『窓辺』:悠里




2)


彼は私を抱く気はないらしい。
表向きには私を溺愛しているようなジェスチュアをとる。
だが、それは全くのカムフラージュ・・・
日を追う毎に それが推測から確信へ変わり 私は落ち着きを取り戻していった。
私が落ち着き大人しくなると共に 行動を許される範囲も 広くなっていった。
「余計なことは口外しないことだ」
それさえ守れば 私は食堂でひとり昼食を取ることもできた。
どんなことがあっても 彼の部屋がある兵舎からは 出られなかったけど・・・
何もせずじっとしていることに耐えきれなくなった私は 階段や廊下の掃除などの手伝いを
そして隊長である彼の部屋の掃除も始めていた。


(ひょっとして彼は女性に興味がないのかしら?)
私は本当にカムフラージュなのかも。
そうも考えたこともある。
でも
あるときひょんなことで 
この陣地に良く来る娼婦達と出くわしたことがあって。

”あんたのおかげで隊長様からお呼びがなくなってあたい達はすごく迷惑してるのよ”
そんな憎まれ口をきかれたりした。
”あんなに素敵な男を独り占めしてるあんたが憎らしい”と・・・

私を睨み付け そう言い放った女達は どれも男ならば震いつきたくなるような美女ばかり。

そんな日の夜、私は おそるおそる ベッドに横たわった彼に尋ねてみた。
「あの・・・余計なお世話かも知れないけど・・・」
次の言葉を継ぐのに 勇気が要った。
「あの・・私に遠慮して・・というか、私がここに居るからその、
 女の方を呼ばないのだったら その・・」
大きく私、深呼吸。
「どこか別の部屋へ行っていますから そのときは仰って下さい」
彼は目を丸くして。
そして、起きあがり・・困ったような表情と共に口元で笑みをつくる。
「確かに それは余計なお世話だな」
無造作に金色の髪を掻き上げる仕草が とてつもなく色っぽく思えてしまい
私はうろたえる。
その大きな手が差し出され私の左頬に触れただけで 鼓動が高鳴り始めた。
涼やかな翠の瞳が 私を射抜く・・・

「お前は何も気にしなくていい。もうすぐ戦争が終わる、それまで待つことだ」

それはどういう意味ですかと尋ねたけど 彼は黙ったままでこちらに背を向け
明日も早いからもう寝なさい、と言って再び横になってしまったのだった。


さらには、最近になって漸く 色々なことが読めてきた。
隊長の女 ならば 私の身は安全なのだということを。
もしただの小間使いとしてここにいるのなら 誰か他の男・・彼より階級の上の男などに
浚われてしまうこともありえるのだと。

それでも疑問は消えない。
なぜ 私だけを助け 私には何も要求しないのだろう・・・


(何らかの理由で私を助けたいだけで 女としては見ていないのかな)
彼の・・ボランティア精神?
ある夜にひとり横になったときに 私は つい考えてしまった。

妖艶な娼婦達を思い出し 省みてまだまだ子供っぽい自分に気づく。
(そうよね 私自身には 余り興味がないのかも・・・)
そう思った途端、私の目から涙がぽろり 零れた。
(やだ 私ったら・・・)
何故 私は泣いているのだろう・・・?
私に手を出してこないことに安心しているはずなのに
何故 こんなに胸が締め付けられるのかしら・・・





聖なる鐘が鳴り響く朝、この国が停戦のために掲げた条件を私の国が承諾した、というニュースが
飛び込んできた。
(私の国が 負けるのね・・)
周りの兵士達が勝利に浮き足立つのがわかる。
でも 敵だって味方だって 戦争が終わるのが 一番嬉しい事よね・・・


その日の夜更け。
それは突然起こった。
けたたましいサイレンの音で私は飛び起きた。
見れば既に彼は上着を纏い飛び出していく直前
「安全な場所へ移動しなさい」
そう言い残して彼はドアの向こうへ消えた。
窓の外が 紅い。
「火・・・」
収容所から火の手があがっていたのだ。

おそらく それは捕虜達が企てた最後の反乱。
彼はおそらく混乱する現場へ急行したに違いない。

(あの子は無事?!)
いつも仲良くしていた友達を思いだし 私は無意識のうちに部屋を飛び出していた
辺りの空気一杯に 煙の匂いが立ちこめている。
相当に混乱しているらしく 出口に見張りもなかった。
久しぶりに出る 外・・

人の流れとは反対に 私は火もとの建物へ向かう。
逃げ出していく人々の中に 彼女がいるかと きょろきょろしながら進んでいくと
いつしか・・収容所の前まで出てしまっていた。
消火活動をしている軍隊の姿があった。
燃えさかる火から 熱気がこちらへ吹き付けてくる。

「あ・・!」
ふいに、煙り立ちこめる収容所の玄関から 見覚えのある人物・・
くったりとした人に肩を貸して支え 彼は燃える建物の中から現れた

私は夢中で彼に駆け寄った。
「隊長さま・・大丈夫?!」
すすだらけになった彼が助け出したのは 奇しくも探していた私の友人・・・
「手分けして皆を助け出した。これでもう中には誰もいない・・
 怪我はなさそうだが煙を吸っている 早く病院へ」

ああ。
この人は なんて・・・
「隊長様 ありがとうございます・・貴方のこと 私は誤解していたみたい・・」
嬉しくて そして感動に打ち震えて 涙がこみあげてきた。
「買いかぶるな 和平を円滑にかつこちらに有利に運ぶための手段に過ぎない」
そんなひどく冷静な台詞をまたこぼすけど
ただそれだけのために 部下達だけに任せずにこんな風に自らの命を張れるというの?

うつむき涙を拭いて ふと顔を上げたとき。
向こうの建物の影で 何かが光ったのが見えた。
(銃口!)
「だめっ 危ない!!」
夢中で彼と銃口の間に私 飛び出していた。
連続した銃声と 私の叫び声とが重なり合い耳に響いている
次の瞬間。
はっ と我に返ると しりもちを付いた私の膝の上で 彼が 背中から血を流して倒れ伏していた。
カーキ色の軍服の背に 紅い染みがみるみる広がっていくのがわかる。


私が彼を守ろうとしたのに 返って 私を庇うために 彼はわざと銃弾に倒れたのだ
私の悲鳴が 煙る夜に吸い込まれていく・・





”おねがい この人を助けて・・・!”

病院で。
彼は生死の境を彷徨い 私は必死になって神に祈った
”どうか この人を助けて お願いします!”

彼を撃ったのは反乱を起こした仲間のひとりだった。
あのあと、すぐに部下達に捕まえられたらしいが
私は その場面を覚えていない。
風の噂に聞いたところでは 犯人は 誰でもいいから 
指揮官クラスを倒したかったらしい・・・

でも、そんなことはどうでもいい。
今の私には 彼が無事に目覚めてくれさえすればいいのだ。

「あの・・・隊長・・さまには ご家族は?」
おそるおそる軍医に聞いてみたが 彼は天涯孤独の身だと告げられた。
「ならば・・・私に付き添わせて下さい」
そうして私は ずっとずっと 意識の戻らない彼の側にいて。

何度も生死の境を彷徨って 私は眠ることも忘れてひたすら傍らで祈った。

そして、或る朝。
つい 疲労がつのり 枕元に突っ伏して眠っていた私・・
頬に触れる温かい何かに気が付いて。
「ん・・・」
ふと顔を上げると 
彼がこちらをみて微笑んでいたのだ。
温かいものは そっと差し出された彼の大きな手だった。
「隊長様・・・!」
 私は嬉しくて 嬉しくて 大声をあげて泣いた。


それから私は ただ意識を取り戻してくれたことが嬉しくて
こんどはひたすら彼の傷が一日でも早く癒えるようにと心を尽くした。
彼のために動けることが 何よりも嬉しかった。

そんな日々を過ごしていくうちに 彼も起きあがれるようになって。
そして、ある日のこと。
 彼が天井を見つめたまま 私にぽつぽつ語りだした
「私がまだ一兵卒だった頃 スパイとしてお前の国に潜入したことがあった」
(スパイ・・・)


諜報活動がばれ 必死に逃げ出したとき 肩を銃で撃ち抜かれ私は重傷を負った
もう助からないと思っていたのに
懇意にしていた軍医が 私を匿ってくれた
見つかれば自分自身も処罰されるはずなのに
”けが人は放っておけないよ そしてお前さんだって同じ人間じゃあないか”
そう言って笑顔で私を治療してもくれた

”家へ帰れば可愛い娘がいてね”
そう言ってよく彼は私に写真を見せてくれた
7歳ほどの可愛い少女 そして 名前は ランゼだと・・・

 お前にその写真の面影があったから もしやと思った。
そして 珍しい名前だから すぐに確信した・・・


”お前を部屋へ匿ったのは お前の父親への 恩返しのつもりだったんだ”

ああ、嗚呼。そうだったのね・・・
「カムフラージュのためとはいえ 皆の前でお前に気安く触れて申し訳なかった 許して欲しい」
「そんな・・!謝らないで下さい・・男達から私を守ろうとしてくれていたのでしょう!」
父さんに感謝する気持ちと そして
なぜか 心の隅でがっかりしている自分がいて 私は私にうろたえる。

「もう戦争は終わった。お前は自由の身だ・・私に恩など感じる必要はない
好きなときに出ていくがいい 故国へ帰れば 家族とも再会できるはずだ・・・」

彼のその言葉は 彼がつとめて私と距離を置こうとしているように感じられ 
いたたまれない気持ちになってくる。
そして 無意識のうちに その言葉を私は発していた。

「これからも私が 貴方のそばにいてはいけませんか?」

それには、想像通りの冷静な答えが返ってきたのだった。
「気遣いは無用だと言っただろう・・お前のお陰で随分良くなった 礼を言うよ
 だが私にはもう お前を引き留めておける権利がない」
「違います!」
私は思わず、叫んでいた。
「権利とか 恩 とかじゃないんです!
 私は 心から 貴方の側にいたいんです・・!」
こちらを向かない横顔に 私は必死にたたみかける。
「家事一般 任せて下さい!・・
 そのっ まだまだ子供っぽくて 色気もないけど ・・これから磨きますから!」
真剣に訴え まくし立ててしまっていたが 私は急に我に返った。
「・・・そのっ 貴方様の迷惑でなければ・・・・なんですが・・・」
そう言って 語尾は消え入るようだった。
(家族は居なくても 恋人くらいはいるかも こんなに素敵な人だもの)
言ったことを半分くらい後悔する自分が居た。
迷惑な小娘につきまとわれてしまったとかと 感じていないだろうか・・

俯いて困っていると 急に彼が起き上がる気配がして私は驚いた。
「あっ まだ横になっていた方が・・じっとして居て下さい!」
無理をする彼を押さえようとしたときに 私は逆に彼に引き寄せられ
・・・初めて 唇が触れ合った・・・


数週間の後、彼は退院をし、私は夢中で彼に付いていった。

それから3ヶ月も経ったある日・・・
すっかり傷も癒え 元々よく鍛えてあり体力もあったおかげか 
彼は予定よりも随分早く現場に復帰していた。

久々の休暇を貰い、彼と私は家の近くの明るい川縁を散歩していた。
それは 私が急に思いついて彼を誘ったのだった。

ゆったり ゆったりと時が流れる。
透き通る青空の下で 緑の芝生を二人並んで踏みしめながら行く。
そよ風で彼の金色の髪が、そして私の長い黒髪がさやさやとなびいていく。
この国にも 春と共に平和が訪れていた・・・

半時間も歩いていた頃だろうか。
「まさか あの言葉を お前の方から聞くとは思わなかったな・・・」
え?
突然、彼はその言葉を独り言のようにつぶやいていた。
問いかけると、”あの言葉”とは 私が病院で 彼の側に居たいのだと言った事についてだった。
「あの台詞は 本当は私がお前に言いたかった言葉だったんだ」
私は目を丸くして立ち止まる。

「だが 冷静になればお前を無理矢理手元に置いたことが後ろめたくて 
そして何よりもお前を家族の元に返すべきだと考えて 突き放すようなことを言ったのに」
そう言って 彼の横顔は俯き微笑んでいた。
「・・でも私 貴方から離れなかった・・・」
そう。
私、貴方の側にいることを選んだんだわ。
強い瞳で、そして決意のある微笑みで彼の横顔を見つめていたら
彼が私へ振り向いた。
その表情は 私と同じだった・・
そして 彼は私に歩み寄り・・いつかのように頬に触れてくる。
長い睫毛の向こうから 魅惑の翠が私の心を射抜いていく。
「私は戦争が終わるのを 待っていた。
 お前を拉致してもなお嫌われていないのならば お前に告げたい言葉があった」
私は、次の言葉を聞く前に、うれしさの余り もう 彼へと飛びつき抱きついていた。


「・・・私の側に これからもずっと居てくれないか」






end.



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
あとがき。

カルロ様に軍服を着せたくて。
こんな異世界のお話を思いつきました・・
嗚呼妄想甘甘ハーレクインもどきかも・・・(^-^;

軍服カルロ様を描いて下さった ひるのねざめ様に 勝手に捧げさせて下さい。
拙い文で 失礼しました・・・          
 日ごろの感謝を込めて。            悠里 拝

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