『窓辺』:悠里




1)

私の住む国は 隣の国と長い間戦争をしている。
それも 今年に入って漸く終結を向かえる気配・・・

残念なことに 私の国が負けるかもしれない・・らしい。

国境の町に隠れ潜むように住んでいた私は 数ヶ月前に見つかり 捕虜になった。
黒い森の奥深く 相手国が占領した基地。元々私の国の物だった・・
それに急遽併設された収容所に 私は皆と押し込まれた。

そんなにひどい扱いは受けていない。
でも 惨めな気持ちに違いはない・・・
分刻みに決められたスケジュールに従って 指示通りに動き
働ける者は工場や炭坑へとつぎこまれる。
私だって 軍営の畑で 働いていた。
父さんは戦場にいて 母さんと弟は 違う収容所に入れられたらしく会うことはできない。
それでも 皆との連帯感みたいな物もあって 私は心強かった。

なのに。


今、私は 建物の最上階にある部屋の窓から かつて私が居た
収容所を見つめている。
あの中には まだ 私の住んでいた村の人たちが沢山暮らしている・・・

眼下では 私を捕らえた軍隊が 列をなしてまた戦場へと向かっていく。
それを じりじりとして 見つめているしかない 今の私・・・

「また外を見ているのか」

ふいに、後ろから声がかかった。
「あ・・・」
私は驚き振り向く。
「出兵されたのでは なかったのですか・・?」
「私の隊は 明日出る 今日は休暇になった」
そう答えたその背の高い男は この部屋の主だった。
彼に似合うように整えた金色の髪に 印象深い翠色の瞳。
カーキ色の軍服に身を包んだ彼は 黒のロングブーツの乾いた靴音をたてて
私のところへ歩み寄ってくる。
襟元に 指揮官クラスの証である金色の階級章が光っている。
敵の男だけど 彼は ・・・

「あっいやっ」
窓から離れ、逃れようとする私を 彼は無表情で すかさず捕らえる。 
手足をばたつかせ逃れようとするのに その抵抗も空しく彼は私を 
もとの光りさす窓辺へ連れ出す。

窓際では やめて・・!
仲間に見られてしまうかも知れないのに。

硝煙の匂いと 仄かなムスクの香りとが私を取り囲む。
そして、皆に見せつけるようにして 彼は私を窓辺でおしいだき
私のこめかみに・・そして 首筋に唇を寄せてくる。

こんなことをして どうするの。
そうして ・・・私に 1秒でも淡い期待なんか 持たせないで。
彼はそうしてアピールしておきながら・・
・・きっと下からこちらを見上げる兵士達に ちらりと視線を落としてから・・
思わせぶりにカーテンを閉めるのだ。

だけど。嗚呼。

いつもそうなの。

カーテンを閉めた後は。
彼は少し憂いを含んだ笑みで私を見つめ そして スッ・・と視線を逸らして私から離れた。
そうしておいて 彼は豪奢な飾り棚からブランデーを取り出し グラスに入れてひとり飲み始める。

(・・・)

私は彼の気が変わらないうちに 向こうの壁際まで走り逃れ 
そんな彼を 立ちつくしたまま 見つめている。

彼は・・・それ以上のことはしない。

私と彼との間は 今までそれだけ。
それ以上は 一切なかったのだ。

軍の上官が捕虜から気に入った娘を引き抜いて自分の側に置く、というのは
この戦争では お互いの国で 良く聞く話だった。
私も 畑で強制労働させられているときに 彼の目に止まり そこから連れ出された。

炎天下のとうもろこし畑で 汗だくになって働いている私の腕を 彼はいきなり掴んで。
「・・・名前は?」
怖いもの知らずな私は答えなかった。代わりに思い切り彼を睨み付けた。
私は、あんたなんかに仕えてやらないわ・・
そばにいた先輩が助け船を出すつもりで私の名前を彼に教えてしまった。
そして・・・今 私はここにいる。

中佐で 1個中隊の隊長、でもある彼は 比較的広い個室を与えられていた。
私はこの部屋に来てから ハンストもした。
もとの収容所へ戻して欲しいと懇願もした。

だが全ては無駄に終わり
「逃げ出す気があるのならば体力を付けることだ 咄嗟の時に動きがとれないようでは困るぞ」
彼はそう言って私に食事を勧め
「私の元に来たことを知ったら おそらくお前の仲間達はお前を冷遇するだろう もう帰る場所はない」
痛い事実を的確に指摘する。
確かに・・・
私は少し前の、収容所にいたときの出来事を 思い出す。
一夜若い下士官に連れ去られ 翌朝泣きながら戻ってきた友人に 皆は何故か冷たかった。
『どうせあの兵士と美味しい物を食べて 温かい場所で休んできたのだろう?』
それは凍てつくように寒い夜が明けた朝のこと。
そんな何処からともなく流れてきた 夜の凍った空気よりも冷たい仲間のささやきを 
私は決して忘れることが出来ない。
違う。彼女はすごく辛い思いをしたはずなのに。
・・・とても とてもショックだった・・・

「ならば何故私をここへ連れてきたの?私を憐れんでいるの?」
彼の部屋へ連れ込まれ 私が悲鳴のような声で彼に言葉で斬りつけると 彼は少し眉を曇らせる。
「私を哀れに思うのだったら 他の捕虜にも自由を与えてよ!」
「・・・私は お前だから助けたのだ 他の者は要らない」
それ以上は、私がいくら何を言っても 彼は何も語ろうとはしなかった。

広いベッドで彼と眠ることを拒否し 部屋の隅にうずくまる私
彼から簡易ベッドを勧められても首を横に振った。
だが。
連れ去られパニックを起こした私も 1週間ほどで落ち着いてくる。
・・・そういえば あの人 私を一度も抱いていない・・・
私が落ち着くのを待っているの?
それとも・・・
私の頭の中に 次第に疑問が渦巻き始める。

(どうして私を・・ここへ連れてきたの?)
どうして 私を抱かないの?

でも それを問いかけた途端に 彼が変貌してしまうのではないかと恐れ
私は押し黙る。

表向きは 彼の愛人。
だけど やはり今日も彼は何故か 私を抱こうとはしない・・

ある日、いつものように部屋の隅でうずくまり眠ったはずの私が
広いベッドの上で目覚めたことがあった。
「!!」
驚き夜明けに飛び起きた私。だが・・・
着衣は乱れた様子もなく 傍らに彼の姿もない。
ふと見れば、こちらに背を向けて簡易ベッドに眠る広い背中が。
おそらく彼が眠り込んだ私を抱き上げて広いベッドに入れ
自分は簡易ベッドに入ったのだろう。
背の高い人が窮屈、だろうに・・

その日から、私はおとなしく簡易ベッドを使わせて貰うことにしたのだった・・


つづく


Next

閉じる
◇小説&イラストへ◇