『菩提樹の下にて』:悠里 作


前書き。

ひるのねざめ様の「ときめきトゥナイト」イラスト、「白馬に乗ったカルロ様」に捧げます・・・。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

それは中世のヨーロッパです。

なだらかで緑に覆われた丘陵を、一人の乙女が駈け登っていきます。
「はあ、はあ、 もうすこし・・!」
あたりはすっかり夕暮れで、茜色に景色全体がふうわりと染まっています。
そして次第に山から霧もうっすら降り始めて 
その村にはなんとも心ときめく風景が広がっておりました。
”お兄さまが今日、もうすぐ帰ってこられる!”
それを男爵である父親から聞いた乙女・・ランゼは
いそいで街道が見える丘へと、向かったのです。
そこがこの村へ帰ってくる者達を、遠くからではありますが
一番先に出迎えられる場所でありました。
彼女の黒く美しい長髪が彼女の動きに合わせて揺れています。
乙女は丘の麓で靴も脱ぎ、息を切らせながら一生懸命登っていきました。
彼女の黒曜石のような美しい瞳は久しぶりの再会にきらきらと輝いております。
やがて、乙女・・ランゼは丘の頂上へ着きました。ふうふうと息を弾ませながら
木の手すりから街道を遠く見下ろします。
「・・・見えた!!」
街道を村の入り口めざして進む数頭の騎馬の姿が小さく見えました。
その騎馬の先頭に・・ひときわ目立つ美しい白馬と、
それに跨る若者の姿が見えました。
彼の名は ダーク。
彼はこの領地を治める伯爵の跡継ぎであります。
そして今日も数人の部下を連れて小隊長の任を一時離れ 
数日ぶりに戦地から戻ってきたところでした。
「おにいーさまぁー!!」
ランゼは大声でその若者に声をかけ、伸び上がって手を振ります。
「おにーさまぁー!!!」
ランゼが一生懸命声を張り上げると、若者はそれに気づきました。
若者は彼女に軽く手を上げて返事をします。
そして何事かを部下達に言い残すと馬の首をくるりと返しました。
「・・えっ!?」
急な緑の斜面を、若者はジグザグと騎馬のまま登ってくるのです。
若者は騎馬の扱いも、剣も、そして統率力も他者より抜きんでておりました。
そうして彼は娘の元へとたどり着き、馬から下りました。
彼の上等な甲冑が 夕日に冴え冴えと映えております。
金色の髪を揺らし、碧翠色の瞳がきりりとした若者でありました。
その凛々しい姿に、一層乙女は胸をときめかせるのです。
「ひさしぶりだな ランゼ」
「おにいさま・・・ご無事で良かった・・・!」
乙女は子供の頃のように無邪気に抱きつきたい気持ちを必死に押さえて
目を潤ませます。
その嬉しそうな感極まった表情に答え、彼は当時の騎士らしく軽く片膝をついて
ランゼの手を取りそっと手の甲へキスをしました。
そうすると、ランゼの桜色の頬はいっそう赤みをますのでした。

「あのっ、父上にお兄さまがお戻りになったって伝えてきます!」
にわかに照れくさくなったランゼはそう言ってきびすを返し走り出そうとします。
若者はくすっ、と笑い子供の頃と変わらない仕草で彼女のウエストのあたりに
右手を廻しひょい、と抱え再び白馬に跨ります。
「わわっ!」
「相変わらず元気者だな・・騎馬で一緒に行こう」

若者と乙女は幼なじみでありました。
小さい頃から兄妹のように一緒にずっと過ごしてきたのです。
しかし結構歳の離れている二人は、
若者の方が小さいランゼの遊び相手をしてあげているような
風でありました。
いちど遊びに来たときに、すっかりランゼが若者になついてしまった・・
という感じです。
乙女の方は小さい頃から若者のことが大好きで 最近その気持ちが
恋心へ変わっている事に自分でも気づいておりました。
若者の方が自分についてどう思っているかは
まだ、ランゼは確かめたことがありませんでした・・・



今夜は伯爵邸でダークの慰労パーティです。
戦地でまた武勲を上げたことに対するお祝いも兼ねておりました。
伯爵の部下である男爵夫妻の娘としてランゼも出席します。
宴もたけなわ。
ランゼはあちこちで噂する大人の声を聞きました。
「すっかりこちらのご令息は立派におなりですなあ」
「それでは、もうそろそろ都の伯爵ご令嬢との婚約も
 本格的にお進めになるのかな」
「そうそう!もう時も満ちたことでしょう。
 ますますこのご一家も安泰間違い無しですな」
(婚約・・・!?)
ランゼは自分の耳を疑いました。
(都の伯爵令嬢と婚約話・・・)

ランゼは、その言葉に耐えきれずいたたまれなくなり そっ と
ひとり会場を抜け出しました。

(・・・ぐすっ)
そこは伯爵邸の裏庭。
子供の頃いつも遊んでもらっていた庭のちいさなブランコに座り、涙します。
若者に揺らして貰っていたそれを、自分の足でぼんやり揺らします。
夕刻から張り出してきていた白い霧が、一層濃く、あたりに立ちこめていました。
(お兄さまが 結婚・・・)
有力貴族の娘と婚姻をしてその地位を高めていくと言ったことは
その当時の常識で、彼より身分の低い自分ではどうしようもない、
と言うことも最近になって娘は判っていました。
いつかは覚悟をしなくては。
そうは思っていたものの、急に現実を突きつけられると 
心が張り裂けるような心地がするのです。

(我慢して、笑顔でお祝いして上げなきゃ・・・)

「う・・」
そう思ってみても後から後から涙が零れてくるのです。
なんとなく揺らしていたブランコも止め、座り込んで俯いたまま・・・。
涙の滴がぽつぽつと今日のドレスの膝にしみをつくっていくのです。

「こんなところで どうした?」
背後から近寄るその声にランゼはハッ、とします。
・・・それはくだんの若者の声でありました。
「夜 外でひとりきりでいるのは 危ないぞ」
ランゼは涙を見せまいと、慌てて顔を背けながら指で涙を拭きます。
幸い月の薄い夜でしたから、あまり涙の跡は判らなかったようです
「え えへへ・・・」
「急にいなくなったから 心配をした」
「ごめんなさいお兄さま・・・」
涙を隠そうと、かすれたような小さな声で乙女は答えます。
その言葉に、若者はふうっ、とため息をつきました。
「私は、いまでもお前の兄のような存在なんだろうか・・・」
「えっ?」
聞き慣れない言葉にランゼは思わず若者の顔を見上げました。
「泣いている・・・何故?」
「・・!」
慌ててランゼは顔を背けます。
「一緒に・・・来ないか 昔のように」
若者は乙女を乗せて白馬を駆り、広い平原へ出ました。
なだらかな丘の上に、ぽつんと一本の大きな菩提樹が見えます。
そこまで若者は馬を寄せ・・二人降り立ちました。
ランゼは丘の上から周りの風景を眺めました。
白い霧の間にぽつぽつと木々や家々の屋根の先端が埋もれるようにして
見え隠れし、どこか幻想的な風景が広がっております。
余りの美しさにランゼは数歩大樹の根本から離れ、その景色を見渡しました。
「とても 綺麗。 でも 魔が潜んでいるようで怖いわ・・・」
「・・・」
ランゼは思わず足がすくみ、思わず若者の元へ戻ってマントを掴みます。
「大丈夫だ・・・私がいる」
若者は すっ・・とその両腕に乙女を包みました。
(えっ)
「ランゼ。愛している・・・」
思いもかけないその言葉。待ちこがれていたはずのその言葉。でも・・・
我慢しなくては。
ランゼは慌てて若者を見上げます。
続きを言おうとした若者の言葉をランゼは遮りました。
「そっ それは・・・ダメです!」
「何故?」
「だって お兄さまは今度都のご令嬢と婚約なさるのでしょう?
 そのお嬢様を裏切るようなことをなさっては・・」
そう言うランゼの声は悲しみで震えておりました。
それを聞いて、若者は ふっ と微笑みます。
「どうして笑うの!?」
「違う、違うんだ ランゼ」
若者はランゼの柔らかい頬にそっと手を寄せます。
「ランゼ。私が今回ここへ戻って来たのは、他でもない・・・
 お前をもらいに行くためだよ」
「えっ」
「後、数日でお前の誕生日で・・年頃になるだろう?
 だから、男爵殿へ結婚を頼みに行くつもりなんだ」
「でも、あの婚約のお話は・・・」
ランゼは動揺します。
「あれはもう断った。気にすることはない」
「そんなことをしたら・・だいいち、領主様がなんとおっしゃられるか・・・!」
自分のせいで彼の昇進に障害を作っては大変です。
ランゼはあきらかにおろおろしておりました。
「ランゼ、ランゼ・・・!」
揺れる黒い瞳を、碧翠の瞳がとらえます。
「父上の了承はとってある。第一、自分の心を偽ってまで血縁などに頼るのは
 私の本意ではないんだ」
彼のまなざしに・・・若者らしい野心の色が見えました。
「自分の地位は・・実力で勝ち取ってみせる」
「・・・」
それは、力強い決意のこもる声でした。
若者は娘の手を取ると、菩提樹の木陰へ連れていきます。
若者は片手で木の幹へ触れながら、改めてランゼへ語りかけます。
「この木に誓おう・・私の愛は生涯かけてそなたのものだ」
「おにいさま・・」
その呼びかけに若者は苦笑します。
「もう私は兄ではない。名前で 呼んでくれないか」
「あ・・・」
騎士は片足をたててひざまずき、乙女の手を取り愛を捧げます。
「愛しています・・私と結婚を していただけますか」
「はい・・・もちろん・・・嬉しい・・!」

ランゼは幼い娘のように 跪く若者の首へ思わず飛び込むように
抱きついていきます。
いつもの彼女らしい素直な喜びの表現に、若者はにっこりと微笑み
愛しさを募らせるのです。

霧の中で 二人は誓いの口づけを交わします。
夏の夜風がふうわりと そんな二人を優しく霧の中へ包み隠していくのでした。

ende.

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
あとがき。

ひるのねざめ様に頂いた素敵なイラスト「白馬に乗ったカルロ様」から私、とても
妄想突っ走って 思わずこんなストーリーを書いてしまいました。
「っかー 照れるっっ」
そう思って下さい。はい。私もそう思います(笑)
お忍びの王様と村娘、というのも実に捨てがたい。
でも今回は こんなのもいいかな?なんて。
真壁君がお好きな方は随所を彼に入れ替えてみて楽しんで・・
なんて言っても難しいかしら;
(わざと殿方の方は殆ど”若者”、と書いているのはそういった事由から
 だったりして)
なにせ年の差カップルの話だしなぁ・・・

ひるのねざめ様に(勝手に)捧げますv 皆様どうか笑って許して〜
私はホントに、カルロ様が大好きなんですv

                  悠里 拝(Tokimeki Laboratory)

閉じる
◇小説&イラストへ◇