パラレルトゥナイト零れ話 『Z(ツェット)』



(5)


中東のある国。砂漠の真ん中にそれはあった。
豪奢な、その国特有の形をした建物だった。
その一室に、蘭世は横たえられていた。
蘭世は高熱で朦朧としたままここへ運び込まれたので
彼女自身は、ここがどのような建物で、どこから
入ってきたか、など一切わからなかった。
そして、気温は40度を超える灼熱の国。
だが、蘭世の連れ込まれたその建物はそれを一切感じさせない
完璧な空調設備を供えていた。

「う・・・ん」
蘭世はぼんやりと瞳をあけた。
ぼんやり、ではあるが意識はきちんとしていた。
・・・何日ぶりなのだろうか。
額にはうっすらと汗がにじみ、前髪が額にはり付いている。
(ここは・・どこだろう・・・?)

ふと見るとベッドの脇になにやら液体の入ったビニールの袋が
つり下げられている。そこから出た細い管は蘭世の左腕につながっていた。
(?これなあに・・・あ、お薬・・・?)
点滴は見聞きしたことはあってもされるのは初めての蘭世である。
でも、それをさわろうとかどうこうしようという気力までは出てこなかった。
そして、自分が今どういう状態か、とかなぜこんな所にいるのか、という
思考は一切浮かんでこない。

突然、コンコン、というノックの音がする。
音の方を見やり、返事をする前にその人影は部屋の中へ入ってきた。
「お姫さん、やっと気が付いたようだな」
・・・蘭世はその姿と声に一気に現実を思いだした。
(ツェット・・・さん!!)
そうだ!私はまだ拉致されたままなんだ・・・
そして、ここは何処なの!?
緊張が一気に蘭世を押し包む。
だが、身体はだるくて動かすことが出来ない。

ツェットは軍服のような物を着ていた。
その男は蘭世の額にひんやりした手のひらをそっと当ててくる。
触れた途端、蘭世はビクッ、と緊張をみなぎらせ目をぎゅっと閉じた。
「ふむ。熱は下がったようだ」
防御一点張りの蘭世にもおかまいなしだ。続けて頬にも触れてくる。
今度は慌てて背を向けた。
「やだ・・・っ!」
「やれやれ・・・嫌われたものだな。」
蘭世の小さな抵抗に、ツェットは苦笑いを浮かべた。
「ま、当たり前か」
蘭世の背に男が遠のいていく気配が感じられる。
(・・・)
ふと蘭世は気が付いた。
自分を縛る物は何もない。
敢えて言うならば細い管(:点滴)だけだ。
(だからといって 安心しない方がいいのかな・・・?)
この”ツェット”という人には用心した方がいい。
この数日で蘭世が骨身にしみたことであった。
いちかばちかで崖からダイビングをしようとしたのに。
この人はなんでそれを引き戻すことが出来たんだろう?
人並みはずれた技を持っている事は確かなんだろうけど・・・。
「縛ったりしないのね・・・私が病気だから?」
「病人だろうと必要があれば我々は容赦しない」
想像以上の冷たい言葉が蘭世の背中に突き刺さる。
蘭世は思わず半身を起こして窓辺に立つ男へ振り向いた。
「・・・拘束しないのは、ここのセキュリティが超一級だからだ。
この前みたいに簡単には逃げだせないから覚えておくがいい。」
そう言ってカーテンをシャッ、と開く。
蘭世はまぶしさに思わず目を細める。
ツェットの端正な横顔がまばゆい日の光に解け消えそうだ。
「この窓だって、開いたりはしないし、割ることもできない」
(・・・)

「この部屋も監視カメラが何台か隠しおいてあるし。」
・・・おそらく蘭世が目を覚ましたのも監視カメラで気づいたのだろう。
そうして男は、にやっと笑う。
「当然、お前さんがここの主人と”好い事”をしてても丸見えさ」
「やだっ・・・!!!」
そうだった!!
ここは”ハレム”なのだ。
蘭世は飛び起きベッドから滑り降りた。
そしてドアへと向かって逃げ出そうとする。
背中に傷の痛みがつきささる。
そして、はずみで点滴を吊していた銀色の支柱が鋭い金属音と共に倒れた。
一瞬蘭世の腕にチクッと痛みが走ったが、蘭世は構わずに飛び出していく。
点滴の管が外れ黄色い薬が床へ流れていく。
「おいおい・・・!」
当然、ツェットの横をすり抜けようとしたときに
その細い身体はキャッチされてしまった。
ツェットは片腕で軽々と蘭世を担ぎ上げてしまう。
「はなしてよっ ちかよらないでぇっ!!」
蘭世はバタバタとだだっ子のように足をばたつかせ、
細い両手で必死に身体を離そうとする。
(噛み付いてやる!!)
蘭世の目に魔物の光が宿る。
・・・だが。

視界の端にこちらを向いている小さなレンズを発見してしまった。
飾ってある大きな花瓶の影に・・・。
(・・・監視、カメラ・・・?)
そういえばこの人・・・ツェット、さんがさっきそう言ってた・・・。
蘭世は暴れるのも忘れ固まってしまった。
だめだぁ。
(変身するところが映っちゃう!?・・・っそれと!)
蘭世は思わず両手で自分の頭を探った。
”例”の、鏡に魔界人の姿を映し出すためのアイテム:リボンを探したのだ。
「・・・あった・・・」
すっかりほどけていたが、堅結びしてあった箇所で髪の毛に辛うじてついていた。
(正体はバレてないよね・・・)
小さく胸をなで下ろしていた。
リボンが付いていないと、無意識では鏡などに姿が映らないのだ。
付いていたので、眠っていたときもカメラに画像が映っていただろう。

「そう・・おとなしくすることだ。無駄なことはするなと、以前も言っただろう?」
そういいながらツェットは急におとなしくなった蘭世を
訝りながらもベッドに横たえた。
「まあ、体力も回復していないはずだし逃げだせはしないとは思うが
 ・・・その割には、やけに元気なことで」
顔をのぞき込まれ、蘭世はぷいと横を向いた。
その横顔に男は唇を寄せ、そっと耳打ちする。
「・・・安心しろ、ここの主人はあと半月は戻らない。出張中さ。」
蘭世の顔にほんの少し安堵の色が浮かぶ。
それを見届けたところに、男は意地悪な提案をするのだ。
「だがお前がここに来たと連絡すれば矢のように飛んで帰ってくるだろうなぁ」
「!?・・・何を言っているの?」
蘭世は驚き思わずツェットの顔を見上げた。
「俺がまだ主人にお嬢さんがここにいることを知らせてないって事さ。
知らせればあっという間にご帰宅だ。楽しみにしてたようだし」
ツェットの顔はあくまでもにこやかだ。
「でっ でも私まだ傷が治ってない・・・」
「あのおやじがそんなこと気にするとは思えないね。
 扱いやすくなって良い 位にしか思わんだろ」
穏やかな顔で、平然とそんな台詞を吐く。
蘭世にはそれが一番恐ろしい。
「傷ついた小鳥を介護するのも、いたぶるのも一興・・・」
ふるふると顔を左右に振り、蘭世は涙をこぼした。
「・・・・知らせないで お願い!!」
ツェットはベッドヘッドに手を掛け、蘭世の顔をのぞき込んで
にっこりと微笑む。
「じゃ、取り引きだ」
「?」
「マラー・ベブース・・・」
「???」
「と言っても無理だろうから。」
不思議な言葉を言われ、呆気にとられている蘭世の隙をついて。
男は彼女の桜色をした唇を奪った。
(!!!)
蘭世は頭の中が真っ白だ。
避けたくても両手両肩を掴まれ身動きできない。
(やだ・・やだよ・・・!!
 唇が違う・・・唇が触れる感触が違う!!)
(か・・・かみついてやりたい・・・)
が。変身したら大変だ。

いつかの香水の香りがまた蘭世に降りてきた。
(嫌だ・・・前カルロ様がつけていた香水と、同じ香りだ・・・)
最近、カルロは思うところがあって定番の香水を変えていた。
実は、ツェットと蘭世の遭遇の一件を意識して
カルロは香水を変えたのだった。

気の遠くなるような長い時間が経った気がした。

「・・・美味だ。」
漸く蘭世は解放された。
蘭世は涙目だ。
(・・・っ!)
手を振り上げ平手打ちをしようとするが、さっ と避けられてしまう。
「ははは。意識を取り戻したばかりの病人にはこのくらいで勘弁してあげよう」
そう言ってツェットはベッドから離れた。
胸ポケットから小さな携帯電話のようなものを取り出すとなにやら片手で操作している。
しばらくすると、奥のドアからイスラム教徒と思われる、
深く布を被った女性が2名入ってきた。
手に雑巾のような物を持っている。
ツェットに指示され蘭世が引き倒してこぼした点滴薬を片づけに来たようだった。

ふと自分の服装が気になって自分を見回してみる。
(////)
アラビアンナイトに出てきそうなお姫様のような格好だった。
おへそが丸出しだ。
(・・恥ずかしぃ〜)
顔が真っ赤になっている蘭世を見てツェットは楽しそうにニッと笑っている。
「お姫さんの世話を頼んである。用事があればその二人に言うといい」
そう言ってその男はその部屋を出ていった。





つづく


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