(2)26th.November−1
11月26日夜。
部下ツェットは冷たく暗い地下牢にいた。
(まいったな・・・捕まってしまったとは・・・)
そこはカルロファミリーの屋敷らしい。
地下牢は、カルロ家の歴史と共に存在していたようで
遙か昔の息吹を感じさせるほど古びて苔むしたにおいがしていた。
いかにも古そうな石で組まれた壁を見ると、まるで、
数千年前にタイムスリップしたような気分だ。
ツェットは上層部の命令を請けてここのファミリーのボス、
ダーク=カルロについて内偵を行っていた。
内偵のテーマは・・・
”ダーク=カルロの超能力について探りを入れよ”
ということだった。
ルーマニア内外のマフィアの間で、ひそかに、
まことしやかに囁かれ続けている噂。
”ダーク=カルロは超能力者である”
それを耳に挟んだNATO情報部。
もしそれが事実であれば次の難解な工作にNATO情報部として正式に協力を要請
しようと計画していたのだった。
相手はマフィアである。なるべく穏便に、かつ確実に事実を掴みたい。
もし見つかって、噂がただの”噂”に過ぎなかったら、すみませんでしたでは
済まない相手だ。
そこで身辺が徹底的に調べ上げられる。しばらくして彼の妻、ランゼ=カルロがまだ若く、
学生で学校に通っている事が浮かび上がってきた。
ラッキーにもその学校でドイツ語教師に欠員があり、一時的に情報部員がそれに赴任し
彼女に接近することになったのだ。
ルーマニア語が話せて女がらみ ということで?
ハンサムなツェットに白羽の矢が立ったのだった。
(・・・・)
ツェットは堅く冷たいベッドの上で古びた天井を眺めながら、
学校に潜入したときのことを思いだしていた。
(3)1st.Nov〜25th.Nov
11月に入ったばかりの頃、学校の図書室。
部下ツェットがドイツ語教師として赴任してから1週間が経つ。
今までは彼女に直接近づくことは控え、学校での彼女に関する事情を遠回しに
収集していた。
(・・・そろそろ、本題に入れそうかな)
ツェットはスラックスのポケットから1枚の写真を取り出した。
そこにはひとりの女性が写っている。
アジア系にしては色白で長い黒髪。黒目がちの大きな瞳。
日本人と聞いているが、どこかアジアと言うよりオリエンタルな雰囲気を持っている。
写真からしても美少女だ。
(なんでこんな素直そうで・・・その、何も知らなそうなこの子がマフィアの女なんだ?)
その風貌と肩書きは、あまりにも不釣り合いだった。
マフィアのボスと彼女とのなれそめを聞いてみたくなる。
(あの子だな・・・)
彼女が図書委員をしていることは調査済みであった。
三つ編みにした髪を頭の上で丸く束ねている。
こちらに背を向け2メートルはある高い書架用の梯子の上に座り、
なにやら在庫整理をしているようだった。
結い上げた髪の下のうなじが楚々として美しい。
(・・・なんというか、その、”かわいい”な。)
マフィアの女なら、どんな色っぽい彼女かと思っていたのに。
(・・・とにかく、行動開始 だ。)
写真をポケットにしまい込み、梯子へと近づいていった。
「ちょっと君・・・いいかな?」
梯子の下からツェットはランゼに声を掛けた。
「あ、先生。なんですか?」
こちらを振り向いた彼女は、愛らしい微笑みで”先生”へ振り向いた。
高いところにいては失礼、と降りてこようとする。
「あっ、降りなくていいんだ・・・その辺りから取ってほしい本があるんだ」
「えっ、ごめんなさい!どの本です・・・きゃ!」
「危ない!!」
ランゼは慌てて元の位置に戻ろうとして、足を踏み外した。
背中から下へ落下するところを・・・
ツェットは上手くキャッチしたのだった。
「す、スミマセン・・・」
ランゼは顔を真っ赤にしていた。
「こちらこそごめん。大丈夫?・・僕が余計な頼みをしたからね」
そう笑顔で言いながら彼女を腕から降ろす。
「でも、君は案外慌て者だね」
「ごめんなさい!」
ツェットが軽く茶化すと、また彼女は謝っている。
そして顔は真っ赤に茹で上がったままだ。
(本当に、なんというかマフィアと無縁としか思えないな・・・)
「あっ、どの本ですか?取ってきます!」
思いだしたようにランゼはまた梯子に昇ろうとする。
「いいよ!僕が今度は昇るよ」
そう言って彼女を制し、梯子に足をかけるとランゼはまた
すまなさそうな表情を浮かべる。
「大丈夫、気にしないで。生徒に危ないことはさせられないよ」
ランゼに笑顔でウインクしてよじ登ると・・・適当なタイトルの本を数冊、手に取る。
(今日はドイツ文化の本にしておこう。本題・・・エスパー関連はまた次回だ)
慎重に、コトを進めよと少佐から口酸っぱく言われていたのだった。
「あったよ、ありが・・・」
下にいる彼女を見ると。
ランゼは未だに、真っ赤な顔をして頬に両手をあてている。
(?)
「ごめん、僕の格好なんかおかしいかな?」
ツェットはシャツが出てるとかズボンのチャックかと慌てて身辺を手探りする。
「・・・いいえ!違うんです!・・何でもありません!」
そう言うと、ランゼは身を翻してその場からぱたぱたと走り去ってしまった。
(・・・???)
ツェットの、ランゼに対する第1印象は。
(ものすごく 純粋というか、その、ウブいよなぁ・・・)
夫以外の男に抱きとめられたのがそんなにショックだったんだろうか。
マフィアの女、とはとても思えない反応だった。
(いや、待てよ。とても大事にされてるのかも・・・)
マフィアの帝王だったら、逆にそんな純粋な乙女を
真綿にくるむように大事にしていても、おかしくないかもな・・・
◇
その後もツェットは毎日図書室に通い、あれこれとランゼに接近していた。
下心になりすぎず、かといって離れすぎず。
難しい”アプローチ”を重ね、警戒心を解いていく。
(・・・)
学校に潜入したときから気づいていたのだが、やはりこの学校にはカルロが派遣している
ランゼの護衛が幾人かいるようである。
ひたすら目立たず、しかし確実に任務を遂行しているようだった。
これらの”目”からも、おかしいと思われてはならない。
相当に神経を使う作業であった。
ツェット自身の人当たりの良い性格と、その努力が相まって
ランゼは”先生”にすっかり打ち解けていった。
自分がマフィアのボスと結婚していることも素直に認め、
さらには初めて接近した日の赤面の理由・・・
”ダークに初めて出逢った時もね、私高いところから落っこちていたの。
それでね、彼はやっぱり先生みたいに私のことを助けてくれたのよ。
・・・ダークも先生と同じ金髪だし年格好似ているし、あのときのことを思いだして
すっごくどきどきしちゃった”
それをも聞き出すことに成功していたのだった。
数日後、部下ツェットは”エスパー”に関する書物を手に取った。
エスパーと知り合いになりたくて調べている とか何とか言ってランゼに話を振る。
・・・彼女の表情が微妙に変わったのを新人とはいえプロの彼が見過ごすはずがなかった。
(絶対何かある)
そう思って少佐に近所の電話ボックスから中間連絡を入れた途端・・・
後ろから殴り倒され、気がついたときには・・・
そう、薄暗い地下室だったのだ。
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