まえがき。

このお話は当サイト小説『ルーマニア・レポート』の続編となっています。
そちらをお読みになってからこちらを読むと、よりわかりやすいかと
思います・・・それではどうぞ♪



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『カーミラの微笑み−ルーマニア・レポートU−』:カウントゲット記念




何故なんだろう。逢ったことなど無いはずなのに。
僕は知っている気がする。
彼女の微笑みも、泣き顔さえも・・・


夜。
そこはモナコ公国の一画にある豪邸・・・そこはアラブの大富豪であるNaru-tomo氏の持ち物だ。
今夜は主(あるじ)がそこでひときわ盛大なパーティを開いている。
次から次へと黒塗りの高級車が現れては豪奢な屋敷の広い玄関前へ停車する。
使用人によって恭しく開かれたドアの中からは着飾った紳士淑女が次々と現れる。

その屋敷の大広間は明るく照らされ、人々が広間一杯に散らばってあれやこれやと
笑いさざめき、パーティに興じている。
どの客も上流階級の人間らしく、その身なりは一段と高級感溢れるものばかりであった。

「本当にここへ現れるんですか?」
「たぶんな・・・とにかく指定されたのはここだ」

エーベルバッハ少佐と部下Z(ツェット)。
二人はNATO軍の情報部員だ。
部下ツェットと少佐はともにタキシード姿で名前を偽り客人としてこのパーティに潜入している。
ここで彼らが待っているのは近頃不穏な動きを見せるQ国の手先である男・・・スパイである。
ひょんなことで敵国スパイであるその男とコンタクトをとることができ
交渉の末Wスパイの契約をとりつけ、なんとか接触へこぎつけたのだった。
こちらからも(無難だが怪しまれない程度の)情報を横流しし大金を払って、
男からこちらが欲しい情報を受け取る算段だ。

いぶし銀の薄いシガレットケースにこちらの情報と報酬金の入った口座の番号を記した
マイクロフィルムを忍ばせてある。
それは部下ツェットの胸ポケットに入っていた。

相手方も”パーティで目立たない物”に情報を忍ばせてくるといい、
人混みに紛れて交換する手はずになっていた。
だが、殆ど口約束に近いそれに、エーベルバッハ少佐の返答も彼らしくなく歯切れが悪い。
部下Zはひそひそと少佐へ話しかける。
「もしよこしてきた情報がガセネタだったら上層部はどうするんでしょう?」
「さあな。それでも何も無いよりはマシって奴だろう」
秘密主義で有名なQ国の情報は手に入りにくく、こうしたコネクションは大事にしなければならない。
10回接触すれば、1回くらいは相手方にとっては大したことがない情報でもこちらには
値千金のキーワードだったりすることがあるのだ。

二人は目立たないようにはしているが、金髪碧眼の若いハンサムである部下Zには
しばしば女性客から声がかかってしまう。
それに部下Zは曖昧な笑みを返し(任務上仕方なく)適当にあしらっておくのだった。
「あらぁあなた素敵ね。よかったらこちらで一緒にお話ししません?」
「すみません・・実は私には非常にやきもち焼きの恋人がいまして・・見つかったら大変なのです」
部下ツェットがそう答えた直後に仏頂面の少佐が現れると、
女性客は「あらぁ・・そうい方面でしたのね。ごめんなさいね」と
(部下Zにとっては大変不本意なのだが仕方ないと腹をくくる。)誤解をして
部下Zを色眼鏡で見るような顔をしては離れていく。
「女といちゃついている暇があったら例の男を捜し出せ」
同じくエーベルバッハ少佐も黒髪にグレーグリーンの瞳に加え鍛え上げたかっちりとした身体は
スーツの似合う美丈夫だが(今日は特に)仏頂面をしているせいか近寄りがたいオーラを放っていた。

「こいつら善人ぶった顔をしているが殆どマフィアのボスや管理クラスばかりだぞ」
・・・どうやら、金持ちな悪人の中に混じっている事が彼の信念にそぐわないらしい。
「なんで警察はこいつらを一網打尽にせんのだ。」
「しっ・・少佐、声が高いです」

そうやってパーティ会場全体に何気なく視線を投げ、取引の相手を捜そうとしている。

「・・なんだ?」
突然、一画でざわめきがおきたのだ。
それはわあっ・・という歓迎するような明るいものであった。

(なんだろう?)
部下Zはざわめきの中心を少し背伸びをするようにして覗き込んだ。
・・・それは若々しいカップルの登場だった。

仕事が念頭にある部下Zはまずは敢えて男の方を観察する。
部下Zと同じ金髪を彼に似合う髪型に整え、端正な顔に翠色の魅惑的な瞳を持つその男性。
碧よりも、その瞳の翠は非常にインパクトのある色だった。
そして彼は黒のタキシードを実にスマートに着こなしている。
(同じタキシードの筈なのに・・・着る人物が違うとこんなに変わるものなのか・・・)
ツェットの観察はまだ続く。
その彼に寄り添う彼女・・・
(え・・!?)
若い男よりもさらに年が離れて若いらしい。
同じく黒の夜会着だが、それはとてもシンプルだ。
身につけているアクセサリーも繊細な物ばかり。
それだけなのに、その娘はひときわ輝いている。
少し小柄でほっそりとした印象だが、若さにそぐわず以外とグラマラスな体つきをしている。
(うーん 男に愛されてる証拠かな・・・ちょっと悔しいな)
そして美しく艶やかな黒でストレートロングの髪が彼女が動くたびに
さらさら、きらきらと輝くのだ。
色白のオリエンタルな面立ちに、大きな黒曜石のような瞳が可愛らしい。
(宝石なんかで飾る必要はないんだな・・・)
少し恥ずかしそうに微笑む表情にも・・・
周りの男達は色めき立っているに違いないのだ。
(そう、僕を含めてね・・・でもそれだけじゃない。)

その娘を見る部下Zの心に、なにかざわめくものがあった。
(なんだろう・・・僕自身もよく判らない・・・)
この心のもやもやは いったい何だろう・・・

「おい、鼻の下が伸びているぞ。・・私情を挟むな私情を!!」
「申し訳有りません・・・!」
「ったくお前は脇が甘すぎるんだ」
少佐はイライラとたばこを吸いながら部下Zの視線の先を見やる。
「ダーク=カルロ。ルーマニアシンジケートのボスだ。若いがかなりのやり手らしいぞ。
くっついているのは愛人じゃなくてちゃんとした正妻、ランゼ=カルロだ。残念だったな」
「・・・」
若々しいカルロ夫妻は部下Z達から少し離れた場所を移動し・・
再び人混みの向こうへ消えていく。
(?)
部下Zの目に、ランゼの可愛らしい横顔と・・・
左手首にある豪奢なブレスレットが目に付いた。
大きくて真っ赤なルビーが人目を引く。
(あ、あんな派手な物をしていたんだな・・・さっきは気が付かなかった)
「あらぁ あの奥様今日も素敵なの腕にしてらしてるわね」
「奥さんご存じ?あのルビーの名前」
「まぁ名前がある逸品でしたの?迂闊でしたわ」
「”カーミラの微笑み”というらしいですわ・・・」
そんな会話が部下Zの耳に届く。
(あのピジョン・ブラッドのルビーが・・カーミラ・・女吸血鬼、ね)
”女吸血鬼。”
そのキーワードを連想した途端また部下Zの心の中に何かが泡立ってくるのだった。
だが、確信を探ろうとするたびに思考に厚い霧が立ちこめてくる。

なんだろう・・僕はあの娘の”微笑み”を知っている・・・

ばかな。そんなのはただのデジャ・ヴだ。
部下Zは急いで頭を振って正気を取り戻そうとする。
そうして取引の男性を引き続いて捜し求めるのだった。

今の部下Zの任務は
”鼻ひげの、東洋人にしては背が高い男”
を探し出す事だった。見つけ次第さりげなくコンタクトをとり情報を交換するのだ。
だが・・なかなか見つからないしあちらから接触してさえこない。

(相手にからかわれたかな・・・)

そんな諦めの気分が少佐と部下Zの間に漂い始める。
部下Zも休憩・・とばかりにシャンパン片手にオードブルをつまみ始めていた。
夜も更け、宴もたけなわ といった頃である。
ふと、部下Zが視線を上げると 数メートル先に見覚えのある人影があった。
(?なんだ・・・?)
あの美しい黒髪がゆらゆらと揺れている。
ランゼ=カルロだ。
その傍らには何故か彼女の夫の姿は見えなかった。
優雅に歩きながらも何か捜し物をしているようで、パーティ会場内を
そっとさりげなく歩き回っている。

(?何かを落としたのかな)

部下Zの視線は じっとランゼ=カルロに注がれていた。

ふいに視線を床ではなく客達の方へ向けたランゼ=カルロの表情が”あっ!”という
捜し物を見つけたときの表情になる。
嬉しそうな表情をして客の一人に近寄り声を掛けた・・と思ったその時だった。

絹を引き裂くような悲鳴がフロアに響く。
(しまった!)
部下Zと少佐は急いで悲鳴の元へと駆け出した。

そこにいたのは、鼻ひげで背の高い東洋人だった・・・。
ランゼを人質にとって左腕の中に抱え込み、壁に背を向けてこちらを向いている。
「近寄るな!」
男は銃弾を1発天井に向け発砲する。
「飛行機を用意しろ!さもないとこの女撃ち殺す!」
客人達は叫び声をあげ、おろおろしながら発砲した男の周りから離れていく。

「どういうことなんだ、ファルコン!」
少佐が鼻ひげの男に声を掛けた。
「そんな茶番劇をやらんでもお前の身柄の安全は確保されているぞ」
「うそを付くな!!」
男の怒号は響く。
「おまえら・・・俺の相棒を殺りやがっただろうが!」
その目は怒りでぎらぎらと異様な光を放っていた。
「俺はずっと人を雇って相棒を殺した奴を捜していたんだ。・・・お前だ、お前!」
そう言って男は少佐をまっすぐにらみつけた。
「今雇ってた奴から情報が入ったんだ・・・ゆるさねぇ・・・」
「なんのことだ・・?」
訝しげにエーベルバッハ少佐は首を傾げる。
「殺った事も忘れたのかよ!・・・ゴブリン、と言えば思い出すのか?」
途端に少佐の顔色が変わった。
「・・あれは正当防衛じゃないか」
「うるさい!」
「きゃああ!」
男がぎりり・・と銃口をランゼの頭に押しつけたのだった。
「お前達に渡す情報なんかねえ!俺はお前に恥をかかせてから祖国に帰るんだ。
 ・・・さっさと用意しやがれ!」

すっかり客達が逃げ去ってがらんとしたフロアの中央に、一人の人影が残った。
そうしてファルコン、少佐、ツェット達のそばへ向かってくる。
ダーク=カルロだ。
つかつかと歩きながら彼は懐から銃を抜きだした。
「そこ!動くな!!」
ファルコン、と呼ばれた男は再び発砲した。弾はカルロの足下で火花を上げる。
「お前も、お前達も銃を降ろすんだ!!床に投げ捨てろ」
男は再び素早く蘭世に銃口を突きつけた。
「さもなくば 撃つぞ!」

カルロはいちど立ち止まった。だが手元からピストルは離さずにいた。

「きたない手でその娘にさわるな・・・不愉快だ 下衆め」

カルロはそう短く言い放つ。
その声は静かだが・・がらんとしたフロアに鋭く響いていた。
「なに・・?」
ファルコンはムッ、として改めてその男を見やった。
闇を集めて作ったような雰囲気の男が・・激しい目でこちらを睨み付けていた。
「ダーク!!」
手元に抱えていた娘が悲痛な声で男に呼びかけた。
「ふーん・・お前の連れ合いか?」
ファルコンは一瞬にやっと笑い・・真顔になる。
「お前の女の頭に風穴開けられたくなかったら銃を離しやがれ!」
「・・・」
少佐とツェットはピストルを床に投げ捨てた。
カルロは一呼吸おいて・・かがみ込むとピストルを静かに床に置いて再び立ち上がった。
「両手を上げろ!」
鋭い声に3人はおずおずと両手を上げた。
それを見てファルコンはにんまりと笑う。
「へっ・・いいざまだ。女は国に連れ帰ってかわいがってやるよ」
ファルコンがそう言った途端。
カルロがふたたび黙々と早足でこちらへ向かって歩き出したのだ。
その手には再びピストルが握られている。
その瞳は・・・憤怒に燃え・・見るもの全てを凍り付かせるようだった。
「お前・・!」
ファルコンは一瞬ひるみ・・はっと我に返りその顔が怒りで真っ赤に染まる。
「ふざけるんじゃない!」
「ご主人、動いちゃダメだ!!」
部下Zがカルロにそう叫んだが・・遅かった。
ファルコンはランゼに向けた銃を発砲したのだ。

「!?」


だが。
・・銃はカチリカチリ、と言うだけでその役目を果たさなかった。
ファルコンはわけがわからずうろたえている。弾はまだ十分残っているはずなのに。
「畜生っ・・ぐあっ!?」

銃声がフロアに響き渡った。
・・・その銃声に倒れたのは、ファルコンであった。
眉間を打ち抜かれ・・即死である。
少佐と部下Zが振り返ると・・細い煙を上げるピストルを構えたカルロがいた。
「あ・・・」
ランゼ=カルロがへなへな・・とその場に座り込んだ。
「ランゼ!」
今しがた発砲した男は素早く彼女の元へ駆け寄る。
「うっ・・く・・ダークぅ・・・!」
青ざめた顔で泣きじゃくるランゼの肩に、カルロはタキシードの上着を脱いで着せかけ、
両腕で彼女を包んでいた。
「もう大丈夫だ・・・」

何台もの警察パトカーのサイレンが鳴り響き始めている。
警官とおぼしき男達があわただしく屋敷へ乗り込んできているのが見え始める。
(終わった・・・)
部下Zが歩き出そうとしたとき、コツン、と足先に当たる物があった。
「あ。」
繊細な金の鎖を編み上げたブレスレットの中央に、大きくて赤いルビー。
それは、ランゼが身につけていたブレスレットだろう。
部下Zはそれを拾い上げ・・遠慮がちに二人に近づき・・声を掛けた。
「あの・・我々のことに巻き込んですみません・・これ 落ちてました」
「・・・」
カルロは無表情でこちらを一瞥しただけだったが・・ランゼが気づいた。
部下Zが差し出すそれを、夫の腕の中から泣き顔をこらえ細い右手を伸ばし受け取った。
「ありがとう・・私これ探してたんです・・あっ」

・・・確かに。
ランゼ=カルロは部下Zの顔を見た途端、驚いていた。
そして慌てて目を逸らしたのだ。
(私は貴方を知っている)
まさにそんな感じだった。

(・・・ままよ!)
「すみません・・僕に関してなにかご存じ有りませんか?」
部下Zは思い切ってそう声を掛けてみる。
しかし。
「妻は疲れ切っている。遠慮してくれないか」
ダーク=カルロはそう言って断ったのだった。
その声は毅然として、冷たく突き放す静かな声だった。
「すいません・・・失礼しました」
それきり、部下Zはおずおずと引き下がるしかなかった。

「おいツェット!こっちを手伝え!!」
「はい!」
少佐の声がし、部下Zは二人に心を残しながらもその場を離れた。
「何をしとったんだ?」
「いえ・・高価なブレスレットを拾ったので持ち主に返しに行きました」
少佐はそれを聞いてため息を付いた。
「あれはイミテーションだ。」
「はっ?」
「金持ちの連中は本物を銀行の金庫に預けて、
こういう場所には精巧なイミテーションをつけてくるもんだ。無駄骨だったな」
「はあ・・・」
部下Zはがっくりと肩を落とす。
だが。
ランゼ=カルロの驚いた表情を思い出す。
(やはり僕の曖昧な記憶は・・ただのデジャ・ヴじゃなかったんだ)
それが判っただけでも収穫だった。


警官のひとりがファルコンの遺体の所持品検査を始めている。
「ピストルには 銃弾が・・おや 5発も残っているぞ」
ファルコンは弾がなくなってうろたえたところを撃ち殺されたと聞いていたから
彼はわけがわからなくなった。
・・・実はピストルが撃てなかったのはカルロの超能力の仕業だったのだが・・・
それは誰も 知る由がない。
「少佐、これは?」
しばらくして警官が、さらに何かに気づいた。
遺体の下からブレスレットを見つけだしていたのだった。
数人でわいわいとそれを囲み始める。
「めぼしい所持品は、拳銃と、これだけだったんです」
「これは・・って、ただの女物のアクセサリーじゃないか 」
「えらく高価そうですね」
「ですが・・・なんでこんなものを・・??」
少佐がハッと気が付いた。
「ファルコン、こいつに情報のマイクロフィルムを
 忍ばせてたんじゃないのか?・・貸せっっ」
警官から奪い取るようにして少佐がブレスレットを手に取る。
「・・・無い」
どこをどうひっくり返してもそれらしい物は見あたらない。
「畜生、どういう事なんだ!」
やはり我々はからかわれたのか・・?
「少佐、なにをしているんですか・・・!?」
部下Zがそれをみて あっ と声を上げた。
「それ・・カルロ夫人がしていたものと同じものです!」
「なんだと?」
少佐がマイクロフィルムがブレスレットに隠されているらしいことを部下Zに
説明すると・・みるみる部下Zの顔が青くなっていく。

「じゃあ・・・僕が夫人に返した物が・・・ファルコンの情報付き?!」

あろうことか、ファルコンが用意したマイクロフィルムのカムフラージュが、
ランゼ=カルロのブレスレットに酷似していたのだ。
(そして、僕が彼女のとファルコンの物とを取り違えてしまった!)

「カルロ夫妻は?!」
「姿が見あたりません!!!」
「・・・・ばかもーん!!お前なんかアラスカ行きだ!!!」」
部下ツェットは背中一面がアラスカの大地のように凍り付いてしまっていた。
(僕は何て失態をしてしまったんだ・・・!!)




ルーマニア。
ベン=ロウのデスクにある電話が鳴った。
「・・・はい」
電話の向こうは・・・NATO情報部であった。
「ダーク様も奥様も只今空路をこちらへ向かって移動中です。
 今日のことですっかりお疲れで、すでに機内でお休みになっています。
 どなたといえどおつなぎすることは出来ません。また後日になさってください」
それでも食い下がろうとする相手にベンは続ける。
「今日のことで奥様を命の危険にさらしたのはそちらの責任ではないのですか?」
そうして・・言いよどんだ相手を確認し受話器を切ったのだった。
(さて・・・)
ベン=ロウは考える。
(高額な慰謝料を請求してやろうか・・・このマイクロフィルムの見返りに)
彼の右手人差し指と親指の間には黒くて小さなチップがあった。
実は二人ともジャルパックの扉を使ってあっという間にルーマニアへ戻っていたのだ。

ベンはすでにマイクロフィルムの中身を見たがあまり自分たちには
関係のない情報ばかりであった。
夜明けまで数時間。
(仮眠をとるか)
ベン=ロウはチップを金庫にしまうと、執務室を出ていった。


その頃。
二人は、寝室のベッドの上にいた。
白いガウン姿の二人から、同じ石鹸の香りがしている。
上体を起こし気味にしてベッドヘッドにもたれかかっているカルロに、
上から抱きつくようにしてランゼが寄り添っていた。
どれくらいそうしていただろう。
カルロは静かにランゼの流れるようにつややかな髪をゆっくりと、
ゆったりとなで続けている。
ランゼはカルロの胸にもたれかかり、その胸の鼓動をずっと聞いている・・・
漸く、ランゼは今日のショックが和らいできた様子だった。

・・・ランゼがぽつり、とつぶやいた。
「先生、私のこと なんとなく覚えてるみたい・・・」
”僕のことに関してなにかご存じありませんか!?”
部下Zのその言葉を思い出したのだ。
 実は、とある一件で部下Zはランゼ=カルロと確かに出逢っていた。
だが少佐と部下Zがランゼの変身を見てしまい、カルロによって二人一緒に記憶を消されて
いたのだ。

「・・きゃっ」
カルロがランゼをベッドに押し倒した。
今度はランゼが下で、上からカルロが覆い被さる。
「あの男の事が気になるのか」
「ううん!違う、違うの誤解よ!!・・・わかってるくせに」
上目遣いでランゼがカルロを見上げる。
熱く・・唇が重なる。
そして。

「あの程度くらい 大したことはない。大丈夫だ」

そう言ったカルロの言葉もランゼは半分くらいしか聞き取れない。
その言葉に甘い吐息でしか返事をすることができない。
・・もう、ランゼはすでに甘い夜に落ち始めていたのだから・・・

ベッド横のサイドテーブルの上には、イミテーションだが精巧につくられた
ルビーのブレスレットが無造作に置かれ・・冷たく乾いた光を 放っていたのだった。


ENDE.




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あとがき。

今回のなるとも様のリクエストは『Z君のお話』でした。
部下Z(ツェット)君とは、青池保子先生の作品『エロイカより愛をこめて』の登場人物です。
はい、すなわち私の作品『ルーマニア・レポート』の続編です。
『ドイツに旅行(兼仕事とか)に来たランゼちゃんとカルロ様が
、事件(または抗争)に巻き込まれて、少佐やZ君が登場なんて展開・・』
ふむふむ、
『勘のいいZ君は、何故かランゼの笑顔に見覚えがあるとか・・』
うんうん!おし!

さらに、なるとも様が下さったイラスト『So Cool!』と『冷徹の瞳で』から
イメージがもくもくもく・・とわき上がり、このお話が出来上がりました。

大富豪がマフィアを招いて堂々と?パーティを開くって言うと
どうもドイツよりモナコあたりなんじゃないかと(私の勝手な想像です ご了承下さい・・爆)
思って話の都合で会場の場所を変更しました。・・あ、イタリアでもいいですね(自爆)

なるとも様、今回も素敵なリクエストをありがとうございました!
拙文ですが、どうぞお受け取り下さい・・・・
                          悠里 拝

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