「唇からはじめる 恋物語 曜子」:和紗様 作 フリー小説


唇からはじめる 恋物語

《曜子》

「ごめん、神谷さん。今日だけ部活に出てくれない?」
と蘭世に言われ、わたしは半年振りに部室へ足を運んだ。
 神谷曜子、高校3年の秋。

 文化祭が近いこともあって、部室には人気が無い。
 今日はみんな、それぞれクラスのほうへ出ることにしていたらしい。
 受験のため、部活から身を引いて半年。
 久しぶりに『マネージャー』なんて呼ばれるかなんて期待もしていたので、ちょっと肩透かし。
 いったい蘭世は何を考えているのかしら…と思った瞬間、わたしの目に飛び込んできたのは俊の姿。
 例によってクラスの催し物から逃げてきたのだろう。
 俊は部室の片隅にあるパイプ椅子にもたれてうたた寝をしていた。
 上半身はトレーニングのときのタンクトップ。動いているときなら汗も出るだろうけど、
 この季節、多分このままだと風邪をひくだろう。
 わたしはそう思い、テーブルの上にあった上着を取って、俊の肩にかけた。
「!!」
 その瞬間。俊がわたしの腕をつかむ。起きているのかしら、と思う間もなく、わたしは俊に引き寄せられる。
「しゅ…!!」
 次の瞬間。
 俊の唇が…わたしの唇に、軽く重なる。頬に柔らかく触れる指。
 そして……。
 わたしは、俊の腕から逃げ出し…部室からも飛び出した。

「か、神谷さん。どうしたの?」
 我に返ったのは、すれ違った蘭世に声をかけられた時。
 なんでもないわよ…といおうとして、不覚にも唇が震えていることに気がついた。
「神谷さん?」
「来ないでよ。来たら絶交するからね」
 出るのは…あまりに素直ではない、でもわたしにしてはかなり率直な言葉。
 心配そうな蘭世の視線が痛い。わたしは、何か言いたそうな蘭世を置いて教室へ向かう。
 これ以上…傷つくのも傷つけるのも、嫌だった。

 どうやって家に帰ったのか。
 気がつくと自室のベッドの上。
 ここまで我を忘れるなんて、わたしらしくもない。
 そう思う反面……、そんな自分を冷静に見ている自分がいたりして…それがなんだか疎ましい。
 携帯から、電子音。メールだとわかって…惰性で手を伸ばす。ディスプレイには…蘭世の名前。
 よりによってこのタイミング。間が悪いったらありゃあしない。即刻消去しようとして、それでも…開いてしまう。
『今日は…どうしたの?
 部活のこと、本当に無理を頼んでごめんなさい。
 では、また明日。  蘭世』
 蘭世、だなと思う。これが…蘭世だ。そう思った。
“サンキュウ…”
 あの時、耳元で聞いた俊の囁き。長年、俊を見てきたけれど、そんなわたしでもはじめて聞くような優しい、響き。
 でも、その言葉を向けられたのは……わたしではなかった。
 結局。俊に寄り添えるのはわたしではなかったということだろう。
 わたしは、あいつのように、そっと俊の傍にいるなんて生き方は多分できないだろうから。
 大好きな、大切な俊の選んだのが…わたしの最大のライバルで、認めたくは無いけど大切な友人である蘭世だったこと。
 それが嬉しいと思うのは、諦めの気持ちからでもなんでもない。
 でも。
 悔しいから、今日のことは秘密にしておこう。
 あの優しいキスも…囁かれた言葉も。わたしのものにして大切にしておこうと思う。
 たった一言、最後に囁かれた名前だけを封印して…。いつか、笑って2人に暴露できるその日まで。

“サンキュウ…蘭世”
 

 
end

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悠里よりコメント:
和紗様サイト「tale of・・・」10万hitおめでとうございます〜
記念にとフリー配布されていたお話を 頂いて帰って参りましたv

うきゃー 王子一生の不覚・・じゃなかった
なんて 素敵な そして切ないハプニングなんでしょう!
そのキスは勿論蘭世ちゃんへ向けられたものだから 余計に切ないし
キスで 俊がどれだけ蘭世ちゃんに優しく接しているかも判ってしまったから
嗚呼曜子さん 悲しいよねぇ・・・
でも それを格好良く封印して秘密にするところが曜子さんらしいなと思いました。
和紗様、掲載させていただき ありがとうございました〜

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