『−Labradorite− ラブラドライト』

(2)


腕の中 安らかな寝息をたてる蘭世
いとしくて 思わずその頬を指でそっとなでる

ふと見上げれば 窓の外は木枯らし。
もう冬が戸口まで来ている 雪が降り始めるのも時間の問題・・・

外は凍り付く寒さでも コテージの中は温かく空調が整えられていて
二人のいる寝室には飴色のほんのりやわらかな照明が灯されている 

「・・・」

もうそろそろ ここも冬だ 雪に閉ざされていくだろう
このまま雪を迎えるか それとも 温かい土地へ移動しようか

ランゼはどちらを喜ぶだろう?
そんなことを考えつつ その寝顔を眺めて そして眠りにおちる幸せ
仕事も忘れて 忙しい日常から逃れて
忍び来る影さえも この私の腕の中に彼女がある限りは
手出しは出来ないはずなのだから





毎日毎日 こんなに幸せで良いのかしら
大好きな大好きなこの人が 私の側にずっとずっといてくれる
なんて 幸せな日々

このままどうか ずっとこんな日々が続きますように






空はぬけるような青空で 心地よい風が吹き抜けていく
コテージの横にある小さな白いブランコに蘭世はひとり座り なんとなくそれを揺らしている
そのコテージは小高い場所にあり ゆるやかな斜面は緑の芝に覆われていて 眺めも爽快
とてもとても気持ちよくて 蘭世は座ったまま両手も両足もつっぱって うーんとひとつ伸びをする

明るい日差しの中 緑の芝を踏みしめながら誰かがこちらへ近づいてくる

(あれは・・・誰?)
ダークじゃないわ・・・

久々に見る知人に 蘭世は思わず立ち上がる。

「あ・・・アロン!」

魔界の王になったばかりの彼が、ゆったりとした足取りで緩やかな丘をこちらへ登ってきていた
蘭世がいるのは人間界のはずだが、何故か彼は王の衣装で。
そして蘭世に名前を呼ばれると、王子の気分そのままに無邪気に手を振ってくる。
「おーい蘭世ちゃん、ひさしぶり・・!元気だった?」
「うん。ほんと久しぶりねー」

坂を登りきり、アロンは蘭世の目の前に立った
フィラさんは元気?と蘭世が聞けば アロンは照れた笑顔を見せる
「まってて、いまダークを呼んでくるわ!」
そう言ってきびすを返そうとした蘭世の腕を アロンは慌ててはっしと掴んで引き戻す
「うわっ待って!」
「どうしたのアロン?」
きょとんとした顔の蘭世に アロンは苦笑い。
「ごめんよ、僕はカルロが苦手なんだ・・いくらここが夢でも呼んだら
 本人の意識を呼び寄せちゃうじゃないか」
「えっ・・・夢!?」

これは夢だというの?

「カルロは苦手だから蘭世ちゃんにだけ会いたいのに なんだよ最近ずっと一緒にくっついているから
 全然近づけなくてさ」

だから、アロンは夢で会いに来たのだというのだ。
蘭世の顔に さっ と緊張が走る・・が、その様子を察してアロンは顔を赤くし慌てて手を横に振る。
「違う違う!・・もう蘭世ちゃんを追いかけたりしないよ ごめん。
 ・・・実は蘭世ちゃんとカルロに折り入って頼みたいことが有るんだ」
「頼みたいこと?」
「そう!」
蘭世の注目を引いたところで、アロンはここぞと説明を始めた。
「本当なら望里に頼みたいんだけど、あの家は今みんな風邪をひいていて近づけないんだ。」
そういえば・・・こないだ遊びに行こうと電話して風邪だからダメっていわれたっけ。

「実は最近、人間界で 魔界の道具を使って悪事を働いている奴がいるんだ」
「えっ」
「魔力のない人間達が、テレポーテーションを繰り返して窃盗を働いている」
「!」
「魔界人が裏で手を引いていて人間にさせてるかも知れないね。」
「・・・」
「そのあたりを究明して、手を引いている魔界人をつきとめてほしいんだ。
 そして人間達から道具をとりあげて悪事をやめさせなきゃいけない」

蘭世の顔がどんどん青ざめ、悲痛な色に染まっていく
鈍い蘭世でも それには心当たりが有りすぎた

「勿論危険な仕事だから、蘭世ちゃんは危ないしだめだよ。カルロにやってほしいんだ
 でも僕が言ってもたぶん門前払いだろうし・・蘭世ちゃんなら彼を動かせるカナって」

「ごめん・・・アロン・・・どうしよう・・・!」
「・・え?」
実は、と蘭世は素直にそれを口にした
「私・・・実は想いが池の水を ある人に渡したことがあるの」
「なんだって!?”人”って・・人間に?!」
蘭世はその問いにこくん、と頷いた

蘭世の爆弾発言に アロンはうろたえる
「その人がそれを使って悪いことをしているんだわ・・!」
蘭世の声が震えている。みるみるうちに情けない顔になっていく蘭世に
アロンはなぐさめようと慌て出す
「だっ大丈夫だよ蘭世ちゃん!本当にそれが原因とは限らないし・・・決めつけるのは良くないよ」
「いいえ絶対そうよ だってあのひと悪い人だもん!」
なぐさめになるどころかきっぱりと言い切られ、アロンはがっくりと肩を落とす

「なんでそんな悪い奴に水を渡しちゃったのさ 蘭世ちゃん」
「う・・・」

蘭世がZという男に想いが池の水入りの水筒を渡したのは 彼の命を救いたかったから。
でも それがこんなあだとなって かえってくるとは。

「まいったなぁ・・・本当ならば重罪だ・・・流刑になっちゃうよ」
「どうしよう・・・ごめんなさい・・・」
蒼い顔をしておろおろする蘭世に、アロンはため息をつく
「うーん・・」

しばらく考え込んで アロンはまた口を開いた
「仕方ないな。僕が黙っているから、一刻も早く人間達から想いが池の水を取り上げるんだ。」
蘭世は ごくっ とつばを飲み込む
「うん・・私やってみる!」
「うわわっ蘭世ちゃんはダメ!危ないよ。カルロに頼むんだ」
「でも・・・!」
「蘭世ちゃんにもしものことがあったら、僕がカルロに蜂の巣にされるよ」
「・・・」
ごもっともである。

「僕は手を貸して上げられないんだ ごめん。 でも頼むから蘭世ちゃん、ちゃんとカルロに言ってよ。
 1人で動いちゃダメだよ!」
「そっ・・・そうよね わかったわ」
「約束だからね!」

何度も蘭世に念を押すと、新米王アロンは蘭世の夢から出ていった
「頼むよ それじゃ!」

アロンの姿が消えるのを見送ると 蘭世も空を見上げる
一刻も早く 目覚めなければ・・・!
あの男を 止めるために。

続く

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