『パラレルトゥナイト:第3話』



(5)氷解


カルロのプライベートルームである。
カルロはソファに腰を下ろし、隣に蘭世を座らせその細い肩を抱えた。
蘭世は恐ろしさの余りひっくひっくと泣きじゃくり続けている。

カルロの体から硝煙のにおいがしてくる。
そのにおいに先刻の銃撃戦の風景が蘭世の頭に蘇ってきた。
自分につきつけられる銃口。
発砲するカルロ。倒れる敵。血で真っ赤になる床、壁。
「こっ、怖い・・・」
やっと言葉を絞り出す。
そんな蘭世をカルロはさらに引き寄せる。
「どこも怪我をしていないか?」
「・・・」
ふたたびこみあげた嗚咽で答えられず黙って2,3回頷く。
カルロは抱える腕に力を込めた。
「・・・今日は怖い思いをさせてすまなかった。許して欲しい・・・。」
蘭世が泣きやむまで、何度も何度もその髪を、肩をなでていた。

しばらくしてやっと蘭世は落ち着いてくる。
「・・・。」
蘭世はカルロから体を離し俯いていた顔をあげ、カルロを見る。
そして 蘭世はカルロに思い切って尋ねてみた。 
「カルロ様・・・こんなことは初めてなの?」
カルロはなでていた手を止め、苦笑した。
「いや、残念ながら、時々起きることだ」
「そう・・・」
すこしがっかりしたような表情で下を向く。
蘭世の睫毛に涙が光っている。

「おまえは、私といるのがもう嫌か?」
蘭世はカルロにそう問いかけられ、返事に躊躇してしまう。
「どうして・・・こんな事をしているの?」
「自分たちの命を守るためだ。ランゼ。」
そう言ってカルロは蘭世の涙で曇る瞳を見つめた。

「人間は、みんなこんな事をしているの・・・?」
思わずふつうの者が聞いたら耳を疑う台詞を蘭世は吐いてしまった。
それを蘭世は自分で気づいていない。
しかし、それをカルロが聞き逃すわけがない。
カルロは慎重に蘭世に聞き返す。
「ランゼ・・・何故人間全てが、と思うのだ?」
「だっておかあさんがそう言って・・・」
人間は殺し合う生き物だから信用してはいけないと言っていた椎羅の言葉。
ここで蘭世がはっとして我に返る。
「ごめんなさい、なっ、なんでもありません!」
どぎまぎして下手なとりつくろいをする蘭世。
これ以上聞いても無駄だと判断したカルロは話を元に戻した。
(蘭世の両親も人間ではないかも知れない)
それが判っただけで収穫だ。

「ランゼ。私は表向き貿易を扱う仕事をしている。慈善事業も手広くやっている。だが・・・」
カルロは言葉を選びながらさらに言葉を続ける。
「それは表の顔だ。私には裏の顔がある。これがそうだ。
相手を先にやらなければ自分がやられる。
 私が倒れれば部下達の命も危うくなる。
私がいるのはそう言う世界だ。」
「何故そんな世界に?」
「これは我が家に代々受け継がれてきたものだ。それ以上の事は、お前が知りたくなれば教えよう」

蘭世は自分を人質にし、カルロを殺しそこねた男のことを思い出した。
勿論この男はもうこの世にいない。
先にやらなければ己の命がない、という事は蘭世なりにも肌で感じられていた。

「代々・・・。カルロ様、家族は?」
「私は兄弟がいなかった。そして両親もすでにいない」
「ひょっとして・・」
「そうだ。今日のような抗争で銃弾に倒れた。
 エスパーとしての力は低かったが、部下からの人望は厚いボスだった」
「あ・・・」
(そうだわ。カルロ様は、悪くない!私や部下を守るためだもの)

カルロだって今まで自分の組織を拡大するのに
その明晰な頭脳を使ってかなりあくどいことをしている。
でも。
たとえカルロが悪魔だとしても、蘭世の心はすでに彼の虜になっているのだ。
彼の時折翳りをみせる瞳を見るたび、どうしようもなく心が惹かれるのは止められない。

「今日はおまえを巻き込んですまなかった。」
「いいえ・・・いいえ!」
蘭世は首を横に振る。
「カルロ様助けてくれて、私嬉しかったの。
・・・カルロ様はとてもすごい力を持っているのね」
「あんなにガラスを壊したのは20年ぶりだ。」
カルロはちょっといたずらっぽく笑う。
「え・・!?」
なんで!?という顔で蘭世はカルロを見返す。
「始めて能力を使ったときの話だよ。コントロールできなくてね。
いつもはあんな事はしない。というか出来ないな」

カルロはただでさえ憎らしい組織の男どもが蘭世をさらっていったのが
腹立たしかったのは勿論だが、その見知らぬ男の腕に抱えられているのでさえ許せなかった。
激情のなせる技であったのだ。

(必死になって、私のことを助けてくれたのね・・・。)

蘭世は感動した。カルロの胸にそっと頭を寄せ、背中に腕を回す。
「私を助けてくれて、ありがとう。これからも、そばにいてもいい?」
「勿論だ。・・・私もおまえにそばにいてほしい。」
カルロは蘭世を抱きしめる。
「ランゼ。・・・私には、おまえが唯一の家族なのだ。」

ベンは階段を下りていく。
少し前までカルロのプライベートルーム前で見張りをしていた。
というより二人の行方を内心心配しながら聞き耳を立てていたのだ。
大丈夫であろうと判断し、ほっと胸をなで下ろす。
折角のカルロの未来の花嫁である。
ここで逃げられたくはなかったのだ。
報復については捕らえた内通者から情報を引き出してからだ。
また明日でもいいだろう。

階下では部下数人がひそひそ話をしている。
「しかし、ダーク様もやっと念願かなったりというところだな。」
「ボスらしくもなくよく今まで我慢してたものだ。」
「やっぱり、今日はいよいよと思うか?」
「そうともさ!敵サン達にこればっかりは感謝してもいいんじゃないのか?」
「いや待てよ!今日のことで逃げられたりしないか?」
「ボスはそんなヘマしねえよ」
などと下世話な事を話しているようだ。
さらにはカルロが蘭世をモノにするかどうかで賭をしようとしているようだった。
カルロと蘭世のデートに付き添った運転手や部下たちの話を総合して、
”ボスはまだランゼに手を出してない”
という結論を導き出していたらしい。
「そこでなにをしている!」
「はっ!」

ベンの一喝で下世話な部下達は四方に散らばり、屋敷の後かたづけに加わった。

つづく

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