『パラレルトゥナイト:第3話』



(6)嵐の後で

ふと蘭世の肩に目をやると服が少し裂けている。
今あった抗争で、男ともめあったときに破れたのだろう。
「ランゼ、着替えた方がいい。シャワーも使うといい」
そう言うとカルロは蘭世のそばをいちど離れた。
カルロはクローゼットの扉を開け、大きな箱をひとつ取り出した。
箱には勿論蘭世のワンピースなどの洋服一式が入っている。
「あ!」
蘭世もカルロの視線で自分の服が破れていることに気づいた。
蘭世はカルロに促されてひとりバスルームへ入った。

蘭世がシャワーを浴びている間にカルロも服を着替え、さらには
事後処理について部下に2,3指示を出していた。
髪の毛を乾かし、大きな箱に入っていたエレガントセットに身を包んだ蘭世が
バスルームから出てきたときには、カルロはテーブルにティーセットを並べていた。
よく見ると、カルロは今日蘭世が贈ったネクタイピンとカフスボタンをしている。
そして、テーブルの上には蘭世の持ってきた手作りのケーキも置いてある。
カルロは蘭世が出てきたのを見て微笑んだ。
「すっかり食べるのが遅くなった。今からでも悪くない」
「私、ケーキ切るね!」
蘭世は駆け寄り、少し遅いティータイムの準備に加わった。

カルロの隣に座ると、いつもの香水の奥に、蘭世が今さっき使ったのと同じシャンプーの香を感じた。
どうやらカルロも別室でシャワーを浴びてきていたらしい。
蘭世は自分と同じ香に、どこか恥ずかしいようなくすぐったいような気持ちを覚えた。

「カルロ様、お誕生日おめでとう!」
カルロの入れた紅茶は微かにブランデーの香りがした。
「おいしい・・・!」
「ランゼの作ったケーキもおいしい。」
カルロは実に優雅にケーキを食べる。
なんだかとても高級なデザートを口に運んでいるような錯覚を起こす。
その仕草に蘭世は見とれてしまった。

それからあれこれと話が弾む。
紅茶に入っていたブランデーのせいか蘭世の口が軽くなっている。
「・・・あのね、私だったらお買い得よ!たたいても壊れないし殺しても死なない!」
カルロはぎょっとして蘭世を見た。
だが蘭世はいたって真剣な顔をしている。
「きっとあなたの役に立てるもの!そしてあなたを置いて死んだりもしないわ」
カルロはくすくす笑った。
そして蘭世の頭にポンと手を置く。
「そうかそうか。それは頼もしいな。」
だが、蘭世の真剣な表情を見て笑うのをやめた。

いつもカルロは蘭世の表裏のないまっすぐな瞳に魅せられていた。
カルロは何かの企み、下心、媚びを売る目線に慣れきっていた。
こんな一途なまなざしを自分に向ける娘を他に見たことがなかった。
そして今も、蘭世がとても真剣だと言うことが判るのだ。
「ね、カルロ様。私がいつも一緒にいてあげる」
「ランゼ・・・」

いつだって。
荒野に咲いた一輪の白い花を見つけたような気がしている。
カルロは蘭世の肩を引き寄せ彼女の頭に頬を寄せた。
「そうだ。共にいて欲しい。」
指で長い黒髪をなでるように梳く。
蘭世はカルロの背中に腕を回し目を閉じた。

(ランゼ。ただそばにいてくれるだけでいいのだ・・・)
カルロの想いが蘭世に流れ込む。
それを聞き、私は役に立ちたいのだと反論しようと顔をみあげた蘭世に
カルロは口封じのキスをする。
初めは唇が触れ合っていただけだがすこしずつ舌を絡めていく。
こんなキスは初めてだった。
「んっ・・・」
最初は戸惑いを隠せなかった蘭世だが
少しずつそれに応えるようになっていく。
深く愛し、愛されてる。
蘭世の心の中でそんな想いがどんどん強くなる。

深く熱いキスの中で少しずつ蘭世の身体がソファへと倒されていく。
蘭世がソファへ横になってしばらくするといちどカルロは唇を離し、蘭世の瞳をのぞき込んだ。
その綺麗な碧翠の瞳に射抜かれる。
蘭世はこれ以上見つめられるとどうにかなってしまいそうな気がして、
たまらなくなりカルロの首に抱きついた。

カルロはそのまま蘭世を抱きかかえ、立ち上がった。
「あっ・・・」
蘭世は抱きついていた腕を離し 行き場のない手をカルロの肩に置いた。
そして不安な表情でカルロを見る。
そんな蘭世をカルロは優しい目で見つめ返す。
「ランゼ。怖がらなくていい・・・」
そう言うと蘭世に軽く口づけてから歩き出した。
カルロの腕はしっかりと蘭世を抱えたままだ。
「どこへいくの・・・?」
広いプライベートルームの奥にひとつ扉があった。
蘭世が開けたことのないそのドアをカルロが開く。

(カルロ様の寝室・・・?)
広くゆったりした部屋。視界の隅に大きなベッドが映った。
カルロはベッドの端に蘭世を座らせ、彼女の靴をそっと足から外した。
カルロは上着を脱ぐと蘭世の隣に座った。
蘭世は心細げにカルロの動作を見つめていた。
これからどうするんだろうという不安一杯の瞳である。
そんな蘭世の肩を抱きしめ、額の髪に口づけた。
「ランゼ。愛している・・・お前がもっと知りたい」
そう囁くと両手で蘭世の頬を包み再び唇を重ねる。
その深く熱い口づけに蘭世はまた夢中になった。
そして蘭世の身体はゆっくりと倒されていく。

もう、誰も二人きりのパーティーを邪魔する者はいない。
  静かに静かに日は傾き、夜へと向かっていく。
  この夜、蘭世はカルロだけのものになった。

  二人は、お互いとしか来ることの出来ない
  秘密の楽園への入り口へ、ついにたどり着いたのだった。

つづく

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