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『まさに”神出鬼没”の窃盗団』
『○○銀行、密室状態の金庫で100万ドル奪われる 出入りした形跡無し』
『彼らは監視カメラの前に突然現れ そして霧のように消えた』
・・・近頃 そんな不可解な窃盗団のニュースが 世間を賑わせていた
◇
晩秋。
カナダ北東部の とある半島にカルロは休暇で来ていた。
勿論 蘭世も一緒である。
この地方は湖が多く、カルロ達もその中の一つの湖畔にひっそりと佇む小さな白いコテージに
宿をとっていた。予定は最初2週間ほどといっていたが、それも超えて過ごしている。
いつになく長い休暇である。
この場所は休暇に入って2カ所目の観光地だった。ここは秋の紅葉が素晴らしいのだ。
山も、街も 木々は全て紅葉し鮮やかな色を見せている。ただ、ピークもそろそろ終わり
冬はすぐそこまで来ているらしく 時折吹く風の中に、ぴん とはりつめた冷たさが宿りはじめていた。
今日は薄曇り。空はくすんだグレー。
昼下がり、二人はゆったりと湖畔を散歩していた。
カルロはいつものスーツではなく、休暇らしくカジュアルな服装である。
現地で調達したカウチンセーターに、スラックス。セーターは伝統柄の鷲もさりげなく
色合いも落ち着いている。仕上がりも当然ながら一級品を選んでいるようだ。
蘭世も同じ店で買ったと思われるセーターで 女の子らしく赤と白の雪柄。
フレアスカートにロングブーツ姿で 気の張らないスタイルに蘭世もご機嫌である。
勿論自分の格好のラフさにもうきうきしているが、何よりカルロが同じく
くだけた格好をしているのが なんだか新鮮で嬉しいのだった。
(それに なんとなくお揃いっぽいんだもん!)
そんな服装で二人並んで歩く姿は、観光客と言うよりは どちらかというと街の住民のように見える。
といってもコテージのあるこの湖は、街の中心から離れたところにあるせいか人影はあまりない。
横に並んでいた蘭世は、少しして うきうきとスキップをしながらカルロの少し前へ歩み出た。
歩きながら時折右手を空にかざして眺めている。
手首に地元のアクセサリーショップで買ったブレスレットをつけているのだ。
(・・・不思議な色・・・!)
そのブレスレットには この土地の名前がついている石がふんだんに使われていた。
それは 光の加減によって虹色の光を見せる性質を持っていたのだ。
(宇宙にある石って こんなのじゃないのかなあ)
蘭世はその不思議な石が珍しくて そして それを身につけられる事がうれしくて
何度も 何度も 日にかざしてはその輝きをうっとりとながめていたのだった。
(この石が付いてるネクタイピンも買ったもんね。セーターだけじゃなくて
アクセサリもダークとお揃いでうれしいな!)
ふと立ち止まり、振り向けばカルロのやわらかな視線と目が合う。
蘭世はそれが嬉しくて、またにっこりと笑って歩き始めるのだ。
(・・・)
カルロは、そんな無邪気な蘭世をそっと見守りながら 彼女に付いて歩いていく。
人里から離れ 街の喧噪を離れ バカンス。
その真実は 危険な情報から彼女の目と耳を遠ざけるために。
コテージにはテレビもラジオも置かず、新聞も届けさせない
土産物を購入した店も、その手の情報を得る事がないことを部下達が事前リサーチした後に
利用したのだった。
”神出鬼没の窃盗団”
勘の良いカルロは それが何を示すのか一瞬で看破した
(・・・あの男だ 絶対裏で手を引いている)
あの男、Z(ツェット)。長い銀髪の オッドアイ。
事有る毎に 蘭世に近づく男。
抜け目が無く、カルロですら気を張る必要のある存在。
少し前にも、蘭世はひょんなことからZに遭遇していた。
そのとき 蘭世はZに”とある物”を渡していたのだ。
それは・・・こともあろうか ”想いが池の水”。
魔界にある想いが池は、飛び込めば自分が願う場所、会いたい人のところへと瞬間移動ができる。
そしてその水も、飲めば池にいかなくても同じ効果が現れるのだ。
カルロはいちどZをギリギリまで追い詰めたことがあった。だがそのとき何故か蘭世が現れ 彼に
”想いが池の水”を渡してその命を救ってしまったのだ。
心優しい蘭世は、どんな命でも失いたくないのだと言う
Zはカルロの遠縁で わずかにエスパーの力があるとはいえ、人間だ。
あのとき蘭世がZのそばにテレポートしなければ 確実にZを亡き者にできたというのに・・・・
そして そのときZが手に入れた想いが池の水を カルロは全て床にまいてしまったと思って
いたのだが、昨今のニュースからいうとそれは間違いだと知ったのだった。
(あの男 想いが池の水をまだ隠し持っていたのだな)
神出鬼没になれるのは、想いが池の水を飲んでいるからだ。
情報筋から得たところに寄れば、窃盗団にはZの姿が見えないと言うことだから
おおかた水を他の人間に飲ませて 裏で手を引いているといったところだろう
Zが今懇意にしているシンジケートが 最近羽振りがよいという情報も得ている
魔界の水だが、人間にはそれの守秘義務はない・・・
それを思うと、カルロはまた心が重く沈んでくる
水はしばらくすれば効能が切れるから、水が無くなれば窃盗団も動かなくなるはず。
窃盗団の悪事については 私の知ったことではない。
だが、この事を知れば きっと蘭世は自分を責める。
Zに想いが池の水を渡した結果がこれだと知れば きっと蘭世はじっとなどしていない。
・・・たとえカルロほど蘭世が察しがよくなくても 何が起こるかはわからない。
用心しすぎるくらいで丁度良いのだ。・・・特にZに関した事では。
(ランゼがZの悪行を止めに あいつの元へ飛んでいってしまうのは目に見えている)
そう、後先考えずに。
それは、何をもってしても防がなくてはならないのだ。
そして、カルロが今何より恐れているのは。
あの男がその水を使って、蘭世の目の前に現れること
そして 蘭世をその腕に掴んでいずこかへと消え去ること
それに思考が及んだ途端 カルロは青白い怒りで全身の毛が逆立つような感覚を覚える
蝶のようにひらひらと軽やかなステップを踏む彼女の後ろ姿を眺めながら カルロは決意を新たにする
決してランゼは渡さない そして もしも次に我々の前に現れたら
今度こそ、あの男は許さない。
冴え冴えとした風が水面をわたり さらさらと音を立てている
紅葉した木々を揺らし その葉を宙へと巻き上げていく
風が強くなってきた。
空を灰色の雲たちが足早に駈けていく
風になびく長い黒髪を両手で押さえながら 蘭世は空を見上げた
カルロもつられて その視線の先を追う
「ねえ、もうすぐここも雪が降るのかしら・・・寒いわ」
「そうだな・・そろそろ宿へ戻ろう」
そう言って二人は湖畔の遊歩道を コテージの方へと歩み始める
サク、サク、サクと枯葉を踏みしめ歩んでいく。
「ねえ・・今回の休暇は長いのね」
「そうだな」
「お仕事・・・大丈夫なの?」
控えめな でもやっぱり心配そうなその声に カルロは微笑む。
「皆良くやってくれている。私もたまにはゆっくり羽を伸ばしたい。
こんなバースデイプレゼントもあっていいだろう?」
今回は部下達がボスの誕生祝いにと、長期休暇を設定してくれたことになっていた。
「・・・うん!」
少し安堵し笑顔の蘭世に、カルロは腕を伸ばし抱き寄せる
照れて頬を赤らめる蘭世がいとしくて またその額にキスを降らせる 何度も 何度も・・・
「ひょっとして・・・部下のみんな 世継ぎが欲しいのかな」
「ああ、勿論そう言った含みもあるだろうな 下世話な小姑部隊だ」
おそるおそる呟いた蘭世に カルロは笑い混じりの声でおどけてそう答えてみせた。
再び二人は並んで歩き始める
カルロは口元に一瞬 軽い笑みを浮かべた
(そう・・この状況、否定ばかりはしないさ あの男のお陰はこうして私は
ランゼとゆっくり休暇を得ることが出来たんだ 得難い時間だ)
「いつまでお休みできるのか・・な」
「・・・私の気が済むまでだよ」
「ほほ ほんとに?」
答える代わりに 軽い、フレンチキスを交わし。
二人は仲睦まじく肩を寄せ合い コテージへの小道を進んでいく・・・
続く
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