『新・魂のゆくえ〜the exchange soul〜』



(5)
ここはルーマニア。
”シュン”になったカルロはプライベートルームで着替えを済ませていた。
着慣れたスーツに腕を通すと、カルロは ふっ・・と安堵する。
用意した靴も元から自分のものだ。
江藤家ではずっと真壁俊の使っていたジーンズやシャツ・・
カルロにとっては着慣れない物・・を着ていたのだ。
ルーマニアに戻りスーツを着ると元の自分に戻ったような気がする。
それなのに・・
ふと鏡を見ると、そこには10年は若返ったような自分。
そして黒い髪に黒い瞳の青年が映っているのだ。
そして。
(少しサイズが合わないようだな)
足下が少しだぶついていることに気づく。
俊は2センチほどカルロより身長が低いようだ。
足下を気にする”シュン”の様子に、その場にいたベンも同じ事に気づいたようだった。
「すぐにご用意いたします!」
ベンはいそいそとその部屋にある電話の受話器を取り、行きつけのブティックを呼び出す。
そう、ルーマニアへ戻ってきたのはカルロであっても、カルロそのものではないのだ。

ピザ屋の宅配よりも素早くブティックの従業員が現れ採寸を始めた。
なにしろカルロ家は一番の上得意様である。
さらに矢よりも早い対応で今の”シュン”にぴったりサイズの三揃えスーツができあがる。
そしてベンが用意した金髪のかつらをかぶり、サングラスを掛ければ・・・
「おぉ・・」
何よりも一番感動したのはベンであった。
確かにこの目の前にいる人物はカルロそのものではない。
だが、立ち姿、足の運び方や仕草がまさに”カルロ”であったのだ。
不自然なところが何一つ見つからない。かつての彼が醸し出す雰囲気そのままに”シュン”は
ダーク=カルロとしてそこに立っていたのだった。

死してもなお生まれ変わり宗派を守るチベットの高僧か、はたまたサイコスリラー映画の
主人公を連想させベンは心をうち振るわせる。
「ボスはそこまでして我らのことを守って下さろうとしていたのだ・・
なんという素晴らしい御方、なんと素晴らしい能力だろう!」
ベンのカルロ崇拝はさらに加速度を増していった。
ひどく感動しているベンの様子を見て、カルロは困惑顔だ。
「買いかぶるな、ベン。これは偶然だと言ったはずだ。」
「ダーク様・・・」
「私は、本来ここにいるべき人物ではないのだ。問題が片づけば私は日本へ戻る。
 その後はお前・・ベンに組織を任せよう」

ふいに部屋をノックする音がし、そちらを振り向くと・・
「ダーク・・・!?」
両手で口を押さえ、かつての彼と同じ緑の目を大きく見開き潤ませた女性が
そこに立ちすくんでいた。
ウェーヴのかかった金髪をセンス良くミディアムショートにした
かわいらしくもある美人であった。
「ナディア。もうこの屋敷には出入りするなと言っただろう」
ベンが冷たく言い放つ。
それでもナディア、と呼ばれた女性は動じない。思わずカルロの姿をした男へ駆け寄ろうとし、
一歩手前で横からベンに立ちふさがれた。
「どうして!?ダークはもう死んだって聞いたのよ!でもこうしてここにいるじゃない!?」
「落ち着け、ナディア。これはダーク様であってダーク様ではない」
「何を言っているの?ベン」
「この方は・・・」
ベンがどう説明した物かと言いよどんだ所で、”シュン”が答えた。
「私はダーク=カルロのダミーだ」
あっさりそう言い、サングラスとかつらを外す。
カルロより10以上年下の青年、しかも東洋人が現れ・・・ナディアはがっくりと肩を落とした。
「やっぱり・・・そうなのね・・ダークはもう、いないのよね・・・」
だが、その青年はどこかダーク=カルロに面差しが似ていた。
「ボス、そろそろ参ります、お支度を」
ベンがそう言うと再び”シュン”は鏡に向かいカツラをかぶり、サングラスを掛ける。
すると魔法がかかったかのようにかつてのカルロがそこに出現するのだ。
しかも動作の一つ一つとってもカルロにしか思えない。
歩き方も、姿勢も、カルロそのものではないか。
「ダーク・・・」
ナディアはぽろぽろと涙をこぼし始めた。その青年はあまりにもかつての彼に似すぎている。
彼女は小さい頃からずっとカルロに想いを寄せていたのだ。
再び”ダーク=カルロ”に出会えた奇跡にナディアは喜ぶ。だが、所詮彼ではないと・・
(本当は本人なのだが)そう思うとやるせなさも感じるのだった。

ベンと”シュン”が表玄関ロビーに続く階段の前に出ると、
階下の通路両端に部下達が整列し道を作っていた。
カルロである”シュン”にとっては、いつもの風景。
「おぉ・・ボス!」「ボスがお戻りになった!!」
部下達は思わず喜びの声をあげた。その姿をよく見ようと思わず一歩前へ出る者たちもいる。
ボスのダミーができたと部下は聞かされていた。
しかし、その”ダミー”は、あまりにもかつてのボスに
姿も雰囲気も似ている、というよりもボスそのものであったのだ。
「お前達、静かにしろ!ボスがお出掛けになる」
ベンが釘を差すと部下達は元のように畏まった。
そして”シュン”・・ダーク=カルロはいつものように
一度部下達にザッと鋭い視線を投げかけると、
かつてのボスそのものの足取りで階段を降りその居並び頭を下げる部下達の間を歩いていく。
威風堂々。
身体は真壁俊でも中身はダーク=カルロ本人なのだから当たり前である。
完璧すぎる”ダミー”であった。

玄関先に黒塗りの高級車が停まっている。
部下のひとりがドアを開け主が乗り込むのを待っている。
扉が閉められ、後部座席に”シュン”とベンを乗せた車は滑るように走り出した。

「今日の会合にはあの男・・オーウェンが出ています」
「・・・わかった」

会合の場所となった屋敷に到着すると、
オーウェンが同じく玄関で車を降りてくるところであった。
大柄で、四角い顔に鼻ひげを生やした中年男だ。
・・・蘭世とふたり船の上にいたときに刺客を送ってきた張本人。
「よお、カルロ!」
なれなれしく・・・平然として握手を求めてくる。
本来ならこの場で撃ち殺してやりたいくらいだが・・・
まだ証拠がつかめていない。
そして今はその時ではない。
カルロはサングラスの奥で冷たい視線を送り右手をポケットにしまう。
そうして平然と横を通り過ぎ会場へ向かった。
それがオーウェンが・・快く思わなかったのは当然のことである。
(相変わらず生意気な小僧め・・・)
だがカルロである”シュン”はいつでも受けてたつつもりだからひとつも動じることはないのだ。

(今日の議題はあれだったな)
身体が違ってもカルロ”本人”であるから全く動じることはない。

「Q国からのブツの入荷状況は?」
「ああ、うちの管轄だったな、あれは。今週末には届くぞ」
「分配はどうする?」
「・・・・」
「・・・・」
男達のやりとりが続く。

「カルロ、お前はどうだ?」
ついに”シュン”にも話を振られる。
(ダーク様、声を出してはいけません!)
ベンが”シュン”にテレパシーを飛ばす。
そしてベンが代返をしようと口を開きかけたのだが・・・、
「構わない。我々の方は先月入手したばかりだ。今のところ必要はない」
”シュン”は すらすらと答えたのだった。
返答の内容は的確でおかしくないのだが・・・異変に気づき
会場は一瞬でぴたっ と空気が止まったようになった。
「? 声がおかしくないか」
案の定、一斉にボス達の不審感一杯な視線が”シュン”に集まっている。
ベンは(しまった!)と思い何か言いつくろおうと言葉を探し始める。
だが。ベンが口を開く前に”シュン”は平然として答えるのだ。
「ああ、すまない。風邪で喉をやられている」
(少しは道化の真似でもしてみるか)
そして・・彼らしくもなく軽くせき込んでみせるのだった。
ボス達はなあんだという表情で顔を見合わせる。
ベンは内心冷や汗たらたらだったが・・・ほっ と胸をなで下ろした。
後はカルロが自分のファミリーに有利になるような条件へ導きトントンと良い調子だ。
(これはうまくいける!)
これからも喉のポリープの手術をして声が変わった云々といえば通るはずだ。
ベンは至って冷静な表情で畏まっていたが、内心は小躍りが止まらないのであった。
(次回の会合にはダーク様の喉に包帯を巻こう)

夜。
”シュン”は私室に戻り変装を解いていた
金髪のかつらを被ったその姿は実に自分らしくしっくりきているが、所詮かつらである。
うっとおしい事に変わりはなかった。
ベンに いっそのこと髪を金髪に染めては? と勧められもしたが”シュン”はそれを断った。
黒髪の、黒い瞳のこの青年の姿を必要としている娘が居るのだから・・・。
”シュン”は上着を脱いでクローゼットへしまうとソファにスッと腰を下ろし、長い足を組んだ。
手に引き寄せたのは・・・ブランデーであった。
丸いグラスにブランデーを注ぎ、手首で円を描くように軽く振りながら時折口に運んで
その香りを楽しむ。
その姿は16歳の少年でありながら、はっきりと雰囲気は違う物・・”大人”を醸し出していた。

”シュン”は降りしきる雪の中で泣いていた蘭世の姿を思い出す。
「ランゼ・・・」
彼女はここへ来るだろうか・・?
変装を解いた姿で迂闊に窓辺へ立つことは許されない。
部屋の中央にあるソファから遠く窓に映る冷たい月を見やる。

蘭世の涙をぬぐい去るにはどうすればよいだろうか?
この私が真壁俊に心から全てなりきるべきなのだろうか・・・
いちどそう思ってはみたものの、すぐにカルロである”シュン”はそれをうち消した。
そんなことは到底できるわけがない。
親子兄弟や親友のように日々毎日ともに暮らしていた相手ならばそれはできるかもしれない。
だが・・・真壁俊についてカルロには情報がなさ過ぎた。
ランゼのボーイフレンドで、魔界の王子、そして無口で照れ屋な青年という以外は
何一つ知らないのだ。
周囲を混乱させない程度に合わせるつもりではあるが、
真剣に心を作り替えようと試みてもすぐにぼろが出るだろう。
そして、器は俊であってもカルロの心はあくまでカルロのものであって、俊のものではない。
無益なことはする必要はないと判断したのだった。
そして。なによりも・・・
(私は・・・私がランゼの心を欲しているように、ランゼにも私の”心”を受け入れて欲しい)
そう思いを一度結論づけて・・・
"シュン"はグラスに残るブランデーをぐいと一気に飲み干した。

だが、それにはきっとずいぶん時間がかかるに違いない。
蘭世の俊への想いは痛いほど知っているから・・・
だからこそ、俊の姿をした自分が皮肉に思えてくる。
吐き出す吐息がため息に変わる。
(いや、前向きに考えよう・・・)
やはり一刻も早くオーウェン家との諍いを片づけて蘭世の元へ・・日本へ戻るべきだと
カルロは思うのだった。




つづく

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