2)
”先生に似合うのは・・!?”
早くしないと、先生が遠くへ行ってしまう。
それは、ダーク=カルロが10歳の時のこと。
息を切らしてダークは温室の中を忙しくミツバチのように走り回っていた。
・・相応しい花を選ぼう、先生に相応しい花を・・。
「とても残念なのだけど、先生は今日限りでこちらをおいとますることになりました。
突然でご免なさいね」
彼女は遠い国へ留学することにした・・と言っていた。
小柄で腕も手も折れそうなほど細く、茶色い髪と瞳で、
美人と言うよりはどちらかというとかわいい雰囲気の女性だった。
何よりも、その笑顔が魅力的だと ダークはいつもぼんやり思っていた。
ダークは学校から帰ってからもあれこれと沢山習い事をしていた。
スポーツ、外国語、諸々。
マフィアのボスとしての教育も含まれる。
彼女はその中で、語学と礼儀作法の先生だった。
そして、彼女の授業内容は、他の厳しいそれらとは雰囲気を画していた。
「今日はとても良い天気だから、丘の上でピクニックにしましょ。
そこで紅茶の入れ方の続きを教えて差し上げます」
一日中勉強と訓練漬けの日々を送っていたダークにとって、彼女の授業時間は
ひだまりのように暖かいひとときであった。
青空の下、”先生”とダークはカルロ家の敷地内にある緑の小高い丘に登る。
この場所は持久力のトレーニングにと何度もかけ登らされるときも多いのに、
このとき、この先生と丘を登るのは、足に羽根が生えたように軽く
そこが全く別の場所に思えてくるから不思議だ。
勿論遠くから父上の部下達がこちらを護衛かねてさりげなく見ていることは
ダークは気づいている。でも、そんなのは 楽しさに紛れて気にならない。
こんなに緑が深かったなんて。
こんなに風が爽やかな場所だったなんて。
先生といなければ 気がつくことは無かっただろう・・・
二人でレジャーシートを拡げて、その上に座る。
先生の抱えていた大きな蓋付きの籠からサンドイッチや紅茶のティーセットが次々現れる。
「さあ、まずは腹ごしらえからかしら?」
悪戯っぽいウインクに、ダークの顔も緩む。
やがて紅茶の講義も終わり、二人はなんとなく丘からの風景を眺めていた。
温かく柔らかい風が吹いてきたとき、ダークは思わず ぽつん とつぶやいた。
「母上が今も生きていたら こんな風に一緒に ピクニック出来たかなあ」
「ダーク・・」
「先生が僕の母上になってくれたらいいのに」
ダークの母親は、数年前に亡くなったところであった。
いつもにこやかな先生が、一瞬困ったような表情をしたのをダークは見逃さない。
「変なこと言ってごめんなさい」
しゅん、としてしまったのを見てきっと彼女も慌てたのだろう。
「違うの、ごめんなさい。こんど一緒にお母様のお墓参りに行きましょうね。
花束と・・勿論サンドイッチとおやつを持って」
そう言って彼女は笑顔とウインクをくれたのだった。
カルロ家のボスであるダークの父親も彼女のことが気に入っているらしく、
何度か夕食を共にし、3人で広いテーブルを囲むことが何度もあった。
楽しく談笑をし、夜のひとときを過ごした。
ダークは母が戻ってきてくれたような 温かい気持ちに救われる。
この幸せが、いつまでも続けばいい、きっと続いてくれると
ダークは心の底で淡い期待を抱いていた・・・。
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