『パラレルトゥナイト:第1話』


(5)Te iubesc.

食事が済むと、レストランの周りを一緒に散歩する。
小高い丘の上に大きな木がある。そこへ二人は歩いていった。
周りの景色が一望でき、低い山並みと、古い家々があちこちに見える。
ヨーロッパの9月はまだ日が落ちるのが遅く、まだ夕方になったばかりといった風情だ。
そして、次第にムード満点の黄昏が広がっていった。

『素敵なながめ・・・!』
つい日本語で蘭世が言う。
無邪気に喜ぶ姿を見てカルロはその肩を引き寄せた。
蘭世も笑顔でカルロを見上げる。
カルロの愛しげな視線とぶつかり、蘭世はその眼に釘付けになってしまった。
しばらく見つめ合う二人。・・・そして、再び、二人の唇は重なった。
今度は蘭世も逃げない。いちど唇を離し、また重なる。
蘭世の唇は咲いたばかりの花のようだ。
はじめは堅かったつぼみがキスをするたびにすこしずつ可憐に開いていく。
そして蘭世はつま先だって健気にカルロのキスに応える。
そんな彼女にカルロも我を忘れるほどだった。
次第に蘭世は足の力がなくなり立っていられなくなる。
よろめいて木にもたれかかったが、カルロの腕がまた彼女を支えた。

最近まで学校に行かず家で過ごしていたから 恋愛なんて小説の上の絵空事だったのに。
さらにカルロの艶めきは蘭世には未知の世界であった。
黄昏時は逢魔が時。
自分の知らない世界が次々に扉を開けて蘭世を飲み込んでいく、
ルーマニアに来てからはまさにそんな日々だ。

長い長い口づけの後、カルロは蘭世をそっと抱きしめながら、カルロは蘭世の耳元で囁いた。

『愛シテイル。結婚シテクダサイ』
『えっ!』

蘭世は驚いた。日本語だったのだ。カルロは片言ながらも日本語で蘭世にプロポーズをしたのだった。
『愛シテイル・・・』
再びカルロはそう言いながら蘭世の手を取り、自分の頬にそっと引き寄せる。
あまりの展開の早さに蘭世はついていけず頭の中が真っ白になっていた。
ただでさえカルロの引き込まれるような熱い口づけの後で立っているのもやっとなのに。
だが、引き寄せられた手からカルロの想いがしみこんでくるように思えて
蘭世はどこか切ない気持ちになっていた。
(そばにいるだけでいい。私の妻になって欲しい。愛しいひとよ・・・)
頭の中に声が響いてくる。
(こんなに想われているの?私・・・まだ出逢ったばかりなのに。 怖いわ・・・)
(おまえはそのままのおまえでいいのだ。 不安がることはなにもない)
あれ?とここで蘭世は気が付いた。
(今のは、カルロ様の心の声・・・?!)
(私の声が聞こえたのか?)
(はい・・!)

カルロも少し驚いて蘭世を見る。カルロ自身は元々相手の気持ちを読みとる力がある。
(ひょっとして、この指輪のおかげなのかしら?)
蘭世は不思議な指輪がはまっている自分の手を見た。
(その指輪は、代々我が家に伝わるものだ。超能力のあるものが使うと力が発揮されるが、
ふつうの者が持っても何も起こらないのだ。)
カルロは蘭世の顔をのぞき込む。
(おまえも、私の仲間なのか?)
蘭世はどう答えようか迷ってしまう。
(あなたは、人間なの?)
蘭世は即答をやめて逆に問いかけると、カルロは苦笑した。

この質問は、蘭世とカルロでは少し受け止め方に温度差がある。
蘭世には人間なのか、それとも魔界人なのか、というつもりの問いかけだが
カルロにとっては彼の超能力を見てしまった凡人から奇異の目で見られたときに
吐き捨てられる台詞だったのだ。
(人間だが、超能力を持っている。我が家はそう言う血筋なのだ)
人間なのね・・・。がっかりする蘭世。ということはカルロは魔界のことは知らないのだろうか。
(おまえは、人間なのか?)
今度はカルロがちょっとからかったように問いかける。
だが蘭世にとってこれは大変困った質問である。
魔界のことは人間に知られてはならないと、両親から何度も念押しされているのだ。
だが、この男性は蘭世にプロポーズしているのである。
結婚するとなれば全てを話さなければならないだろう。
嘘をつくことはできないが、まだ、正直に言うには出逢ってから日が浅すぎる気がする。
よく考えれば昨日出逢ったばかりである。

しばらくの不自然な沈黙のあと、蘭世は言葉を探しながら心の声で答える。
(あなたと結婚できたら、私きっと幸せよ。とてもうれしい!
でも、私あなたと出逢ったばかり。それに私はまだ学校に入ったばかりだし、
結婚なんて考えられない・・・)
(それでは、婚約だけでもどうだろうか。 他の申し入れは受けないで欲しい)
(あ!それは、もちろん・・・!)
思わずうんうんと頷く蘭世。
(だって、私、あなたのそばにいたい。あなたのこともっと良く知りたいわ!)
蘭世は自分の感情には以外と素直なのだ。
(ありがとう・・・私は幸せ者だ)
カルロは思わず蘭世を抱きすくめる。
その途端、カルロの熱い想いが蘭世に伝わってくる。
と同時に、カルロにも蘭世が戸惑いながらも自分との出逢いに喜び、
幼いながらも愛しく想っていてくれる事が感じ取られていた。
(オマエハ ウンメイニデアウタメニ トオイクニヘキタノダ)
蘭世の耳に風がそう囁いているような気がした。

ヨーロッパの夏にも夕闇がせまってきている。
蘭世も学生の身なので帰宅時間は守らなくてはならない。
(私、そろそろ帰らなくちゃ・・・)
蘭世はちょっと残念そうにつぶやいた。
(また明日も会いたい。)
カルロはそう言う。蘭世もすぐにYes(ダー)と答える。
「車で送ろう。」
そうカルロが言葉で伝え、蘭世も促されて丘を降りようと一歩足を踏み出す。
「!!!?」
しかしその途端、蘭世はへなへなとその場へ座り込んでしまった。
「大丈夫か?!」
『あはは・・・腰が抜けちゃったみたい』
蘭世は恥ずかしくて赤くなってしまった。
(かわいい・・・!)
そんなウブな蘭世を見てカルロは思わずクスクスと笑ってしまう。
そしてさらに恋心を募らせるカルロである。

「連れていこう!」
笑顔で軽々と彼女を抱きかかえ丘を下っていった。そして、その坂の途中で彼女にこう囁いた。
「おまえがたとえ悪魔でも吸血鬼でもかまわない。わたしの愛は変わらない」
カンの鋭いカルロは蘭世の不自然な沈黙に何かを感じ取っていたのだった。
ルーマニアは吸血鬼伝説の息づく国である。
吸血鬼と言ったのはただの偶然だが、これを蘭世が理解していたらどんな顔をしたであろうか。
(・・・カルロ様、今なんて言ったの?)
またもや難しいルーマニア語で、煙に巻かれた蘭世であった。
判らない方が幸せであるからこのままで良いのだ。
(明日もまた、迎えに行くよ。)


蘭世は帰宅門限ぎりぎりに寄宿舎へ到着した。
自分の部屋へ赴くと、そこには腕組みをして 怖い顔をしたルームメイトが待っていた・・・。

第1話 完


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