『パラレルトゥナイト:第1話』



(3)date

(素敵な人だったなぁ・・・)
明るい日差しの中、教室で蘭世は昨夜の不思議な出会いを思い起こしていた。
月明かりの中に映し出されたその人は、とても端正な顔立ちをしていた。
そしてとても優しく澄んだ目で蘭世を見つめ、彼女の名前を呼ぶのだ。
「ランゼ・・・」
時折見せる翳りのある表情も蘭世の頭に焼き付いて離れない。
・・・しかも、いきなりファーストキスを奪われてしまったのだった。
「ひゃーっ;」
顔から火が出る。思わず両手で顔を覆う蘭世。
(私、一目惚れしたかしら・・・)

「・・・昨日から一体どうしたの、蘭世?」
蘭世のルームメイト、タティアナが訝しげに訪ねる。昨日夜自分より先に帰って来ていた蘭世は
ベットに座りぼーっとして、時折ため息を付いていた。
それから時折彼女の表情を見ると、そのたびに赤くなったり青くなったりを続けている。
「なんだか吸血鬼に魅入られた娘さんみたいだわね」
同室になって2週間くらいだが、そのくらいの変化は彼女にだって判る。
時刻は午後1時。昼休みももうそろそろ終わりの時刻である。
「昨日の晩からあなたヘンよ。」
「・・・そんなに私、変?」
「そうよー!さてはパーティーで何かいいことあったんでしょ!白状なさいっ」
「〜〜〜」口ごもるランゼ。図星。
「顔になにかあったって書いてあるわよ!」
観念して蘭世はぽつぽつ話し出した。
昨晩パーティ会場の裏庭で出会った不思議な人のこと。
とても優しい表情だったこと。
たどたどしい蘭世のルーマニア語だったが、タティアナにばっちり通じたらしい。
「・・・で、どうなったの??」
「〜どうなったって、その・・・・」
「まさか最後までいっちゃったの?」
「え??ごめん、わからない。」
ルーマニア語がわからないのもそうだが、
15歳になるまで家の中で暮らしていた蘭世は、
キス以上の事は知らない超ネンネであった。
しかも彼女の想像の範囲はフレンチキス位だろう。
いまどきの女の子としては天然記念物ものである。
タティアナはちょっと説明に戸惑う。
「うーん、じゃあキスはしたの?」
それを聞くと蘭世の顔は、もう真っ赤で湯気が出そうである。それを見てタティアナがさらに茶化す。
「顔にYesと書いてあるわよ!どうなの?白状!!」
ついに観念した蘭世。
「・・・キッ、キスしちゃった・・・」
「きゃ〜〜」

えーっきゃーっわーっと声を上げるタティアナと蘭世に、周りから女の子達が集まってきた。
タティアナが女の子達に状況を話すと、さらに歓声があがった。
「ねえねえ、で、彼はなんて言う名なの?」
「DirKって、言ってたわ。」
「えっ」
とたんに周囲がぴたっ と静かになった。
「本当に?!」
重ねて問われてコクンと頷く蘭世。ざわざわざわ・・・周りが急に深刻な顔をして話をしだした。
蘭世はいまいち状況が飲み込めない。
『・・・みんな、どうしたのぉ・・・』
思わず日本語でつぶやく蘭世。
あの屋敷にいるダーク、といえばダーク=カルロしかいないではないか。
蘭世の話した背格好も彼とそっくりだ。

タティアナがみんなを代表して蘭世にわかりやすいルーマニア語で話す。
「蘭世、その人はだめよ。」
「えっ?!」
「ダーク=カルロはとても危険な人よ。噂ではマフィアのボスよ。」
「・・・キケン????」
ちょっと難しかった。
「あと、まわりに女の人がいっぱいいて、結婚もしているわ」
噂には少々尾ひれが付いている。
「結婚してるの・・・・。」
これは蘭世にも理解できた。頭をガンと殴られたような気持ちだ。
ショックを隠しきれない。蘭世は思わずうつむいてしまう。
「それに、この学校にカルロ様のいとこがいて、彼女も彼のことを好きなのよ。
そして彼女には誰も逆らえないわ。バックにカルロファミリーがあるから。」
タティアナは真剣な目で蘭世を見る。
日本から来たいかにも奥手そうな友人を、みすみす危険な狼の手に渡せない。
「もう、絶対会ってはだめよランゼ!死んでしまうわよ」

ここで午後の始業のチャイムが鳴った。皆それぞれの席に帰る。
(でも、昨日見たあの優しい表情が嘘だなんて思えない・・・悪い人だなんて)
私はやっぱりウブな世間知らずなんだろうか。だまされた? 
昨日からの想いに影がさす。
・・・でも、そんなふうに思いたくない。何かが違うような気もする。
(でも、とにかく、おとうさんからもらったリボンは返してもらわなくちゃ。)
会わないで取り返すには?望里と椎羅に相談するしかないだろう。
魔界の吸血鬼村からもらってきたリボンである。
何の魔力があるのかはわからないが人間に悪用されては困る。
(無くしたなんて言ったらおかあさんに怒られちゃうわ・・・)
あといちどだけ。会ってみよう。そう思った蘭世だった。

つづく

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