(4)

中身がカルロである・・”シュン”、は食べ終わって空になったスパゲティの皿を運び、
ひとり江藤家の階段を降りていた。
カルロの屋敷と同様に、江藤家も小さくとも洋館である。”シュン”はだいたい
キッチンの場所の見当をつけ、迷わずに目的地へたどり着いた。
（誰もいないのか・・・）
キッチンに椎羅の姿はなかった。
とりあえず流しへ皿を置くと、自室に戻ろうと”シュン”はキッチンを出た。
”シュン”が１階ロビーへ出ると、彼はどこからか聞き慣れた話し声が
していることに気が付き・・立ち止まった。
（・・・あの男が来ているのか・・）
そう、自分の　腹心の　部下・・・
その男は、自分が指示したとおりにこの家へやって来ていた。
自分がいなくなった後、真壁俊　を　自分にそっくりなあの男を呼ぶがいい、と・・・。
ボスの”ダミー”さえ置けば　それできっと当面の混乱は回避できるだろう・・・。
”シュン”は話し声がする部屋のドアへ音もなく近づき、そっと耳を寄せた。

「・・私はダーク様の腹心の部下であると同時に先代と私の父が
いとこ同士という血のつながりもあるのです。
・・・あの方のお気持ちは私が一番良くわかっているつもりです」

そんな部下の言葉がドア越しにもれ聞こえてくる。
マフィアの若きボス・・ダーク=カルロは部下からも慕われ、尊敬される
名実共にカリスマ的存在であった。
ベン=ロウの言葉からもカルロへの尊敬の念がにじみ出るようだ。
（・・・）
カルロも自分の部下達を頼もしく思っている。
その彼らを置いて先立つ自分を・・しかも、マフィアの抗争とは無関係の場所で死ぬ自分を
皮肉に思っていた。このような運命が無ければ、マフィア間の争いでも死ぬことはないと・・
類い希なる能力で自分の身も、ファミリーをも守っていける、そう思っていたからだ。
（だが、再びこのような姿でこの世に存在しているとは・・・それもまた滑稽だな）

会話がとぎれるのを見計らって”シュン”はドアをコンコン、とノックした。
「？誰だい・・？」
望里が少し訝しげな声で返事をした。この家で客間にノックをきちんとして
入ってくるのは・・？強いて言えば鈴世？それにしても丁寧なものだと驚いていた。
（・・・ここは、あの青年の名前を言わなければならないのだろうな）
”シュン”は心を決めるために・・ひとつ息を吸った。
「・・・真壁　俊です」
それを聞いて椎羅はあわてて立ち上がりドアを開けた。
「まぁ！真壁君！！」
「真壁君！目覚めたんだね・・さあどうぞ！！」

望里の返事を聞き、”シュン”はそのドアから中へ入った。
中を見渡すと・・案の定、あの男・・ベン=ロウ、は客間のソファに腰を下ろしていた。
サングラスをしているが、座ってもなおきちっと伸びたあの背筋、風貌・・間違いない。
「あら・・蘭世は？」
椎羅が”シュン”のそばに、蘭世の姿がないことに気が付いた。
「部屋で、休んでもらっています」
”シュン”は慎重に言葉を選んで答える。
「ああ、そうよね・・真壁君、ごめんなさいね。ずっとつきっきりでいたから
　蘭世ったら疲れちゃったのかしら？」


「あぁ、俊君、こちらはカルロの部下で・・」
「ベン=ロウです　よろしく」
「よろしくおねがいします・・・」
望里に　ベン=ロウを紹介される。
幼い頃から知っている者と、初めましての挨拶をする　不思議な感覚。
そしてボスである自分が、部下ベン=ロウに軽く会釈をするのだ。

椎羅が少し不安げな顔で望里に寄っていく。
「あなた、蘭世が心配ね、ちょっと見てきます」
「私も行くよ・・客人に申し訳ないが・・私も気になるよ」
「少しお待ち下さいね。」
望里夫婦はそうして客間から出ていった。

客間で二人きりになると、ベン=ロウは突然かけていたサングラスを外し・・
細く鋭い目で”シュン”を見据えた。

”ダーク様から君のことは伺っております　私どもの所へおいで下さい”

やがて、テレパシーが”シュン”の頭に流れ込んでくる。

”君にお願いしたいこともあるのです　是非私どもの所でしばらく滞在を・・”
そこでカルロはテレパシーを遮り、やはり、テレパシーで返答した。
”・・・シュンを迎えに来たのだな？”
”！？”
思いがけない返答にベン=ロウは　はっきりとうろたえていた。
”私だ　ベン。シュンと入れ替わってしまったが　カルロだ”
”まさか・・！？”
ベンは思わず細い目を最大限に大きく見開き、口をあんぐりと開けてしまった。
そして半歩身を乗り出してしまう。
"落ち着けベン。このような姿になってしまったが　中身はこの私だ。"
”本当・・・なのですか？！”
”簡単には信じられんと思うが・・”
そこでカルロは、ルーマニア最後の日に部下の前で述べた最期の言葉を、そのまま
繰り返してみせた。
”おぉ・・ボス！おぉ・・・！”
ベン=ロウの顔に、はっきりと歓喜の表情が浮かんでくる。
”では、以前打ち合わせをしたように　ボスとしてお戻りになるのですね！
なんと・・なんとすばらしい・・”
ベンは、カルロが真壁俊に乗り移ることを予見して俊をルーマニアに呼べ　と
言ったのだと深読みしてしまっていた。その深読みに気づいたカルロは
軽くため息をつく。
”買いかぶるな。私の力でこのようになったわけではない。偶然だ”
”はっ・・・”
それでもなおベンは困惑と感動と・・・安堵、が入り交じった実に複雑な表情をしていた。
驚きの余りベンともあろう者がマフィアのポーカーフェイスもどこかへ
消し飛んでしまっていたようだ。
”では早速お戻りを・・”
”予定が変わった。私はしばらくこの家にいる”
そこでベンは　えっ？！　という表情になる。
”シュン”としては、蘭世の自分に対する反応が気になっていた。
できれば二人の間の溝をなんとか埋めたいと思っている。それには・・
今ルーマニアに帰る事は得策でないと考えていたのだった。
女のため　とは言いたくないが、カルロのそれは合理的な考えの上の判断だった。
”ボス、できるだけ早くお戻り願いたいのです。しばらくとはどのくらいでしょうか”
”以前も話したとおり、私がいなくてもファミリーは揺らがないはずだ。次へ動き出せ”
”なんと・・！？何故折角この世に生き残られたのに・・理解できません”
”私・・”ダーク=カルロ”は　もう居ないのだ。遅かれ早かれそれは周知となる・・
　予定が早くなるだけだ　対応しろ”
「ダーク様！」
ベン=ロウは思わず鋭くボスの名を呼んだ。
「オーウェン家の動きが怪しいのです。今ダーク様の不在を奴らに気取られるわけにはいきません。
ファミリーのために、どうか、どうかお戻りを・・！」
それまでテレパシーで言葉を交わしていたのが、ベンは思わず声を出していた。
「・・・」
男二人の間に、しばらく沈黙がつづく。
先に動いたのは”シュン”のほうだった。
ベンと向き合ってにらみ合いをしていたのを　ふっと目を伏せくるりと横を向いた。
そして”シュン”は・・口を開いた。
「数日のうちにそちらへ行く。　・・用意をしておけ」
「はっ！！」
その返事を請けたベンは勢い良く気を付けをし、一礼すると足早に地下室へと消えていった。


◇


数日後。
今日の江藤家には"シュン"の人影はなかった。

”シュン”は魔界に・・大王に会いに行っていたのだった。


望里と椎羅はここ数日、塞いでいる蘭世が心配だ。
望里はダイニングで特製トマトジュースを飲んでいる。
「あなた、どう思います？蘭世は真壁君と喧嘩でもしたのかしら・・？」
「うーむ・・・　」
蘭世に”一体どうしたの”、と聞いても曖昧にしか返事をしない。
ただ、”シュン”と蘭世の様子を見ていると、”シュン”はともかく
あきらかに蘭世はぎくしゃくしており、その様子から　
（二人は喧嘩したわね？）
椎羅はそう踏んでいた。
だが、椎羅としてはもちろん蘭世の恋を応援する気持ちもあるが
それと同時に”魔界の王子”である俊と、蘭世がうまくいって欲しいのである。
「いいわ！私に任せて頂戴！」
椎羅は望里にそう言うと空になったトマトジュースのコップを盆に載せ
少し軽い足取りでダイニングを出ていった。

しばらくして”シュン”が魔界から帰ってきた。

「一緒に外の空気吸って来るのよ！気分転換してらっしゃい！」
椎羅はニコニコしながら、でもぐいぐいと二人の背中を押して玄関から
強制的に外へと追い出してしまった。
背中でバタン、ガチャリと戸と・・・鍵、が閉まる音がする。
「あっ！お母さんたらっ！！」
放り出され、ふたりはあっけにとられ・・・”シュン”と蘭世は思わず目を見合わせてしまった。
”シュン”も少し困惑した顔だったが・・すぐに気を取り直したようだ。
「折角外へ出たんだ。私を街へ案内してくれないかな？」
「えっっ！？」
「・・ランゼの住む町をじっくり見てみたい」
（私の、住む町を・・・）
その言葉に蘭世はなんだか気恥ずかしくなって顔が赤くなる。
「・・・・はっ　はい・・・」
蘭世は小声でそう、答えた。

しばらく、二人は黙ったまま曇り空の小道を市街地の方向へ並んで歩いていた。
蘭世は、何か話そう・・・話さなくちゃ・・と内心あせっているのだが
何を話して良いのかさっぱり判らず、黙っている。
そしてカルロ、である”シュン”も元々物静かなほうである。
そうして、結局、二人は何を話すでもなく道を進んでいた。

蘭世は、ふと隣で黙々と歩く”シュン”の横顔を見上げた。
（・・・カルロ様は、わざと真壁君と入れ替わったわけでは　ないのよね　きっと・・・
　きっと、なにか違うもののせいなんだわ・・・）
蘭世も、事実を告げられた直後よりは、すこしずつ冷静になりつつあるようだった。
　その視線に”シュン”は気づき、蘭世へ優しい笑顔を向ける。
そうすると　やっぱり蘭世は顔を赤くし俯いてしまうのだった。
（落ち着け蘭世！真壁君じゃないのっ　これはっ　真壁君じゃないのよ・・・！！）


商店街へ出てみると、街はバーゲン一色であった。
デパートの壁には”大売り出し””破格値！”などなど書かれた垂れ幕がかけられている。
明るい音楽が流れ、それにつられて蘭世も少し気分が上向きになってくる。
「わー！久しぶりの人間界だあ！！」
周りの者が聞けばぎょっとするような台詞も　つい　ポンと出てくる。
蘭世とて今までずっと魔界のことに振り回され続け、こんな平和な情景に触れるのは本当に
久しぶりのことだったのだ。

（よおし！）
勢いが乗った蘭世はスーパーの前にできた人だかりの様子を伺う。
（あれは、バーゲンのワゴンね！？）
蘭世は無邪気な笑顔で”シュン”へ振り向く。
「ねえ、私　行きたいところがあるの！行ってもいい！？」
「・・？」
”シュン”は蘭世のうれしげな視線の先を見ても訳が分からず訝しげな顔をしている。
カルロはいうまでもなくバーゲンなどとは無縁の生活を送っていた人物だ。
「いーからいーから！ココで待っててね〜！」
蘭世はきょとんとした”シュン”に構わずに、笑顔で人だかりへと駈けだしていった。

「・・・」
”シュン”は、そばにあったベンチに座り蘭世を待つことにした。
育ちの良さからか座る姿も洗練されており、遠巻きに買い物客の女の子達が
”シュン”をちらちらと見ながら”あの人、カッコイイ！”などと噂しあっている。
もちろん、”シュン”はそんなことは一切お構いなしだった。

　蘭世のことをひとり待っている間に”シュン”は、つい、今日の魔界城でのことを
思いだしていた。
（王妃には　シュンに異変が起きていることが　ばれたかもしれないな・・・）
すっかりゾーンのことで落ち込んで周りが見えていなかった大王と、
「よかったね！魔界人のままなんだね！」と俊の生還を素直に喜んでいる弟王子は
きっと気づいていないに違いない。
”シュン”は徹底してポーカーフェイスを貫いていたのだが、それでも王妃が訝しげな視線を
自分へ向けているのを見逃してはいなかった。
（実の母親の目だけは　やはり欺き通すのは難しいものだな・・）

”シュン”はなんとなく、どんより曇った空を見上げる。すると・・
空からちらり、ちらり　と白いものが舞い落ち始めていた。

「お待たせ〜！」
遠くから蘭世の声がする。”シュン”は　ぱっ　とベンチから立ち上がった。
そのとき。
（・・あっ！）
いけない！
大きな包みを抱えた蘭世が・・足下のブロックの継ぎ目につまづいたのだ。
”シュン”は咄嗟に蘭世へ駆け出す。そして「カルロ」としてかつてから持てる能力を放ったのだ。
ふわ・・と蘭世の身体が倒れていくのを力で下から支えていく。
「えっ・・！？」
そして不自然なスローモーションとなった蘭世に追いつき・・
”シュン”は蘭世の転倒を能力で助け、その身体を腕の中へ受け止めたのだった。
「あ・・ありが・・と・・」
蘭世は赤い顔で”シュン”を見上げる。
”シュン”に真剣な顔で「大丈夫か？」と問いかけられ、蘭世は心臓の鼓動が倍に
跳ね上がっていた。
見上げた顔がさらに赤くなり・・・遅れて”はっ！”と
我に帰ったようで、勢い良く俯いてしまった。あまつさえぶんぶん！と
頭を振っている。
（おやおや・・）
”真壁君じゃないのにっ、ときめいちゃだめよっおばか蘭世っ！”
と考えていそうなことは・・”シュン”には、それはもう見事に手に取るように判ってしまう。
”シュン”はふいに（少しアプローチを変えてみようか？）と思いついた。
そして　くす・・と笑う。
「・・・意外と　おっちょこちょいだな」
「えっ！？」
蘭世はふいうちを食らったようで、大きな瞳をさらに大きく見開いている。
”シュン”のそれは、かつての真壁俊のようなリアクションに思えたのだ。
それを”シュン”が狙っていたかどうかはわからない。
「・・んもう！！」
”シュン”は笑いながら蘭世の数歩前へ小走りで逃げる真似をする。
「どうせ、私はドジでバカですよおーだっ」
それを蘭世は追いかける。
・・少し、二人の道行きが明るくなったようだった。


「あっ！そうそう！！これ、・・えと・・・」
「ランゼはシュンをなんと呼んでいたのだ？」
「・・真壁、くん」
「私もそれでいい」
「・・・じゃ、これ、真壁君、に・・」
やがで二人は江藤家に続く雪の小道へ戻ってきていた。
蘭世は今日買ってきた買い物袋をごそごそ・・と開け
中身を取り出したのだった。
ふわ・・と、”シュン”の首へ巻く。それは・・モスグリーンのマフラーだ。
「ほら、私は手袋。お揃いよ」　
蘭世もマフラーと同じ色、同じデザインの手袋を取りだし笑顔で手にはめてみせる。
「えへへ・・じゃ、いこっか。」
そこまでして「カルロ」である”シュン”の手前、（はしゃぎすきたかな・・？）と
ちょっと照れくさくなった蘭世は彼の数歩前へ歩き出した。
「ランゼ・・！」
もう、頭より想いだけで身体が動き出す。
彼女の後ろ姿へ駆け寄り、想いがこみ上げた”シュン”は後ろから蘭世を抱きしめた・・
（きゃ・・！？）
「ランゼ、やはり私は　おまえを愛している・・・」
蘭世は突然の”抱擁”に一瞬驚いたが・・・
（私、真壁君だから平気なの？ううん、真壁君じゃないのに。でも何でかな　怖くない・・・）
勿論、心臓はどきどき、どきどき・・・と高まってしまう。
蘭世はしばらく、そのまま身を預けていた・・

不意に強い北風が二人の小道を通り抜ける。
その途端、蘭世は我に返ってしまった。
（怖くない・・でも・・・でも・・・真壁君じゃ、ない。）
「・・お願いカルロ様！は・・放して、ください・・」
拒否の言葉を聞き、”シュン”の心に痛みが生まれる。
「ランゼ、聞いて欲しい・・・」
息苦しい沈黙を少し置いて、”シュン”は言葉を続ける。
「私は・・お前のそばにいないほうがいいだろうか？」
「えっ！？」
「私は・・・お前を混乱させるだけの存在でしかないのだろうか・・」
「それは・・・それは・・・」
真壁俊はこの世にいない。だが、俊　は何故かこうして目の前で生きて動いている。
（真壁君の姿さえ見られなくなったら、私、どうなっちゃうんだろう・・？）
でも、それは蘭世の身勝手な気持ち。それも自分で判っている。
蘭世はみにくい気持ちが心の中に生まれ出たことに、やるせなく黙り込んでしまった。

「ランゼ。私は明日からしばらくルーマニアへ戻る。」
「えっ！？」
蘭世はその言葉に再び驚いた。”シュン”は構わずに続ける。
「私は・・・一度はお前から身を引いたが・・・生きてこの世にいる限りは　
　お前への思いを貫くことに決めた。おまえをあきらめるのを・・やめる」
（カルロ様・・・！！）
「だから・・私はできるだけお前のそばにいたい。
だが、私にはまだ自分のファミリーを守る義務も残されているらしい」
驚き呆然としている蘭世を、”シュン”はさらに抱く腕に力をこめる。
「私の本心は・・お前をさらってでも連れて行きたい。
　もし一緒に来てくれれば全力でお前を守る。
　だが無理強いはしたくないし、確かに、私の戻る場所は危ない・・・」
「・・・」
蘭世は、自分を抱きしめる人物を振り返り・・見上げた。
すると・・・真壁俊が確かにそこにいてこっちを見ているのだ。
それなのに、口から出る言葉は　もちろん話し方も違うし　ファミリー・・。
そして、”江藤”ではなく”ランゼ”。
「・・・ファミリーって　何よぉ・・・！」　
蘭世は”シュン”の顔を見ながらじわじわと泣き顔になっていった。
「なんで・・・真壁君なのに　まかべくんじゃ　ないのおっ！」
「ランゼ・・・！」
”シュン”は思わず抱きしめる腕を緩めた。
そして蘭世は”シュン”に向き直り、ぽかぽかと”シュン”の胸を叩く。
「私のっ　真壁君を　返して！」
「・・・すまない・・・」
カルロにとってそれはとても心に突き刺さる台詞だ。
だが、かつて蘭世にすっぱり振られた経験のある”シュン＝カルロ”は、
その分俊を失った蘭世の悲しみも理解できていた。
・・・責められるのは仕方のない、事なのだと感じていた。
蘭世はひっくひっくとすすり泣く。
”シュン”は、黙って蘭世のしたいようにさせていた。
やがて泣きじゃくり始めた蘭世の、小さな肩に手をそっと置く。
「シュンに　あいたいのだろう？・・・私はルーマニアに戻るが、
　さびしくなったらいつでも私の所へ来なさい。
それがお前の慰めになるのなら　中身を私・・カルロだと思わなくても構わない。
私は、今は身代わりでも　構わない・・」

蘭世は今し方自分が抱いた身勝手な気持ち・・
「中身が違うのは許せないけど　姿だけでもそばにいてほしい」
そう思ったことを”シュン”に見透かされたような気がしていたたまれなくなる。
「身代わりになんて・・・私っ　そんな風に　思ったら　きっとダメなのよぉ・・・！」
「何故？」
「本物の”真壁君”に悪いって　私思うもの！！・・ごめんなさい！」
蘭世はその腕の中から逃れ、泣きながらぱたぱたと、
雪がうっすらと積もり始めた白い小道を駈けていった。
”シュン”は小道にたちつくし　江藤家へ向かい次第に小さくなるその姿を見送っている。
小雪がちらちらと二人の道の間に舞い落ち、遠くなる背中をたちまちにかき消していった。

◇