『新・魂のゆくえ〜the exchange soul〜』


(2)


再びカルロが目を覚ましたとき。
見慣れないくすんだ白い天井が・・・俊になったカルロ、の視界に映った。
そしてその、以前とは違う魂を宿した不思議な身体は見知らぬ狭いベットの上に横たわっていた。
まだ身体のあちこちで傷が痛み、それを今の持ち主・・・カルロへ容赦なく訴えかけている。
(ここは・・・?)

ふと視線を移すと蘭世がそばで椅子に座り、ベッドに突っ伏し静かに寝息を立てている。
(ランゼ・・・)
どうやら、ここはランゼの家らしい。
カルロはゆっくりと視線をその部屋へめぐらす。
机、クローゼット、そしてこの狭いベッドと蘭世の座る椅子。
生活感はあるが、どこかこざっぱりとしたシンプルな雰囲気の部屋であった。
(・・・シュンが間借りしていた部屋か・・・)
蘭世の部屋は、ドアを開けた・・・斜め向かい側あたりのはずだ・・・。

カルロはふと思考を止め、蘭世に視線を戻す。
そして、その安らかな寝顔をしばらく眺めていた。
(ランゼ。この私を気遣って付き添ってくれたのか・・・?)
・・否。それは違うだろう・・。
カルロは自分におきた怪異現象を思い出した。

”私の魂は、今、シュンの体の中にいる!”

(ランゼは シュンに付き添っているのだ・・・私とは知らずに)
身体にはまだぎしぎしとあちこちに痛みが走る。
カルロは冥界で横たわるぼろ雑巾のような自分の屍を思いだしていた。
そして、自分の”死”を悲しみ、”シュン”の隣で泣き叫ぶ蘭世の声を・・・。
(・・・どんな形であれ、こうしてこの世に残ることが出来たことを
神に感謝すべきなのだろうか・・・)
シュンは?・・・おそらく私の代わりにこの世から消えてしまったに違いない。
少なくともこの身体には俊の気配が見あたらないのだから。
(・・・)
枕元に長い睫毛を伏せ眠る愛しい娘。
生きているからこそ、手を伸ばせばすぐそこに・・・。
カルロは思わず手を伸ばし、眠る蘭世の桜色の頬にそっと触れた。
「ん・・・」
黒目がちの大きな瞳がゆっくりと開かれる。
「真壁君・・・!」
”シュン”になったカルロは、黙ってその瞳に微笑みかけた。

「あれから 1週間も眠り続けていたのよ・・・」
蘭世は、窓辺に立ちそう告げる。
「カルロ様の 亡骸は 名誉の戦死として代々の王家の墓に葬られたってお父さんが言ってた・・」
そう言って蘭世は俯いている。
「そうか・・・」
自分の亡骸の行方を聞かされるとは・・・まったく奇妙なものだ。複雑な思いがする。
「カルロ様とは、またいつか会えるような気がする・・・」
そう言って蘭世は窓の外を見やり遠い目をしていた。
(少しは、私のことを想っていてくれていたのだろうか・・・)
その蘭世の表情を見ると、つい・・・小さな期待がカルロの胸に生まれてくる。




蘭世は階下にスパゲティを茹でに行っていた。
「う・・・」
俊=カルロ・・・以降、彼を”シュン”と呼ぼう・・・は、痛む身体をこらえつつ
ベッドの上に身を起こした。
(今、私は只の人間?それとも俊のような強力な”力”があるのか・・・?)
”シュン”は枕元のテーブルに置かれた水差しをひと睨みした。
すると・・・水差しは思ったように空中に浮き、コップへ水をそそぎ込み始める。
(この力は残っていたか・・・!)
それ以上は?
(確かシュンには治癒能力が・・・)
”シュン”はかつて肩の傷を真壁俊に治してもらったことを思いだし、
自分の腕にある傷を手で押さえてみた。
・・・だが、それは何も変化を起こすことはなかった。

推察するに、今、おそらく人間で、カルロとして持っていた能力は
引き継ぐことが出来たようだった。
(・・・)
とりあえず”シュン”は、痛む傷をなだめながらベッドから降りる。
そしてその部屋にあったクローゼットを探り真壁俊の物と思われる服を着込み始めた。
カジュアルなシャツ、そしてざっくりとしたセーターと・・・
(私はこれを穿かなければならないのか?)
ジーンズのズボンであった。
せめてスラックスでもあればとクローゼットをくまなく探すが、
その何処を探してもジーンズしか見あたらない。
(私の好みではないのだが・・・この際仕方ない)
”シュン”は仕方なくそれを穿いた。

「おまたせ〜。ごめんね、こんなのしかなくて・・・」
蘭世が笑顔でナポリタンを運び込んできた。
「ありがとう・・・」
”シュン”はそのかいがいしい様子をじっと見つめている。

”シュン”は自分の正体に気づかれないよう、あたりさわりのない台詞を選んで話していた。
(・・・だが。)
”シュン”は蘭世を見つめながらじっと思考を続けていた。
・・・自分がシュンの姿をしたカルロだと言うことを、いつまでも黙っているわけにはいかない。
隠したとしてもいずれ彼女には・・そう、おそらく真っ先にわかってしまうことだ。
何しろ、彼女が一番この男に近い存在なのだろうから。
ならば、言うのは今しかないだろう・・・
蘭世はテーブルを寄せ、その上にナポリタンの皿を置いた。
意を決し、俊になったカルロ・・・”シュン”は静かに切り出す。
「ランゼ。」
「はっ・・・はいっ」
蘭世は”真壁俊”に突然名前で呼ばれ、驚いて背筋を伸ばし目の前に駆け寄ってくる。
「実はお前に謝らなければならないことがある」
「えっ?真壁君が?」
突拍子もなく、どうしたの、何?という表情だ。
「ランゼ。落ち着いて聞きなさい・・・私は、真壁俊ではない」
「え?」
蘭世は予想通りきょとんとしている。
「真壁俊ではなく、ダーク=カルロだ」
「ええっ?」
蘭世は事態が飲み込めないらしい。
「外見はシュンだが、心はカルロなのだ。魂が入れ替わってしまったらしい・・・わかるか?」
「・・・何を言っているの真壁君?どうしちゃったの??」
蘭世は非常に心細げな表情だ。
当然と言えば当然だが、わけがわからず、困っているようである。
俊になったカルロは慎重に説明を続ける。
「私は冥界で冥王を倒し再び目覚めたとき、シュンの体に魂が入っていたのだ。」
「よしてよ真壁君!悪い冗談はやめて!」
蘭世は困惑して”シュン”に言葉をぶつける。
(・・・)
”シュン”は少し考え、再び口を開いた。
”真壁俊”のその唇からは流暢なルーマニア語が流れてきた。
『ランゼ。こんな形になってしまったが、お前とまた逢うことが出来て私は幸せ者だ』
日本人の俊からは到底出るはずもない異国の言葉達がなめらかにその口から出て来る。
それは蘭世にとって現実を思い知らされる鍵であった。
みるみる蘭世の表情が青ざめていく。
「それじゃあ、ま、かべ くん は・・・?」
「残念だが、私の代わりに・・」
「いゃぁっ・・・・ぅぅぅ!」
蘭世が叫び声を上げるのは当然予想できたことだ。
俊=カルロはすかさず蘭世の肩を抱え込み片手でその口を塞いでいた。
俊はきっとこんなことはしない。
そして、傷を負った身体だというのに、その機敏な動作はマフィアの工作員のようだ。
その動作はさらに”俊=カルロ”という図式が本物であることを蘭世に見せつけていた。
蘭世の足ががくがくと震えている。

「ランゼ。・・・気持ちは分かるが、今は大声を上げてはいけない・・・
 皆に私のことがばれてしまう」

カルロはこの、腕の中の蘭世が不憫でならない。
いとしい真壁俊は死んでしまったと告げられたのだ。
・・・きっと卒倒寸前に違いない。
蘭世の目からはぽろぽろと涙があふれ始めていた。
だが、死んだはずの彼が動いてこうして側にいるという奇妙な状態が、
蘭世の精神にクッションの役割を果たしているようだった。
だから、蘭世は壊れずにこうして涙を流しているだけなのかもしれない・・・

蘭世が落ち着いてきた頃、”シュン”はそっ、と蘭世の口を塞いでいた手を外す。
肩に回した手も外そうとしたが、蘭世は両膝から力が抜けてよろけてしまい、
再び華奢な身体に腕が添えられた。
「・・・」
「ランゼ。良く聞いて欲しい。」
「・・・」
蘭世は無言のままである。
「私がこの身体に乗り移ったことには、きっと何かの意味があるに違いない。
 ・・・この身体にある以上、私はシュンとして生きるべきではないかと思うのだ」
蘭世は驚いた表情で至近距離にある”シュン”の顔を見上げる。
「真壁君、として・・・?」
「そうだ。」
そう言って”シュン”は蘭世に優しい視線を投げかける。
かつてのワイルドな真壁俊からは向けられたことのないような、柔らかい笑みであった。
それは一層蘭世にいいようのない違和感を覚えさせていた。
(ほんとうに、真壁君とは、ちがう・・・!)
それは・・・そう、カルロ様の、”笑み” だわ。
蘭世は一瞬その”シュン”の笑みに、『鏡の間』から飛び込んだパラレルワールドで出逢った
”軟派な俊”を連想していた。
・・・だが、鏡の間の”俊”と決定的に違うのは、”シュン”が強い”男”であるという事も
蘭世は思い当たっていた。・・・中身が、あの”ダーク=カルロ”なのだから。

その男はその優しい笑みで・・少しの寂しげな色も混ぜて・・・、言葉を続ける。
「他の者達には事実を告げるつもりはない。秘密にしておくつもりだ
 ・・・ただ、ランゼ。おまえには知っておいてほしかった。
そして私を手助けして欲しい・・・”シュン”として生きるための。」
「カルロ、様・・・」
蘭世の瞳が戸惑いの色に染まる。
そして、”シュン”に合わせていた視線を外し、悲しみの色に変わる瞳を伏せて横を向き俯いてしまった。
「そっ、そんなふうに 突然言われても・・・」
絞り出すような蘭世の声。そしてその唇は震えている・・・。
「ランゼ・・・」
「私・・・私っ、どうしたらいいのか わからない!!」
蘭世は”シュン”の腕の中からパッ、と身を離し、勢い良くドアを開けてその部屋から出て行った。
斜め向かいの部屋のドアが開閉する音がし、その後”シュン”の周りは
しん・・・と静まり返ってしまった。

(・・・ランゼ・・・)

・・・そう。カルロとて判っている。
すぐに自分・・・”シュン”、をそのまま真壁俊と同じように受け入れられるはずがない。
蘭世が恋していたのは俊の”心”であって外見だけでは無かったはずだ。
・・・たとえその初めが一目惚れであったとしても。

ひとり取り残された”シュン”はその場に立ちつくし、蘭世が出ていった開いたままのドアを
じっと見つめていた・・・・。



つづく

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