『君の瞳に天国が見える〜ときめきアナザーストーリィ〜』



(4)囚人



 カルロは魔界の城に連れ戻されました。
竜男はカルロをつなぐ鎖を手に持ち歩き出します。
カルロも無言でついてゆきます。
 城の入り口入ってすぐの大広間に入ると、
すでに冥王ゾーンが待ちかまえておりました。
ゾーンは妖艶な女の姿でありました。

「あぁ!ダーク!!やっと戻ってきてくれたのね!!」

ゾーンは目を潤ませ、両手を広げて走り寄ります。
そしてカルロに抱きつきその胸元に頭を寄せます。

「あなたのいない日々は空しいだけなのよ!!
 帰ってくるのをどんなに待ちこがれたか・・・」
そう言いながら顔をすり寄せ、服の上からカルロの背中を
愛おしそうになでさすりしておりました。
(・・・。)
それでもカルロは無言です。
じっと遠くにある窓を見つめているようでありました。

廊下から大臣らしき年老いた鬼男が入ってきます。
そしてゾーン達の姿を認めるとこちらへ歩いてきます。
「ゾーン様。よろしゅうございましたな。」
「今日はごちそうにするわ!ワインもとびきりのを出して頂戴」
それを聞いて大臣は一礼します。
「かしこまりました。ですが、夜までの間に
 執務の方をお願いいたしまする。
 大変滞っておりまするゆえ」
「・・・わかったわよ」
痛いところをつかれたのか、ゾーンはちっ と
舌打ちをし大臣をにらみました。
しかし大臣は頭を低くするだけで平然としております。

「カルロ殿がおられないとゾーン様はお嘆きで執務の手を
止めておしまいになられるのだよ。もう人間界へ行くのを
あきらめてはくれまいかの」
 大臣はそうカルロにもの申します。
それでも聞こえているのかいないのか、カルロは何も反応しません。

ゾーンは今、魔界と冥界の王でした。
100年前に魔界の王を封印し、宿敵の王子を倒して
二つの世界に君臨したのです。

「夜になるまで私の私室に彼をつないでおいて頂戴」
そう言い残し、ゾーンは大広間から出ていきました。



(・・・。)
カルロはゾーンの寝室につながれておりました。
床に座り込み、物憂げに遠くの窓を見ています。

いつも思い出すのは、あのときのこと。
(どうして 私はあのふたりを救ってやれなかったのだろう・・・)



100年前。
魔界の王子達が冥界に乗り込んできたとき、
カルロも王子とともにおりました。そして、王子の側には
カルロの想い人が寄り添っておりました。
想い人と言っても彼女はカルロを振り向きません。
心から王子を愛している様子でした。
そしてそれはカルロにも痛いほどわかるのです。

冥王はその彼女に乗り移り、王家のものを倒すという
「禁断の剣」を持って王子を狙います。
禁断の剣は、その王家のものが心から愛するものによって
振るわれたときだけ、その命を奪うことが出来るものでした。

操られた彼女は剣をかざし、まっすぐ王子に向かってゆきます。
(いけない!!)
カルロは懐から銃を出し、素早く剣の柄に照準を合わせます。
カルロは人間界でマフィアのボスをしていたのです。

ズギューン。

しかし。

「はなせ!!」
引き金を引く瞬間に、冥界のたましいたちがわらわらと
カルロを取り押さえ、その場に引き倒してしまったのです。

弾道はむなしく空を切り、冥王の策略は成功してしまいました。
その時カルロはそのまま捕らえられ、魔女グッティ=ウッディに
魔法で悪魔に変えられ、幽閉されることになったのです。


「いやあああああ!」
彼女は操られていたとはいえ自分の手で愛しい王子の
命を奪ってしまったのです。
 彼女の心はそれに耐えられず、泣き叫んだ後昏倒し
それ以降目覚めることは決してありませんでした。

彼女は新種の吸血鬼であったため、
通常の方法では死ぬことが出来ません。
でも、棺桶に収まり、永遠に眠り続けることは出来るのです。

その場に居合わせた死神ジョルジュが、機転を利かせ
飛び散った王子の魂のかけらを拾い集め、
小さな灯火のような魂の元へ変えておりました。
これを黄泉の国へ持っていけば、数百年はかかりますが
魂の灯火は成長し大きくなって、再び人間、
もしくは魔界人へ生まれ変わることが出来ます。

ジョルジュは眠る彼女の夢の中へ入り、そのことを伝えました。
「おねがいジョルジュ!私も黄泉の国へ連れていって!!
 真壁君の魂を見守りたいの!!
 私はいつでも真壁君のそばにいたい!!」

ジョルジュは最初は止めましたが、あまりにも真摯に願うので
承伏しました。でも、それには条件がいくつかありました。
「今すぐには無理だよ。100年待って、その間ずっと
眠り続けられたら その時には生命の神から許可が下りるから。
その時に迎えに来てあげよう」

そうしてカルロの想い人は人間界のどこかで
静かに眠り続けています。
ついに今年で100年目になります。
あと3ヶ月もすれば死神ジョルジュとの約束の日です。

「・・・絶対に 黄泉の国には行かせない・・・」
カルロがそう思い始めたのは何時の日からでしょうか。
黄泉の国で王子の魂の所までは案内すると
死神は彼女に約束していました。
でも。
あの二人が再び共に、同時に転生するという補償はあるのでしょうか?
転生してもひょっとしたら魔界人でも、さらには人間でも、
そして女でもないかもしれません。
それがカルロには納得がいかないのです。
カルロは彼女のあの誰をも惹きつけて止まない
姿を失いたくないのです。

でも。それよりも。
悪魔になってから、カルロの時は止まり
捕らえられた当時そのままの姿で生き続けています。
自分自身が永遠の命なのか、違うのかは
カルロ本人にも判りませんでしたが、
折角この姿で生きられるのだから、一度あきらめた彼女を
もう一度この手にしたいと思い始めていたのでした。
 蘭世の事を任せようとしたあの青年は、もう”この世”には
いないのですから・・・

「おまえは、今のままでいいのだ、蘭世・・・」

カルロは壁にもたれ、視線を空に漂わせます。



「ダーク!!」
冥王ゾーンが私室へ戻ってきました。
紫色のマントを翻し、カルロの側へ駆け寄ります。
「ああ、夢のよう。もっと顔を良く見せて頂戴」
両手でカルロの頬を包み、自分の方へ引き寄せます。
そしてまた瞳を潤ませます。
 ゾーンの表情は、遠くへ働きに出ていた息子が
帰郷したときの母のような慈愛にあふれた顔にも見えました。

「こんなに愛しくなるなんて。あなたを捕まえて良かったわ・・・」

母と違うのは、そう言いながらカルロに口づけることでした。
(・・・。)
それでもカルロは無言です。
元々無駄口の嫌いな彼でしたが、魔界へ来てから
さらに何も語らなくなりました。
「相変わらず無口ね。・・・まあ、いいわ。
 いらっしゃい。一緒に食事をしましょう」


カルロはその夜ゾーンとベッドを共にしました。
確かにゾーンは美女で魅惑的な肢体をしております。
でも、カルロの心には響きません。
そして、100年もたつのです。
捕らわれた当初こそ屈辱で顔を歪めていましたが
もうそんな感情もどこかへ行ってしまいました。
 ゾーンの気を損ねない程度に要求に応え、
自らは何も望みません。

時には無表情の彼に激怒し、ゾーンは男の姿に
変身することがありました。
冥界人は元々男女の区別はありません。
そうしてその姿でカルロを組み伏す夜もありました。
それでも。
100年の時は、”あきらめ”という妙薬を
カルロに与えたのです。


こんなに虐げられた生活をして、なお狂わずにいられるのは
人間界で眠る彼女を想い、目覚めさせようと
決意しているからなのでしょう。

翌日、ゾーンが執務に追われる時間になると
カルロはいつものように牢へ入れられます。

カルロの見張り当番は家来達にとって楽しみでありました。
その美しい姿をちらちらとでも見ることが出来るのですから。
でも。うっかりカルロと目をあわせては大変です。
先日カルロの目を見てしまい虜になった見張りの男は、
やはりカルロの逃亡の手引きをし、
ゾーンに両手両足を切られて逆さに吊されたのでした。

(・・・)
両手は相変わらずいばらの鎖でつながれています。
カルロは冷たい壁にもたれて座り込み、
瞑想をするように長い睫毛を伏せ、
瞳を閉じました。


つづく

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