(1)
それは蘭世がまだルーマニアの学生寮にいた頃の話・・・。
「ねえきいてダーク!私ね、今度アルバイトするの。」
それはカルロにとって寝耳に水、だった。
「ランゼ・・?」
土曜の午後。カルロと蘭世は明るく落ち着いた雰囲気のティーサロンでお茶を飲んでいた。
アイスティーをかき混ぜながら、蘭世は世間話の続きで、そう、
実に気軽にそれを切り出したのだった。
「えへへ。かっこいいでしょうー!?」
蘭世はちょっと得意げに、胸を張っている。
「タティアナみたいにお店で働いてお小遣い稼ぐんだー」
だが、カルロは困惑顔だ。
「ランゼはアルバイトなどしなくても、この私がいるのだから・・何か必要な物があるのか?
良かったら私がプレゼントしてもいい」
「違うの、違うのよ、ダーク!」
カルロのその申し出に、今度は蘭世が困った顔をする。
「私だってたまにはふつーの学生してみたいの!」
(・・・)
カルロは蘭世から視線を外し、優雅な仕草で葉巻に火を付けた。
ふうっ、とため息と共に煙を吐き出す。
「働くというのは・・ランゼが思うほど楽なことではない。苦労は想像以上のものだ」
「だ・か・ら! 私はその 苦労 ってのがしてみたいの。
いつもダークに守られてばっかりだもん。
もっと私は自分を鍛えなきゃーって、思うんだもの!」
(・・・)
「ね、社会勉強したいの!ひとまわり成長したいのっ!!」
そして蘭世は手を合わせてお願い・・っ!と上目遣いでカルロを見る。
(・・・)
少し困った顔のカルロと、”お願い蘭世”はしばらくお互いを見合っていた。
(・・・)
先に視線を逸らしたのはカルロだった。
(全く、今度は何処の誰から、何を一体吹き込まれてきたのか・・・)
仕方ないな・・とでも言いたげな横顔だった。
「では私の知り合いが経営している店を紹介しようか」
「だめだめ、ダーク!もう私自分でバイト先も見つけたの。そこから私自分でやりたかったんだ。」
そして蘭世はアイスティーを飲み干す。
「送り迎えもしないでね!私はただの学生なんだもん!」
この、蘭世の念の入りよう、気合いの入りよう。
カルロはただ、あきれて彼女を眺めているしかなかった。
蘭世のアルバイト先は、宅配ピザ屋の店舗受付嬢だった。
注文の電話を受けたり、店頭へピザを買いにくる客の対応をしたりといった内容だ。
忙しい時間帯にはピザのトッピングや調理、箱詰め作業なども手伝う。
カルロは蘭世のアルバイト先を、知り合いの経営しているブティックの店員ならば
・・・と思ったのだがそれも蘭世にあっさり断られた。
”誰にも、頼らないんだもん!”
そう蘭世は決意し・・寮の先輩方のコネも頼らず
学校のアルバイト掲示板で、自分ひとりでそれを選んだのだった。
ピザ屋では先輩のモエ嬢に蘭世は色々教えて貰いながら仕事を覚えていく。
蘭世は物覚えのいい方ではなく、しかもおっちょこちょいである。
叱られつつ、あきれられつつバイトの時間は過ぎていく。
そして蘭世とモエ嬢は大抵同じ時間に終了し帰宅する。
だが、いつも一緒にいられるほど社会の仕事は都合のイイ物ではない。
シフトの関係で、時にはひとりきりで帰宅することもある。
”一人の時は電話してきなさい”
カルロがそう言っても蘭世はやはり首を横に振るのだった。
この徹底ぶりをカルロは訝しく思う。
(何がランゼをそこまでつき動かしているのだろうか・・・?)
よほどインパクトのある事件が彼女の廻りにあったのだろう。
だが、蘭世にそれを問うても曖昧にしか返事は返ってこないし
それが何なのかはカルロには皆目見当も付かなかった。
仕方なく・・カルロは学生寮の前で蘭世を待ちぶせすることになる。
仕事が押せ押せになって21時を回ることも珍しくない。
これはカルロも予想外の現象であった。
いつもであれば学校が終わる16時からの蘭世は、カルロが望んだときはいつも自分のものだった。
それなのに・・・21時で、ある。それは寮の門が閉まるぎりぎりの時間であり、
蘭世が寮の外泊許可を取っていなければもうデートは無理な時間であった。
自分の都合を調整する上に、蘭世に会うのにも事前にアポが必要になってしまったのだ。
寮の前でキスを交わし、蘭世が建物の中へと消えるのを確認するだけになることもしばしば。
はっきり言ってカルロは・・・欲求不満である。
(今日こそは抱きしめたい・・・)
金曜日の夜。
蘭世は必ず外泊許可を取る金曜日である。
店の裏手に自動車を廻して・・待ち合わせをする。
今日の蘭世のシフトは18時までであった。
「ダーク!ただいま!お待たせしましたあー」
にこやかに蘭世がカルロの腕に飛び込んでくる。
「ごめんね!本当はお休みもらうはずだったのに・・どうしても抜けられなくて」
カルロは笑顔を返し蘭世の小さな肩を抱いて車に乗せる。
久方ぶりに、落ち着いて二人で時間を共有できる。
カルロも微妙にうきうきしながら・・レストランで一緒に食事をとった。
そして。
「夜景を見に行こう」
再びカルロは蘭世を乗せ車を走らせる。
後部座席で、蘭世はカルロの肩に寄り添い抱きつくように腕を廻してくる。
カルロも蘭世の肩に腕を廻し愛おしげに頬を寄せる。
だが・・・
カルロは異変に気づいた。
抱きついていた蘭世の腕が・・・パタン、とカルロの膝の上に落ちたのだ。
ふと蘭世を見ると・・長い睫毛が伏せられ・・こっくりこっくりと船をこいでいる。
・・・そう。眠りこけているのだ。
(・・・)
カルロは思わずため息をついた。
せっかくのデート、久しぶりのふたりきりの夜である。
抱きしめて、キスをして。・・・カルロはあれこれあれこれ考えていた。
それなのに、それなのに。
蘭世は横で居眠りをしているのだ。
ひょっとして、ひょっとすると・・・今夜も”おあずけ”で ある。
(だから私はアルバイトには反対だったのだ・・・)
だが。
カルロは思い直した。
(そういえば、ここ1週間ランゼはずっと働きづめだったな)
いつも元気いっぱいの蘭世とはいえ、疲れたのだろう。
ましてや初めての慣れないアルバイトである。
(ランゼなりに頑張ったのだろう・・・)
肩にもたれて居眠りをする蘭世が可愛らしく愛おしく思え・・
カルロはその揺れる小さな額にそっと唇を寄せた。
(だが、無理はするな。今に体を壊してしまう)
「・・・私の屋敷へ」
「承知しました」
カルロが短く指示すると、自動車は一度停車し方向転換を始めた。
せめて、この可愛い寝顔は朝まで腕の中にしまっておこうと思うカルロだった。
カルロをやきもきさせながら、蘭世のアルバイト生活は続く・・・
つづく
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あとがき。
萌様28999&29001ダブルニアピンのプレゼントであります。
今回は3話完結の予定です・・・たぶん(自爆)。
まずは第1話を萌様、ご笑納下さい。
次回更新時に2話upの予定です♪
・・・次回は、カルロ様ってば蘭世ちゃんの様子をこっそり見に行くらしいです・・・(笑)
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