『パラレルトゥナイト:第1話』



(1)月と風

それはある満月の夜のこと。
江藤蘭世は とある大きな屋敷の前庭にいた。
入り口には”新入生歓迎パーティ”という看板が掲げられており、
男女取り混ぜ沢山の生徒がそれぞれに飲み物を手に持ち語りあっている。
そしてこの屋敷はルーマニアのトランシルバニア地方の一角にある。
日本で生まれ育った蘭世にとって初めて立つ異国の地であった。

”わたし、外の世界を見てみたいの!”

そう両親に言ってみたものの、まさかこんな遠くの学校へ行かされるとは思わなかった。
吸血鬼の父 望里と狼女の母 椎羅を持つハーフ魔界人の蘭世。
江藤一家はわけあって人間界で暮らしていた。
蘭世は今まで人間界の学校へは通わずもっぱら家の中で過ごしていた。
教育は小説家の望里と椎羅の手である程度はされている。
15歳の誕生日を迎えたのに未だに魔界人としての能力が芽生えない蘭世に、椎羅が
”世間の風に当てた方が刺激になっていいかもしれないわ。
それに魔界人たる者あらゆる言語を話せなくてはいけないし!”
と望里に大プッシュし、吸血鬼望里の親戚の紹介でルーマニアの寄宿制学校へ行くことになったのだ。

13歳のとき、一度外へ出てみたいとお願いしたときは近所の中学校ということだったのに。
あのときは蘭世に魔界から見合い話がもちあがり、うやむやになってしまったのだった。
(もちろん若すぎるし半人前なこともあって破談になったのだった。)

「〜〜〜もう、帰ってもいいかなぁ・・・退屈だなあ・・・」
最初は日本からのかわいらしい留学生、ということで結構人の輪ができていたのだが、
まだまだルーマニア語がうまく話せないのでいつしかひとりぼっちになっていた。
(折角白のワンピース新調したんだけどなぁ。)
完全に壁の花である。
「こんなことならもっと真剣におかあさんにルーマニア語習っておくんだったぁ・・」
蘭世の誕生日である7月から入学式の9月まで約1ヶ月半椎羅にみっちりしごかれたのだが、
所詮付け焼き刃であるし、蘭世もそんなに物覚えのいい方ではないのだ。
思わずため息がもれる蘭世だった。

今日のこの場所は、学校へ多額の寄付をしている財閥の持ち物らしかった。
財閥の関係者の娘がここの大学部に通っているらしい。
見ただけで高額と思われる彫刻がそこここに置かれている。
ルーマニアの乾いた風がパーティ会場を時折駆け抜けていく。そして蘭世の膝丈のスカートにも風があそぶ。
突然、突風が会場を襲った。
「うわぁっ」「きゃああ!」
あちこちで叫び声があがる。テーブルに置いた紙コップがことごとく吹き飛ばされる。
「あっ!」
その風にあおられ、蘭世の長い黒髪に結ばれていたリボンがふいにほどけ空に舞った。
「やーんっ こらっ待ってー!!」
リボンは風に乗って飛んでいく。蘭世は思わずそれを追いかけた。
まるで捕まえられるものならやってみろといわんばかりに空中で舞っている。
そして会場から離れ、庭園の奥へとひらひらと飛んでいく。
(誕生日におとうさんからもらった 大事な魔界のリボンよぉ・・!もうっ)
蘭世はひとり暗闇の奥へ消えていった。

つづく

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