蘭世は真剣な顔をして首を左右に振った。
「いいえ!・・とても親切にしてもらって・・ 噂って、いい加減なんですね」
カルロは曖昧な笑みを浮かべて葉巻を口にし、ふーっ と静かに紫煙を吐き出す。
「傷が癒えるまでゆっくりしていくといい」
「ええっ!あのっ・・」
蘭世は本気とも冗談ともとれる、大きな屋敷に住む主人のその言葉にとまどった。
カルロの横顔は無表情で、蘭世には表情が読みとりにくい。
「ありがとうございます・・でも 私大した怪我じゃないみたいです」
それを聞いてカルロは横顔で俯き少し微笑んだようだった。

「 でも・・・なんだか不思議・・・ 」
蘭世はそうつぶやきながら、彼の横顔を見上げていた。
「私、カルロ様に会ったのが初めてのような 気がしないんです」
その言葉にカルロは目を見開き、そばにあった灰皿で葉巻の火をもみ消し・・蘭世に向き直った。
(わたしも同じ事を考えていた・・)
「どこかで 会ったことがあるかな」
「わかりません・・ただのデジャヴかな・・あっ失礼なこと言ってたらごめんなさい」
「そんなことはない 嬉しいよ」
「えっ」

二人の間に 少しの沈黙が流れていく・・・。

「ランゼ・・」
ふと彼が、彼女の名を呼んだ。
初めて彼が彼女の名前を口にしていた。
それだけなのに。
その声は・・深い泉に響くように蘭世の心を揺らしていく。
カルロは蘭世の右手をそっととり持ち上げると、手の甲へそっと口づけた。
蘭世の指先から首筋へ じいんと痺れる感覚が伝わっていく。
「偶然の事故だったが・・・お前に出逢えてよかった」
そうつぶやきながら カルロは自分を見つめてくる。
その翠色の瞳は、優しげだが・・吸い込まれそうな妖しさも感じられる。
蘭世はその瞳に釘付けになり・・魔法に掛けられたように動けなくなった。
「逢ったばかりなのに・・おまえに惹きつけられている。
 と言っても簡単に信じてはもらえないかもしれないが・・」
「カルロ様・・・」
その告白に、蘭世はとまどいながらも・・胸を躍らせていた。
「ランゼ。」
名前を囁きながらカルロは蘭世の左頬に手を触れてくる。
真夏の夜、大きな掌のひんやりとした感覚に蘭世は思わず自分の手を添え
うっとりと目を閉じてしまった・・
さらに両頬を包み込む手の感触に気が付き、思わずうっすらと瞳を開けると
間近になったカルロの瞳と目が合い・・その視線に絡みとられ・・
酔ったように蘭世の瞳がふと伏せられたとき、緊張で小さく震えていた唇に 
彼の唇が・・重なった。

いきなりの出来事の筈なのに、二人はまるで自然の流れのように唇を重ねている。
それでも初めての感覚に蘭世はとまどい触れていた手を宙に泳がせ すがる物を探し・・
彼の上等なスーツの上着を掴んでいた。
両頬を包んでいたカルロの大きな手はそこを離れ小さな両肩に降り
自分へと彼女をさらに引き寄せる。
(あ・・)
抱き寄せられる感覚に眩暈にも似たときめきを覚え思わず唇を開き声をもらすと、
カルロはすかさず深く口づけ舌を滑り込ませていく。
いきなり高波にさらわれたように蘭世はあわてふためいたが・・
不自然に思わせない”饒舌さ”で蘭世を深みへ引き込んでいくのだった。

やがて別れを惜しむようにゆっくりと唇が離れると・・
透明な糸が二人の唇をつないでいた。
「あ・・」
蘭世は恥ずかしげに頬を紅色に染めて俯いた。
口づけだけですっかり蘭世は腰が砕け、カルロの両腕に支えられて辛うじて立っていた。
カルロは再びふわり、と蘭世を抱き上げ立ち上がる。
「ランゼ。私は決めた。お前はわたしのものだ」
「えっ・・?」
蘭世は身を固くし、捕まえられた子猫のように不安げな瞳を向ける。
「怖がらなくていい・・私に任せていればいい」
彼女の耳元でそう囁き・・耳のそばの首筋へそっと口づける。
「きゃ・・」
背筋を登る電流に思わず声を漏らした蘭世に、カルロはにっこりと微笑み掛ける。
カルロは、蘭世がその感覚が何であるかを知らないことをしっかりと見抜いていた。
カルロは蘭世を抱きかかえたまま、屋敷のはなれへと歩いていく。
大きな屋敷から渡り廊下でつながっているその部屋へと、彼は向かう。
廊下の最奥、木で出来た古くて重そうな、そして豪奢な飾りが一面に彫られた両開きの扉の前で
彼は立ち止まる。
その扉に彼が さっ と視線を流すと・・何故か勝手に扉の番をしていたかんぬきの鍵が外れ、
しかも扉が重々しい音をたてながら自ら両側へと開いていくのだ。
「えっ!?」
当然、蘭世はおどろきあわてふためく。
(自動ドア・・!?)
それは・・カルロの超能力のなせる技であった。
扉の向こうで ランプの灯りが次々と灯っていくのを確認して彼は中へと踏み込む。
蘭世を抱き上げたカルロの背中が橙色の淡い光の色に染まったとき、
重厚な扉は再び重々しい音を立てながらゆっくりと閉じられていった。
ぴったりと閉まった扉からは、彼の足音さえも漏れ聞こえることはない。
それは彼女の平凡で単調な日常の終わりであり、長く甘い宴の始まりでもあった。

「もう・・・帰しはしない・・・」




end.

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
あとがき。

ルミ様のリクエストは「籠の鳥」のお話を・・とのことでした。
去年のクリスマス話や先日の中世みたいに異世界編が少し頭によぎったのですが、
リクエストが初めての御方ですしなるべく原作に近い?設定を
(いえもうだいぶ遠いんですが(笑))選んでみました。
ルミ様は「「籠の鳥」は少し前に掲示板で出た話題から・・」とも おっしゃられてまして。
ならば!と 諸元の萌様リクエスト(現在も続行中(自爆))のバージョン違いと
いうことで書いてみました。
 なんといいましょうか、”籠の鳥”になる経緯のお話になってしまったようですね;
少し変化球ということで・・ご勘弁を;

ルミ様、素敵なリクエストを有り難うございました!
拙文ですが、カウントゲットの記念に どうぞお受け取り下さい・・  悠里

閉じる
◇小説&イラストへ◇

bg photo:Silverry Moon Light