(7)
事務所を襲撃され 現場へ急行する”シュン”達を乗せた自動車は山道にさしかかっていた。
緩く続く下りカーブを加速しながら降りていく。
車に乗っていたのは運転手役の部下とベン=ロウ、カルロである”シュン”の3人であった。
その時。
草むらから 密かにそれを狙う銃口があった。
それを構える男は勿論 カルロ家が敵対している オーウェン家のさしがね
男は 誰に気づかれることもなく 手慣れた技で確実に
マフィアの車のタイヤのひとつを打ち抜いた。
「しまった!!」
運転手が慌ててハンドルを切るも空しく
たちまち車は道からそれ、崖から飛び出してしまう・・・
そしてがけの下へ転がり落ち、爆音と共に炎上したのだ。
聞き慣れない不穏な轟音の直後に 犬になった蘭世達の目の前で”シュン”たちを載せた車が
カーヴを突っ切り草むらへと飛び込んでいったのだった
爆音轟かせ黒い煙と炎が吹き出している
それはまるで アクション映画のワンシーンのようで 容易に現実とは思い難い。
だが 爆風の熱い温度と 煙の不快感と 焼け付く臭いとが
これは今 目の前で起きていることなのだと蘭世に容赦なく告げる
(う・・そ・・・)
うそでしょう!?
蘭世の瞳はその燃えさかる車に釘付けになり 犬になっている身体は小刻みに震えている
頭を殴られたようなショックを覚え その場から動くことすら出来ない
ーここで 私はもういちど ”真壁君” を失ってしまうの?ー
冥王との決戦の場で 永遠に失われた”真壁君”
カルロ様の魂を宿して 肉体だけはこの世界にあるというのに。
いいえちがう。失うのは真壁君だけじゃない
ここにある”真壁君”がいなくなるということは 同時に 真壁君とカルロ様の両方も 本当に
失われてしまうと言うこと・・・
嫌だ イヤダ・・・
マフィアって なんなの? なんでこんなことに・・・
真冬の寒さのせい以上に 身体全体が そして心の随までも 冷えて凍っていく
どうしたら、いいの・・・
「おねえちゃん・・・」
どうしよう、どうしよう。
中にいるおにいちゃん達は どうなっちゃうの? まさか・・
燃えさかる炎を目の前にして 狼の姿の幼い鈴世にも 為す術はなく
ただ 一番ショックをうけているだろう姉を気遣い おそるおそる彼女を見上げ・・
再び炎へと視線をもどす。
「あっ」
次の瞬間、蘭世と鈴世の両方から短い叫び声があがる
燃えさかる炎の中に 炎の赤とは違う 緑色の不思議な光の塊が ゆらり と浮かび上がり
それが 人の形を成して 炎の中から”歩んで”出てきた
ああ・・!
その人の形は、まさに ”シュン”。
傷ついたベンに肩を貸し 燃えさかる車から脱出してきたのだ
そして ”シュン”は少し離れた安全と思われる場所へベンを横たえると
再び炎の中からもう一人の部下である運転手を救いだし
同じようにベンの傍らへと横たえたのだった。
(・・・ほっ・・・)
蘭世達は皆が無事なことに安堵のため息をもらす。
(すごい・・すごいわ カルロ様・・・)
もっとも、一番驚いていたのは狙撃者のほうだ。
(ちぇっ かすり傷一つなし、か・・・。)
なんて悪運の強い野郎なんだ、と 男は思わず心の中で毒づく。
草むらの中でその眼光鋭い男は再び銃を構える。
(ダーク=カルロが噂通りエスパーだとしても、もはやこれまで・・・)
甲高い銃声が 再び空に響き渡る。
「カルロ」めがけて2発目が打ち込まれたのだ。
だが。
再び「カルロ」の身体に緑色のバリアが現れ 見事に凶弾をはじき返したのだった。
そのとき。
その衝撃で「カルロ」の金色のかつらが、するり と地面に落ち
そこに現れたのは 黒髪の青年。
(偽物!それに ば、ばけもの・・・!?)
狙撃手は その”偽物”の怪しい能力に気味が悪くなりあわててその場から走り去った。
蘭世達から離れた処で自動車が急発進する音がし、耳の良い鈴世はすかさずそれを
聞きつける。
「おねえちゃん、僕たち追いかける!!」
「あっ、待って!!」
蘭世が止めるのも聞かず、リンゼとペックはそれを追いかけて
走り去ってしまった。
犬の姿をした蘭世は思わず”シュン”の側に近寄る。
彼らが無事なことが 今 なによりも嬉しい。
傷つき倒れているベンは草むらの上で身じろぎをした。
「ダーク様・・・お怪我は・・・」
「私は無事だ 安心しろ」
本当に、何事もなかったかのように”シュン”はかすり傷一つなく 服も
汚れ一つないのだ。
”シュン”はふと思い立ち 懐から何か大きくて平たい物を取り出した。
それは大振りなペンダントで
王家の紋章である 翼を広げた怪鳥の形をしており、鈍い緑色の光を放っていた。
「たぶん、これのおかげだ。・・・魔界の大王に礼を言わなければならないな」
(お守りが守ってくれたのね・・・すごい)
傍らに寄り添った犬の姿の蘭世は そのお守りの威力に感謝してしまう。
ふとベンが犬の姿をした蘭世に気づいた。
「おぉ、ディガー、来たのか!」
横たわっていたベンがよろよろと身を起こす。
「屋敷へ助けを呼びに行ってくれ・・・いけ!!」
ベンの渇が入る。
犬蘭世はその怒号に押し出されるようにして あわてて屋敷へ向かって走り出した。
(・・・)
”シュン”はその走り出した犬の後ろ姿を じっと見送っている。
その姿が小さくなり 丘の向こうに消えるまで・・・
無論、その犬が日頃から”シュン”にとって特に愛着のあるものだと言うわけではない。
(今が非常事態でなければ・・・)
人間の足で戻るよりも どう考えても犬の姿をした者の方が時間をかけずに
屋敷に辿り着くことができるのは明白。
(すまない・・・)
屋敷の犬がこんなところまでついてきた時点で
そして 忠犬よろしく側に寄ってきたあたり
その犬について 勘の良い「カルロ」である”シュン”は何かを気づいたのだった
◇
”忠犬”ディガーは屋敷に助けを呼びに戻り
部下達とともに車で現場へかけつける
部下の搬送や事故処理などで紛れて
”シュン”は「ディガー」に会いに行きたいものを
なかなか手が離れず 内心気が気ではない
「ディガー!」
漸く一段落着いた日暮れ時 ”シュン”は広い庭に出た
一応、犬の名前でそう呼びかけながら カルロ家の広い庭を あちらへこちらへと
探し回る。
(犬の姿ででも良い まだこの屋敷に留まっていてくれ・・・)
そう、”シュン”は犬のディガーが 蘭世が変身した姿だと
気づいたのだ。
「ディガーを見なかったか?」
彼女をなかなか見つけることが出来ず
庭を警備している部下達に”シュン”は問いかけた。
(もう 帰ってしまったのだろうか)
「ああ、あの賢いディガーなら ナディア様の部下が連れていきましたよ」
事情を知らない部下が のんびりとそう答える。
「なにやらあの犬に 協力して欲しいことがあるから貸して欲しいと言っておりました」
「なんだと・・・!?」
いくら番犬とはいえ 何の”用事”が 只の犬にあるのだというのだ。
”シュン”の心に 黒い群雲がわきあがりはじめる
怒りのあまり”シュン”は思わず 彼らしくもなく 部下の襟首を掴み上げた。
「何故そんな勝手なことを許した!?」
「ももっ 申し訳有りません・・・!」
犬ごときでこんなに怒られるとはつゆも思わず 部下はただただ動転して必死に詫びるばかり
(まさか、ナディアも あの犬の正体に気づいたのか?!)
ただの思い過ごしであればいいのに。
だが、カルロである”シュン”の勘ははっきりと警鐘を鳴らしている。
私はナディアを含めた皆に 魔界のこと 自分の血のことを話した事がある
さらには
ナディアは 私の愛する娘が誰かを そして
その娘がどんな不思議な娘なのかも 知っているはずなのだ・・・・
そのころ。
麻袋に入れられ 気絶している哀れなシェパード・・・蘭世、は
黒い自動車のトランクに詰められて いずこかへと向かっていた
つづく
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