(4)太陽と指輪
放課後。
寄宿舎の玄関を出たところで蘭世は考え込んでいた。外出許可ももらい、制服から普段着に着替えた。
・・でも、昼休みの一件が思い出される。
(どうしよう・・・やっぱりタティアナ達の言ったとおり危険なのかな。
リボンもおとうさんに相談して取り戻そうかな・・・)
もういちどあの素敵な人に会いたい。でも、タティアナ達の助言も気になる。
玄関を出て、50メートル程先にある東門を右へ行けば例の屋敷前へ行くバス停である。
しかし迷いに迷って一歩がなかなか出せない。
突然、蘭世の耳にヒュルルルルル・・・・という音が聞こえてきた。
そして音はだんだん近づいてくる。
「?!ひゃあっ!!」
蘭世の右手あたりに何かが当たった気がした。蘭世はおそるおそる右手を見てみる。
「・・・ええーっ!?」
思わず大きな声をだしてしまう。
右手の薬指に、見慣れない指輪がはまっていたのである。
それにはカルロの深い翠の瞳と同じ色の石がついていた。
周りの生徒がじろじろと大きな声を出した蘭世を見ている。
蘭世は咄嗟に顔を上げる。すると、東門の脇に長身の人影が見えた。
サングラスはしているがひとめで判る姿である。
(・・・カルロ様!)
門へ向かって思わず駆けだす蘭世。さっきの迷いはどこかへ消し飛んでいた。
「あの、こんにちは。迎えに来て下さったんですか!?」
その問いに微笑みで答え、カルロは優雅に手をさしのべる。
彼の金髪は日差しを受けて明るく輝いていた。
「さあ、私と一緒に行こう。車に乗りなさい」
「・・・はっ、はい」
昨夜と同じように黒塗りの高級車が脇に止まっていた。黒スーツの部下がドアを開ける。
「ありがとう・・・」
ちょっと恐縮しながら乗る蘭世。
続いて反対のドアからカルロが乗り込むと、車は滑るように走り出した。
カルロがサングラスを外すと、昨晩見た綺麗な翠の瞳が現れる。
素敵な人の隣で蘭世の心臓はドキドキと高鳴りだした。
(わたし、たぶん顔真っ赤だわ・・・)
思わず手を胸のあたりで組む。と先ほどの指輪が指に触れた。蘭世にはサイズが少し大きい。
「あの・・・」
「?」
カルロは優しい眼差しを蘭世に向ける。
「この指輪、カルロ様が下さったの?」
蘭世はやっとの思いでそう言う。
すると、カルロは蘭世の指輪がはまった右手をそっと取り、手の甲に口づけてこう囁いた。
「・・・私の花嫁」
「!?」
蘭世は自分の耳を疑った。
『今、なんて言ったの!?』思わず日本語が出る。カルロは微笑みながら続ける。
「一緒に夕食はどうかな?それと、その前にちょっと寄りたい店があるのだ」
「あ・・・」
はぐらかされたようだ。蘭世は動揺し、はい、ありがとうございます・・と
口ごもりながら答えうつむいた。
しばしの沈黙のあと、少し落ち着いてきた蘭世は考えを巡らせる。
(・・・それにしても、なんでこの指輪は飛んできたのだろう。
その犯人がカルロ様だって、なんでそう思えたのだろう・・・。)
(昨日噴水の中に落ちなかったのも私の力じゃなくて、カルロ様が助けてくれたのかしら。
だとしたら?カルロ様も魔界人なの?・・・だったらもっとうれしいのにな)
(うれしい? 私ったら何考えてるのかしら!結婚している人だというのに。
不倫っていうんでしょそういうの!あーもうっ)
謎はますます深まるばかりである。頭を思わず抱えてしまう蘭世。
そうやって赤くなったり青くなったりしている蘭世を、カルロはちょっと不思議に思ったが
それでもじっと見つめていた。
昨日月明かりの中で出逢った少女は妖精のようだったが、日差しの下で見ると日本人にしては肌が
ぬけるように白く桜色の頬と口元が愛らしい。また違った明るい印象を持った。
カルロから見れば13も年下の蘭世。
その彼女を怖がらせないよう、傷つけないよう、自分の思いを伝えるにはどうすればよいか
・・・そんなことを彼は考えていた。
今まで出会ったどの女性に対するよりも何倍も真剣である。
カルロもある意味では初恋だったのだ。
車は落ち着いた雰囲気のブティックの前で停まった。いかにも高級そうな感じだ。
ショウウインドウには店の雰囲気に調和した品の良いワンピースをまとったマネキンが並んでいる。
カルロに招かれて蘭世もその店に入る。
中には洗練された服装の店員達が数人。
「いらっしゃいませ。」
「先ほどの品を。」
「かしこまりました。こちらのお嬢様ですね。試着室へどうぞ・・・」
店員が蘭世をカーテンの奥へ促す。蘭世が不安げにカルロを振り向くと、
「大丈夫。ここで待っている」
とカルロはにこやかに答えた。
試着室へ行くと、すでにエレガントセット一式が用意されていた。
蘭世の歳よりもう少し大人用のデザインに思える。
ちょっと嬉しくなった蘭世は、それらを身につけ始めた。
サイズはまるで自分用に採寸して作ったようにぴったりである。靴までぴったりで驚きである。
(あ!これ!)蘭世の例のリボンも一緒に入っていた。
(よかったああ。返してもらえたあ)
髪を少し後ろへ掬い、束ねてリボンを結ぶ。
鏡で全体を見てみると、そこには今までに見たことも無い自分が立っていた。
それと、リボンに服がコーディネイトされていることに気づく。
「よろしいですか?では、次はこちらへ・・・」
「?」
行ってみるとドレッサー室であった。お化粧なんて始めての蘭世。さらに胸がときめく。
「お待たせしました。」
店員と一緒に先ほどの店内へ戻る。カルロは椅子に腰掛け英字新聞を読んでいた。
店の奥から出てきた蘭世はうっすらと化粧をし、昨日見たときよりさらに女らしくなっていた。
そして、選んだ服がこれほどまでに似合うとは。思った以上であった。
(天使のようだ。)
カルロは思わず眼を細めた。
「良かった。よく似合う・・・」
「うれしい・・!」
(でも、こんなにしてもらっていいのかしら?)
ちょっと不安そうにカルロを見ると、
「私がそうしたいと思ったのだ。受け取って欲しい」
そう言って蘭世の肩を抱く。二人はそのまま店を出て再び自動車に乗り込んだ。
自動車は市街地を抜けていき、次第に建物がまばらになっていった。
再び自動車が停まった。
そこは町はずれで、ぽつんと味のある建物が建っていた。
そこは隠れ家のようなレストランである。
最初はこちこちの蘭世だったが、食事が進むにつれ カルロとあれこれ会話が弾むようになった。
蘭世はルーマニア語がいまいちなので、ゆっくりと話は進む。
身振りも入って、お互いの言ったことを確かめあいながら。
それもまた、まるでゲームのようで楽しい会話である。
「私、カルロ様は結婚してるって聞いたんです、本当ですか?」
「・・・誰から聞いたのだ?」
「学校の友達です!」
カルロはクックック・・・と頭に手をやり笑い出した。
「おまえの学校には大した情報網があるのだな。参った。」
「ジョウホウモウ?」
難しい単語はまだ駄目な蘭世。
「おまえの友達はいろいろなことを知っている。」
「やっぱり結婚しているんですね?」
「正確には、結婚していた、だ。1年も前の話だ」
別れた、という手振りもつけてカルロは答えた。
「え? じゃあ、奥さんは・・・」
「2年前からどこにいるか知らない。たぶん幸せにしているだろう。それに・・・」
さらに続けるカルロ。
「たとえ結婚していたとしても、別れてでもおまえを妻に迎えたいと思っている」
折角大事なことを言われているのだが、蘭世はまだはっきりと理解できない。
今のカルロのせりふに、なんと言ったのと蘭世は問いかけたが、
笑顔でごまかされてしまった。
つづく