3)
蘭世は”俊の中にカルロがいる”、という事実をじわじわと実感し始めていた。
ベン・ロウがカルロのことを告げに江藤家にやってきていた。
ベン・ロウと俊=カルロは長い間目と目でテレパシーを交わしあっている。
無表情だったベン・ロウに驚き、喜び、そして寂しさと思える表情が
次々と浮かんでは消えていった。
しばらくすると、ベン・ロウは俊=カルロに一礼し地下室から帰っていった。
蘭世は心配そうに俊=カルロの顔を見上げる。
「あの・・・ルーマニアに帰らなくても いいの・・・?」
「・・・大丈夫だ。ベン・ロウならなんとかするだろう」
「そう・・・」
しばらくして俊=カルロは蘭世と共にセントポーリア学園に通うことになった。
「真壁君ならきっとそうする・・・」
蘭世のその一言で決まったことだった。
アロンとフィラも一緒に通うことになり、アロンと俊=カルロは
江藤家の庭に出現した魔法の家へ、フィラは江藤家に居候となった。
「シュンは、ボクシングをやっていたのだな」
そう言って図書館でボクシングの知識やトレーニング方法をひととおり調べると、
アロンとともにボクシング部を立ち上げた。
もうあっという間にトレーニングする姿も堂に入ったもので、
蘭世も驚いてしまう。
さらには日野という上級生の部員まで入ってきたのだった。
練習試合を申し込んだ男子校の生徒が俊=カルロを
狙ったときは、生徒達が持っていた鉄棒をパン!と念力でぶち折り
マフィアで培った護身術で撃退してしまっていた。
俊以上にけんかに強い”俊=カルロ”である。
「ねえ・・蘭世」
「なあに?かえでちゃん」
「中学校のときと、なんか真壁君雰囲気違わない?」
「えっ!?・・・そ、そうかなっ」
蘭世はあわてて笑ってごまかす。
そう。
いくら姿が同じでも育ちや性質は隠せない。
まずは成績がダントツに良い。
そして腕まくりもせず、カバンも肩から担いだりもしない。
歩く姿、座っているときの姿勢が違うのだ。
貴公子然としており、品の良さがにじみ出てしまうのだった。
ボクシングをしているというワイルドさもありながら、
その立ち居振る舞いの上品さと相まって
俊=カルロは学園中の女生徒のハートを鷲掴みにしていた。
ただ、俊と同じなのはカルロも無口なことだ。
さらに無表情で蘭世に接する以外、とりまきには無視!の、
いないも同然の冷たい態度だった。
もっとも、大人の、しかもマフィアの世界で生きてきたカルロにとって
日本の高校などまったくぬるま湯で退屈な世界でしかない。
蘭世以外の生徒にはまったく興味が持てない。
従って、授業と部活以外の時間は図書室に入り浸り、
日本の文化について学ぼうと本をめくっている毎日だ。
それでも、蘭世のことを思いここに残っている。
彼の笑顔も、その声も蘭世だけのものなのだ。
それは俊以上にカルロは顕著だった。
蘭世のほうは、とまどいながらも俊=カルロと共に登下校し、
ボクシング部のマネージャーを務めている。
雰囲気の違う俊に、また違ったときめきを覚えてしまう蘭世だが、
「この人は、真壁君だけど違うんだ・・・」
そう思うと友達以上の接し方が出来なくなってしまうのだった。
カルロもそんな蘭世の微妙な心を汲んでおり
大人的なアプローチは自粛している。
それでも俊=カルロの優しい眼差しはいつでも蘭世のものだった。
そうやって幾日か過ぎた頃。
”魔界で冥王の指輪が盗まれた”
そんな情報が江藤家にもたらされる。
冥王達がまた動き出したのだ。
「すっかり暗くなっちゃったわね・・・」
俊=カルロと蘭世は日の落ち暗くなった住宅街を
並んで歩いていた。
学校の帰り、ボクシングに関する本を探そうと
商店街の本屋”柚子書房”で夢中になって立ち読みをしていたのだ。
そして、冬の日没は思ったよりも早く
二人は夜道を歩くことになったのだった。
空き地の横を通り過ぎようとしたその時。
「!!」
俊=カルロと蘭世は無数の魂の形をした冥界人たちによって
空き地に引きずり込まれていた。
「おまえは、何者だ!」
「冥王・・ゾーン」
「うっ、嘘よ!!」
「嘘などではあるものか」
そう言いながらゾーンは指にはまった五角形の指輪をこちらへ見せる。
(それでは、俊の死は・・・!?)
無駄死にというのか。そんなばかげたことがあってたまるものか・・!!
「指輪の在処は何処だ!!言え!!」
ゾーンは王の指輪のありかを探しに来たのだ。
「そんな物は知らん」
俊=カルロはしれっとした顔で答える。
たしかに、カルロは指輪のありかは知らない。
「うそをつけ!」
ゾーンが指輪の石をぎりり・・と廻す。
「ウッ・・・!」
俊=カルロは激しい頭痛に見舞われる。
こらえきれずに頭を抱えうずくまっていた。
「きゃあ!!やめてよぉ!真壁君をいじめたら承知しないんだからっ!!!」
蘭世はうずくまる俊=カルロを両手を広げ抱え込み精一杯毒づく。
「うるさい、小娘!!」
ゾーンの右手には銃が握られていた。
「ここは人間界だ。言わないというのなら・・人間界のやり方で死んでもらう」
俊=カルロに銃口が向けられる。
「きゃ・・・!」
俊=カルロは頭痛が止まない額を抑えながらも、すかさず蘭世を背後へ隠す。
そして、カルロは久しぶりの緊張感に目を光らせるのだ。
(私を撃とうというのか?)
にやり、と不敵な笑みさえ浮かべるのだ。
「おまえ、銃は撃ったことあるのか?・・そんな構えでは当たらないぞ」
そうやってゾーンを挑発する。
カルロはそうやってゾーンを怒らせて、隙を作らせるつもりだった。
ところが。
「指輪の在処なら、私が知っているわ!」
そう言って蘭世は俊=カルロの背後から突然飛び出し走り出したのだ。
確かに蘭世は指輪のありかを知っていた。
俊=カルロからもらった王家のお守りに忍ばせてあると
望里から聞いていたのだ。
そして、そのペンダントは俊=カルロから蘭世へと贈られていたのだった。
「なにぃ〜追え!!」
「ランゼ!!」
(無茶な!!)
魂の形をした冥界人達が蘭世を取り押さえようと蘭世へ追いすがる。
俊=カルロはそれを追いかけようとしたが
目の前の光る銃口に阻まれた。
「お前の相手は私だ・・・」
にやりと冥王が不気味に笑う。
「2000年前から、お前達は目障りだった!!」
「やめてー!!」
蘭世が俊=カルロをかばおうと走り戻ってくる。
それを目の端でとらえたカルロは
反対に身を翻し蘭世へ覆い被さった。
次の瞬間。
ドン という空気を振るわす鈍い音が空き地の乾いた空気に響き渡る。
「や・・やったか!?」
俊=カルロは蘭世の目の前で倒れていく。
それはスローモーションのようだった。
背中から左胸を撃ち抜かれていたのだった。
「いやあっ!!・・・まかっ、か・・カルロ様っ!!!」
口の端から血を流し、顔に色がない。
蘭世は倒れ伏す俊=カルロにすがりついた。
「嘘おっ・・起きてよ!カルロ様あっ」
そのとき。
蘭世の胸にあるペンダントが突然パリン、と音を立てて割れた。
「あ!あれは・・・指輪!」
水の石=王の指輪が中から転げだしたのだった。
それはまばゆい太陽のような光を四方にまき散らし始める。
「うっ・・・ま・まぶしい!」
冥王達はその光に耐えられず逃げ出していった。
そして、その指輪は・・・自分で宙に浮き、カルロの指へとはまったのだった。
「カルロ様!カルロ様っ!!」
(私を庇うなんて・・・!いやだ!死なないでよぉ!!)
「お願い!目を開けて!!」
蘭世は泣き叫び、倒れている彼の肩を揺らす。
そして、おもわず”俊”ではなく、
無意識にカルロの名前を呼び続けていた。
指輪の光が静かに小さくなっていく。
「・・・」
その光が消えた頃、ふいに、俊=カルロの目がゆっくりと開いた。
「!!」
(カルロ様っ!)
彼は素早く身を起こし、そして蘭世に瞳を向ける。
「ランゼ!・・おまえはなんともないか?」
「私のことなんかどうでもいいの!・・・カルロ様!」
蘭世は俊=カルロの首に抱きついた。
(カルロ様・・!無事で、よかった・・・!)
涙が頬をあとからあとからつたい流れ落ちていく。
(どうしよう、この気持ち。・・・言葉にならないわ!!)
どちらからともなく、少し身を離し視線を絡め合う。
そして、二人の唇はお互いを引き寄せ合うようにして
重なっていく・・・。
二人は空き地の壁に抱き合ったまましばらく寄りかかっていた。
「カルロ様・・怪我は!?」
「大丈夫だ・・・ペンダントが救ってくれたようだ」
撃ち抜かれていたはずのカルロの身体からは、跡形もなくその傷跡は
消え去っていた。
「わたし、カルロ様に、守られてばかり・・・!」
その言葉を聞き、カルロは蘭世の冷たく濡れたようにつややかな黒髪をなでる。
「私はランゼを守ると決めたのだ。
それは、俊の代わりの私の使命でもあろう。だが、それ以上に
私の心がそう欲するのだ。私は心からお前を愛しているのだから。」
そうして、カルロは蘭世の額に口づけ、つぶやく。
「・・・たとえ蘭世がこの姿の私を受け入れられなくても・・・」
それを聞いて蘭世は顔を上げた。
「姿が真壁君で、中身が違うとか、もう関係ない!」
今、カルロ様が撃たれて、身が凍る思いがした。
もう誰も失いたくないと思った。
そして・・・
「今、私のいちばん大事な人が、誰か解ったのよ・・・。」
そうつぶやいて俊=カルロの胸に頬を寄せ、
その身体をぎゅ・・と抱きしめる。
(大好きよ カルロ様・・・何処へも行かないで・・・!)
「!」
蘭世の想いがカルロの思念に届いた。
「私はシュンでは、ない・・それでもいいのか?」
「・・・もう、関係ないよ!!カルロ様・・・!」
カルロは思いがけない蘭世の告白に胸をうち振るわせた。
そして、再びその唇は熱く重なり合っていった。
・・・5メートル先に曜子がおネグ姿で近づいてきているのも
気にせずに・・・。
つづく
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