『動物園に行こう Ver.1〜パラレルトゥナイト 零れ話風〜』




蘭世とカルロは大きな公園に来ていた。
久しぶりの青空に蘭世ははしゃいでスキップをしている。
そしてひさしぶりに二人きりになれた事を喜んでいた。

『こちらポイントA。動物園から出てこられた。横の広場に向かわれるようだ』
『こちらB。ラジャー。こちらも移動して護衛準備する』

二人きり、といっても二人のムードをぶちこわさないように
最大限の気を遣いながらボディーガード役の部下達が
あちこちの茂みなどから
ボスとその婚約者の身の安全を確保していた。
そんなことは部下達にとってすでに日常茶飯事のようだ。


ポイントBにいた部下が広場へと向かう。
二人の姿が少し離れたところに見えてきた。
蘭世はしっかりカルロの腕の中だった。

(はぁーいつも仲むつまじいことで。ごちそうさん)
部下は木の陰で周りに聞こえない程度につぶやく。

「ん?」
蘭世が突然頭に手をやりなにか慌てているようである。
次に蘭世はカルロから離れ今来た道を走りだした。
カルロは黙ってそれを見送っている。
(忘れ物でもしたかな・・・・?)
とりあえず動物園に残っているだろうポイントAに連絡を取る。
『こちらポイントC。ポイントAまだ動物園の中か』
『こちらポイントA。もう少しで出るところだ』
『蘭世様が忘れ物をしたようだ、動物園内へ戻って行かれた』
『了解:護衛続行』

ところが。
待てど暮らせど蘭世は戻ってこない。
『ポイントA。どうした』
『それが・・・』
蘭世をある場所で見失ったというのだ。
一同はあわててポイントAのいる場所まで向かう。

そこには。

カバが2頭倒れていた。


皆さんは陸に上がったカバをご存じだろうか?
あの重い巨体。
のそりのそり という形容を想像するだろう。
だが、ひとたびカバが意を決すると
イノシシのごとくものすごい勢いで突進してくるものなのだ。

雌のカバが檻から飛び出し、パニックになり走り出したらしい。
たまたまその行く先に蘭世がつっ立っておりぶつかったのだ。
だが、蘭世は吸血鬼の本能でカバに噛み付き
はねとばされる難を逃れたのだった。

だが、何故か2頭とも気を失っていた。
飼育係が蘭世の方を麻酔銃で撃ったため気を失ったらしい。

「!・・・・?」
カルロと部下達は2頭のカバを遠巻きにする。
どっちかが蘭世らしいのだが・・・
(一体どちらなんだ・・・??)

ここにいるのは、蘭世に噛み付かれ昏倒したカバと
麻酔銃で眠っている蘭世が変身したカバだ。

変身するところを見ていなくて幸いだ。
100年の恋も冷めるところだ。
今でも蘭世=カバ だとおもうと頭がクラクラする。
カルロは青筋を立ててこめかみを押さえていた。
しかし。
カルロは2頭のカバのそばに飼育係の姿を認めた。
「しまった!」
カルロは隣にいた部下に素早く指示を出す。
「コショウを用意せよ」
「・・・は?」
「調味料のコショウだ!なにをやっている。時間がないのだ」
「・・はっ!!」
早く蘭世の変身を解かないと蘭世も凶暴なカバと一緒に
カバ舎に入れられてしまう。
「とりあえず時間を稼がなくては・・!)」
カルロは意を決し、カバのそばにいる飼育係の男へと近づいていった。

「・・・2頭確保できたぞ!早く搬送車を用意してくれ」
飼育係の男は無線で仕事仲間と連絡を取っていた。
「そこの飼育係」
「?なんですかお客さん?危ないから離れて・・」
「1頭はわたしのペットだ」
「はぁ!?」
「散歩につれてきていたのだ」

横から突拍子もないことを言われ、飼育係は面食らってしまった。

・・・カバがペットだと?
おまけに”散歩”?

(こいつ ひょっとして頭がおかしいんじゃ・・)
飼育係は男を頭の上からつま先までまじまじと見た。
しかし身なりは自分達などよりもはるかにきちんとしているし、
表情もいたってまともだ。
しかも映画俳優のように格好いい。
遠巻きにしている黒スーツの男達はきっとこの男の部下かなんかだろう。
(・・・ちょっと用心した方がよさそうか・・・なんか雰囲気やばいぜ?)

飼育係はとりあえず適当にその男の相手になる。
「兄さん、カバなんて普通の家じゃあ滅多に飼えるもんじゃあないぜ」
「・・・私の屋敷には専用のプールが有る」
「そりゃ驚いた・・・!!」
(なんだよ 最近の金持ちの道楽か?・・・変わってるなあ)

見ればすでに飼育係がそばにいて針を抜いたらしく
どちらが蘭世なのか既に見分けがつかなくなっていた。

「どちらを撃ったのだ」
「へ?・・・ありゃ どっちだったかな?!」

飼育係は針を打ち込んだあたりの肩を確認していた。
だが、針跡はカバの厚い皮のしわの下に埋もれているようで
全く解らない。

「困ったな・・・どっちがうちのカバかな?」
飼育係は次にカバのお尻側へ廻った。
個体を確認しようと、まず雌雄の識別を
しようと思ったのだ。
飼育係だから当たり前の作業だった。
カバのお尻をのぞき込んでいる。
「・・・ランゼに触れるな!!」
カルロは思わず大きな声を出してしまった。
蘭世が他の男に触れられてるような
錯覚を起こしてしまったのだ。

突然のクールなナイスガイの剣幕に飼育係は
驚いてしまった。
思わず手を止めかがんでいた上体を起こし
まじまじとスーツが似合うその男の顔を見る。
「兄さん、そんなにこのカバが好きなのかい・・!?」
「当たり前だ」
カルロは今度は普通の声で堂々とそう答えた。
(こいつ、カバフェチ??)
カルロのその様子にさらに目を丸くする飼育係。
飼育係はカルロに対する胡散臭さを一気に倍増させてしまった。
カバに対する愛着と言うよりゆがんだ愛を感じてしまったのだ。
飼育係は苦笑する。
「兄さん、でも個体を確認しなきゃならねえから、少し我慢してくれよ」
「・・・」
無表情のカルロをちらと確認すると、続けて飼育係としての
作業を続け始めた。
(部下がコショウを持ってくるまでの間だ。時間を稼がねばならぬ
 今はしばし我慢だ・・・)
カルロは思わず両手を拳にして握りしめていた。
その拳がわずかに震えている。
だが努めて冷静にしていた。

「ふたごみてえだなぁこりゃ!見分けがつかねえや」
飼育係は目を白黒させていた。
当たり前である。
蘭世が姿を”コピー”しているのだから。

部下のひとりが近くの喫茶店からコショウを持ってきた。
「遅い!」
「も・・申し訳有りません!!」
他の部下が飼育係に声を掛け、気を逸らしているうちに
一気に両カバへコショウを振りかける。

しかし。

(おまえ達〜!!!)

麻酔がきつかったのだろうか。
どっちのカバも曝睡しているらしい。
いっこうに何の反応もない。
くしゃみはおろか目覚めもしない。

結局、どっちが蘭世なのかわからないまま
2頭のカバは動物園内のカバ舎へと入れられた。
カバは蘭世を入れて全部で4頭だった。
狭いカバ舎が1頭増えたことで余計窮屈に見える。

(こいつ カバに ランゼって名前つけてたよなあ)
飼育係は掃除をしながらちらちらとカバ舎の横で腕を組み
壁のそばに立つナイスガイを盗み見ていた。
俯き加減で身じろぎ一つしない。
つま先ひとつ、指先ひとつとっても隙がない。
実に優雅な立ち姿の彼は、
獣臭さぷんぷんのカバ舎とは実に不釣り合いだった。

カルロはカバになった蘭世の麻酔が切れるのをじっと待っていたのだ。
半日は麻酔が切れないから一度帰宅してはと飼育係は勧めたのだが
カルロは頑として側にいると言って聞かなかった。

(あんなにいい男なのに、カバと一緒に泳いじゃったりしてるのかねぇ・・・)
『ランゼにさわるな!』と言った剣幕を思いだし、
草引きをしている手が止まる。
(添い寝もしてるんじゃあ・・・)
いっ、いかん。
カバに寄り添い横になるナイスガイの妄想を振り払って
飼育係は作業を続けた。

(・・・!)

突然壁により掛かっていた男が顔を上げた。
蘭世の麻酔がようやく切れのだった。
(ああよく寝たー!)
カバの蘭世はのんきにひとつ大あくびをする。
目覚め爽快。
(・・・あれ?ここは?)
立ち上がってキョロキョロする。
「ランゼ!」
カルロは起きあがったカバに向かって柵の向こうから声をかける。
(あっ!カルロ様!!)
カバの姿の蘭世はどどどどど・・・・と走ってカルロの側へいく。
その巨体は柵を壊しそうな勢いだ。
柵ごしに蘭世はカルロに鼻をこすりつける動作をする。
カルロはその鼻をよしよしとなでていた。

飼育係はその一部始終を見ていた。
彼はカバに愛着があった。
自分の仕事に誇りを持っていたから
カルロになつくカバを見て、カルロが同士に思えてきた。
非常にうさん臭く思っていたカルロを見る目が変わる。
へへへ・・と飼育係は嬉しそうに笑う。
「兄さんよぉ。カバも幸せそうだな。よかったな」

(もう変身を解いていいー?)
(だめだ。飼育係が見ている)
(ええー!! もうイヤよこんな姿っ)
(もう少しの我慢だ)

動物園から搬送用のトラックを借り、カバの蘭世を乗せて屋敷へ向かった。
カルロは・・・乗ってきていた黒塗り高級車の中だ。
トラックの後ろについて走り出す。

「また遊びに来いよー」
飼育係はそう言って手を振り見送った。



夕暮れ時。
見慣れないトラックが屋敷内に入って来て
留守番をしていたベン=ロウは訝しく思っていた。
玄関でそのトラックを迎える。

(なんでカバなんか積んでいるんだ!?)

しかも、後続にいた自動車からカルロが降りてきたのだ。

厄介なことになったので帰りが遅くなると聞いてはいたのだが。
ベン=ロウは目を白黒させながら帰宅したボスに歩み寄る。
「お帰りなさいませ・・・ボス、まさかこのカバをお飼いになるのですか?」
「それがどうした」
「いや、その・・・・」
ベンは冷や汗を流し、ハンカチを取り出してそれを拭きだした。
(どういうお考えなのだろうか・・・まさか蘭世さまのおねだり!?)
だとしたらとんでもないカバ・・・いや、バカ娘だ。
「あっ・・・何故このようなところで・・・ボス?」

カルロはベンを無視し他の部下に指示を出しカバを玄関に下ろした。
カバは自動車と同じくらいの大きさだった。
カルロはスーツのポケットに手を差し入れ、小瓶を取り出した。
カバの顔の前でその瓶を振っている。

はっくしょおおおん。

カバが迫力のあるくしゃみをする。
すると。
ぼわん、という音と共にカバのいたところにかわいらしい娘が出現した。

「蘭世様!?」
「え・・えへへ・・・ベンさん、ただいま」
ちょっと上目遣いで、照れくさそうに小さく手を振っている。
ベン=ロウはその姿に呆然としている。
カルロは。
くっくっくっ・・・・と指を額にあて、
優雅な仕草で笑い始めた。

「笑わないでよぉ・・・私もあんなのはもうこりごりよぉ!」

蘭世はぷうっとむくれて拗ねた顔をカルロに向ける。
ちらっ とカルロはそれを見返し、今度はあっはっは・・・!と声を立て
身体を二つに折って笑い出した。

部下も一緒に合わせて笑い出す。
蘭世は拗ねて顔を赤くしていた。
また、ベン=ロウも呆然としたまま最後まで笑わずにいるのだった。

後日。

動物園から再びトラックが屋敷に入ってきた。
それにはカバ用のエサが山と積まれていた。
飼育係からのプレゼントらしい。

「ランゼ、ありがたく頂いておきなさい」
「カルロ様ったらあっ!!」



・・・おあとがよろしいようで。








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