『蘭世ちゃんのヰタ・セクスアリス』



(4)ニアミス


カルロは廊下をひとり急ぎ足で会場へ向かっていた。
(思ったより時間を取ってしまった・・・)
蘭世はきっと慣れない場所にひとり取り残され、
小さくなっているにちがいない。
急いで戻ってやらなければ。
そう思うと足取りが自然に速くなる。
(会場まではまだ少し距離がある・・・
まったく広い屋敷も考えものだ。)
そんなことを考えていたとき。
「おい、カルロ・・・そこの色男!」
急に横から声を掛けられた。

カルロはムッとして立ち止まった。
声のする方を見ると、少し離れた渡り廊下に銀髪の男が立っている。
カルロはすこし驚いた表情になった。
「Z(ツェット)か・・・?!」
(一体何しに来たんだ・・・)
カルロはその男と面識があるようだった。
「こういうことはやっぱり直接本人に言わないといかんと思ってな」
ツェットと呼ばれた男はニッと笑っている。
「なんのことだ」
カルロは冷静に男に対峙する。だが・・・
「お前の今度のお姫さん、実にかわいいじゃないか。」
「・・・」
カルロはこのぶしつけな発言に眉をひそめた。
(こいつは何が言いたいのだ?)
男はさらにつづけた。
「宝石のように大事にするのも良いが、早く抱いてやったらどうだ。
お姫さん不安がっているぞ」
「ランゼに会ったのか?!」
何か嫌な予感がカルロをよぎり、思わず声のトーンがあがっていた。
カルロが男のいる渡り廊下の方へ行こうとした刹那、男は身を翻し
どこかへ消えてしまった。

(・・・なんだってあいつが・・・ランゼを?!)
カルロは急に不安が膨らみ会場へ駆け出そうとしたそのとき。
「ダーク様!」
ベンがこちらへ足早に向かってくるのが見えた。
「ベン。・・・ランゼは?」
「申し訳ありません・・・こちらのお部屋です」
ベンはカルロに頭を下げ、先導して一室に向かう。
「実はウイスキーを2杯一気飲みされたようで・・・」
そこは狭い応接間のようだった。
蘭世は中央にあるソファに横たわっていた。

カルロは蘭世のそばに膝をついて顔をのぞき込む。
真っ赤な顔をして眠っている。
蘭世は酔いつぶれているようだ。
カルロは蘭世の顔にかかった髪を、そっと梳いて後ろへよけてやる。
と、蘭世の目元にふと気がついた。
(涙の跡・・・?)
言い出しにくそうにベンが切り出した。
「ダーク様、実は・・・」
「ツェットの奴の仕業か」
カルロは振り返りもせずにそう言う。
ボスがそれを知っているとは思いもよらず、ベンは少し狼狽した。
「はい。・・何故それを?」
「あいつは私にも会いに来たのだ」
「なんと!?何の目的でしょうか」
「・・・」
(あの男、妙なことを言っていたな・・・)

《早く抱いてやったらどうだ。 お姫さん不安がっているぞ》
「・・・」
自分がいない間に、一体どんな会話が
二人の間に交わされたのだろう。
泣いていたのは何故?
カルロの中で言いようのない不安が広がり始める。
まさか蘭世から男を誘惑したりはしないだろう。
だったら・・・

「酒を飲まされただけか」
「はっ、はい。・・・あの・・・」
「なんだ」
ベンは言いにくそうにしながら言葉を続けた。
「・・蘭世様を連れ去ろうとしたところを私が止めました」
「!」

ツェットと呼ばれる男はどこの組織にも所属していない。
金を積んで契約すればどんな仕事でも冷徹にこなす男。
カルロも一度その男を雇ったことがあった。
そして相当の切れ者だったのだ。
もしもその男に蘭世を拉致されたら、取り戻すのに
カルロでさえも手こずらされるに違いない。
ベンがいなければあの男に連れ去られていたかと思うと
カルロに悪寒が走る。

よりによって、なんであの男に目を付けられたのかと
カルロは訝しく思う。
(気に入られた?まさか・・・それとも”仕事”か?
いや、仕事だったらわざわざ私に会いに来るわけがない・・)
カルロの頭の中で色々な思考が交錯していた。
そうして沈黙し続けるカルロをベンは見守っていた。

「ん・・・」
突然蘭世が身じろぎをし、とろんとした目を開けた。
「ランゼ。大丈夫か」
カルロはハッとし、思考を止めた。
心配そうな顔をして蘭世の頬にふれる。
『かるろさま・・・?本物?』
日本語だった。
まだ顔が赤い。そして言動がおかしい。
蘭世はむくっ と起きあがった。

『カルロ様あ・・・だっこ。』
突然、蘭世はカルロの首に手を回し抱きついてきた。
カルロは一瞬うろたえる。
実は、蘭世から先に抱きついてくるのは
これが初めてだったのだ。
「ランゼ?」

だが、蘭世はまたそのまま眠り込んでしまった。
カルロはふっ とため息をつき表情を緩ませる。
とにかく今は、無事にこの手に戻ってきたのだから
何も言うことはない。

「連れて帰ろう・・・私の屋敷へ。」

ただ、「Z」の動向を探っておくようベンに指示することは
忘れないカルロだった。





つづく


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