パラレルトゥナイト零れ話 『Z(ツェット)』



(9):最終章



ダーク=カルロ、そして望里、鈴世は無事蘭世を救い出し帰路についた。
棺桶は砂漠の上を滑るように走る。

「蘭世!蘭世!!」
「おねえちゃん!!もう大丈夫だよ!起きて!」
望里がぴたぴたと蘭世の頬を叩く。
・・・が、目は開かない。
「・・・」
カルロは少し険しい顔になり、黙ったまま望里から蘭世をすくい取った。
「リンゼ、水筒を!」
「・・・あっ、そっか、はい!!」
鈴世はあわてて肩からさげていた水筒をカルロに渡す。
「・・僕、水持ってたんだっけ・・・想いが池のだけど」
蘭世は炎天下を1時間も飛び続けていたのだ。
水分不足・熱中症の状態に間違いないのだった。
カルロは水筒の水を口に含むと、躊躇することなく
蘭世の唇を塞ぐ。
何度も、何度も。
(・・・///)
望里と鈴世はちょっと気恥ずかしくなって顔を赤くし横を向く。
好奇心旺盛な鈴世はちらちらと視線を送っている。

幾筋も幾筋も、蘭世の唇の端から水がこぼれ落ちていく。
・・・やっと、何回かの後に蘭世の白い喉が微かに動いた。

「ん・・・」

ゆっくりと蘭世の瞳が開いていく。
「ランゼ!」
「・・あっ カルロ様?!・・」
蘭世は大きく目を見開き、確かめるように彼の頬に手を触れる。
「ゆめじゃ、ない、よね・・・!?」
「無事で良かった・・・!」
カルロの広い腕が蘭世を包み込む。
「うわあーん カルロ様だぁ・・・よか・・よかったよぉ・・!!」
(この力強い腕は・・・待ちこがれたあの人だ!!)
蘭世はおいおいと泣き始める。
「お姉ちゃん!」
「蘭世ぇ・・よかった!!」
望里も男泣きだ。
「ひっ・・く。おとうさん、ひっく、りんぜもぉー」
蘭世は望里や鈴世へも右腕を伸ばす。
「みんなで助けに来てくれたんだぁ・・・ありがとう・・・!!」
「もう、僕どうなるかと思っちゃった!!」
「ごめんね、ごめんね・・・」 

やっと・・・やっと。
 大好きな人たちの所へ帰ってこられた。
やっと・・・やっと。
 自分の元へ取り戻すことが出来た。

「ランゼ・・・!」
「カルロ様、カルロ様・・・」
カルロの抱きしめる腕に力が入る。
蘭世もカルロの広い背中にしがみつく。
(早くルーマニアへ連れて帰りたい・・ランゼはもう離さない)
(もう、カルロ様と離れたくない!!)

二人の想いが重なった、その時。
「あれぇーっ。」
鈴世が思わずすっとんきょうな声を上げる。
「カルロ様とお姉ちゃん、いなくなっちゃった!!どこ!?」
カルロと蘭世の姿があっという間に消えた。
・・・カルロは蘭世に想いが池の水を飲ませているとき、自らもわずかに
無意識のうちに飲み込んでいたらしい。
・・そう、想いが池の水の力で、あっという間に砂漠から
テレポートで脱出してしまったのだ。

(・・・)
望里と鈴世は目を丸くし、顔を見合わせた。
「・・・ま、二人は無事なんだし、カルロはきっと
 わざとやったわけじゃないし・・・」
望里は気を取り直し懐からジャルパックの扉の所在地マップを出した。
こほん、と咳をし、地図を広げている。
鈴世も望里の肩越しにそのマップをのぞき込んだ。
「ここから北東数キロの方にジャルパックの扉があるらしいな・・・」
「じゃあ、僕たちはそこから帰るんだね。」
「まっ、そうしようかね。・・想いが池の水は無くなったことだし。」
「でもよかったよね。きっとお姉ちゃん達はルーマニアだよね」
「・・そうだろうねぇ・・・」
望里はちょっと寂しそうな笑みを鈴世に返すのだった。



(・・・)
カルロと蘭世は部屋のまん中にテレポートしていた。
見覚えのある部屋だった。
「・・・」
蘭世もカルロも最初は訳が分からず呆然としていた。
「あっ・・・想いが池の水!?」
蘭世が最初に思い当たった。
「・・・そうだったな。」
カルロも合点がいき、蘭世に微笑む。
「ここは・・・カルロ様のお部屋ね?」
「そうだ・・・帰りは一瞬だったな。」
にっこりと。
二人は笑顔を交わした。
・・・が、蘭世が先に泣き顔になった。
「カルロ様・・・」
蘭世はカルロにそっと抱きつく。
「こっ・・・怖かった・・・・」

・・・蘭世は無意識に自分に降りかかった出来事を思い起こしていた。

怖かったよ・・・
いろんな恐ろしい目にあった。
鞭があんなに怖くて恐ろしい道具だなんて知らなかった。
もう少しで・・・あの人のものにされてしまいそうになった。
もう・・もう、帰れないかと思った・・・!!!

「・・・」

カルロはその蘭世の”告白”に、じっと心の耳を傾けていた。
・・・情景さえも 浮かび上がってくるのだ。
残酷なほどに。

蘭世は、出来ることなら自分の胸にだけしまっておきたかったことも
カルロに伝わってしまったことに気づいていない。

 ざわざわと、泡立つカルロの心。
 怒り、嫉妬、憎しみ。・・・そして自責の念。
 蘭世が傷つけられている光景はカルロの心をも深くえぐる。
 そして、愛しい娘が別の男に組み伏されているのを見て冷静でいられる男は
 いないだろう。
 ・・・この私が 嫉妬にさいなまれるとは・・・

 後悔しても、取り消せない不幸な出来事・・・。

(全て 私の責任だ・・・)

蘭世の頭の中にカルロの沈痛な声が響く。
「あっ!」
しまったと思ってももう遅い。
蘭世はそこでやっと、今自分がしでかしたことに気づいた。
思わず両手で口元を押さえ、体を離し彼の顔を見上げる。

そこには。
苦しみに必死に耐える彼の瞳が・・・
「ごめんなさ・・」
「謝らなければならないのは私だ」

蘭世も後悔にさいなまれ、思わずカルロのそばから離れてしまう。
そして数歩離れたところで背を向け、しゃがみこんでしまった。
カルロはその蘭世の細い背中を立ちつくしたまま、じっと見つめていた。
(そのか弱く白い背に、鞭を振るわれたなど・・・)

「私は、自分が不甲斐ない・・・どんなに言葉を尽くしても、
 詫びきれる事ではない・・・」

蘭世はハッとし、振り向き立ち上がる。
「私こそ・・・!」
(鈍感な蘭世でご免なさい!!)
蘭世はあわてて首をふるふると左右に振って答える。
カルロは俯いていた。
金色の前髪の向こうに、苦しそうな表情が垣間見える。
「辛い思いを させてしまった・・・」
蘭世はもういても立ってもいられない。
思わず背伸びをし、カルロの首に抱きついた。

「カルロ様っ!もう・・・もういいのっ!」
思わず声がうわずる。
「ランゼ・・・」
沈んだ声で、彼は彼女の名を呼ぶ。
「私っ、もう、こわくないもん!・・・カルロ様の元に帰ってこれたから、
・・・私のこと助けに来てくれたから・・・それだけで、うれしいの!」
「・・・」
「助けに来てくれなかったら、私まだきっとあの砂漠の宮殿に連れ戻されてたわ・・・」
確かに、そうだった。
もしそうなれば、更に蘭世は窮地に追い込まれていたに違いなかったのだ。

「カルロ様の元に帰ることだけ考えて、今日までがんばって来たんだもん・・・」
蘭世はそうつぶやきながら、カルロの金色の髪に頬を寄せる。
「ね、お願い。もう忘れて・・・私も忘れるよう、頑張るから・・・」

お願い。カルロ様。もうあんな事は忘れたいよ。
(忘れられるくらい、私を幸せに、して・・・!)

カルロは黙ったまま、ゆっくりと蘭世の背をその腕に包み込んだ。
蘭世はいちどきゅっ とカルロに廻した腕に力を入れて手を離す。
そして・・・蘭世から ふいうちの、フレンチキス。
目を見張るカルロ。
せつない視線を絡めて、もういちど私から。
今度はもう少し深く、じんわりと。
そうして、もういちど、もういちど・・・

もう一度キスしようとしたとき。
カルロはそれを人差し指でそっと押さえた。
「私も、お前にキスをしたい・・・」
目を閉じ、待ち受ける唇。
・・・深く、深く唇は交わっていく・・・。


再び二人はじっとお互いの背に腕を廻し、寄り添っていた。
(・・・)
微妙な沈黙が流れている・・・。

ふと、蘭世は自分のいでたちを思いだした。
(もう、沈むのはおしまい!!)
なるべく楽しむように、明るい声で話し出す。
「私、砂だらけね!」
それを請けて、カルロも少し冗談めかす。
「それに、官能的な格好だな」
蘭世はアラビアの踊り子のような格好だった。
「きゃー やだもう恥ずかしいんだってばあ」
蘭世はあわてて胸を両腕で隠し背を向けようとする。
だが、カルロはその細い腕を掴み引き寄せた。
「隠さなくてもいい。・・・よく似合う」
(この姿であの男の側にいたのだな・・・)
カルロの心に再び嫉妬という影が差す。
だが、それは口にはしなかった。
絡み合う視線。

(もう私だけのものだ・・・)
(もう 離さないでね・・・)

互いが互いを引き寄せあうように唇が重なっていく。

・・・雰囲気が盛り上がったとき、少し、蘭世が恥じらった。
「あの・・・、シャワー、浴びたいな・・・砂だらけだし」
「・・・そうだな・・・私も浴びたかったところだ」
カルロは蘭世をひょいと抱え上げる。
「え・・?」
カルロ様と一緒、に?!
蘭世は慌ててカルロから降りようとする。
だが、かっちりと抱え上げていて降りられない。
「きゃーあのっ 私元気だから大丈夫だからっ 
 ひとりで浴びるよぉーカルロ様先に浴びて・・・」
もうカルロはバスルームの中に入り戸を閉めていた。
蘭世を腕から下ろすと、両手で桜色の頬を包み込む。
「・・・もうどこへも行かせたくない・・・今はお前から目を離したくない」
「・・・カルロ様・・・」
蘭世は真っ赤になり瞳を潤ませる。

「どこも痛いところはないか?」
「うん・・うん」

蘭世が服を脱ぐのを躊躇していると、カルロはふっ と微笑み
ひとつひとつ蘭世のアクセサリーから外し始めた。
頭に乗せたヴェール、それを止めていた髪飾り。

ヴェールを取り去ると、白い首筋が露わになる。
(・・・)
見まいとしても、思わず視線が首筋に泳ぐ。
赤い烙印が首元に浮かんでいるのが視界に入ってしまったのだ。
意識を無理に反らして・・・努めて冷静に・・・続きへ動く。

イヤリング。
・・外すときに手が肩に触れ、蘭世はそこから思わずときめいてしまう。
そして・・・ひときわ豪華なエメラルドのネックレス。
「それね・・・カルロ様の瞳の色みたいで 外せなかったの」
「・・・ランゼ・・・。」
(恐らくこれが発信器だ)
カルロはムードを壊さないようにそれ以上は何も言わなかったが、
さりげなくそれを遠くへと追いやる。
勿論、砂漠の宮殿から遠く離れたルーマニアにあったのでは役に立ってはいまい。
(ツェットの奴め・・・!あの意味深な笑みはこれだったか)

バレッタ・・・結い上げていた髪がさらりと肩へ流れる。
先ほどの烙印も黒髪の下に影を潜める。

カルロは手にシャワーを持ち、向き合っている蘭世の背中にそれを廻し、
丁寧に、そっと頭から湯をかけ始めた。

「あのっ・・・!服が濡れちゃう!!・・・カルロ様もっ」
蘭世はあわてて進言するがカルロはそれに黙って笑顔で答えるだけ。
お互いの服が濡れるのもお構いなしだ。
「!」
胸を隠していた布が身体にぴったり張り付いている。
つんととがった先端の形が露わになる。
蘭世は真っ赤になって胸を両手で隠す。

「隠さないでくれ・・・」

空中に浮き、自分でフックへ戻るシャワーヘッド。
湯は二人へと蕩々と注がれていく。

蘭世はカルロの腕の中。
とろけるようなキスの中。
そして、カルロの手のひらはその細い肩の上で、彼女の胸を隠す白い腕が
開かれるのを密かに待ち受けている・・・。


蘭世の髪がすっかり乾く頃。
それは二人は幾度となく睦み合った後であった。
ふたり、お揃いのガウンを羽織り、ベッドの上で寄り添っていた。
「うふふ・・・」
蘭世は真っ白なシーツにくるまり満足げだ。
そして、いつものようにいたずらっぽい瞳をカルロに向ける。
「ね、聞いてカルロ様!」
「?」
カルロも穏やかな表情で首を少し傾げて蘭世の言葉を待っている。

「私ね!がんばって宮殿みたいな所から自分で外に出たのよ!!
 マフィアの女みたいだったんだから〜」
「?」
蘭世の突拍子もない台詞にカルロはきょとんとする。
ちょっと得意げな顔をする蘭世。
「笑顔でね、男の人を油断させちゃうの」
「おやおや・・・」
カルロはクスクスと笑っている。
「あ!信じてないわね〜!!」
「”マフィアの女”らしくないものな、お前は」
そう言って笑うカルロを蘭世はぽかぽか叩くまねをする。
「もうっ!!私がどれだけ苦労したと思ってるのっ」
「・・・ククッ・・すまない」
カルロもそれを避けるまねをして楽しそうだ。


楽しくしよう。笑い飛ばそう。
どんなに嘘っぽくても、空虚でも構わない。
今は、一緒に笑っていたい。
それがきっと、二人の傷を埋める近道だから・・・。







「久しぶりにパーティに行かないか」


数ヶ月たった頃、カルロは蘭世を夜のパーティに連れ立った。
緩くまとめ上げた髪、シンプルだけど美しい宝石。
そして、クラシカルな雰囲気の漂う、黒のパーティドレス。
胸元を強調し、背中を大きく開けたそのデザインは
大人の色香漂うものだ。
だが、蘭世はそれを若いながらも着こなし、可憐な風味も
添えていたのだった。
見立てたカルロも驚くほど、よく似合っている。

「さあ、行こう」
グレーのタキシードを着こなし、微笑む彼。
蘭世も思わずそれに見とれてしまう。


心地よい音楽、美味しい飲み物。
「こんばんは」「お久しぶりですね・・・」
様々な人と言葉を交わし、蘭世にも笑みがこぼれる。
カルロの腕に守られていることも、心地よい。

「・・・あ、私が持ってきますね」
蘭世は場の流れで飲み物を取りに行こうと、カルロの腕から離れた。
ひとり歩くその姿。
美しい背中に視線が集まっているのを、彼女が気づくことはない。

だが。
”お姫さん、一段とキレイになったな”
蘭世はその声にぎくりと立ち止まる。
”いつかまた会いたいものだよ”

聞き覚えのある・・・それは・・・
(まさか・・・まさか!!)
驚きあわてて周りを見回す。
・・・だが、その姿は喧噪に紛れて見つかることはなかった。

「ランゼ?どうした!?」
蘭世の異変に気づいたカルロが駆け寄ってくる。
「ううん・・・ごめん・・・イヤリング落としちゃったかな って・・・」
「?いや、きちんと付いているよ」
「あっ、そうよね、ごめんなさい!えへへ・・・」
蘭世はごまかし照れ笑いをする。
(・・・)
カルロは少し訝しく思ったが、その場はそのまま収めようとした。
「飲み物は私が持ってくる。戻っていなさい」
だが、蘭世は・・・
気が付くと俯きカルロの袖を掴んでいた。
「カルロ様・・ごめんなさい・・・離れたくない・・・」
(あの人が・・・あの人がいるの・・・!怖い・・・)

カルロはその言葉に愕然とする。
「まさか!?」
だが、蘭世の顔は青ざめ、おびえきっている。

「屋敷へ帰ろう・・・」

カルロは雰囲気を壊さないよう、そっと蘭世を連れてパーティから離れた。
・・・ベン達に”あの男”を秘密裏に探すよう指示することも忘れない。


だがその夜、”あの男”は、カルロの部下に捕らえられることは
ついに、なかったのだった。



おわり

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あとがき
・・・最後のパーティのシーンなんですが、実は
柚子様にキリリクで書いていただいたイラストからイメージを頂いて
書きました。
 柚子様のイラストでは、蘭世ちゃんの隣にいる男性はシルエットだけで
不明 なのですが、私の脳内ではしっかりカルロ様に変換されています(笑)


イラストの方は・・・柚子書房様で是非ご覧になって下さいましv
美しいです。


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