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「・・・」
蘭世が再び目を覚ましたのは夕方のことだった。
もう日は傾き始め、良く日光が入るその部屋の中はオレンジ色に
染まり始めている。
「ここはどこ・・・?」
見慣れない天井が蘭世の視界に入る。
そして、ふかふかの広いベッドの上に蘭世は横になっていた。
自分は一体どうしていたのだろう・・?
(あっ!)
ふとパーティ会場にいたことを思いだし、がばっ と起きあがった。
「いたたた・・・」
蘭世は頭を抱えた。こめかみがずきずきしていた。
酔いつぶれていたのだから無理もない。
「おはよう。」
カルロは窓辺で椅子に座り、なにか本を読んでいた。
その本をテーブルにおいてこちらへ近づいてくる。
「大丈夫か?」
「あ・・・頭が痛いの・・・」
「水を飲むといい」
カルロはサイドボードに用意していた水差しからグラスに水を注ぎ、
蘭世に手渡す。
「ありがとう・・・」
蘭世はそれを一息に飲み干した。
そして、ふう。と息をついた。
「おいしい・・・。」
蘭世はもう1杯おかわりをした。
その後カルロは蘭世からグラスを受け取りサイドテーブルに置く。
「あの・・・ここは?」
「私の屋敷だ。もう安心していい・・・着替えでもして楽にしていなさい。」
カルロはテーブルにおいてあった大きな箱を蘭世に渡し、
いったんその部屋から出ていった。
中を開けると、ゆったりしたデザインのワンピースが
現れた。
広げてみると今着ているのよりももう少しかわいらしい印象だった。
秋らしくブラウンで、ごく小さな水玉の地模様がまた洒落ていた。
(・・・)
今日3回目のお召し替え。
またカルロから服をプレゼントしてもらった蘭世だ。
それを身につけるとやっぱりぴったりサイズ。
合わせて用意された靴もいつもどおり履き心地がよい。
まだ少し頭痛が残る蘭世は、着替えた後もベッドに腰を掛けていた。
(なんだかすこし胸焼けもする・・・)
蘭世はまた水を自分でグラスに注いで飲んだ。
コンコン、とノック音がしてカルロが入ってきた。
「・・・いいかな?」
「はっ・・・はい!」
蘭世は思わず立ち上がった。
「まだ座っていていい・・・お茶を用意したよ」
カルロは手にティーセットの載ったトレイを持っていた。
カチャカチャと微かに音がする。
紅茶はジャスミンティだった。
胸焼けをした喉元にすっと通り心地よい。
「・・・」
「・・・」
しばらく沈黙が続いた。
「わたし・・・今日はカルロ様一杯迷惑かけてしまったわ。
・・・ごめんなさい」
蘭世が先にその沈黙を破った。
とにかく謝らなければならないと思っていたのだ。
「迷惑とは思っていない。いつもと少し違って楽しかっただけだ」
「まあ・・・!」
蘭世は目を丸くした。
カルロの方はにこやかに、そして平然としている。
蘭世は少し目を伏せた。悲しい気持ちを思いだしたのだ。
「ねえ・・・私、子供っぽいよね?」
その俯く表情にカルロは蘭世の涙の跡を思いだした。
「会場で、なにかあったのか?」
「・・・」
蘭世は黙り込んでしまった。
子供っぽいのは自分のせいなのに。
綺麗な女の人達に囲まれていたことを責める資格はないと思った。
そう思うと口が重くなる。
なんであんな所まで
カルロ様を追いかけていったのだろう。
(・・・)
カルロは立ち上がり、蘭世の指輪のはまった右手をぱっと掴む。
心を読もうとしたのだ。
「・・・いや!読まないでっ」
蘭世も立ち上がり、その手を振り払おうとあばれる。
(読まないで! こんなぐちゃぐちゃの みにくい気持ち!)
「ランゼ・・・?!」
カルロにもただ、(読まないでよまないで・・・)と
悲しい心が伝わって来るばかりだ。
俯いて逃げようとする蘭世をカルロは腕の中に捕らえた。
「・・・」
カルロは質問を変えた。
「お前と一緒にいた男は曰く付きの者だ。なにもされなかったか?」
蘭世は俯いていた視線を戻し、少し考えた。
「・・・いいえ、お酒を勧められただけ・・・」
「ベンはあの男が酔いつぶれたお前を連れ去ろうとしていたと言っていた」
「そんな!?」
蘭世は驚いた。
「あの人は私に助け船を出してくれたのよ・・・悪い人だなんて!」
「助け船?」
ここで蘭世はあっ、しまったという顔をした。
「そっ、その・・・」
「言うんだ」
蘭世にあのときの情景が思い出される。
しっかり抱き寄せていたカルロにもそれは伝わり出す。
「私・・・綺麗な女の人たちに、私があんまり子供だから、
こっ、恋人じゃないみたいって言われて・・・えへへ」
涙がじんわり戻ってきた。
「その人達から私を引き離してくれたの・・・気にするなって」
こらえられずに泣き虫蘭世は涙を落とし出す。
「私の友達も、カルロ様が私を抱かないのは私が子供で
そんな気になれないんじゃないかって、
他に女の人がいるんじゃないかってまで言われて・・・」
後は言葉にならない。
(それで、いてもたってもいられなくてついてきてしまったの・・・)
心の声だけが響いてきた。
「・・・」
カルロはツェットの言葉を思い出す。
<<早く抱いてやったらどうだ 姫さんが不安がっているぞ・・!>>
「ランゼ・・・。」
頭に置いた手をそっと、ゆっくり、滑らせ長い髪をなでる。
「私はお前を子供とは思っていない」
カルロはゆっくりと語りだした。
「私はお前と逢ったあの日、あの場所で
お前を抱いてしまうこともできたのだ」
その言葉に蘭世はどきっ・・・とする。
「仮にそれで蘭世に子供が宿っても私はそれを養う甲斐性もある」
「えっ?!・・赤ちゃん出来るの?!」
蘭世はびっくりして思わずカルロを見上げた。
ずるっ。
カルロは目を丸くした。
「ランゼ、そんなことも知らないのか?」
蘭世は顔を赤くして俯いた。
カルロはちょっと、いやかなりうろたえた。
(日本の性教育はいったい何をやっているんだ?)
・・・もちろん日本は悪くない。
悪いのは学校へ行かせなかった蘭世の両親だ。
ここでカルロは少し迷う。
(どんな風にそのことを教えよう・・・?)
今の純白な蘭世に。
カルロとて軽はずみに女を抱いたことなど星の数ほど経験している。
子供に玩具を与えるように、蘭世にただ快楽のみを教えることもできる。
カルロの心に、この少女を壊してしまいたい衝動が一瞬過ぎる。
つばをごくりとのみこんだ。
・・・しかし。
目の前にいる何も知らない蘭世には、
まずは正しいことを伝えなければならない。
それが年長者のつとめだろう。
全てはそれからだ。
それに私の想いは・・・。
カルロは気を取り直してまた続ける。
「ランゼ。今までお前を抱かなかったのは
お前を大切にしようと思ったからだ」
ランゼの頬に軽くキスをする。
「ランゼ。それは、お互いのことを良く知った男女がする行為だ。
・・・将来共に生活をし、子供を育てていくことに
なるやもしれないのだから。」
蘭世は真剣な眼差しでカルロを見上げ聞いていた。
「まずはお互いを良く知ることが先だと考えたのだ。
中途半端な気持ちでは、互いが・・・・
特に女性が傷つくことが多いのだ」
カルロは蘭世の両頬を大きな手で包み込んだ。
「もちろん子供が出来ないようにしてそれをすることもできる。
お互いの愛を深めるために。
ただ、私はいたずらにそれをしてお前を汚したくない」
額にも口づける。
「お前が自分から、心からそうしたいと思ってくれるときまで
待つつもりだった」
「あ・・・!」
そこまで私のことを考えていてくれたなんて・・・!
(私、自分が恥ずかしい・・・。)
カルロ様は私の何倍も私のことを想ってくれている。
蘭世はそれに感激した。
なのに私は自分のことばっかり考えていたわ・・・
ただ、カルロとて記念日などのイベントがあれば有無を言わさず
蘭世をものにするつもりだったのだが。
蘭世はカルロに抱きついた。
「カルロ様・・・ありがとう・・・!愛しています・・・」
「ランゼ。私もお前を愛している」
(私には勿体ないくらいの人だわ・・・!)
自然に二人の唇が重なっていった。
そして長い口づけが終わったとき。
「・・・ね、カルロ様。」
「?」
「あの・・・。」
蘭世は顔を赤くして俯いた。
(今だけは私の心を読んで。)
そう心の中で言ってカルロの手に指輪の付いた右手を触れさせた。
(わたし・・に、それを教えて・・・)
「いいのか?」
潤んだ瞳で蘭世は彼を見上げていた。
返事をする代わりに蘭世は背伸びをして
カルロの首に両腕を廻し抱きついた。
カルロは蘭世を抱き上げ、ベッドへと横たえた。
そのまま深く深く唇を合わせ始める。
舌を蘭世の口の中へくまなく這わせる。
そして誘うように蘭世の舌へ絡め合わせていく。
「・・・っ」
やがてカルロは蘭世へと覆い被さっていった。
イリナの言っていた言葉と現実とが糸でつながりはじめている事を、
蘭世はうっすらと感じていた。
トクントクントクン。
蘭世の胸の鼓動は次第に高くなっていく。
静かに瞳を閉じ、カルロの背中に手を回した。
首筋にカルロのキスが降ってくる。
背中のファスナーがスッと下ろされ、
さらりとワンピースは身体を離れる。
ところが。
「〜〜〜カルロ様っ、ごめんなさい!」
「?!」
蘭世は飛び起きた。
「どうしたのだ?」
「吐きそう・・・!」
二日酔いの症状が戻ってきたのだ。
カルロはバスルームまで蘭世を連れていく。
トイレで、蘭世は胃の中のものを吐き出してしまった。
「わたしって、ほんとサイテー。」
せっかく雰囲気が盛り上がったのに。
蘭世は気分はすっきりしたが、落ち込んですわりこんでしまった。
カルロはくすっと笑いながらそんな蘭世の頭をポン、と叩く。
「今日はもう少し休みなさい・・・
部屋を用意するから泊まっていくがいい。
今度元気になったら覚悟をしておくのだな。」
「あ・・・」
蘭世は耳まで真っ赤になった。
次の日の朝、蘭世は寮に戻ってきた。
「あの・・・タティアナ、ただいま・・・」
蘭世はしなくてもいいのに上目遣いだ。
後ろめたいことバレバレである。
「おはよう!今朝は早いのね?」
「うっ・・・うん。」
タティアナは、にたにたしている。
「このご本はもう必要ないかしら?」
「え?」
タティアナは1冊の本を蘭世に手渡した。
「////」
蘭世はちょっと顔を赤らめる。
どうやら中学生向けの性教育の本であった。
「ありがとう・・・。あとで読ませてもらうね」
蘭世はそれを自分の机の上に置いた。
友達の親切が心にしみる。
「・・・こら。蘭世」
タティアナが悪戯っぽく声を掛ける。
「今まで一体どこでどうしてたのかな?私は聞く権利あるわよね」
「あ・・・」
「ボスとはうまくいったのかしら?」
「ぼすぅ?」
いつの間にか王子様 からボス に呼び名が代わっている。
「どうなの?そうなんでしょ?」
ひじでつっつかれる。
「タティアナにはかなわないな・・・」
蘭世は苦笑した。
「心配してくれてありがと。
・・・私には本当に勿体ないくらいのひとよ」
「で、今度こそ?」
「それが・・・私のせいで延期になっちゃった」
「なあにそれえー」
「体調悪くて。」
「やだがっかりね」
でもタティアナはウインクをする。
「次の機会には、覚悟〜!!」
「やっ、やだあ・・もう。」
「ちゃんとお勉強しておきましょうね〜ボスのためにも!」
わいわい言いながら朝の校庭へと向かう二人だった。
おわり、というか1章第3話へつづくv