『君の瞳に天国が見える〜ときめきアナザーストーリィ〜』第2話



(1)試練


「・・・・て!起きてよ!おねえちゃん!!」

はっ。

天使ランゼは弟のような少年天使の声で目を覚ましました。
空にはすでに高く太陽が昇っておりました。

「あ・・・」

「おねえちゃん!」

天使ランゼが上体を起こすと、少年天使が抱きついてきました。
もうおいおいと泣いています。
「よかったああ。死んじゃったかと思ったよ・・・!」
「・・・ごめんね・・・。」

(カルロ様は・・・?)
思わず天使ランゼはあたりをキョロキョロします。
でも悪魔の姿はどこにもありません。

天使ランゼはおずおずと自分の服を身につけます。
でも、なにか自分に違和感を感じます。
「ねえ、おねえちゃん、翼は一体どうしたの!?」
「!!」
天使ランゼは自分の背中をさすってみました。
なんだか背中が軽すぎると思ったら!!
翼が忽然と消えているのです。
天使ランゼはショックの余り声が出ません。
その姿は天使ではなく、ただの頼りない細っこい少女でしか
ありませんでした。

「・・・悪魔の仕業だね。」
少年天使はため息をつきました。
「だから言ったのに、おねえちゃん。わかったでしょ?
悪魔なんか好きになっても利用されるだけなんだよ。
傷つくのはおねえちゃんなんだよ。」
「・・・・」
天使ランゼは俯いて黙ったままです。
「さあ、おねえちゃん、帰ろう。雲の馬車を用意してあげるよ」
「・・・」
少年天使は天使ランゼの手を引いて立たせようとしました。
「・・・らない。」
「おねえちゃん?」
天使ランゼはその場から動こうとしません。
「わたし、帰らない!!・・・カルロ様に会いにいくの!」
「まだそんなことを言っているの!?」
天使ランゼはだだっ子のように頭を左右に振り、涙をこぼします。
「もう一度カルロ様に会いたい・・・!!」
「だめだったらだめだよ!!ほら!!」

突然の事でした。
晴れていたのにばさばさ・・・という怪音と共にあたりが暗くなります。

「!!」

ジェット機ほどもある怪鳥が突然現れ、天使の二人を大きな脚でつかむと
あれよあれよと飛び去ってしまいました。





「う・・・」
天使ランゼは再び目を覚ましました。

気が付くと足にいばらの足枷がはめられています。
そして冷たい大理石の床に転がされておりました。
見上げると何か大きな建物の広間のようでした。


天使ランゼと少年天使は魔界の城に連れてこられていたのです。
ふと天使ランゼが隣に目をやると、床に血の海が拡がっておりました。

「やだ!目を覚まして!!ねえ!!!」

少年天使は槍で左肩を貫かれ、床に留められて横たわっています。
その姿は蝶の標本のように美しく哀れでした。
息はあるようですが顔色は真っ青です。そして
痛みに耐えているのか眉根を寄せて冷たい汗を流しています。
 天使ランゼは少年天使に駆け寄り槍を抜こうとします。
でも、どんなに力を入れてもびくともしません。
「一体誰がこんな事を・・・!!」
天使ランゼはなすすべもなくぽろぽろと涙を流します。

「やっと気が付いたね?」

上の方から女の声が降ってきました。
「折角ダークが私の元に帰ってきたというのに。
 お前達はなんて事をしてくれたのかしら」

ざわざわ。

ざわめきでふと気が付くと、5メートルほど離れて
異形の物達が天使達をぐるりと取り囲んでいました。

「殺しても殺し足りないわ。
 さあて、どうしてやろうかしら・・・!」
また声が降ってきました。天使ランゼは声のする方を
振り返ります。
高い高い玉座から、こつこつ・・・と階段を下り来る
音が聞こえてきます。
「あなたは・・・誰?」
「我は冥王ゾーン。私のことも知らないの?」
冥王、と名乗ったのはとても妖艶な美女でした。

「私からダークを奪い去ったことの意味がわかってる?」
ゾーンは妖しげな含み笑いをしながらこちらへ近づいてきます。
「あ・・・」
(確か、冥王ゾーンはカルロ様を溺愛しているって・・・)

「きゃあ!」
突然大きな鍵爪をした毛むくじゃらの黒い手が天使ランゼをむんずと
掴みました。
「・・・確かにこっちの天使がダーク殿をお連れしたときに
 転がり込んできた奴ですわい」
掴んだのは大きな獅子男でした。
天使ランゼを落とし物でも検分するように
じろじろと見ながら続けます。
「それで、ダーク殿はこいつに”ランゼ”って名前をつけたんでさ。
だからダーク殿を呼び寄せたのもたぶんこっちの大きい奴だ。」
「ランゼだって!?」
ゾーンは一度目を丸くし、ほほほ・・・と高笑いを始めました。
「クククッ・・・!ダークもなんとまあしおらしいことを・・・」

ゾーンはつかつかと倒れている少年天使に近づき、横に膝をついて
その顔をぐい、と自分の方へ向けました。
しげしげとその面差しを見ているようでした。
「・・・なるほどねぇ。姉だけじゃなくて弟の方もそっくりね。
あんたたちは私が100年前に追っ払った連中にそっくりだわ」
「その子にさわらないでよ!」
天使ランゼは精一杯の反抗を見せます。
ゾーンはそれをちらと見やっただけでした。
「じゃあ、この小さい天使には私が名前をつけてあげる。
 ・・・この子は『リンゼ』 よ。」

ゾーンは立ち上がり、周囲を見渡しました。
「あんたたちも良く聞きなさい!私の元にダークを一番早く
連れてきた者にこの天使リンゼをあげるわ!」
周りを取り囲んでいた異形の者達が一斉にざわめき出します。
「天使の血肉を食らうと不老不死になるわ。
 私も昔食べたことがあるわよ」
ゾーンは続けます。
「私としてはダークが私の元に帰ってきてくれさえすれば
 あとはどうでもいいの。そこのあんたもこれに参加していいわよ。」
ゾーンがパチン、と指を鳴らすと天使ランゼをつないでいた鎖が外れました。
あんたと言われた天使ランゼはのどをごくり・・・と鳴らします。
「わたしも・・・!」
「そう。あんたが一番に連れてきたらリンゼを
 返してあげる、ってことよ。」
ダークをこんな女の元へ連れてくるのは嫌です。でも、
自分がそうしなければ天使リンゼはどうなるのでしょう?

異形の者達がひたひた・・・と天使リンゼに近づきます。
「なな、なかなかの美少年じゃねえか。
 ダーク殿には及ばないけどさ」
コオロギ男が天使リンゼの髪を一房掴んで言います。
「きれいな金髪だねーぞくぞくしちゃう。」
トカゲ男がにやにやしています。
「ねね、こんなのどお?羽根をむしって
 羽根だけ食べちゃって、あとは奴隷にするのお」
「いいねー!そうしたら逃げられないからなぁ」

「あんたたちはなれなさいよっっ!!!!いやっ!!!
・・・私の大事な友達にさわらないで!!!!」
天使ランゼは泣き叫びました。
ゾーンはさらに追い打ちをかけるように言います。
「あんたがこの天使を見捨ててダークをかばっても、
 どうせ私の部下たちが代わりにここへ連れてくるだけだわ。 」

大広間から見える窓の外中空に、
黒く大きなトンネルが開きました。
「さあ、行こうぜ!!今度の褒賞は桁違いに高価だ!!!」
異形の者達は次々にそのトンネルへと向かい飛び立ちます。
「あんたも、泣いている場合じゃないわよ。早くしないと
リンゼがどうなっても知らないわよ」
「あ・・・」

大広間はあっというまに空っぽになりました。
ただ、天使二人と、見張りのオウムの怪物を残して。
ゾーンもいつの間にか退席していました。

「おねえちゃん・・・」
苦しそうなか細い声が聞こえました。
「あ・・・!」
天使ランゼは少年天使に駆け寄り横にうずくまります。
涙をこぼしながら両手でその小さな右手を握りしめました。
「ごめんね。ごめんねこんな事になって・・・!!」
「ぼく・・リンゼ だって・・・」
「ゾーンの付けた名前なんていらない!!」
リンゼと呼ばれた少年天使は弱々しく
天使ランゼに告げます。
「おねえちゃ・・・ぼくにかまわないで・・・にげ・・て」
「ばかっ!!」
そう、泣いている場合ではありません。
天使ランゼはすっくと立ち上がりました。

「すぐに助けてあげるから・・・悪魔を連れてくるから、
 それまで待ってて・・・!」

こうして、天使ランゼの長い試練の旅が始まりました・・・。

つづく

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