（１）リボンの正体

コンスタンツェ学園では社交ダンスの授業がある。
オーストリアでの舞踏会で踊られている
ダンスのステップを教えてくれる。
そして、新年には盛大に学園主催の舞踏会が開かれるのだ。

蘭世はこの授業が大好きだ。もともと運動神経は良い方なので、すぐにステップを覚えた。
それにウインナワルツにのって踊ることが出来るというのはとても
ドラマチックで蘭世の乙女心をくすぐるのだ。

舞踏会の当日がせまったある日、蘭世はレオタード姿でひとりダンスの練習室にいた。
壁の一面が鏡張りになっている、いかにもダンス教室用の部屋である。
蘭世はドレスのとりまわしを覚えるためフレアで丈の長い、白いチュチュをはいている。
髪は綺麗にアップして一つにまとめ、まとめたところに例のリボンをまわしてゆわえていた。
もう彼女にはトレードマークのようなリボンだ。
「今日聞いたワルツ、とってもステキだったなあ。どのＣＤに入っているのかな・・・」
練習曲ＣＤの入った引き出しをごそごそ探す蘭世。
この教室は予約さえすれば放課後いつでも個人練習に使えるのだった。

いつもは何人か一緒にいるのだが皆帰っていつしか蘭世一人になっていた。
「あ、きっとこれ！」

曲をかけ、一人で踊る蘭世。
腕はパートナーの手と肩があるはずのところへさしのべている。
まるでパントマイムのようだ。
「こんなのカルロ様と踊れたらステキよね・・・今度話してみよっかな」

そんなことを考えたとき、ハタと気が付いた。
（あ！私ったら、今日はカルロ様と会う約束を・・時間は・・・・！！！！）
時計を見ると約束から軽く１時間は超えていた。
思わず固まる蘭世。
「いけなーいっ！」
ＣＤを止めようとＡＶ機器にばたばたと近寄ったとき。

「まだこんなところにいたのか」
後ろで聞き覚えのある声がした。
蘭世はぎくっとして振り返ると、教室の入り口にカルロの姿があった。
校門前で待っていたのだがしびれを切らして入ってきたらしい。
蘭世の居場所は学園内に張り込んでいる部下に聞けばすぐにわかる。
蘭世はカルロに駆け寄りすぐに謝った。
「ごめんなさい！つい、踊りに夢中になってしまったわ。・・・寒かったでしょう！」
「・・・そうだな。」

季節は真冬である。
蘭世はカルロの革の手袋がはまった手をとる。
手袋は氷のように冷たい。
「本当にご免なさい・・・なにか暖かいコーヒーでも入れるね！」
きびすを返し給湯室へいこうとする蘭世の肩をカルロはそっと掴んで止めた。
「かまわない。大丈夫だ。・・・ワルツを踊っていたのか？」
ＣＤはゆったりとしたワルツの曲にかわっていた。
プレーヤーのスイッチはまだ入ったままだったのだ。
「うん。・・・今度学園の舞踏会があるから練習してたの。」
カルロははおっていたコートを脱ぎ、手すりにかけた。
「練習の相手をしよう。一人では踊りにくいだろう」
「ほ、本当！？うれしい！」
思わず念願が叶ってうれしさ一杯の蘭世である。
「踊れば少しは早く暖まるだろうし・・さあ、お手をどうぞ」
微笑みながらカルロは手を差し出した。
蘭世はチュチュをちょっとつまんでお辞儀をする。
そして彼の手を取りワルツのステップを踏み出した。

左回りのワルツ。
ゆったりとした曲が終わり、テンポの速い曲に変わった。
それでもカルロの上手なリードでいつもより軽快にステップが運べる。
くるくる。くるくる。
映画『マイ・フェア・レディ』の一場面のように楽しげに、
軽やかに部屋中を踊り廻る。
思わず笑顔の二人。
ついに曲が終わった。
あまりにも軽快に踊ったので勢いついていた二人は思わず壁にもたれて止まる。
「うふふ・・・！」
楽しくて思わず笑いが零れる蘭世。カルロも嬉しそうだ。
満足げにカルロは微笑みながら蘭世の両頬に触れる。
そのまま引き寄せて蘭世に口づけた。
「ん・・・」

最近、蘭世はだんだんとキスが上手になってきた。
瑞々しい唇でカルロのキスに一生懸命応えてくる。
蘭世は背伸びをし、両腕をカルロの肩にまわした。
その時、蘭世の髪からふわりとリボンがほどけ床に落ちた。
蘭世はカルロの熱いキスに夢中で気づかない。
カルロは続いて蘭世の首筋にキスを降らせようと頭をあげた。

その時。
ふと視線が鏡にいくと違和感を覚えた。
（・・・私しか、映っていない）
なんと、蘭世の姿が鏡に映っていないのだ。
カルロは自分の目が信じられず固まってしまった。
確かにこの腕には蘭世がいるというのに。
蘭世は動きの止まったカルロを心配そうに見上げた。
「どうかしたの？カルロ様」
「鏡・・・」
驚いた顔でそうつぶやく。
「え、かがみ？」
蘭世がカルロの視線の先にある鏡を見やると、突然蘭世の姿が鏡に現れた。
さらにカルロは驚き頭の中を混乱させていた。
「鏡がどうかしたの？カルロ様？」
何の変哲もなかったので蘭世は訝しげな視線をカルロに送る。
そのときカルロの頭の中にベンの監視画像のレポートが思い出された。
（これがそうか・・・？）

「あっ、やだリボンがほどけちゃったのね。」
蘭世は床に落ちたリボンを拾ってまた結わえようとした。
それでカルロはピン！と来た。
「おまえはそのリボンの意味を家族から聞いているのか？」
「え？」
突然の意外な質問に蘭世はあせる。
まだ蘭世は自分の正体についてカルロに何も話していなかった。
さらにはこのリボンについては家族の誰も効能を知らないので蘭世も
とりあえずつけ続けているだけだったのだ。
「あの、えーと、お守りだっておとうさんが言ってました。」
とりあえずそのままあたりさわりのないように話す蘭世。
カルロは、蘭世は普通の人間ではなさそうなことは薄々感じ取っていた。
だが今日、その片鱗を目の当たりにしてしまったのだ。

蘭世は姿が鏡に映らないと言うこと。
さらに彼女はそれを自覚していないと言うこと。
それでも蘭世は意識が鏡に有れば姿を映せ、無意識だと映らないこと
リボンがそんな蘭世がいつでも鏡に映るように作用していること
それらのことを頭脳明晰なカルロは一瞬で看破してしまった。

時々カルロは蘭世の正体に思いを巡らせていた。
悪魔か吸血鬼なのだろうかと。
私の魂を贄に持ち去ろうとしている死神なのかもしれない。
だが当の彼女からはそんな暗い影は微塵も感じられないから頭が混乱する。
もし例えるのなら天使だと思っている。
これはカルロの部下達も同じ意見だろう。
ただ、自分は狂っているのかもしれないと思うほど彼女がひたすら愛しくてたまらないことが、
やはり物の怪に魅入られた証拠なのではと思ったりするのだ。

今日も珍しくレオタード姿の蘭世にクラクラしている。
色白のうなじと鎖骨のあたりに匂い立つような色気を感じる。
平静を装うのがやっとだ。

そろそろ本当のことを話して欲しいのに。
まだ蘭世は黙っているつもりだろうか。

カルロは少し蘭世をいじめたくなった。

つづく

次の話との隙間に大人向け話があります　地下サイトにてどうぞ