『ルーマニア・レポート』:カルロ様御誕生日記念その1



(4)26th.nov−2

「何処の組織の者だ?」
・・・古びた地下室。
ツェットはあやうく拷問されそうになっていた。
たが、こちらはマフィアに損害を与える気は更々ないのだ。
自分の身分を明かし、その意を真摯に訴えた。
「・・・だから、NATOとしては君たちに損害を与えるつもりは毛頭ない。頼む、
 これは取引だ。君たちのボスにどうしても会って話しをさせてくれ」
「何を生意気な!!」
取り押さえていた男のひとりがツェットを殴り飛ばす。
椅子から転げ落ち、壁にしたたかに後頭部を打ち付けた。
「う・・・」
「このやろう!」
「・・・待て」
ベン=ロウと名乗る、マフィアの部下達の中でも一つ高い地位にありげな
男だった。
もう一発殴りかかろうとした部下の憤りを片手で静かに抑える。
「・・・わかった。丁度明日ボスがお戻りになる予定だから、
そのときじっくり聞かせてもらおう。それまでここにいてもらう」
そうして、地下牢へと押し込まれたのだった。

(少佐になんと申し開きをすればいいのだろう・・・)
穏便に、気取られずに事実だけ掴んで報告すれば良かったのに。
間抜けなことに見つかって捕らえられてしまった。

何とか核心のボスには会わせてもらえそうだから、計画は
うまく進んでいると思っていいのだろうが・・・。
もう後戻りは出来ない。
これに失敗すれば、今度こそ極寒のアラスカ支部へ左遷だ。


深夜。
突然地下牢の入り口に明かりが灯った。
(誰だ!?)
ツェットは警戒しベッドに身を伏せたまま鋭い眼光を牢の外へ向けた。
現れたのはさっき自分を押さえつけていた部下達のひとり・・だった。
「・・・出ろ」
固い表情をしたその男は、突然ドアを解錠し顎で出口を指し示す。

言われるままにツェットは部下に付いていく。
とうとう彼は外へ連れ出された。
北風が肌に鋭く差し込む。
部下はカルロ家の庭にある林の中をずんずん歩いていく。
(・・・どういうつもりなんだろうか・・・)
めまぐるしくツェットの頭の中は思考を続ける。
(やっぱり、気になる・・・)
「おい、私をどうするつもりだ」
「・・・命が惜しければこのまま屋敷から去れ」
その返事にツェットはキョトンとして立ち止まる。
「何を言っているんだ!私はお前達のボスと話を・・」
「我々を甘く見るな。ベンは明日、お前を見せしめにコンクリ詰めにして
 黒海へ沈めるつもりだ。どんな理由であれ我々をかぎ廻る奴は
 気に入らないのでね」
部下はこちらを振り向かずに淡々と戦慄の返事をした。
(・・・!)
思わずツェットの両足がすくみ、震える。
(地獄に仏、なんだろうか・・・?)
「どうして私を逃がす?」
「・・・わた・・俺、は殺生は嫌いだ」
不自然に詰まりながら部下はそう答えた。
(・・・)
数メートル開いた命の恩人らしい部下との距離を縮めようと
ツェットが駆け出そうとしたその時。
チカッ と左の茂みの中で何かが光った。
それを見ると・・
(え・・エーベルバッハ少佐!?)
少佐は、部下ツェットの異変に気づき屋敷へ潜入したらしかった。
しきりに少佐がツェットに合図を送っている。
どうやら、油断している部下を見て殴り倒し人質にとるつもりらしい。
ツェットの目にぎらぎらした光が浮かび始めた。
少佐は茂みの中を進み、部下の向こう側へ回り込む。

ふいに強い北風が吹きすさぶ。
突然、部下の歩みが止まった。
なにやら口元を抑えている。
(・・・今だ!)
ツェットは後ろから部下に飛びかかる。
だが。
すかっ、とその腕はかわされた。
しかし、男はタイミングのいいことに少佐のいる茂みに飛び込んだのだ。
”はっくしょーん!!”
男の大きなくしゃみが聞こえる。
ところが次の瞬間。
「きゃああ!!」
「何者だ貴様は!?」
茂みから騒がしい女と男の声。
そして少佐は男ではなく・・小柄な娘を抱えて茂みから出てきた。
「この娘も使えるようだぞ!おかしな能力の持ち主だ」
「いやっ!!放してっ」
部下ツェットは目を疑う。
「ランゼ君、なのか?」
「先生・・・!」
「こいつ、俺の目の前ででぶ男から小娘に変身したぞ」
(なんだって・・・?!)
ランゼは悲しげな瞳をツェットに向けていた。
少佐の言うことは全面的に部下ツェットは信じることにしている。
だから、それはまごうかたなき事実なのだろう。
「じゃあ、・・・信じがたい話だが・・・
 さっき僕を助け出したのは、君、なんだね?」
「・・・」
返事をする代わりに、ランゼは俯き横を向いていた。
「・・エーベルバッハ少佐!!」
部下ツェットは少佐の腕に手を掛け、真剣に上司へ進言した。
「嫌がっています、彼女を離してやって下さい」
少佐はこの期に及んで情けを掛けるツェットにあきれ顔だ。
「・・・お前、この小娘に懸想したのか」
「魅力的な婦人ですが、彼女は人妻です!!」
「だったらなんなのだ?もう人妻に手を出したのか?」
「少佐!!」
からかわれていると気づき、ツェットは声のトーンをあげた。
「違います・・僕を助けようとしてくれたのです」
「敵にいらぬ情けは掛けるな!命取りだ」
「・・・先生!!」
ランゼ=カルロは目に涙を一杯ためている。
それを見てツェットの良心はさらにうずいた。
「騙していてごめんよ、ランゼ君。僕は先生じゃないんだ」
「・・・でも!いいの、私さえ放してくれたらここから出られるわ!
 だから!・・お願い、放して!!」
ランゼは泣きながら激しくもがく。
だが鍛え上げられた少佐の腕から逃れることは無理な話であった。

突然の出来事だった。
何かが鋭く空を切る音がし、そばにあった木の幹から煙が上がる。
「サイレンサー付きの銃!!」
振り向くと。
少し離れたところにひとりの男が佇んでいた。
月明かりが逆光になりその姿はシルエットとなって浮かび上がる。
逆行のため容姿はよく判別できない。
だが。
一目でわかる、風格のあるオーラを纏った男性だった。
彼こそ、カルロファミリーの若きボス、ダーク・カルロに間違いない。
彼の持つ銃からは細く煙が立ちのぼっていた。

蘭世は長い髪を揺らし、そのシルエットに叫び助けを請う。
「ダーク!!」
「・・・彼女を離せ」
銃はぴったり少佐の額を狙っていた。
少佐はひるまず臆せず、一歩前に出ると大声でその影に呼びかけた。
「・・・初めてお目にかかる。そちらはカルロ・ファミリーのボス殿とお見受けするが」
「・・・」
彼からの返事は、ない。
「私はNATO情報部所属、クラウス・ハインツ・フォン・デム・エーベルバッハだ。
階級は少佐。このたびは貴殿の身辺を騒がせたことを深くお詫びする。」
「・・・」
微妙な沈黙。
ダーク=カルロは何も返答するつもりが無いらしい。
続いて少佐は核心へ触れていく。
「ここへ来たのは他でもない、貴殿の類い希なる超能力の力を我々に貸して欲しいのだ。
 ・・・我々は次回、難解な工作作業に着手する。そこで、
 NATO情報部として、貴殿に正式に協力を要請したいのだ」
「・・・断る」
その返答は静かで短いが、強い意志が現れていた。
「ならばせめて彼女を頂いていく。彼女も能力者のようだな」
「少佐!?」
ツェットは少佐の発言に驚いて、彼の顔を見返した。
「・・・私がそんな要求をのむと思うのか?」
「我々の要求に応えなければ、おまえさんが超能力者であることを公表する。」
拒否された途端、少佐の言葉はいつも通りのぶっきらぼうに戻ってしまった。
・・そして、少佐はランゼを人質にこの場を脱出するつもりらしい。
「ここを通せ、この娘は人質に連れていく」
「そんなことが言える立場か!」
別の場所から声がした。
それと同時に、ザッという統制のとれた複数の足音がまわりから響いてくる。
ツェット達は、いつのまにかぐるり囲まれていたのだった。

ベン=ロウがカルロの隣に並び、侵入者達を見据えた。
「我々は元々お前達がここへ来るのを待っていたのだ。」
ベンに説明を任せ、カルロが葉巻に火をつけたらしい。
赤いともし火が点となり闇に浮かぶ。
「最近どこかのスパイらしき者達が我がファミリーをかぎ廻っている
と気づいてね。そこで奥様の通う学校に罠を仕掛けた。
・・・案の定その男が食い付いてきたというわけだ。」

部下ツェットの行動は・・・全てカルロファミリーの手の内だったのだ。
ベン=ロウが抑揚のない声で言葉を続ける。
「食い付いてきたら詳細を聞いて脅しをかけておくか
 見せしめに処分するつもりだったが・・・」
「どうするつもりだ・・・」
ツェットの喉を冷たい汗が滑り落ちる。
”コンクリ詰めで黒海へ”
さっきの台詞が頭を過ぎった。
周囲はこちらへ銃口を向けている部下達で一杯だ。
ここでカルロが静かに口を開いた。
「私はともかく、我が妻の正体を知ったからには、
 ここから無事に出すわけにはいかない」
・・・闇に滲みいるような声だった。
「この娘は一体なんなのだ?不思議な手品を使うようだが」
不躾な少佐の発言にも、ダーク=カルロは眉一つ動かさない。
「彼女は・・・新種の吸血鬼だよ」
(はあ!?)
エーベルバッハ少佐とツェットは顔を見合わせる。
ランゼは・・・黙って俯いており、流れるような黒髪に隠れてその表情は見えない。
少佐がほえた。
「なんだそれは!?からかうな」
「信じようと信じまいとお前達の勝手だ」
カルロが優雅な仕草で葉巻の煙をふうっと吐き出す。
「・・・もうここからは生きて帰れないのだからどちらでも良いだろう」
(!!)

・・・絶体絶命・・・

「お願い!!この人達を見逃して!!」
突然、ランゼは泣き声で夫に訴えた。
「ランゼ・・・」
「お願い!命を奪ったりしないで!・・・正体を知られたのは私のせいだもん。
 この人達は悪くないわ!」
そう言い放つと、彼女はひっくひっくとすすり泣き始めた。

「ランゼ、おいで・・・」
先ほどまでの冷たさとは打って変わって、静かだが優しい声が響いた。
両手を妻に向かって差し伸べているのが見える。
・・・すると。
どんなにもがいても逃れられなかった少佐の腕の中から、
霧のようにランゼの身体が消えたのだ。
絶好の人質が忽然と消えて少佐はうろたえる。
「ダーク!あなた・・・!」
次の瞬間、ランゼの声はマフィアのボスの腕の中から聞こえてきた。
「お願いよ、ダーク!」
「・・・安心しなさい。お前の悪いようにはしない」
「ああ、ありがとう!ダーク!!」
ランゼはダーク=カルロに抱きつく。
それに応えてカルロも彼女の額に唇を寄せていた。
エーベルバッハ少佐はその様子を見て、半分あきれ顔で両手を腰にあてている。
「そんな平和主義の女、早く見限った方がいいんじゃないか?
 マフィアの女として不向きだろう」
「少佐、わざわざそんな混ぜ返さなくても・・・」
折角の助かるチャンスを・・・!
あせってツェットは少佐をたしなめようとする。
フッとダーク=カルロは笑みを浮かべた。
「面白いことをいう男だな。・・・私は彼女の優しさも愛しているのだよ」
それでも少佐は平気顔だ。
「おまえ、そのうち身を滅ぼすぜ」
「愛しい娘の願い事ひとつかなえられんようでは、男として失格であろう?」
マフィアのボスの余裕であった。
「言葉を慎め!こんなことで我がファミリーは微塵も動揺したりはしない」
ベン=ロウが鋭く言葉で切り込み、頭を下げボスに伺う。
「・・・どうなさいますか?」

「記憶を、消させてもらう」
「なにっ!?」
少佐と部下ツェットは再び驚きの顔で顔を見合わせる。
先ほどのランゼのテレポートも、きっとこの男の仕業だ。
「そんな能力もあるのか!?
ならば、なおさら我が情報部に協力して・・・」
そんな少佐の悪あがきもダーク=カルロは軽く無視をする。
「今日は少ししゃべりすぎたようだ」
「ごめんね、先生・・・」

ツェットは必死になってそのボスの容姿を確認しようと目を凝らしている。
写真情報が少ないこの人物、人相を覚えていて損はないと
情報部員魂が刺激されてのことだ。
その甲斐あってか、夜目がなれるにつれその気高きボスの姿が視認されつつあった。
ボスにしては若い。自分と同じ金色の髪。そしてきりりと整ったおもざし。
だが、最後に彼の右手がスッとあがると、彼の両目が緑色に
妖しく、強く輝いたような気がした・・・。






(5)27th.Nov−2


再びルーマニアにあるホテルの一室。11月27日早朝。

(・・・僕は、一体どうなってしまったんだろう・・・)
部下ツェットは携帯パソコンを睨んだまま金縛りのように固まっている。
昨日までのことを必死に思い出そうとするが全く判らない。
(・・・)
今回のターゲットだったはずの彼女・・ランゼ=カルロの写真を
鞄から取り出し手に取る。
次の瞬間。
突然、写真でしか見たことがないはずの彼女・・ランゼ=カルロが
笑顔でこちらを振り向く映像が脳裏に現れ、一瞬で消えたのだ。
(今のは、なんだ!?)
「我々には、もう近づくな・・・」
続けざまに頭の中に静かで力強い男の声がし、そして消えた。

(・・・深く考えるのはよそう。何か身の危険を感じる)
いつもだったら深く食い下がろうとする彼も、なにかを感じ
それ以上それに触れるのをやめた。
(それになぜか・・・この問題をつつくと、
 この写真の彼女が、悲しむ。そんな気がする)
ちなみに、エーベルバッハ少佐の方は記憶を消された後
一瞬でボンの自宅まで転送されたのだった。

頭を振り振り、ツェットは荷物をまとめだした。
・・・ボンへ戻れば次の任務が待っているはずだ。

Ende


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