(3)変身
蘭世はナディアに噛みついた。
その場へ崩れ落ちるナディア。
蘭世は今 自分がしたことに茫然としていた。
(え、私、今、かみついた・・・?!)
突然、蘭世を激しいめまいが襲う。
(やだ、体がバラバラになるみたい!)
しばらくすると・・・めまいが落ち着いた。
「ふう・・・」
壁にもたれてなんとか体を起こす。
ふとトイレの鏡を見ると、何か違和感を感じた。
「あっ!!!」
なんと蘭世の映っているはずの場所にナディアがいるのだ。
そしてもうひとりのナディアは足下で気絶している。
「えーーーーーーーっ」
蘭世はナディアに噛みついて変身したのだ。
(私にもくるべき時が来てしまったのね・・・
しかもこんな気味悪いタイプのバンパイアだったなんて!)
気を落ち着かせ、とにかく倒れているナディアをトイレへ隠す。
「とにかく日本へ帰らなきゃ・・・ どうやって元の姿に戻るのかわからないわ」
日本に帰るには近くにある農民砦、という遺跡に行けばよい。
そこにはジャルパックの扉、という不思議な扉がある。
そこへ入ればあっという間に江藤家の地下室へ戻れるのだ。
農民砦へはバスに乗って1時間ほどの所だ。
蘭世は自分のカバンを拾うと中の財布を確かめた。
「うーん なんとか、乗れるかなぁ」
ぎりぎりの金額しか入っていなくてちょっと焦る蘭世。
自分の部屋へ帰ってお金を取りに行きたくても、この姿ではただの泥棒である。
ナディアの姿をした蘭世はバスへ乗ろうと表へ出た。
「ナディア様。どこへ行かれるのですか?」
「え?」
ふいに後ろから声がした。カルロの所で見たような黒ずくめのスーツを着た男であった。
「お迎えにあがりました。今日はお屋敷にお戻りになると伺っております」
(ちょ〜ラッキ!!)
蘭世はいいことを思いついた。
ナディアの高飛車な物言いを思い出し、精一杯真似してその部下に”命令”だ。
「・・・農民砦へ行って頂戴」
「・・・はっ」
男はなんの抗議をすることもなく恭しく頭を下げて、車のドアを開けた。
ナディアに変身した蘭世を載せた高級車は 30分ほどで農民砦へ着く。
「ありがとう。もう行っていいわ。帰りは私一人で帰るから」
「あの、しかし・・・」
「それじゃあね。」
いきなり帰れと言われ戸惑っている様子の部下を残し、
蘭世はすかさずジャルパックの扉へかけだした。
日本は真夜中であった。父望里はまだ執筆中のはずである。
蘭世は心はやり 地下室の階段を駆け足で上がっていった。
「ふあ〜あ。もうそろそろ寝るかなあ」
トントン。望里があくびをしたときに書斎のドアをノックする音がした。
「おとうさあん。」
望里にとっては聞き慣れない声である。
「おや?どなたかな?」
蘭世はおずおずと書斎の中へはいる。
「おとうさ〜ん!助けて!!」
ナディアの姿をした蘭世は 望里の姿を見ると思わずかけ寄り抱きついていった。
「おやおやこれは美しいお嬢さん!こっこれは一体どういうことかな?!」
望里は美人に抱きつかれ、あせりながらもちょっと嬉しそうである。
「違うの!私よ、蘭世よ!!おとうさん!」
「私はこんな美人を娘に持った覚えは・・ いや、うちの蘭世もなかなかかわいいんだぞ。」
「何行っているのよ〜!信じてよぉ!私へんし・・」
説明している途中で物音を聞きつけ椎羅も起き出してきた。
「あなたぁ何を一体騒いでるの・・・ちょっと、あーた!!これは一体どういうことっ!!!」
「待て、椎羅。誤解だ誤解!!」
「夜中に女を引き込むなんて!!きーっ」
「落ち着け椎羅!」
「問答無用!!」
望里と椎羅は定例の夫婦喧嘩を始めてしまった。
椎羅はほうきを持って書斎中望里を追いかけ回す。
「ちょっとぉ〜。おとうさあーん おかあさーん・・・」
こうなったらしばらく嵐がやむのを待つしかない。
蘭世はうなだれてしばらく立ちつくしていた。
しばらくすると、さすがの物音に弟の鈴世が眠い目をこすりながら起き出してきた。
「何ばたばたしてるのー。僕うるさくて目が覚めちゃったよ。」
「あっ鈴世!」
鈴世は父の書斎で見慣れない女性に声をかけられびっくりした。
だが、よくよく見ると何か感じたらしい。
「おねえちゃん・・・。おねえちゃんだね!?」
鈴世はナディアの姿をした蘭世の手を取る。
「鈴世〜!!わかってくれたのぉ!」
「おねえちゃんだ!僕にはちゃんと判るよ!!」
ここで望里と椎羅はぴたっ と喧嘩をやめた。
「何ですって!?」
「おまえ、本当に蘭世なのかい?!」
「さっきからそう言ってるでしょおっ!今日始めて人にかみついちゃったの。
そしたら変身しちゃったのよ!!」
「あ・・・あなた!?」
「ヤッター!!!」
あとは飲めや歌えの大宴会である。
くしゃみをしたら元に戻ること、魔界への入り口について等 色々な事を両親から聞いた。
「ねえ、おとうさん。そういえばこのリボンって、どんな力があるの?」
「うーん 実はわしもわからんのだ。だがね、
女性の吸血鬼が人間界へいくときの大事なお守りだと聞いているよ」
「ふーん。」
今日は日本の家に泊まることにした。
(ますます人間から遠ざかってしまったわ・・・でもこの能力も使いようよね!
鳥とかになって私の知らないカルロ様も見に行けるわ!)
もともと前向き思考の蘭世。
わくわくして寝付かれないまま、夜が更けていくのであった。
時と場所は代わってルーマニアの夕方。
ナディアはトイレの中で便器のふたに突っ伏して気絶していた。
「うーん・・・」
蘭世が日本で変身を解くと、ルーマニアのナディアの意識が戻った。
「?私一体こんな所で何してたのかしら??」
噛まれたときの記憶はなくなるらしい。
確か、江藤蘭世をトイレへ行かせるようしむけて、それから、彼女に文句をつけていたはず。
それなのにいつの間にかこんなところで一人でいる、ということは?
「この私が、あの小娘にやられたっていうの?・・・覚えてらっしゃい!」
ナディアは拳を握りしめ、ぎりぎりと歯ぎしりをした。
第2話 完