(1)平和な日
「良くお聞きなさい、蘭世。人間はとても恐ろしいものよ。
自分の欲望のために仲間を陥れたり、
殺し合ったりする愚かな生き物です。
だから、決して心を許してはいけません」
冬の足音が聞こえる11月の放課後。
蘭世は教室の窓に頬杖をついて、はらはらと舞う落ち葉を眺めていた。
教室には誰もいない。
蘭世は今週の掃除当番だった。
掃除が終わって掃除道具を片づけ、一息入れたところである。
11月にしては暖かい日だった。
風がときおり蘭世の髪をもてあそび流れていく。
「もうすぐ、カルロ様の誕生日ね・・・プレゼント何がいいかしら。」
手作りのケーキは勿論持って行くつもりの蘭世。
友達とお茶会を開くとか何とか言ってごまかして江藤家のキッチンで作っていくつもりだ。
あと、何かかたちの残る物が贈りたいのだけど。
(カルロ様はお金持ちだし何でも持ってそうよね。
手編みのセーターは今とりかかっているけど誕生日までに間に合いそうもないし。)
「何がいいか直接聞いてみようかなあ・・・んん・・・」
世の中には自分にリボンをかけて彼にプレゼント!なんてのたまう女性がごまんといるが、
天然記念物級箱入り娘の蘭世にはそれは想像も出来ない世界である。
(そのうち私のおとうさんおかあさんに具体的に結婚の挨拶するとか言われるわよね・・・。)
純粋な心で そんなことに想いを馳せ、蘭世はポッと顔を赤らめる。
そんな超奥手な蘭世を知ってか知らずかカルロは気を遣っていた。
カルロは確かに、クリスマスとか誕生日とかそういう記念日まで
一線を越えるのはとっておこうと考えていた。
カワイイ蘭世に時々理性が吹っ飛びそうになるが、そこは大人である。
乙女の夢を壊してはいけない。
こんなに気を遣うのは今までの女性ではなかったことだ。
(でも、いつ私のことを、私の正体を話せばいいのかしら・・・)
いつも前向きな蘭世もこれはちょっと悩んでいた。
結婚が具体的になってから切り出すのは罪の意識がある。
今のうちに言わなければならないかも、と思う。
(もし本当のことを言って嫌われたら嫌だし・・・ 変身なんて気持ち悪いわよね)
ずーんと落ち込む蘭世。
こないだ家に帰ったとき、蘭世は両親から魔界人は
人間と違い永遠の命があることを教えてもらった。
(それって、カルロ様が歳をとって死んでしまっても、私はいつまでも
若いままで生きていかなくちゃならないってことよね・・・。)
不安材料はいくらでも増えていく。
(・・・)
思わず蘭世の目から涙がこぼれた。
「あっ、まだこんな所にいたの!ランゼ!」
タティアナが教室へ入ってきた。あわてて涙を拭く蘭世。
「タティアナ・・・。」
「探したのよー。一緒にお茶しに行こうよ!
いつもの店で新しいケーキが出てるらしいよ!」
「ほんとー!?行く行く!」
ぱっと気分が切り替わる蘭世。友達っていいものである。
(ま、なんとかなるわっ♪)
蘭世は急いでカバンを背負うと教室の外へ向かった。
つづく