2)
高校生4人とちびっ子1人の奇妙な一行は街の小さな遊園地へ到着した。
幼稚園くらいに見えた蘭世は、入場無料であった。
ティーカップも、メリーゴーランドも、急流滑りも。
ちびっ子蘭世は全部俊と曜子の間にちょこんと座る。
最初は曜子も”俊パパ、曜子ママ”気取りで喜んでいたのだが
次第に苛立ちが募り始めていた。
曜子が少しでもしなだれかかろうとしたら、ちびっこ蘭世はキッ と怒って
俊の前でとおせんぼのように手を広げるのだ。
「あたしのパパに手を出さないで!!」
「何いってんのこのガキ!!」
「止めろ神谷、子供相手にみっともないぞ」
始終、こんな感じである。
ついにジェットコースターである。
(ふっふっふ。ガキは乗れないのよ!これなら俊と二人でいいムード!!)
怖がるふりをして抱きついてしまおうという魂胆だ。
曜子はにんまり笑いながらちびっこ蘭世の頭をいい子いい子した。
「ごめんねえ”らんぜ”ちゃん、これは小さい子は乗れないのよん。
ここでいい子で待っていてねー」
「い・や!!」
蘭世は小さいのをいいことにわがまま炸裂である。
「はなれるのイヤー!!パパーパパー!!」
がっちりと俊の足にくっついて離れない。
(おいーこの遊園地で俺が楽しめるのっていったらこれくらいなんだけどなぁ・・)
付き合いで来ているとはいえ、俊も少しは楽しみたかったのだが・・・
このちびっこな蘭世に全く振り回されっぱなしである。
お昼は園内のファーストフードで済ませる。
元の姿であれば、サラダにハンバーガーにポテトにジュース・・という具合なはずなのに。
「ごちそうさま!もうおなかいっぱい」「へえ・・小さい子ってこれだけでいいんだ」
蘭世が食べたのはオレンジジュースとナゲット3個だった。
(ほんとに、体が小さいと食べる量も少なくていいんだわ〜)
どうやら蘭世は小さい頃は小食だったらしい。
午後も同じように時が過ぎ・・・
最後に大詰めのイベント”観覧車”へ一行は向かう。
この町でも有名なアベック観覧車で、
大人であっても子供であっても定員は2名の小さな観覧車だった。
「どうしようかしら・・・」
ゆりえも少し困った顔である。
曜子の俊への気持ちが分かっているから、ちびっこ蘭世のために
今日のメインイベントともいえるアベック観覧車にまで俊と乗れないとなると
さすがにこれは可愛そうだと思ったのである。
「ちょっと”らんぜ”ちゃん!これだけは絶対譲らないわよ!!」
曜子もこれだけは!と息巻いている。
ゆりえはちびっ子蘭世の前に座り視線を合わせる。
「ねえ”らんぜ”ちゃん、俊おにいちゃんをじゅんばんこしない?」
「じゅんばんこ?」
「そう、じゃんけんで勝った方が先に俊お兄ちゃんと観覧車に乗るの。負けても
勝った子の後で俊お兄ちゃんと乗れるよ」
だが、ちびっこ蘭世は徹底している。
「・・・パパが神谷さんと観覧車乗るなんて嫌〜!」
顔を真っ赤にして首を横に振るのだ。
「ちょっと!ガキのくせに苗字呼ばないでよ!それに何?!生意気言って!!」
「うーん 困ったわねぇ・・」
ゆりえもほとほと困った・・という顔である。
「俺も2回も観覧車乗るの勘弁できないか?どっちとも乗らなくてもいいし」
「あたちはパパと乗りたい!!」
「ちょっと!!俊とは私が乗るのよ!!」
もう収拾がつきそうもない。
ゆりえが”もうやめましょうか・・”と言いかけたときであった。
「おおっと、曜子は俺と乗るんだ」
別の方向から男の声が飛んできた。
「力(りき)・・!?」
曜子が素っ頓狂な声を上げる。
そう、風間組の御曹司 風間 力が登場である。
「神谷のおやっさんに聞いたらここだって教えて貰ったんでね」
力はすたすたと曜子の方へ近づいてくる。
「ちょっと!私はあんたなんか・・!?」
「はい、ごめんなすって」
皆が呆然としている目の前で、力はひょいと曜子を抱えて観覧車へ歩き出した。
「ぎゃー何すんのよ!離して!!」
(・・・)
「嵐が 去ったわね」
これで、人数は整った。
「・・・さいなら」
離れていこうとする俊の腕を、日野はすかさず捕まえる。
「おいー小さい子ったら観覧車好きだろ!一緒に乗ってやんなよ」
「〜〜〜」
仕方なく、俊はちびっ子蘭世を連れてアベック観覧車に乗ることになった。
ちびっ子蘭世は素直に観覧車の風景を楽しんでいた。
「わあーすごーい! おうちが小さく見えるぅー」
そう言いながら椅子に膝立ちになり窓にへばりついている。
身体が大きくても小さくてもきっとこのリアクションは変わらないのだろう。
その様子を、真壁は腕組みをしながら じっ・・と見ていた。
観覧車が頂上に登った頃・・俊は口を開き、小さな背中に声を掛けた。
「・・・お前、江藤だろ?」
ちびっこ蘭世はぎくっとなり、身を固くする。
「なんでこんなとこにいるんだよ?」
「う・・・」
蘭世はばつがわるくなり、おずおずと椅子の上で俊に向き直り座り直した。
両手を膝の上でそろえ、俯いて小さい体をさらに縮こませる。
「あいつと喧嘩でもしたのかよ?」
これには、蘭世は急いで黙って首を振る。
訳が分からず、俊はふうっ とため息を付いて窓際に片肘をついた。
「おかしいじゃねえか。・・・今日みたいな大事な日に」
「えっ!?」
蘭世はその俊の台詞に耳を疑った。
「・・・誕生日 だろ?」
「覚えていてくれたの!?」
「・・・」
俊は、蘭世の誕生日をしっかり覚えていたのだ。
蘭世は驚いて・・顔を赤らめる。
すると俊もさらに真っ赤な顔をしてぷいと横を向いた。
少しの沈黙が、流れた。
「・・・何があったかしらねえけど・・・早くあいつの所へ戻れよ」
沈黙に耐えかねて・・先に口を開いたのは、俊の方だった。
「うん・・勝手して ごめんね・・・」
蘭世は、それしか 言うことが出来なかった・・・。
「それから・・今度は 普通の格好で来な」
「えっ?」
「そんなちっこい姿しなくても、俺達いつでもお前とつきあってやるよ」
俺、と言いかったが・・・俊はあえて俺達と言ったのだった。
「・・・・ありがとう・・・」
観覧車はゆっくりと終着の地面へ向かっている。
「今元の姿にもどれねえのか」
「うん・・うちに帰ったら戻れるんだ」
「ったくしょうがねえ奴だな」
「・・・」
やがて、観覧車は地上に戻り、扉が開かれたのだった。
夕暮れの遊園地前。
「あーたのしかった!」
のんきに、元気よくちびっ子蘭世はそう言った。
それを聞いてゆりえも嬉しそうだ。
「よかったわ。楽しかったわね・・・そろそろおうちの人が心配していない?」
「うん・・」
ちびっこ蘭世は少し寂しそうに俯いた。
「な、また一緒に遊んでやるよ。」日野は蘭世の頭をよしよしと撫でる。
「うん・・・あ!」
ふと蘭世は、こちらへ伸びる長い影に気づいた。
影の先を見上げると・・長身の男性が立っていた。
彼は部下も連れず一人きりであった。
サングラスを掛け、グレーのスーツをすっきりと着こなしたいでたち。
「ダーク!!」
ちびっこ蘭世は思わず叫んでおいて もがっ、と口を塞ぐ。
(しまった。私、姿が違うからわからないよね!?)
ところが。
『ランゼ、おいで・・・迎えに来るのが遅くなったな』
その外国人男性はルーマニア語でそう言うと彼女の身長に会わせて少し前屈みになり、
こちらへ向かって両手を拡げるのだ。
(あ・・・)
ちびっ子蘭世は思わずたたた・・・とその腕の中へ駆け寄っていった。
蘭世が駆け寄った先に長身の外国人男性を認め、一同はざわめく。
「あら・・あの子外国人だったの!?ハーフ??」とゆりえが言えば
「ふーん なるほどねぇ 真壁に確かに似てるな」と日野。
「きゅあああー素敵!!!」曜子は当然目がハートだ。
それを風間力は面白くなさそうな顔でせっつく。
「曜子、浮気はゆるさねえぜ」
「・・・」
真壁俊は黙ってその親子のように見える二人の影を眺めていた。
「でも、あの人どこかで見たことない?」
曜子が首を傾げる。
「そういやそうだな・・・??」
日野も同調して首をひねる。
それはそうである。一同は蘭世の結婚式で一度彼を見ているはずである。
サングラスで顔を隠しているのでそれと確定できないだけであった。
カルロは大きな手で小さな蘭世を抱き上げる。
「Thank you.」
皆に向かって一言そう言うと・・彼は軽く会釈をして立ち去っていく。
カルロの背中越しに蘭世は皆に手を振った。
「ばいばーい!」
ゆりえと日野が手を振りかえした。
「また遊びにおいでねぇー」
(・・ちっ、なにが”ばいばい”、だよ)
ひとり事情を知っている真壁は、無表情で腕組みをしているのだった。
ただ、すこし俯いて、ふ、と笑みを漏らす。
(・・・また 遊びに来いよ・・・)
ちびっこ蘭世を抱え、悠然とカルロは町中を歩いていく。
夕焼けのオレンジに街全体がほんのり色づき、美しい光景になっている。
いつもよりも視線が高く、蘭世にはなじみの風景の筈がどこか違って見えた。
(・・・)
蘭世はこっそりカルロの表情を盗み見る。
連れ帰って当たり前・・といった様子でカルロが平然としていることに
蘭世は少し不安になった。おずおず・・といった風に彼に尋ねてみる。
「あの・・私って、判るの?」
「リンゼに話は聞いたよ」
「あっ そっか・・・」
あっけなく、明快な回答に蘭世は肩すかしを食らったが・・
なんだかほっとしたのだった。
「・・・重くない?」
「鳥の羽のようには軽くないが・・大した重さではないよ」
蘭世が返答に困っていると、カルロがふ とはにかんだような笑顔を浮かべた。
「自分の娘も 抱き上げるとこんな感じなんだろうか・・・」
「ダーク・・・」
「そういえば どうして 私の居場所が分かったの?」
「お前のいる場所なんて 私にはすぐ判る・・世界中何処だって」
「・・・」
あたりは黄昏時。藤色のなんともロマンチックな色であたりが満たされる。
「折角の誕生日なのに 一緒にいられなくてすまなかった」
「ううん!いいの。お仕事はもう大丈夫なの?」
「思ったより手こずったが、もう大丈夫だ。・・これから一緒に誕生祝いをしよう」
「嬉しい!ダーク!・・・」
ちびっこ蘭世は小さな腕でカルロの頭に抱きついた。
やがて、江藤家のある公園へさしかかる。
「・・・降りて歩こうかな?」
蘭世が控えめにそう提案すると・・カルロは立ち止まった。
「?」
カルロが愉しそうな顔で、ちびっこ蘭世を見つめる。
そして桜色の丸い頬を長い人差し指でそっとなで・・
小さな花びらのような唇にそっとキスをするのだ。
そしてカルロは少し嬉しそうな、悪戯っぽい視線で抱え上げた蘭世を見上げる。
「小さくても ふるいつきたくなるくらい可愛いな。写真に撮っておきたいほどだ」
「・・・ダークっ・・・」
(なんだか言い方がエッチだなぁ・・;)
そう思っていると、それが顔に出たのだろうか。
「ヌード写真も良いかもな」
「やだーっ エッチ!!」
ちびっこ蘭世は顔を真っ赤にしてぽかすかとカルロを叩く真似をする。
「あっはっは・・」
カルロは蘭世の台詞を肯定も否定もしないで、ただ笑いながら蘭世を連れて江藤家へと
歩き去っていくのだった。
◇
「ふう・・・」
再び鏡の間である。
ちびっこ蘭世は漸く元の姿に戻った。
どっ、と疲れが沸いてくる。
「不思議な鏡だな」
一緒に鏡の間へ入ってきていたカルロが、蘭世が使っている鏡の隣の
カーテンをめくり上げた。
彼は実に、無意識にそれをやったのだが・・・
「・・・え?」
蘭世は自分の目を疑った。
「ちょっと・・・え???ダーク!?」
自分のすぐ隣りに、12歳くらいの美少年が立っていたのだ。
金色の髪で。
翠色の瞳で。
でも、蘭世と同じくらいの身長で 可愛らしくて・・・。
緩く腕を組んで口に手を当てて・・頬を赤らめている。
仕草はカルロそのものだが・・
「きゃあああ!!カメラ!カメラ!!」
「・・・いや、すぐ元に戻る」
「だめっ!お願いちょっとだけだから〜!!」
地下室はもう大騒ぎである。
ちょっぴり不思議な、誕生日。
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