「side-a」
ジョルジュは冥王に支配された魔界から人間界へ向けて、
昏い死神トンネルの中を彼の操る雲に乗って移動していた。
そしてその傍らには・・・男が座り込んでいる。
片膝を立て、その上に肘を乗せて物思いにふけっている様子だ。
その男は全身濡れ鼠で、金色の髪の毛からも未だ滴がしたたり、
首筋へとぽつり、ぽつりと流れ落ちている。
そして、そのずぶ濡れの衣服の右肩は裂け・・赤黒い傷跡がのぞいていた。
裂けたシャツには血痕が残っていたが、その彼の傷は何故かふさがっている。
その男の名は・・・ダーク・カルロである。
(・・・)
ジョルジュは時折、その隣に座って黙りこくっている男へ視線をちらちらと移す。
カルロはそのジョルジュの視線を知ってか知らずか、相変わらず口を閉ざしたまま
濡れ鼠でもなお凛とした表情で視線を遠くへ投げかけている。
(カルロ、こいつも、やってくれるよなぁ・・・参るよなぁ)
すでにジョルジュは望里達からこの男、カルロが今日しでかした事を聞いていた。
皆が魔界で冥王と戦っている間に。
この男は蘭世を眠り薬で昏倒させて彼女を拉致したのだ。
そして船の上で蘭世にせまって・・・あっさり振られたこと。
途中で敵対ファミリーに襲われ怪我をし、蘭世に助けられたこと。
そして俊・・・彼の恋敵・・に傷を治して貰ったこと。
全部ジョルジュの耳に入っていた。
(・・・さぞくやしいだろうなぁ)
ジョルジュは遠くを見やるカルロの横顔を盗み見ながら一人思いを巡らせていた。
確かにカルロがやったことは間違ったことであるが、ジョルジュは完全に彼の行状を
否定できないでいた。
ジョルジュだって密かに蘭世のことが気になっていたのだ。
でも彼は蘭世が俊に夢中なことは、もう痛いほど承知している。
そして相手の俊は魔界の王子で自分とは比べられるはずもない。
ジョルジュはすでに、誰かのためにいつも一生懸命な蘭世を影ながら支えたいと
想いは昇華させているつもりだ。
それでも、もし想いが叶うなら・・・と ちら とでも思ったことがあるのだから、
カルロが真っ直ぐに蘭世にアタックしたことを少しうらやましく思うのだ。
自分にもう少し勇気と力・・そして大胆さが有れば、何か彼女に行動を起こしたかも知れない。
だが、どれも足りないので口をつぐんでいるだけだ、とも思っている。
同時にジョルジュは蘭世の幸せの在処もすでに判っているから余計カルロに同情してしまう。
(しかも恋敵に傷なんか治されちまったら怒りのぶつけどころがないだろうさ・・・)
だから、そんな考えもあってジョルジュは傷負いのカルロを
ルーマニアまで送る役を買って出たのだった。
長い長い死神トンネルは果てしなく続いていくように思われる。
(こいつ、余程自分に自信があったんだろうなぁ・・・)
人間のくせに魔界人に対して堂々とした奴。
(ま、王家の血をひいているから、っていうのもあるんだろうけど・・)
(・・・)
(・・・)
相変わらず二人の男の間には沈黙が流れていた。
トンネルの中の光の色が変わった。
人間界へさしかかったらしい。
「おい、もうすぐルーマニアにつくぞ。どこへ降ろそうか?」
(気まずいんだけどなぁ・・でも声はかけとかないとな。)
ジョルジュはつとめて平静を装ってカルロに声をかけた。
雲に乗って移動し始めて、初めての会話、であった。
遠くを見ていたカルロは、ごく自然にジョルジュへ視線を戻す。
「・・・私の屋敷へ。玄関先でいい」
「別に直接おまえの部屋へ降ろすことも出来るんだぜ?」
「・・・ならば、そうしてくれ」
もっときつい視線が帰ってくるかと内心どきどきしていたジョルジュは拍子抜けした。
蘭世を拉致したという事も、振られて怪我をして云々〜も自分も含め皆が知っていることだから
悪びれて(ふてくされて!)にらみつけられるかな・・と思っていたのだ。
意外と彼の心の中は穏やからしい・・・?
それともやはり平静を装っているんだろうか・・・
「おい、ついたぞ」
やがて、カルロの私室とおぼしき場所の上へ出ると、ジョルジュは死神の雲を停止させた。
ジョルジュが片手を上げ魔法を掛けると、カルロの姿はふっ、と消えて下の部屋中央へ
現れた。
(・・・)
ジョルジュは一呼吸考え、そのまま立ち去らず自らも下の部屋へ降り立つ。
部屋はすっかり暗やみに包まれている。人間界は夜のようだ。
ふと視線を上げると・・・
窓の外、中空には薄い三日月がぼんやりと浮かんでいた。
「おまえたちには礼を言う。助かった。」
降り立ったジョルジュにカルロはひとことそう言った。
「いや・・なんの」
ジョルジュは少し考え込んだように頭をかいている。何か言おうかどうしようかと
ためらっているようだ。
「・・なにかまだ用か?」
そのジョルジュの様子に訝しげにカルロが訊いた。
「や・・その・・・な。」
「?」
ジョルジュは思い切って言いたかったことを口にした。
「余計なお世話かも知れないけどさ、・・・あんまり落ち込むなよ」
視線はカルロには合わせないで、天井を見ながらそう言った。
「落ち込む?」
「そ、・・蘭世はさ、やっぱり最初から無理だったんだよ。もっと他にいい女みつけなよ。
お前も男前なんだし簡単だろ?」
「私のことを心配しているのか?」
カルロはそれを聞いた途端、ふっ、と笑うのだ。
「確かに・・余計なお世話だな」
今度はジョルジュがムッとする。
「ああそうですかい。ま、せいぜい傷を大事にしてくれよな」
そう言い捨ててジョルジュはくるりと背を向けた。
「・・・待て。」
カルロはジョルジュの肩をぐいと掴んで引いた。そして挑戦的な視線でジョルジュを射抜く。
その姿は情けない濡れ鼠のはずなのに、彼の気迫によるものなのか
カルロのどこにも憐れさなどなく凛としたオーラを放っていた。
「おまえもランゼのことが好きなのか?」
・・・カルロとて魔界人達に混じって行動している間に、ジョルジュについても色々つぶさに見てきたのだ。
ジョルジュのしていることからは、彼の秘めた想いが見え隠れしていたのだ。
「突然なんだよ・・・?俺のことなんかほっとけよ」
ジョルジュはそう言い、ムッとしながらも顔を赤らめる。
言葉とは裏腹に顔にはっきり”Yes”とかいてある。非常にわかりやすい男だ。
「言っておくが・・・」
カルロはニッと笑顔を返しながら言葉を紡いだ。
「私が心から愛するのはランゼひとりだ。それは今でも変わらない。」
その言葉にジョルジュは驚く。思わずカルロの方へ振り向き直しお手上げといったように
両手を上へ軽く肩のあたりまでさし上げた。
「おい、まだお前あきらめないのかよ・・!?」
ほとんどあきれ声である。
「・・・勘違いするな。」
そのあきれ顔へカルロは眉をひそめ、強い視線をジョルジュへ送る。
「私の愛はそれとは違う。」
カルロは続ける。
「私は、ランゼを愛している。だから、ランゼの幸せを守りたい、そう言うことだ。
ランゼが心からシュンを愛しているのならば、私はそれを受け入れる。」
「カルロ・・・」
「今日はそれが自分でも判ったのだ。だから別にお前にとやかくいわれる筋合いはない」
ジョルジュは耳を疑った。
「お前、本当にそう思っているのかよ?」
「失礼な。当たり前だ」
今度はカルロがくるりと横を向く。そして・・蘭世の事を思い出したのだろうか、
ふと、彼の表情がゆるんだ。
「ランゼは私のことを嫌いではないと、言っていた。むしろ好きなのだと・・・
そう言ってくれる彼女に、そして私を救ってくれた彼女に、私も応えたいだけだ」
”救う”・・・
カルロの少し俯いた横顔はさらに穏やかな、優しげな表情であった。
ジョルジュはこんな柔らかい表情のカルロを見たことがなかった。
「私の命を救ってくれたことはもちろんだが、それよりも、私の空しかった心に温かいものを運んできて
くれた彼女に、私は感謝しているのだ」
そう、私は。
「誰かを・・蘭世を愛する気持ちを与えて貰ったこと、それに感謝したいのだ・・・。」
(・・・)
ジョルジュは、カルロのその言葉に胸をうたれた。
そして・・・自分の思い・・蘭世の幸せを願う気持ちと、
同じく重なる部分を見つけて急に彼に親近感がわいてくる。
「おまえって、本当はいい奴なんだな」
ジョルジュは思わず、うんうん、と頷いていた。
そんな木訥な”死神”を見てカルロはぷっ、と吹き出す。
「・・・お前ほどではないが・・。お前それでも死神なのか?」
「おれは性格は至ってネアカ。暗いのは仕事だけ!」
ジョルジュはにっこり笑ってカルロに握手の手を差し出す。
「じゃ、蘭世に振られたもん同士、仲良くしようぜ!」
・・だが。カルロはムッとして手をポケットにしまってしまった。
「・・・私は馴れ合いは嫌いだ」
そんなカルロにジョルジュは少しがっかりした風だ。思わず肩をすくめてしまう。
「・・・ちぇ。ま。いいさ」
「じゃあな、ゆっくり休めよ」
「・・・色々世話になった」
ジョルジュは笑顔でカルロに軽く手を振り、死神トンネルへと消えていった。
(・・・)
カルロはそれを見送ると、ふっ、と笑顔をつくって視線を下に落とした。
(おかしな奴だ。)
それでも、カルロもどこかジョルジュに・・・気持ちの通じる何かを、感じていた。
窓の外、細い三日月が 淡い光をカルロのいる部屋へ投げかけている・・・。
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