パラレルトゥナイト零れ話 『Z(ツェット)』



(4):ショートバージョン


「しまった!」

男たちがそう叫んだ。
そう、蘭世はがけの向こうの海へと身を躍らせたのだ。



男達が絶壁に駆け寄る。

ひときわ大きい波音がした気がした。
そこには暗闇と白い波しぶきがあるだけだった。

(夜の海に飛び込むなんて、無茶なこと判ってる。
 でも。もう捕まりたくない。)
(カルロ様。どうか、私を見つけて・・・)

暗転する意識。
蘭世の身体は夜の海底へと沈んでいった。





カルロの優秀な部下達は即座に蘭世が
捕らわれている場所を突き止めていた。
情報攪乱工作がなされており偽りの情報がいくつも飛び交う。
その中で冷静に1本の正しい糸を探り当てる。
答えは・・・黒海近くに建っている廃墟だ。

異国の地で取引についての交渉をしていたカルロだったが、
部下から異変を聞き交渉を中断してルーマニアへ戻ってきていた。

モーター音が静かな船を用意し、明かりを消して黒海を渡る。
廃墟近くの海岸に乗りつけ、そこから乗り込むつもりだ。
船に乗っているのはカルロと数人の部下だった。
もちろんベンも乗っている。

船は黒く静かな波の上を滑るように走る。
カルロは甲板から行く先を凝視していた。
落ち着かず、船内などに入っていられないのだ。
冷たい風がカルロの髪を強く打ちなびかせていく。
「ボス。」
ベンが後ろから声をかける。
「今入った情報では、手下どもが沿岸で騒いでいるとのことです、
接岸するには今少し時間をおいた方がよいかもしれません」
それを聞きカルロは振り向かず答える。
「待っている時間などない」
「・・・では、場所を少しずらしますか」
「西へ300mほど移動しろ。小さな入り江があったはずだ」
「・・はっ」

船はしばらくして船首を西へと向けた。
(ランゼ・・・)
胸騒ぎが止まらない。
どこの組織だろうか。
どんな奴だろうと蘭世を危険な目に
あわせる者は決して許さない。
自分が不在とはいえ学校の中から堂々と連れ去られてしまったのだ。
これ以上の屈辱が有ろうか。
さらには部下達の不甲斐なさにも腹が立つ。
(ただではすまさない・・・・)
カルロは冷静に船の行き先をじっと見つめている。
しかしその身体からは青白い怒りのオーラを立ち上らせていた。

月のない夜である。
カルロは行く先の海岸線に視線を移した。
その視界には黒々とした海が広がっている。

(?)

突然、カルロは少し離れた海中に
なにか闇の黒とは違う色を見た気がした。
緑色の光だ。
最初は淡い光だったがだんだんその光は強く大きくなる。
ついには水面に石を投じたときの輪のように
広がり光ったが、一瞬でそれは
何事もなかったかのように消えてしまった。
カルロの心にある胸騒ぎがさらに大きくなる。

「ベン!船を止めろ」
カルロの怒鳴り声を聞き、船は一呼吸おいて停止した。
「ボス。どうされたのですか」
ベンが再び甲板へ出てくる。
カルロは光の輪があった海中をじっと見つめる。
よく見ると、まだ海中にかすかに緑に光る色が見える。
そんなに深いところではないようだ。

カルロは上着を脱ぎだした。
「どうされるのですか?」
「ここで待っていろ。」
そう言い放つとカルロは夜の海へ飛び込んでいった。
「ボス!」
突然のカルロの行動にベンは面食らってしまう。
思わず甲板からカルロの飛び込んだ海へ
身を乗り出させ海面を凝視する。
カルロはしばらく海面を泳ぎ、ある地点で潜っていった。
だが、ベンは命令通りそこで待つしかない。

海水は思いのほか冷たい。
カルロはそれでも構わず潜り続ける。
近づくたびにだんだんと大きくなる光。

その光の中心に。
胸騒ぎはこれだったのだ。

(ランゼ!!)
キャミソール姿の蘭世が光の中で浮かんでいた。
一体どうして暗い海の中に落ちたのか。
光の正体は蘭世の手にある指輪だった。
カルロはすぐさま蘭世を抱えると
海上へと泳ぎ上がっていった。

「ボス・・・!」
浮上したカルロは蘭世を抱えたまま船へと泳ぎ近づいていった。
それを見つけたベン達は梯子を下ろし、船上へと二人を揚げた。
毛布を二人に掛ける。
「これは・・・!ランゼ様!!」
駆け寄る部下達。蘭世はくったりとして動かない。
カルロは蘭世を床に横たえると状態を的確に調べていた。
「息をしていない・・・」
すぐさま人工呼吸をする。
口移しで、一度、二度・・・。
確実に、回数を重ねる。

ふいに蘭世の眉がぴくりと動いた。
カルロは蘭世を見守る。
「ごほっ、ごほっ・・・」
蘭世は苦しそうに水を吐き出し、息を吹き返した。
「ランゼ!」
「あ・・・カルロ様・・・!カルロ様よ、ね?。よかったあ・・・」
いつも元気な蘭世も身体が冷え切って顔が青白く力無い。
「よかったあ・・・もどれたぁ・・・」
涙がつうっと流れ出る。
痛々しい彼女をカルロは抱きすくめる。
「ランゼ!大丈夫か?!」
「ん・・・大丈夫よぉ。カルロ様のこと信じてたの。
きっと見つけてくれるって」
「・・・飛び込んだのか?」
「うん、無茶してごめん。」
弱々しい笑顔。
「私、逃げ出したの。でも、追いつめられちゃった。
 ・・・でももう捕まりたくなかったんだもん」

カルロは抱きしめる手に力をこめる。
この手に取り戻すことが出来、安堵の表情を浮かべる。
「ボス、とにかくお二人ともお召し替えを・・・お体が冷えます」
ベンに促されてカルロは蘭世を抱えて船室へと向かった。

暖房を強くした部屋で蘭世は毛布にくるまれたまま
カルロの腕からベッドに下ろされた。
「ん・・・」
蘭世は自分で着替えようと思うが
手足が痺れ思うように動かない。
「ランゼ・・・じっとしていていい」
カルロは蘭世の毛布をそっと取り、
身体に張り付いたキャミソールを脱がせる。
蘭世は恥ずかしいとかそう言うことを
考える気力も残っていなかった。
すぐに身体を乾いた暖かいタオルで包み水分を拭い去る。
そうやっているうちに、カルロは気づく。
蘭世の手首、足首に残る縛られた痕が痣になっている。
そして、さらには・・・胸に巻かれた、包帯。
(・・・)
思い切ってそれを外す。
(?!)
包帯ににじむ赤い色。
カルロの心拍数が跳ね上がる。
彼女の背中をそっと見れば・・・。
そこに鞭で打たれたような無数の傷を認めてしまった。
「ランゼ・・・!」
冷え切ったその細い身体を抱きしめた。
その表情は悔しさに歪む。
守ってやれなかったことを心から悔やむ。
同時に、蘭世をさらっていった者達に対する
怒りがさらに増幅するのだ。

細い肩を抱きしめたまま、カルロはつとめて冷静に言葉を紡いだ。
「ランゼ。周りにいた男達の誰かを覚えていないか?」
「・・・私の傷を手当をしてくれた人、通称ツェット 
 って・・・本名は・・・」
蘭世はあの銀髪の男から囁かれた名前を口にした。
「・・って名乗ったわ・・・長い銀髪を束ねたオッドアイの人。
 カルロ様より10は年上だわ」
ここでカルロの顔色が変わる。
(・・・ツェットが!?)
「ツェットがお前に本名を名乗ったのか!?」
「ん・・・顔を見たら、名前を聞いたら生き残れないって言われたけど
・・・私抜け出してきたもん・・・えへへ・・・」
蘭世は弱々しくもカルロに誇らしい笑顔を向ける。

 「ねえ・・・あのひともカルロ様の血縁者なの?」
 「・・・そんな話は聞いたことがない」
 「そうよね・・・名字が同じだからって ちがうわよね・・・」

ツェットはフリーの男だ。
金を積めばどんな危ない仕事も引き受ける。
きっと今回もどこかの組織に雇われたんだろう。
「ツェットさん以外はみんな雑魚、って言ってた・・・ひどい男達よ」
蘭世はそう言うと表情を固くした。
閉じた瞳から涙がひとつ零れる。

恐らく蘭世をむち打ったのは雑魚だ。
しかし何故ツェットは不用心にも蘭世に自らの素顔を開かしたのか。
さらには本名を名乗ったのだ。
今回の作戦にそんなに自信があったのか。
それとも小娘相手と油断したのだろうか。
次々と疑問がカルロの脳裏にわき上がっていた。

カルロは蘭世に清潔な包帯を巻き、
服を着せると静かにベッドへ横たえた。
蘭世は安心した表情で眠りについている。
その表情にひと安心すると
カルロは蘭世の右手にある指輪をそっと外し、
自らの指へはめた。
蘭世を乾いた毛布でしっかり包むと、
自らも濡れた服を着替え、そして立ち上がった。

カルロが再び甲板へ戻ってきた。

ベン=ロウは甲板で次の指示を待っていた。
「ボス。どうされますか」
「・・・予定通り岸へ着けよ」
その発言に少しベンは驚く。
「もう蘭世様は確保できたのですしこれ以上深追いしても・・・」
「雑魚を始末してから引き上げる。主犯格はもう逃げた後だろう」
「でしたらなおさらもう放って置かれても」
「・・・私の気が済まない」
ベンはカルロのオーラが青く怒りに燃えているのを認めた。
・・・きっと誰が止めてもこの御方は行かれるのだろう。

「ベン、ランゼを見ていてくれ。
 ・・・岸へ上がるのは私一人で十分だ」


雑魚と呼ばれた男達は崖下で小舟を出していた。
ボスに死体でもいいから娘を引き上げろと言われたのだ。
ちなみにツェットはもうすでに姿がない。

岸で海の船の様子を伺っている男達がいた。
なにやら自分たちのボスと連絡を取り合っている。
「なにぶん冬の海ですから。へえ、
 波も荒くて見つけるのは困難かと・・・」


ブツッ。

急に無線が消えてしまう。機械を使っていた男は訝しく思う。
「おーい何だよ故障か・・・」
もう一人が近づいてくる人影に気が付いた。
「・・・何だお前!!」
どこかで見たことのある、金髪長身の男。
「お、おまえは、ひょっとしてカルロ!?」
3メートルほどまで近寄るとカルロは立ち止まった。
「私の女が世話になった。礼を言いに来た」
「うわっ!」
男どもはあわててピストルを構えるが次々に暴発する。
かろうじて一人が発砲した。
だが弾は緑の光にはじき返されてしまう。
「ばっ、化け物だ・・・!!」
カルロの怒りの力と、指輪の助力でいつも以上に
強いサイコパワーを発揮しているのだ。

「・・・相手をしてもらえるだけ光栄に思え」

突然最後に残った男の身体から発火する。
そして、暴発で腕をやられうずくまる男達からも。
嫌な叫び声と共にあたりは炎に包まれる。
彼の周りは骸の山となった。

岸の男達を始末すると船を見据えた。
静かにゆっくりピストルを構えると船めがけて発砲する。
そして、当たるはずもない距離なのに命中する。
その途端船が炎上するのだ。
ガソリンに引火して爆発が連鎖して起きる。
男達の叫び声を残して船は全て沈んでいった。

カルロはそれらを一瞥するとくるりと背を向け
自分が乗ってきた船がひそむ入り江へと歩き出した。
その歩調は優雅で、悠然として・・・。
今の惨劇の張本人とは到底思えるものではなかった。




ベンは船室のドアの前で見張りをしていた。
中で眠る蘭世に思いをめぐらせている。

(それにしても、こんな夜の海に飛び込んで、
よくも無事であったことだ。)
前々から不思議な少女であったが、
マフィアの切れ者相手に脱走をし、
さらには崖から夜の海に飛び込むその勇気。
(もっとも、蘭世は自分に永遠の命があるという自負があり、
 危ないことも大胆にやってのける事が出来たのだ。)

「いやあっ!カルロ様助けて!!」
突然部屋の中で蘭世の叫び声が上がった。
(侵入者か?!)
ベンは銃を構える。
「失礼、開けます!蘭世様!!」
バン、と扉を開くと、あやしい人影は何もなかった。
だが、蘭世はソファに横たわったまま
苦しそうに頭を振りもがいていたのだ。
細い腕は空を泳ぎ、助けを求めているようだ。
(・・・フラッシュバック?!)
今日、自分に起きた恐ろしい出来事の記憶を、
夢の中で蘇らせてしまったらしい。

すこし動揺するベン。
(一体どうしたら・・・)
「いやよぅ・・・嫌っ!!!」
それはいっこうに止む気配がない。
蘭世の長い黒髪がうねうねと蛇のように舞っている。
「蘭世様!!お気を確かに!!」
(もう、見ておられん!)
ベンは心を決め、思い切って蘭世に近づいた。
苦しむ彼女の肩を揺さぶってみる。
蘭世は目を閉じたまま涙を流し続けている。

「いやっ! ・・・カルロ様っ!!」
突然、そう言いながら蘭世はがばっと起きあがり、
その細い腕を、肩を掴む者の首へ絡みつけた。
・・・ベンに抱きついてきたのだ。
ベンは大慌てだ。
「らっ・・蘭世様!!私はダーク様ではありませんっ」
(もしこんなところをダーク様に見られたら・・・!)
あわてて引き剥がそうとするが離れない。
ベンは冷や汗たらたらだ。

ふと、ベンはそんな間近にいる蘭世の白い首筋に何かを認めた。
(なんだ・・・?)
しみひとつなく抜けるように白い彼女の肌に、赤い痣が浮かんでいた。
(ダーク様の?いや先日お会いしたときは無かったはずだ)
嫌な予感。

(ダーク様が気づかなければいいのだが・・・)

突然、蘭世はおとなしくなり、
くったりと糸が切れたあやつり人形のように動かなくなった。
再び深い眠りに入ったようである。
ベンはほっとして、蘭世をソファに横たえた。
そして、少しでも目立ちませんようにと蘭世の襟元をただすのを
忘れなかった。




< 後日談。>
#中東のとある国。
 外国人ばかりが集まる薄暗いパブがあった。
 集まる外国人は大抵マフィアの関係者ばかり。
 ただ、ここの掟は敵味方無く自由に語り合うこと、
 殺し、喧嘩は御法度と言うことだった。

 ベン=ロウは暗幕の向こうにいる男に声を掛けた。
 「話し合いに応じてくれるとは光栄だ。 ・・・ツェット」
 人なつこそうな表情の声が帰ってくる。
 「なあに。久しぶりだなベン。
  俺もお前さん達と話がしたかったんでね
  ・・・なあ、カルロはいないのか?」
 「今日は私が代理だ」
 対照的にベンの声はきわめて事務的だ。
 その返事に男は明らさまに残念そうな声を出す。
 「楽しみが半減だ。・・・まあいい」

 ツェットは水たばこをふかしているようだった。
 ツェットはベンに酒を勧めたが、ベンは即座に断った。
 「しかしまあ。おまえさんのところのお姫さんは強運の持ち主だね。
  先日別件でボス連中のパーティに潜入したとき見かけたんだが。
  あの娘もうピンピンしているじゃないか」
 男は楽しそうな声で酒を口に運んでいる。

蘭世は人間の倍のスピードで怪我が治っていった。
そして完治した頃、カルロは蘭世を連れて久々の夜会へ出席した。
蘭世は髪をゆったりと結い上げ、背中が大きく開いた
大人の黒いドレスを身に纏っていた。
「若いのによく似合っていたな。・・・あれは絶対
カルロがランゼを餌にしてこの俺をおびき出そうとしてたんだ。」

ツェットは頭の中で蘭世のその可憐な姿を
まったりと思いだしていた。

「背中の傷なんかすっかり綺麗に無くなって。
 俺の早い処置のおかげかな」
軽い口調で男の話が核心に触れた途端、ベンは厳しく切り出す。 
「おまえ、その件で今すぐ撃ち殺されても文句はいえんのだぞ」
「誘拐のことか?・・・まあ、熱くなるな。仕事でやったことだ」
ベンはあくまでも冷静を努める。
だが、この男のペースにはめられそうになり危うい。

「お前を雇ったのはどこの組織だ」
「それを言うわけにはいかない。
 ・・・俺が言わなくてもお前達には
 見当が付いているんじゃないのか」
ベンには確かに見当が付いていた。
だが、だからといってこの男をただ放置しておく気はないのだ。
借りは返してもらわなければ。

ベンは静かに立ち上がる。
「ダーク様はこの件でお前を許すつもりはない。
 首を洗って待っておくことだ」
「まあ、待て。ベン。耳を貸せ」
ツェットもあわてて立ち上がり、カーテン越しだが
ベンの耳に何事かを伝えた。
「これならばお前達の目的は果たせるだろう。
 ・・・俺が言ったことは口外するな」
どうやら、ツェットを雇った組織の極秘情報だったらしい。
その組織をつぶすのに十二分な内容。
「カルロに伝えな。お前達のかわいい女に乾杯!ってさ」
強い酒をあおる男の影がカーテンに映る。
(・・・そんなこと間違っても言えるものか)
ベンは黙ったままだ。

饒舌な男はまた続ける。
「しかしなあ。知り合いのハレムに入れてたらまた
ランゼに会いに行けたのに、残念なことをした」
「!!」
思わずベンは拳銃を取り出した。額には青筋がたつ。
「おいおい、ここではそれは御法度だ」
(ベンはからかい甲斐のある男だ。おもしろい)
ツェットは、そんなことを考えていた。

ベンはふと思い出した。
「おい、お前、何故蘭世様に名と顔を開かしたのだ。」
「それを聞かれると思っていたさ」
待ってましたと言いたげな口調だ。
「俺の仕事は、カルロからあの娘を”奪い去る”、事だったからな。
 それは物理的にでも心理的にでもいいわけだ」

名と顔を開かすと言うことは。
もう生きて返さない(直ちに殺す)、というアピールか
自分の同士として生死を共にするということか
それとも、愛人として側におき逃さないということを示していた。
ならば今回の場合は。
(蘭世様を本気で自分の物にするつもりだったと言うことか?)
ベンは口にしてはならない言葉を喉に詰まらせる。
「日本人なのか?あの娘。たまらなく綺麗な肌をしていた・・・」
ツェットの夢見るような口調。
ベンは堪忍袋の緒が切れる寸前だ。

「黙れ・・・だまれ。ツェット。
 口は災いの元という言葉をしらんのか」
ククク・・・と男の笑い声が低く流れる。
「そうだな。これ以上続けると店を出たところで消されちまうな。
・・・カルロに背中から刺されないよう言っておくが、
俺は最後まで抱いちゃいない。惜しいことをした」
そう言った次の瞬間。
カーテンの向こうの人影は無くなっていた。

「ダーク様をお連れしていなくて良かった・・・」
一人残されたベンは眩暈と共にどっと疲れを感じていた。
やはり蘭世様の首筋に残っていたキスマークはあの男の仕業か。
ダーク様はそれに気づいていたのだろうか?
今日の内容をどう説明しようかとベンはあれこれ考えあぐねる。
下手なことは決して言えない。

そして。
(あんな品性のない男と私に一滴でも同じ血が流れているとは
 死んでも認めたくないものを!)
品性がない、とは言ってもそれは物言いだけで
その男には隠しきれない、育ちの良さから来る気高いオーラが
見え隠れしているのだが・・・

さらにベンの憂鬱はつのる。

あの野郎、勘定まで置いていきやがった。
絶対わざとだ。私をからかいやがって。
ベンはいくつかのコインと共にため息をテーブルの上に残し
その店を出ていった。



おわり

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あとがき
・・・最後にツェットが話題にだすパーティシーンなんですが、実は
柚子様にキリリクで書いていただいたイラストからイメージを頂いて
書きました。
 柚子様のイラストでは、蘭世ちゃんの隣にいる男性はシルエットだけで
不明 なのですが、私の脳内ではしっかりカルロ様に変換されています(笑)


イラストの方は・・・柚子書房様で是非ご覧になって下さいましv
美しいです。



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