『パラレルトゥナイト:第5話』


(1)起点

5月のある午後。ここはルーマニアの学校。

蘭世は図書委員会へ出席していた。
そのため今日はカルロとのデートはキャンセルしていたのだが、
思ったより早く会議が終わったのでぽっかりと時間があいてしまった。

「ランゼちゃーん!もう日本に帰るんだろー?一緒に帰ろうよ!」
留学生になったアロンが蘭世を追いかける。
金曜日で蘭世は日本の家へ帰る約束は両親としていたのだが。
長い階段を蘭世は降りていく。少し離れてアロンが追う。
「ごめん、アロン。先に帰っていて。」
蘭世はあくまでそっけない。
最初の頃図書室で一緒に宿題を!と誘われ仕方がなくつきあった時も
魔界から持ってきた不思議な小道具で図書室中の本を飛び回らせたり
食堂で蘭世の友達に(アロンは蘭世に飲ませたつもりだった)
惚れ薬を飲ませたりして大騒ぎを起こしていたのだ。
いくらいつもは寛大な蘭世でも ここまでされれば愛想も尽きるという物だ。

「僕は蘭世ちゃんのいとこだろー!」
ここではそういう設定らしい。
「知らないわよそんなの!」
「あっ、そうか違うな!僕は君の婚約者だっけ。」
「ちがーうっっ!!!わたしはもうカルロ様と結婚するのっ」
「僕はそんなの絶対認めないからな!」

さらには先日は夢魔のサリを使ってカルロに浮気させようとしたのだ。
(もちろん未遂に終わったのだが・・・)
とんでもない王子だ。

それに。
蘭世は空いた時間でちょっとでもカルロの顔を見てから日本に帰りたかった。
だから余計、アロンから逃げ出そうと思い ついつい態度がきつくなる。

「私、ちょっと用事があるから。じゃあねっ!」
「ちょちょっと、待って蘭世ちゃん。
僕実は君に相談したいことが・・・」
「日本に帰ってから聞いてあげる!」
ふいうちに1階に着くと玄関とは反対の廊下へと蘭世は走る。
そして蘭世が思わず飛び込んだ部屋は生物学教室だった。
(ん!確かこの部屋の向こうには飼育小屋があったわね!)
教室の反対側のドアを開け、隣接する飼育小屋へと向かった。
そこの黄色い小鳥に目を付ける。そして・・・
「かじっ!」
蘭世はかわいらしいカナリアに姿を変え、空へ舞い上がる。

「ちぇっ。ずるいよ」
黄色い小鳥になった蘭世を見上げ、アロンは拗ねる。
「せっかく最近見た夢で相談があったのに・・・」

アロンを巻いた蘭世は銀杏の木の上に止まっていた。
(うーん どうしようかなぁ・・・
そうだ!突然押し掛けたらびっくりするかな?)
蘭世にちょっといたずら心が芽生えた。
いつもは電話をすればカルロの自動車が寄宿舎横まで迎えに来てくれる。

でも。
蘭世はカナリアの姿のままカルロ邸へと羽ばたいていった。
蘭世はカルロのプライベートルームに面したバルコニーへ舞い降りた。
そっと窓に近づき中を伺う。
奥のソファに座っているカルロの姿が見えた。
窓に鍵はかかっていないようだ。
(めずらしいわね不用心〜!)
そう思ったがラッキーであるし構わずに5センチほど窓を開けて中へ入る。

蘭世はカルロのそばまで羽ばたいていく。
カルロはソファでうたた寝をしているようだった。
夕日がカルロの寝顔にあたり、なにか神々しい雰囲気を醸し出していた。
(カルロ様は寝顔も素敵・・・!)
しばらく見とれる蘭世。
「はっ・・くしゅん!」
さっき開けた窓からすきま風が入っていたようだ。
思わずくしゃみをして元の姿に戻ってしまった蘭世は、あわてて窓を閉めに行く。
(カルロ様に風邪を引かせたら大変!)
背中に重みを感じた蘭世は、自分が学生カバンを背負ったまま来たことに気が付いた。
(あらやだー置いてきたら良かったなあ。)
カバンをテーブルの上に置き、再びカルロのそばへ行く。

『ウ・・・』
何かカルロの様子がおかしい。
カルロはまだ眠っていたが苦しそうに頭を振りうなされていた。
悪夢を見ているようだ。
「ダーク!?大丈夫・・!?」
ゆすってみるが起きる気配がない。
(カルロ様最近おかしな夢を見るって言ってたわ。もしかしてこれかしら!)
蘭世は咄嗟に呪文を唱える。カルロの夢に入るのだ。

「スマシタイマヤジオトイヨチ〜!!」

カルロの夢の中は何故かまとわりつくような重たい空気が漂っていた。
蘭世は思わず身震いする。

蘭世は夢の中のカルロを見つけ声をかけた。
「ダーク!」
「・・・ランゼなのか?」
カルロは驚きを隠せない表情だった。

ちなみに最近、蘭世はカルロの事を名前で呼ぶようになっていた。
本人はまだカルロ様、と呼びたいのだがカルロがいちいち訂正するので
いつしか「ダーク。」と呼べるようになっていったのだ。

「いつの間に来たのだ?」
「私、ダークに会いたくて鳥になって飛んできたの。」
特殊な能力を持つ吸血鬼の蘭世。
「そしてね、ごめんなさい、私、あなたの夢の中へ入ったの。
だってとてもうなされていて心配だったから・・・」

「・・・なんて能力だ・・・」
カルロはしばし呆然とする。
蘭世が変身できる吸血鬼であることは知っているが、
彼女の特殊な能力は人間であるカルロの想像の域を超越していた。

カルロの夢の中のすこし離れたところに、奇妙な2重に横線がある十字架が浮かんでいた。
「あれは何?」
「我が家の敷地内にある古い遺跡に書かれている紋章と同じ物だ」
そして、どこからか不気味な声が聞こえてくる。
<来タレ 王子ヨ 我ガ元へ・・・>
<次期 魔界ノ王タル者ヨ ・・・>

「私、あそこへ行って来る!」
「やめなさい!ランゼ、良く聞きなさい。これはただの夢ではないのだ」
「大丈夫よ夢だもの!真相をつかまなきゃ」
「ランゼ!」
蘭世は構わず奇妙な十字架に近づいていく。
カルロは蘭世を止めに行こうとするが、その途端、カルロは金縛りのように
体が動かなくなってしまった。
「危ない!戻るのだ!」
悪い予感がどす黒くカルロを支配する。

蘭世が十字架へ向かってしばらく歩くと、例の奇妙な声が響いてきた。
<ダレダ・・・女ダナ!>
いきなり黒い大きな手が現れ、蘭世の手首につかみかかったのだ。
そこから煙のように黒い大きな人影が現れだした。
そして蘭世を連れ去ろうとする。
「きゃああああっ」
「ランゼ!!」



つづく

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