6)
落ち着いてきたとき、カルロはすうっ、と慈しむような仕草で蘭世の長い髪に指を通した。
「私に・・会いに来たのか」
「うん・・・」
まだ蘭世の声には、元気がなかった。
「折角の誕生日なのに 辛い思いばかりさせたな・・あまつさえ私は怒鳴ってしまった」
蘭世はその言葉に弾かれたように顔を上げ、ふるふると首を横に振る。
「いいの!私が悪い子だったんだもん!」
蘭世は涙を指で一生懸命ふき取る真似をする。
「私ってダメな子だから 時々叱ってくれなきゃ・・」
「・・・自重、してほしいんだ ランゼ」
「うん、うん・・・本当に、ごめんなさい・・・」
そう言って、蘭世はまたカルロの腕の中に顔を埋めた。
「もう日付はとっくにお前の誕生日だな・・」
左手で蘭世を抱き、右手で頭をゆっくりと撫でながら、カルロは部屋の時計へ目をやる。
夜明けまでまだ少し時間がある。
「よく考えればランゼのお陰でファイルが手に入ったも同じだな・・ありがとう・・礼を言うよ」
「そんなの・・偶然よ!」
「いや、私は偶然とは思わない。」
カルロはなんとなく察していた。
Zは蘭世に”借り”を返したのだ・・・と。
あの男は彼女に命を助けられたお礼に、”鍵”を水筒へ忍ばせたのだろう。
ということは・・・蘭世を連れ去る気も なかったということだろうか・・・??
(・・・)
カルロの心に 暗い雲が薄く拡がり始める。
それだけであの男が引き下がるとは思えなかったからだ。
だが・・・
カルロは 今は気分を切り替えることにした。
取り返したファイルの内容は全て本物だった。
そして・・なんといっても蘭世は自分の腕にあるのだから。
「問題が解決したから・・これから私は休暇だ」
「ほんと!?きゃー嬉しい!!」
「やっと笑ったな・・ランゼ、誕生日おめでとう。」
「やーん ありがとうー!!ダーク、大好きー!!」
飛び込むようにして抱きついてくる蘭世をカルロはしっかりと受け止める。
「この街は観光都市なんだ。朝になったら一緒に見て回ろう。」
「うん!」
そして、仲直りの・・キス。
二人きりで祝うバースディパーティの 始まり・・・。
◇
ここは 砂漠の宮殿。
ベッドでグラスを傾けるZの姿があった
「おれも・・・甘いよなぁ 実に・・・」
大きなキングサイズのベッドに天蓋がついており、
薄いシフォンのカーテンが周りを取り囲んでいる。
どうやら彼の部屋ではなく・・ハレムの一室のようだった。
照明は落とされ、部屋のそこかしこに置かれたランプがセピアの光を灯し
漂う甘い香りと相まって なんとも雰囲気のある空間を作りだしていた。
彼の側に妖艶な女がひとり侍(はべ)っている。黒い瞳と黒い長髪が印象的な女だ。
蘭世に面影が似ているようだが・・本人より数倍もなまめかしくそして大人の女であった。
彼女はZの、最近のお気に入りだった。
「あのお姫さんの甘いのが 俺にも うつっちまったかな・・やれやれ」
「どうしたの?」
自嘲し、ひとり言をつぶやく彼の様子を見て女は彼の身体にさらに寄り添う。
Zは上半身は裸で、肩には包帯がきっちりと巻かれてあった。
爪先が赤い色で彩られた細く長い指で、女はZの肩に巻かれた包帯を
ゆっくりとたどっていく。
「こんな怪我までなさって・・・」
「いや・・久しぶりに仕事でドジをやらかしてね・・先方の依頼を果たせなかったのさ」
「んまあ・・珍しいこともあるのね」
「ま、その気になれば勝てる試合だったんだが。」
(蘭世に助けられた時点で、私はもうカルロに負けを認めたようなもんだったからな・・)
”殺さないでお願い!”
あの娘の叫び声が耳に残る。
(俺を庇うなんて、あの娘もどうかしている・・・)
Zはまた口元でフッ、と笑う。
「まぁ、しくじりはしたが、今回の契約金の代わりになるような物は
しっかり手に入れてきたからいいとするか」
Zは枕元へ腕を伸ばすと・・何かを取り出した。それは真鍮の小瓶だ。
Zはそれを顔の先でなんとなく軽く振った。一杯に入った小瓶の中で水音が微かにしている。
「もっととっておきたかったが、咄嗟でこれだけが精一杯だったからな・・」
「なあに それ?」
「なに 気にするほどのものではないよ」
Zは女を見てにっこりと笑い、サイドテーブルにグラスと小瓶を置くと女の頬にキスをした。
「ま、契約はあとからゆるゆると ひそやかに履行させていただきますか・・・
勝手ながら、ね。」
その言葉に、女は訝しげな表情で首を傾げる。
「今日の若旦那様、なんだか変よ・・さっきから判らないことばっかり言って」
「ああすまないすまない。」
Zはにこやかに笑いながら女を抱き寄せ・・ベッドへ押し倒す。
拡がる長い黒髪に、細い腕に、Zは遠くの女へ想いを馳せる。
(おれも・・・罪な男だ・・・)
それぞれに、それぞれの夜が 更けていく・・・
end.
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