(6)
ここはカルロの屋敷である。
その屋敷が有する広い庭の一画にある草むらに人影があった・・・蘭世である。
一体彼女がどんな手段を使ってこの警備が厳しいマフィアの屋敷の中へ潜り込んだのかは不明である。
だがとにかく彼女は、庭の隅でこっそりと屋敷の中を窺っているのだ。
季節はまだ冬。厚手のロングコートを羽織ってもまだルーマニアの厳しい寒さが足下から
しみこんでくる。
吐く息も白く、指先がかじかんでくる・・・
(来ちゃった・・・)
行くことはない、行かない方がいい。そう思っていたのに。
夜毎、蘭世は自分の部屋でベッドに一人横になると様々な想いが頭の中を駆けめぐっていた。
”真壁君に”会いたい。
でも、それはもう叶わない。
・・・ところが、ルーマニアに行けば生身の”彼”に会える。
中身が違っていても”器”は正真正銘の真壁俊なのだ。
それはとても強烈な誘惑だった。
(ルーマニアに行けば”真壁君”に会える。でも・・・)
・・そう・・中身は・・・”真壁君”ではない。
俊と共に冥王を倒した男・・・”ダーク=カルロ”が代わりに彼の肉体に宿っているのだ。
運命の神はなんという性悪な悪戯を仕掛けたのだろう。
そして、カルロである”シュン”は私をあきらめない と言った。
まだ私を愛しているのだと・・・
その言葉に蘭世は少なからず衝撃を受けた。
そして、真壁俊の姿をしている男からの告白を、蘭世が素通りできるはずがないのだ。
中身が違う真壁俊。
「わたし・・・そんな彼を・・受け入れられる日が来るのかしら・・・」
わからない。
(心細いよ・・・真壁君・・・)
涙がひとつ頬をつたった。
「さびしいなぁ・・・」
思わず声に出してそうつぶやいてみる。
”中身が違っていてもいいから、そばにいてほしい・・・”
それは蘭世の、ごくごく正直な気持ちであった。
”でも、だからって会いに行ったら まるでカルロ様を受け入れたみたいで
以前の”真壁君”を忘れたのかって誤解されたくないな・・ ”
(・・・)
ふと、昔鏡の間で悪戯をして異世界の、まったく性格が逆の真壁俊に会い
幻滅したことを思い出した。
(でも・・・あれがカルロ様だったら絶対私をチンピラから守ってくれただろうなぁ・・)
ふーっと、息を吐き出し寝返りを打つ。
そして、ある日蘭世は気づくのだ。
「別に、あの”真壁”くんを、毛嫌いする必要は何もないんだ。そして、無理矢理
好きになろうなんても思わなくて良いんだわ・・・」
「それにあの真壁君・・私のことを好きだといってくれる真壁君・・ううん、カルロ様を
私が好きになれるかどうかは会って、そして一杯話をしてみないと判らないじゃない!」
よく考えたら蘭世は今まで(言葉の壁もあったせいだが)ろくにカルロと
話をしてみたことがないことを思い出した。
(もともと面影が似ている二人だったじゃない!)
・・・全く違う人ではないんだ。そうよ、遠くで血がつながっていたし・・・
そばにいるだけでも、心が安まるかも知れない。
逆に昔を思い出して心乱されるかも知れないけど・・
離れて何も思わないよりも、側にいて何かを感じ取ってみたい。
そう思い始めると蘭世はいてもたってもいられなくなった。
真壁俊の姿がもういちど見たい。その想いも同時に弾けたようだ。
あわただしく身支度を整えて、蘭世はいそいそと階段を下りていく。
”シュンに会いたくなったら いつでもここへ来なさい”
あの人の言葉が脳裏に浮かび上がってくる。
そうして蘭世は、こうして寒さ厳しいルーマニアの地にいるのだった。
「おねえちゃん・・・ちょっと寒いね」
実は蘭世の隣りに小狼の姿をした鈴世とオウムのペックがいた。
地下に降りていくときに一緒に付いてきたのだ。
鈴世もペックも寒くて寒くてブルブル、ガタガタとふるえている。
「うん・・寒いね」
「どうしてお姉ちゃん隠れてるの?堂々と会いに行けばいいのにさ」
「どんな顔して会いに行っていいか判らないのよ・・・」
「へんなお姉ちゃん。相手はおにいちゃんなのに。素直に会いに来たよって言ったらいいのにさっ」
「ソウダソウダ 水クサイゾ ランゼ!」
「・・・」
中に入れば暖かいはずである。半分はそれを期待して鈴世とペックはそれを言っている。
ただ、蘭世が素直でないことも気になっているのは確かだ。
蘭世はペックは勿論、鈴世にも真壁俊=カルロのことを話してはいなかった。
二人のツッコミには返答をせず、蘭世は再び背伸びをして茂みの向こうに見える窓を覗き込んだ。
「・・・え!?」
窓越しにスーツ姿の金髪の男性が見えたのだ。あの立ち姿は・・・
蘭世の心臓がドキッ、と跳ね上がった。
「カルロ様!?」
まさか・・・
次の瞬間、”カルロ”とおぼしき男性が頭に手をやり・・するりと金髪のかつらを取り外した。
「真壁くん・・・!!」
そう、それは”真壁俊”であった。
(あっ、そうか、中身は”カルロ”様だから・・・)
カルロが自分で自分のダミーをやっているのだ。蘭世は妙に納得してしまった。
(でもヘンな気分・・・)
久々に真壁俊の姿を見つけ、蘭世はそれだけで感動してしまう。
(・・やっぱり来て良かったかも・・・)
ぐずっ、と涙目になる。
真壁君が、生きてそこにいる・・・
窓硝子の向こうで語られていることは皆目分からない。
だが、動く俊の姿を眺めるだけで、蘭世はしあわせな気分になれるのだった。
(あ・・れ?)
蘭世は”シュン”のそばに金髪の美人を見つけた。
彼女は妖艶な笑みを浮かべ”シュン”にまとわりついているように・・
蘭世には そう 見えた。
(なによ・・・あんな美人がそばにいてっ)
蘭世はとたんに心象が悪くなる。
(私に”愛してるー”なんて言ってたくせにっ カルロ様の恋人かしら!?)
むかむか、イライラとして居ても立ってもいられない。
(・・・あれ・・・?)
ふと、蘭世は我に返る。
(なんで、私 カルロ様の恋人みたいな人に 焼き餅を焼いているの??)
蘭世の心に動揺が走る。そして自分勝手な心を恥ずかしく思うのだ。
(カルロ様だって、真壁君になっちゃって大変な思いをしてここに来ているはずなのに。
私 自分のことだけしか考えていない・・・恥ずかしい。)
草むらから飛び出して文句を言おうとしていた自分を恥じ、蘭世は再び草むらに縮こまるのだった。
「”ダーク”。」
”シュン”の居る部屋に女性が現れた。金髪の美人・・ナディアであった。
一方、こちらは窓硝子の向こうで交わされている会話である。
「だいぶ板についてきたわね」
(・・・)
”シュン”は ふうっ、とやるせなく息を吐きながら金色のかつらを頭から取り外した。
「ダークも無口だったけど・・・あなたはそれ以上ね」
「・・・」
中身はダーク=カルロ本人で、それは誤解なのだが”シュン”はそれを否定する気はなかった。
ナディアは妖艶な笑みをうかべ、優雅な足取りで”シュン”のそばへ歩み寄ってくる。
するり・・と”シュン”の背後に寄り添い、彼の肩越しに悪戯っぽく、艶っぽい瞳で見上げてくる。
「そんなあなたにも愛を囁く相手なんていたのかしら。興味あるわ」
「・・・余計な詮索はしないことだ」
「話し方までそっくり同じなのね・・・本当にダークみたい。女の好みも似てるのかしら」
「・・・私は」
”シュン”が何事かを言いかけたとき、ナディアはそれを遮った
「あぁあぁ、そしてまたこういうんでしょ?
私には心に決めた人がいる、弱いのに強い。
長い黒髪 ひたむきな瞳、いとしいひと ランゼ・・
なんてね あなたには関係ないわね。
」
そう、ナディアは振られたときの台詞を苦笑しながら話すのだった。
ところがである。
「判っているならばこれ以上話す必要はないな。・・・私は今も心を変える気はない」
「何を言っているの?あなたは」
「どんな姿になろうと、私はランゼだけを愛している」
まるで本人そのもののような”シュン”の返答にナディアは困惑顔だ。
「?やあね・・好きな女までダークと同じになんかしなくていいのよ?」
「・・・」
ナディアはあきらかに苛立った表情を浮かべている。そこへ”シュン”は追い打ちをかける。
「ナディア、この屋敷は近々抗争に巻き込まれる。近寄らない方が身のためだ」
「なあに!?そう言って私をここから追い出そうとしているんでしょ?ダミーのくせに生意気ねっ」
「ナディア、また来ていたのか。いい加減にしないか」
もう少しで口論になりかけたとき・・そこへベンが現れ口を挟んだのだった。
「ダーク様、事務所が襲撃にあいました。今回だけはボスに顔を出していただきたく存じます」
「無論だ。行こう」
身支度を整え、”シュン”達は外へ向かう。
事務所へ向かう車。少し離れたところからそれを追いかけてくる犬が2匹見えた。
「??」
運転手はそれを訝しく思っていたが、とりあえず冷静に車を走らせていくのだった・・・。
つづく
◇
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