『パラレルトゥナイト:第1章:第4話』



(7)新しい旅立ち

初めて蘭世は日本から飛行機でルーマニアに向かった。

飛行機で短距離を移動することは何度かあったが、こんなに長く乗るのは初めてだ。
蘭世は家を出たときパスポートを持っていなかったが、そこは用意周到なカルロで、
偽造した物を持ち合わせていたところなど、さすがマフィアである。

それは 快適なファーストクラスの旅であった。

飛行機の中。
カルロは隣に座る蘭世の肩を引き寄せていた。
蘭世は飛行機に乗るまで夢中でカルロに付いてきたが、
ここへきて重要なことをカルロに話さなければいけないという重圧に悩んでいた。

カルロは自分が普通の人間ではないことを知っていた。
これ以上正体を黙っているのは不可能である。
(もしも、嫌われたらどうしよう・・・。)
カルロに目が合わせられない。
膝の上でこぶしを握りしめ、俯いた顔を上げられない。
カルロは私が普通の人間ではなくても構わないと両親に告げていた。
でも。
本当のことを知ったらどうするだろうか。
カルロ様の心が変わってしまうかも知れない。

カルロは心を迷わせている蘭世をじっと見守っていた。
彼女が悩んでいるのは手に取るように判る。
だがそれに手を貸すことは出来ない。
じっと、蘭世の伏せた睫毛をみつめていた。

(私の正体を知って心が離れてしまったらどうしよう・・・)
でも。嘘を付いたまま結婚することは出来ない。
もし嫌われたときは私、心が死んでしまうかも。
そうなったら?
そうなったら・・・・・・魔界へ帰ろう。
ようやくそう決心して蘭世は口を開いた。

「・・・カルロ様」
顔を上げずに蘭世はやっと彼の名を呼ぶ。
「・・・どうした?」
「あの・・・聞いていい?」
「どうぞ。」
蘭世は大きく息を吸い込む。
そして、思い切って切り出した。

「いつ、私が普通の人間でないって、気が付いたの?」
カルロはそれを聞き、さらに蘭世を引き寄せて額に口づけた。
やっと彼女は決心してくれたようだ。
「そうだな・・・はっきりと判ったのは、蘭世がワルツの練習をしていたときだ」
「あ!」
やっぱり。
蘭世は思わずカルロの顔を見上げる。
「鏡・・・?」
「そうだ。お前の姿が鏡に映らないことがあった」
そう言いながらにっこり微笑む。
その時に起こったことを蘭世は思いだし、ぽぽぽぽ・・・と蘭世の顔が赤くなる。
思わず横を向き両頬に手を当てる。
「わたし・・・自分の姿が映らないなんて知らなかったの」
「そのようだな。」
カルロもその時のことをきっと思いだしている。
いつのまにか引き寄せたワインを飲んでいるが、その横顔がいかにもたのしそうだ。
蘭世はその顔を見てちょっと拗ねる。
「どうしてそのとき言ってくれなかったの?」
「・・・ランゼ。」

カルロはワイングラスをサイドテーブルに置き、蘭世に向き直った。
「お前から私に言って欲しかったのだ。私はずっとそれを待っていた。」
蘭世の顔が曇り、視線を落とす。
「今まで黙っていてごめんなさい・・・」
カルロは蘭世に触れてこない。じっと言葉の続きを待っている。
蘭世は目を閉じ、もういちど深く息を吸い込んだ。

「わたし、人間ではありません。」

しばらく間をおいて、ぽつぽつ説明を始める。
「私のお父さんは吸血鬼で、お母さんは狼女です。そして、私も吸血鬼よ」
「まさかとは思ったが・・・」
目を丸くするカルロ。
「でも、私はハーフだから日光も平気。血は吸わないわ。それから・・・」
一番言いたくないことだ。
「噛みついた人に変身できるの。・・・おかしいでしょ」
「?」
カルロは言った意味が良く理解できないらしい。

蘭世は呼び出しボタンを押し、
「コショウはありませんか?」とスチュワーデスに聞いた。
「カルロ様、見ていてね。」
ほどなくスチュワーデスがコショウの瓶を持ってきた。
蘭世はコショウを受け取りサイドテーブルに置く。
「ありがとう・・・・かじっ!!」
蘭世はスチュワーデスに変身した。
本人は床へ倒れ込んでいる。

思わずカルロは椅子からずり落ちてしまった。
「すごい能力だ・・・」
カルロは怪現象に驚きを隠せない。
蘭世はテーブルのコショウを手に取り自分に振りかけた。
「はっくしょん!・・くしゃみをすると元に戻るの。」
すると、スチュワーデスが目を覚ます。
「う・・私は??」
「ごめんなさい。大丈夫ですか?今転んでいらしたわ」
「失礼しました・・・!」
スチュワーデスは頭を振りふり退出していく。

それを見送った後蘭世はカルロを振り返る。
「噛まれた記憶はなくなるのよ。」
「何から何まで不思議な・・・」
カルロは頭に手をやり困惑しきっていた。

「隠しててごめんなさい。でもだますつもりじゃなかったの。
このことは人間に知られてはいけないから、
人間界に深入りしてはいけなかったの。
でも、私、カルロ様を好きになってしまったから、離れたくなかったの・・・」
「ランゼ!」
蘭世の目に涙があふれている。
「こんな私、気持ち悪いわよね。不気味よね。
 婚約を解消しても構わないわ・・・。
 今までとても幸せでした。カルロ様ありがとう。騙しててごめんなさい!」

カルロは泣き出した蘭世を引き寄せて両肩を掴む。
「ランゼ、落ち着くのだ。なぜ別れようと言うのだ?」
蘭世は涙一杯の目でカルロを見上げた。
「だって・・・私なんか気持ち悪いでしょう?」
「確かに驚いたが・・・。私が驚いたのはおまえに、ではなく
吸血鬼や不思議な事柄が確かに存在すると言う事実にだ。」
「でも・・・」
「私やベンにも、少しは超能力がある。しかし、
その力を誇りに思ったことはあっても否定したことはない。」
「ベンさんにもあるの・・・!?」
思わず蘭世は驚く。
「私は、仲間を捜していたのだ。
 ・・・改めて言う。結婚して欲しい」
「カルロ様・・・!良く聞いて下さい。」

蘭世は首を横に振る。
そして真剣な表情で言葉を続ける。
今、今言わなければならないのだ。
「私は人間じゃない。そして永遠の命を持ったモンスターなの。
だから、もし一緒に暮らすと貴男が歳をとってしまっても、
私はいつまでも若いままなのよ。」
「永遠の命・・・」
カルロはこれにはさすがに驚いたようだ。
だが、カルロは次の瞬間には心を決め、蘭世の涙に濡れた瞳をのぞきこみながら言った。
「それは、逆に言えば、私は永遠の命など持たぬたかが人間で、
そのうち歳をとって死んでしまうという事だろう?
私は、それでもおまえを妻に迎えたいと思う、身の程知らずな男と言うことになる」
「あ・・・」
「私の命がつきるまで、そばにいてくれないだろうか」

蘭世は大きく目を見開いた。
こんな風に言ってもらえるとは思っても見なかったのだ。
ひょっとして自分の存在を受け入れてもらったのだろうか?

「こんな、変なモンスターでも、いいの?」
「変だとは思わない。おまえはとても魅力的だ」
蘭世は神様に罪を許してもらった子羊のように、感動で心が打ち震えていた。

蘭世の目から、大粒の涙がぽろぽろと落ちていく。
膝から力が抜け、がくがくとその場に座り込みそうになる。
そんな蘭世の身体をカルロは支える。
「これからも、一緒にいて、いいの・・・?」
「もちろんだ。」

カルロは真剣な眼差しで蘭世の瞳を射抜く。
「ランゼ。その口から返事を聞きたい
 ・・・私の妻になってくれるか」
「・・・はい。」
「ありがとう・・・。」

蘭世の返事を聞いた途端、カルロは蘭世の唇に覆い被さる。
(もう、離さない。そして、誰にも渡さない・・・!)
蘭世は心の声でカルロの想いを受け止める。
ルーマニアまではまだ数時間の空の旅である。
何度も何度もお互いを確かめ合い時が過ぎていった。


婚約の報告をした後も蘭世は学校へ通っていた。
見合いに来なかった蘭世にどうしても会いたくなったアロン王子は
ルーマニアの学校へこれまた留学生として現れたのだが
がっちりとカルロや彼の部下達が蘭世をガードしていたので大事には至らなかった。
しばらくして別の見合い相手が決まり、アロン王子はサンドに魔界へ連れ戻された。

・・もうすぐ学校は夏休みに入る。

第4話 完

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